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日本発、宇宙ベンチャーの挑戦No.10

「九州発、宇宙行き」。今まで誰もやっていないことをやる方法!

2022/04/28

右:大西俊輔氏(QPS研究所代表取締役社長CEO) 左:鈴木亨(電通九州代表取締役 社長執行役員)
右:大西俊輔氏(QPS研究所代表取締役社長CEO)
左:鈴木亨(電通九州代表取締役 社長執行役員)

「宇宙ビジネス」のポテンシャルは、もはや疑う余地はありません。

今回は、九州のQPS研究所代表取締役社長 CEOの大西俊輔氏に、電通九州の鈴木亨社長がお話をうかがいました。

QPS研究所は、夜間でも悪天候でも地表を観測できる“合成開口レーダー”を搭載した「小型レーダー衛星(SAR衛星)」を開発・運用しています。その未踏の挑戦が評価され、「第5回宇宙開発利用大賞・内閣総理大臣賞」(内閣府主催・2022年3月)を受賞しました。

不確実な未来に向かうわたしたちに勇気を与えてくれる対談です。

(文:電通九州 山本圭)

<目次>
「小型SAR衛星」という新しいチャレンジで九州に宇宙産業を根付かせる
九州のアイデンティティによる、九州のプロジェクト
「次に来る領域で、できること」を見極める
宇宙は、地上で起きるさまざまな出来事の影響を受けない!
地上のビッグデータと衛星データを「掛け合わせる」ことで新たな需要を創造
日本の宇宙開発は「組み合わせの力」。それが実現できるのが九州の強み



「小型SAR衛星」という新しいチャレンジで九州に宇宙産業を根付かせる

鈴木:QPS研究所の成り立ちを聞かせてください。

大西:九州大学で、私の在籍した研究室を立ち上げた教授だった八坂哲雄先生らが、2005年に設立しました。目的は宇宙産業をこの九州に根付かせることでした。

九州には、鹿児島県の種子島と内之浦に、ロケット打ち上げ射場があります。しかし、ロケットやそれに載せる衛星自体は、関東や東海で製造されていました。つまり、もともと九州には宇宙に携わる企業がほぼなかったのです。

鈴木:それでも、九州には宇宙工学を教える大学はあるし、製造業の企業もたくさんある。宇宙開発ができる土壌はあるので、そこに根付かせていこうということで設立されたのですね。

大西:はい。その当時は、大学で小型衛星プロジェクトがブームでした。米国、欧州、日本で特に盛んで、私も大学で八坂先生たちの指導の下、衛星開発に取り組んでいました。

ただ“大学衛星プロジェクト”には課題があって、学生はおおよそ2年スパンで入れ替わるので、先輩から後輩への「知の伝承」が難しい。学生は卒業していくし、開発以外に学業もあるので、なかなか継承する時間がないのです。また、衛星を設計しても、実際に学生だけで製造することも難しかったのです。  

そこで、八坂先生たちは、地元の製造業の企業に衛星づくりに絡んでもらうように声をかけたわけです。衛星開発プロジェクトを成功に導いていくためには、失敗から学ぶことが大切です。失敗経験を地場企業の人と共有し、その企業に知見を蓄積していこうと。その結果、当時から数多くの地場企業と一緒に汗をかいたことが、今のQPS研究所の礎になっています。

鈴木:企業に知見が蓄積されることで、新しく入ってきた学生も都度、企業から学ぶことができるわけですね。

大西:しかし、せっかく大学やQPS研究所で学んでも、卒業すると、宇宙の仕事がしたければ、当時は九州の外に出ていかざるを得ない。その頃は、九州の宇宙産業はまったく産業と呼べる規模ではありませんでした。

わたしも2013年に同じ状況に置かれて、その時にQPS研究所に入りたいと志望しました。先生方がつくった土台、想いを私が受け継いで、会社を持続的にし、これから卒業する後輩や、また、卒業して外に出て行った先輩たちが戻ってこられる受け皿にしたい、そんな思いでした。

鈴木:実際に戻ってこられる方もいるのですか。

大西:はい。しかし戻ってこられる場所にするには、世界で誰も行っていないような、新しい、魅力的なプロジェクトへのチャレンジが必要だと考えました。

その当時、世界の宇宙開発を見渡すと、小型の観測衛星のうち、カメラを使う「光学衛星」は、国内外で開発されていました。しかし、「小型のレーダー衛星(SAR衛星)」(※)は誰もやっていなかったので、この開発に照準を定めました。

