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変革のアーキテクトNo.7

日本郵政 飯田恭久グループCDOに聞く、「みらいの郵便局」への変革 前編(電通BDS山原)

2022/06/15

あらゆるバイアスを壊し、自らアーキテクト(全体設計者)として社内の事業変革を遂行しているトップエグゼクティブの方々に話を聞きながら、その神髄に迫る本連載。

今回のゲストは、日本郵政グループCDO、そしてJPデジタルの代表取締役CEOの飯田恭久氏。日本郵政グループのDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するJPデジタルは、「みらいの郵便局」の実現に向けて、郵便局業務のデジタル化だけでなく、長期的な視野で変革に取り組んでいます。

社会のインフラを担う巨大組織の先頭に立って変革を推進する飯田氏に、変革のパートナーとして伴走する電通の山原新悟氏がインタビューしました。

飯田氏と山原氏
日本郵政グループCDO 飯田恭久氏(右)と電通ビジネスデザインスクエア 山原新悟氏

全国に約2万4000局の郵便局を有し、40万人以上が働く巨大組織の変革に挑む

山原:飯田さんは、ダイソンの日本法人社長や楽天のアメリカ法人社長を経て、2021年から日本郵政の執行役、日本郵便の執行役員、そしてJPデジタル代表取締役CEOとして、日本郵政グループの改革・変革に取り組まれています。最初に、日本郵政グループの概要と変革を進める背景を教えてください。

飯田:日本郵政グループは2007年に発足した組織です。現在は、郵便・物流事業、銀行業、生命保険業を展開していて、全国津々浦々に2万4000局もの郵便局と、グループ全体で約40万人の従業員を有しています。

日本郵政グループは、1871年の郵便創業から数えると約150年の歴史があります。長きにわたって日本の社会インフラを支える存在ですが、時代は変化しています。メールやメッセンジャーアプリなどが普及して手紙を出す機会は減っています。荷物の配送事業を行う企業は他にもありますし、それは銀行や保険の事業も同様です。郵便局がこのまま進化しなければ社会における存在感が変わってしまうのではないか、という危機感を持っています。

山原:そのような状況のなかで、2021年7月に設立されたJPデジタルは、DXを軸に郵便局の変革を先導していくプロフェッショナル集団として、「変革のタグボート」というコンセプトを掲げていますね。どのような組織でしょうか?

飯田:JPデジタルは、日本郵政グループの各社から出向という形で人が集まっています。郵便局を変革するのだから、郵便事業を行っている会社のみから人を集めて変革をする方法もあります。それは悪いことではないですが、違うカルチャーや専門知識、考えを持った人たちが集まることで生まれる価値があるはずです。いまどきの表現でいうとダイバーシティ(多様性)を重んじるということでしょうか。これまで日本郵政グループでは、このような取り組みがなかったので新しい体験だと思います。

飯田氏

お客さまの体験価値を高める「みらいの郵便局」

山原:変革を進めるため、飯田さんがJPデジタルのCEOに就任された2021年から、1 on 1形式で一緒に打ち合わせさせていただいております。最初の打ち合わせは、JPデジタルのビジョンやクレドについてでした。郵便局のデジタル化が大きなテーマでありつつも、お話を伺いながら、飯田さんは単に郵便局業務をデジタル化したいわけではないと感じました。

飯田:デジタル郵便局のアプリを開発したり、荷物の発送や受け取りをスムーズにしたり、オンラインで金融相談ができたり、進化させていきたいことはいろいろあります。しかし、郵便局をデジタル化することがゴールではありません。

私は日本郵政グループに入る前、楽天で15年間仕事をしてきました。楽天は、ECプラットフォーマー、IT企業であり、デジタルのイメージが強いかもしれません。しかし、モノを作って売っているのは人であり、モノを買っているのも人です。デジタル技術は、モノを売買する体験を、より良く、便利にするためのものです。あくまでもメインは人です。それはEC以外の事業でも同じだと考えています。

日本郵政グループは、郵便、銀行、生命保険の事業を展開しています。さらに、本社・支社で仕事をする人、郵便局のフロントラインで働く人など、さまざまな業務に携わる社員がいます。その全ての人たちがお客さまのために仕事をしていて、全国2万4000の郵便局は、お客さまとの接点です。デジタル化への取り組みを考えるべき起点は、そのお客さまのためにより良い郵便局を目指し、より良いサービスを提供していくことでなければなりません。

山原:打ち合わせでは、飯田さんが、JPデジタルの役割や、ご自身が思い描く郵便局や日本郵政グループの未来像などを熱く語られます。お話を伺っていて、実現したいことが本当にたくさんあるんだと感じます。