※レーダー衛星関係記事
宇宙ってもうかるの!?開発最前線から考察。【衛星データ編】

 

鈴木:地上のデータを取得する観測衛星でも、一般的な衛星は光学式、つまりカメラを使うため、「夜間は撮影できない」「悪天候だと雲が邪魔で撮影できない」という弱点があります。そこで、対象物に電波を照射して観測するレーダー衛星のニーズに注目したのですね。

大西:はい。その結果、この新しいチャレンジが、九州から出ていた先輩たちや先生方、そして九州の企業の皆さんに興味を持ってもらえたと思います。

九州のアイデンティティによる、九州のプロジェクト

鈴木:こうした「九州に戻ってきたスタッフ」以外にも、「NPO法人 円陣スペースエンジニアリングチーム」をはじめとする、20社以上の地場企業がQPS研究所のパートナーとなり、共にレーダー衛星の研究開発に取り組んでいますね。

大西:今、このように数十社が連携できているのも、2000年代最初に創業者の先生方が「宇宙産業に参入しないか」と1社1社声をかけてきて、おのおのが手弁当で始めたことが始まりです。そして十数年かけて、今九州に宇宙産業が発展するためのしっかりした土壌ができてきました。この連帯は、かけがえのない財産だと思います。

鈴木:理念に賛同して集まった方々の動機は、「未知の領域への挑戦」だけではなく、「九州で生まれ育った」というアイデンティティも大きく関係しているように思えます。九州には7つの県があり、それぞれ文化が異なりますが、ひとたび同じ方向を向くと、集まって大きな力を発揮しますよね。同じ九州だからやってみようと。地域全体のプロジェクトというのは、九州ならではのものがあるのかなと感じます。

大西:例えば、北海道は、北海道大学と植松電機が共同でロケット開発に取り組んでいて、自分が学生の頃からこのような関係性はすごくいいなと思っていました。そして、今、九州は大学と企業が複数と複数で、立体的に宇宙開発に取り組んでいます。このような地域は、他にないのではないでしょうか。

「次に来る領域で、できること」を見極める
 

SAR衛星

鈴木:小型のレーダー衛星は開発を始めた当時誰もやっていなかったんですね。

大西:まず、もっとも一般的な光学的なカメラを使った「大型の光学衛星」は、日本では皆さんにもおなじみの「気象衛星ひまわり」などがありました。そして、アクセルスペースさん(※)などの「小型の光学衛星」がありました。

また、「大型のレーダー衛星」もありました。JAXA(宇宙航空研究開発機構)さんの「ALOS-2(だいち2号)」などです。しかし、「小型のレーダー衛星」は、世界を見渡しても、開発が進んでいなかったのです。

※アクセルスペース関連記事
衛星画像からインサイトを導く! 宇宙はマーケティングが進化する分岐点
 

鈴木:小型のレーダー衛星が次に来ると考えたのでしょうか。

大西:そうです。地球のおおよそ4分の3は、夜間や悪天候ですが、レーダー衛星なら、昼夜や天候に関係なくいつでも観測できます。それを小型化することができるのであれば、世界にまだない魅力的なプロジェクトになると思いました。まず、重量は打ち上げコストに直結しますので、小型化、軽量化できたなら、大きくコストダウンできます。

その後、副社長の市來敏光が、「小型レーダー衛星なら、コスト面で従来と比べて複数打ち上げしやすくなる」「コンステレーション(衛星群。複数の衛星をひとつのシステムとして運用すること)を築くことで、地球のほぼ全地点を、リアルタイムに近い間隔で観測できるようになるのでは」と考えました。地球で今何が起きているかがほぼリアルタイムで分かるようになれば、未来社会にさまざまな形で貢献できるようになると。

小型のレーダー衛星は、当時ブルーオーシャンだったと大西氏は言う。
小型のレーダー衛星は、当時ブルーオーシャンだったと大西氏は言う。

鈴木:今までなかったということは、それだけ技術的ハードルが高いのだと思いますが、開発の自信はあったのですか?

大西:小型のレーダー衛星自体は、世界で研究は進んでいたのですが、大きなアンテナと多量の電力を必要とするというハードルがありました。「大きなパラボラアンテナを小型の衛星に載せることができるか」が、ブレークスルーの鍵を握っていると考え、そのようなアンテナの可能性を八坂先生に伺ったところ「できるよ」と。

写真提供QPS研究所:1号機開発当時の様子(中央が八坂哲雄氏)
写真提供QPS研究所:1号機開発当時の様子(中央が八坂哲雄氏)

鈴木:「できるよ」の一言?すごくカッコいいですね。 

大西:八坂先生は大学の前にはNTTの研究所にいらっしゃって、放送衛星や通信衛星を作っていました。日本のパラボラアンテナの第一人者だったのです。ですから、小型衛星に載せるパラボラアンテナも想像できたのだと思います。原理的に可能だというのであれば、後は挑戦するだけです。「次に来る領域で、われわれができること」に、おのずとスコープが定まりました。

宇宙は、地上で起きるさまざまな出来事の影響を受けない!

鈴木:電通九州は、19年に打ち上げた1号機、21年の2号機のミッションマークを作らせていただきました。3号機以降の計画はどうなっていますか? 

イザナギ
イザナミQPS研究所ミッションマーク。上:1号機イザナギ 下:2号機イザナミ

大西:現在、1号機と2号機を運用中ですが、今年は資金調達を行い(※筆者注:2月8日時点の累積調達額は82.5億円)、さらに4機を打ち上げる予定です。そして毎年複数機を打ち上げていき、2025年以降に36機の衛星でコンステレーションを構築できればと考えています。これが実現すると、地球のほぼどこでも任意の場所を平均10分間隔で観測することができるようになります。

「衛星の数」と「撮像できる頻度」は相関していて、たくさんの衛星でコンステレーションを組むほど、頻繁に観測できるようになります。衛星の数によって、1時間に1回だったり、30分に1回だったり、撮像する頻度が変わります。

36機のコンステレーションで「10分に1回」を実現するのが今の目標ですが、例えば仮に「1分に1回観測したい」というニーズが今後出てくるのであれば、もっとたくさん衛星を打ち上げれば要望に応えることができます。

鈴木:時間帯や天候にかかわらずいつでも地上を観測できるということになれば、安全保障やインフラの管理に役立ちますね。

大西:はい。それに加えて、防災という大きな役割もあります。近年、自然災害が多発していますが、いつどこで起きるか分からないし、光学衛星では撮影できない夜間に発生することも多くあります。

救難の初動で、SAR衛星による被災状況のデータ提供は非常に有効です。宇宙は地上で起きるさまざまな出来事の影響を受けません。レーダー衛星からのデータは、人々が安心して暮らせる基盤のひとつになると考えています。

鈴木:近年は線状降水帯がもたらす豪雨や、先のトンガの海底火山噴火などの災害が相次いでいます。そんな災害に対しても、リアルタイムの衛星データがあれば、何が起きたか、数十分後、数時間後にどんな影響があるかを予測できるということですね。

大西:まず、現状の把握、「今を知る」ことが重要です。そして、それが蓄積されていくことで、この先どうなるか予測が可能になると思います。

地上のビッグデータと衛星データを「掛け合わせる」ことで新たな需要を創造

鈴木:現在の戦略パートナーについてお聞かせください。

大西:2021年12月に、スカパーJSATさんと日本工営さんから資金提供を受けました。同時に業務提携も行い、衛星データを使ったサービス開発を目指していきます。

また、九州電力とは「インフラモニタリング」という取り組みがあります。例えば、発電所の常時点検や災害発生時の状況把握に衛星データが使えないかを、JAXAと共に検討しています。今後、労働人口が減少していく中で、衛星を使えば効率化、省力化につながると期待していただいています。

鈴木:災害やインフラ管理はもちろんですが、地上のビッグデータと掛け合わせることで新しいサービスを生み出すことができそうですね。

電通グループは、「Integrated Growth Partner 顧客や社会の持続的成長のパートナーになる。」という目標を掲げています。事業アイデアを出し伴走する、構想を実現するという目標です。例えば、電通グループが保有する生活者データやシステムと、SAR衛星による“宇宙の目”を組み合わせて、企業の持続的な成長をお手伝いできると考えています。