飯田:いつも、私が思っていることを山原さんにバーッと話すと、「飯田さんが思っていることは、つまりこういうことですか」と、分かりやすく言語化したりシンプルに図示したりして返してくれる。そんな会話のキャッチボールをずっとやっていますね。

そこから、リアルの郵便局ネットワークとデジタルを融合した「みらいの郵便局」というコンセプトが生まれました。私たちが実現するのは、リアルの郵便局も含めた、あらゆるお客さま体験がデジタルの力でスマートになった郵便局です。デジタル化はあくまで手段であって、大切なのは、お客さまに対していかに新しい価値をつくれるかです。

JPデジタルポスター

各地の郵便局をめぐり、人と会い、考えを伝え合う

山原:飯田さんがこれまで在籍された外資系企業やベンチャー企業と、150年の歴史がある日本郵政グループでは、企業文化の違いなども大きいのではないですか?

飯田:かなり違いを感じます。日本郵政グループは非常に大きな組織で、さまざまな歴史や事情が折り重なっているので、全てを簡単には変えられないことは承知しています。とはいえ、日本郵政グループのルールや文化が窮屈とは思っていません。むしろ、毎日新しい発見があって、楽しみながら学んでいます。楽天のアメリカ法人の社長だったときは、アメリカを拠点にいろいろな国に行って事業を国際化してきました。異文化に触れると驚きや楽しみがあるじゃないですか。それと一緒ですね。

昨年、JPデジタルのCEOに就任したときは、「やれることからやろう」と考えていました。野球に例えれば、最初からホームランを狙うのではなく、自分が打てる球をしっかり打ってヒットにするということです。この姿勢は今も変わらず、変革はヒットの積み重ねだと思っています。一つ一つアクションを起こして、言ったことを証明していく作業は地味に見えますし、時間がかかるかもしれません。しかし、焦ってはいけないと思っています。

山原:日本郵政グループには、飯田さんのように外資系企業やベンチャー企業をいくつも経験してきたエグゼクティブの方は少ないのではないでしょうか。飯田さんがグループCDOになられて、社員の方々は何か大きな変化が起きるのではないかと、期待と不安が入り混じった気持ちになった方もいるのではと思いました。そのような方々に対して、飯田さんはポジティブになじんでいかれたように見えました。社員の方との接し方は意識されましたか?

山原氏

飯田:海外で勤務していたころから、人種が違っても同じ会社の仲間なんだという意識で常にコミュニケーションしていました。いま相対している社員は日本人が多いですが、同じですね。どうしたら心を通い合わせることができるかを考えています。

山原:最初のころから飯田さんは、細かい話よりも、「お客さま中心思考になる」「みらいの郵便局をつくる」と、大きなビジョンを掲げ、期待感を持たせてインナーコミュニケーションをしている姿が印象的でした。さらに、「みらいの郵便局」のビジョンを浸透させるために、関西や北陸など、各地の郵便局を回られましたね。オンラインでも済む時代に、直接会って話をする意図はなんでしょうか?

飯田:本社で行っていることは、各地の支社や郵便局で仕事をしている人たちからは分かりません。本社がコンセプトを掲げただけでは、何かが変わる感じがしないと思ったんです。いつもの日々が変わらず流れていくだけで、なんとなく閉塞感があるような……。そこで、「みらいの郵便局」とはどういうものか、日本郵政グループが何を目指しているのかを直接伝えたいと思いました。それに、まずはいろいろな郵便局で仕事をしている人たちに会って話して、社員のことを知りたいという気持ちもありました。

山原さんにお手伝いいただき、プレゼンテーションという形で社員のみなさんにお話ししました。郵便局の社員にとっては、きっと新鮮な内容だったと思います。

デジタル化して機械的な郵便局になっていくのではなく、そこに人がいるから郵便局らしさが出ること。デジタル技術によって、お客さまにより良いサービスが提供できると同時に、社員の業務も効率化されること。このようなことを実現したいという話から、希望の光が見えたように感じてもらえたようで、「『みらいの郵便局』が実現するまで頑張ります」というメッセージをいただいたりもしました。

山原:私も、プレゼン後に郵便局長などからいただいた手紙やメッセージを少し拝見しましたが、何かが大きく変わるかもしれないという期待を多くの方が抱かれたようですね。

飯田:そう思いたいですね。日本郵政グループの社員は40万人もいますから、まだまだだとは思いますが、引き続きメッセージを発信し続けていきます。

取材風景

※後編に続く

 

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