大西:宇宙データと地上のビッグデータの組み合わせは、今までできていなかったんですよね。ひとつの理由は、“時間軸”の違いです。

地上のデータは何秒、何分、何時間に1回というふうに、更新頻度が速いのです。一方で、従来の宇宙データは1週間に1回、1カ月に1回で、しかも等間隔でもない。だから地上と宇宙でデータの同期が取りづらかったと思います。

しかし、今後コンステレーション(衛星群)を構築するために衛星の数が増えていけば、地上のデータとだいぶ時間軸が近くなるのです。間隔もほぼ「10分に1回」にそろって、お互いの親和性が高くなります。

鈴木:今、電通九州が中心となり、電通グループで、福岡県、Fusic(福岡の代表的なAI企業)やJAXAと、衛星データを活用したマーケティングの実証実験について対話をしています。例えば、衛星データで野菜の旬を予測して、需要を創造しようというものです。精度を高めていけば、農業生産向上や食品廃棄削減の一端を担うこともできるのではと考えています。

大西:地上にどんな出来事が発生していても、衛星はいつでも変わらずデータを取得できます。圃場(※ほじょう。農産物を育てる場所)でも、災害現場でも、衛星を使って「ふかんで見る」ことは大事です。また、お話のように衛星データは、需給連携や需要の創造においても重要なピースになると思います。

2021年1月にアメリカのスペースXのロケットで、2号機「イザナミ」を打ち上げました。新型コロナウイルスの渦中なので移動制限があったのですが、あまり動けない状況の中で、「こんなとき、遠隔地の情報を得るために、衛星はとても大事なものだ」と改めて実感しました。

日本の宇宙開発は「組み合わせの力」。それが実現できるのが九州の強み

鈴木:QPS研究所のパーパスは、「宇宙の可能性を広げ、人類の発展に貢献する。」とされています。また、バリューとして「本質的でオリジナルなコト・モノを、クレイジーな思考で取り組むことにより、人々をワクワクさせ、地球、人類の発展に貢献する」とありました。この「人をワクワクさせる」がすてきで、夢は大きい方が実現したときに幸せになる人が多いですよね。

大西:そのバリューの通り、誰もやったことがないことをやりたい。その下地が、九州にあると思います。日本の宇宙開発の黎明(れいめい)期だった1970年、日本の大学や企業が集まって「L-4S」というロケットを作り、「おおすみ」という日本初の衛星を打ち上げました。その頃は宇宙企業などなくて、いろんな企業や研究者が持ち寄った技術を組み合わせて作ったのです。

八坂先生はこの「組み合わせの力」を経験的に知っていたので、宇宙機器の製造経験の有無にはこだわらずに、九州の製造業の企業や研究者に声掛けをしました。それで、「チャレンジする人」が集まってきたのです。

宇宙開発をやったことがなくても、それぞれは光る技術を持っている。その技術を軸に、どうすればよいかを議論していく。そのアイデアはクレイジーでいいのです。そのうちベクトルがかみ合って、欲しいものができる。わたしたちの強み、九州の強みだと思っています。

鈴木:社会にネガティブな空気が流れている中で、人々をワクワクさせてネクストステージに進めるような、勇気を与えるプロジェクトをひとつでも多くやりたい。特に、九州という地域社会の発展のために。共に、動き出しましょう。今日は、ありがとうございました。

《後記》
小型レーダー衛星の開発の裏には、九州のアイデンティティと、ものづくりの基盤というシンギュラリティがありました。

「宇宙産業を根付かせたい」「知の伝承をしたい」「地元に戻ってこられる素地をつくりたい」。新たな挑戦には、このような“心の炎”が大事なのだと思いました。

「やったことがなくても、光るものを持っている。それを軸にどうすればよいか議論する」「そのうちベクトルが噛み合って欲しいものが組み上がる」。これが衛星のみならず、事業アイデアの実現プロセスだろうと感じます。時代やテクノロジーの進歩に影響されない本質的なことです。

電通グループもこの法則を大切にします。電通九州の新規ビジネス開発室長である水野尾賢一はこう述べています。

「宇宙データを活用し、ワクワクする社会の実現のために、私たちは動きます。一人でも多くの賛同者が増え、QPS研究所さんの発展にも貢献できればうれしく思います」

読者の皆さまもご一緒にぜひ、「組み合わせの力」を発揮しませんか。
(山本)
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