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経営課題にクリエイティビティをどう生かすべきか?~野中郁次郎氏×佐々木康晴氏対談No.3

アイデアは「言語化」せよ!

2022/09/12

「これからの経営に必要な創造的発想と、クリエイティブの可能性」をテーマに、経営学者の野中郁次郎一橋大学名誉教授と電通CCOの佐々木康晴氏が語り合う連載企画。

野中氏が提唱する、ナレッジ・マネジメントの枠組みである「SECIモデル」をベースに、イノベーティブな経営に必要な要素を浮き彫りにした第1回第2回に続き、最終回となる今回は、アイデアや意味をアウトプットする「ことば」の役割について考えてみました。

経営課題にクリエイティビティをどう生かすべきか?

 
【SECIモデル】
個人の暗黙知を形式知に変換し,組織全体で知識を創造し続けるためのスパイラル状のプロセス。

(1)現実を感知したり相手の視点に立って暗黙知を獲得する「共同化:Socialization」
(2)対話などで本質をつかみ、喩えや仮説で形式知にする「表出化:Externalization」
(3)あらゆる知を自在に組合わせて体系的な集合知を生み出す「連結化:Combination」
(4)理論や物語りを実践し、組織知を身体化し、自己変革する「内面化:Internalization」

4つのフェーズをスパイラルさせることで組織全体の底上げを図る。

野中郁次郎



 

議論とアウトプットの質を高める「書く人」の存在

佐々木:前回と前々回のお話で、日本企業がイノベーションを活性化させるためには個人の主観から始まる二人称の「共感」を経て、三人称の客観的な知識にしていく「真剣勝負」が重要であることがよく分かりました。その上で、お聞きしたいのは「共感」を「客観的な知識」に変換する際の「ことば」の役割についてです。日々のクリエイティブの現場では、暗黙知から言語化してみせる部分を、クリエイターたちがまるで簡単なことのようにさらっとやってのけるケースがあるのですが、これは実はもっと価値のある行為なのではないでしょうか?

野中:言語化はとても大切です。有名なホンダの「ワイガヤ」という真剣勝負の場も、単にプロジェクトメンバーで議論するだけでなく、そこで起こったことを紙に「ことば」で記して壁にペタペタと貼っていくんです。この「書く人」がキーポイントで、ただ話を記録するのではなく、背景にある本質を捉えなければなりません。本質を突き詰めないと、ただのことば遊びで終わってしまうので、「書く人」の役割はとても重要だと思っています。

佐々木:議論からリアルタイムに本質を抽出して、それを短いことばにして紙やボードにさらっと「書く人」が、実はとても大切な存在だったわけですね。

野中:フッサールが提唱した本質直観は、経験や体験の背後にある意味を追求することなんです。目の前にあるサイコロは正面から見ると3の目があるけれど、ぐるっと回してみると3の裏側には4の目があることが分かる。5の目の裏側には2の目がある。どうやら、表裏を足すと7になるみたいだと、体験の中で分かっていくわけです。それだけではただの体験ですが、「立方体」という本質を直観することで普遍的な意味が生まれます。要するに、真理は常に動きながら生まれるものなので、背後にある普遍の意味をつかむプロセスが必要なんです。しかも、責任にコミットした人たちが全身全霊で取り組む場ですから、そこから導き出される本質は、普通のブレーンストーミングとは質が違いますよね。

佐々木:まさに今おっしゃった「書く人」は、われわれがクリエイティブの現場でやっている役割に近いと思いました。議論の場で起きたことをもとに、「それって、こういうことですよね?」とことばにしていく。良いことばであるほど、「それなら、こうしたほうがもっと面白い」とか、「これもできるよね」とか、新しいアイデアがどんどん生まれます。議論の背景にある本質を「ひとこと」で捕まえることができると、アウトプットも優れたものになると感じています。クリエイターは単に思いつきのアイデアを持っていっているのではなく、共同化と表出化のプロセスを実践しているのだと再認識しました。

野中:やはり書く時には、“意味”を書かないといけませんから、すなわちそれは背後にある共通項を書くということでもあるとも言えます。そしてもう一つポイントになるのが、そこに身体性を伴うということです。実は「手を動かして書く」という行為自体がとても大切なんです。パソコンで文字を打つ作業は情報処理になりがちですが、「手を動かす」という身体性は、感性を研ぎ澄ませ、全身全霊を総動員する助けになります。

佐々木:とてもよく分かります。僕も企画やコンセプトを考える際、一番重要な「アイデア」の種を出す時はパソコンを使わずに手書きで書いているので、「手を動かす身体性が大切」という言葉にはとても勇気づけられました。確かに電通の多くのクリエイターも、それぞれのアイデアづくりのプロセスのなかに何かしらの身体性を取り入れているように思います。

野中郁次郎

相互主観、異質性、言語化……クリエイティブの強みが経営にイノベーションをもたらす

佐々木:身体性という観点で少し話はそれますが、われわれクリエイターのあいだでもリモートワークが浸透し、非常に効率よく打ち合わせができるようになった一方で、明らかに何かが失われているような感覚があります。

野中:SECIモデルをもとに生まれたアジャイルスクラムという開発手法では何をするのかというと、毎朝一人一人が昨日の振り返りをすることから1日が始まるんです。テーブルの前に立ち、相手との間合いを取り、それこそ真剣勝負で本質的なことだけを話す。身体性を伴った空間で、全員が昨日起きたことの本質を言語化することで、次にやるべきこと、先の未来を見通すのです。もちろん、実際に会っているほうがベターですが、オンラインでも同様の環境をセッティングすることはできると思います。

佐々木:いかに真剣勝負の場をつくれるかが大切だということですね。ところで、客観的な情報だけでなく、主観を思考に取り入れるという意味では「デザイン思考」というアプローチも全世界で流行しています。しかし、デザイン思考は身体的な感覚をラピッドプロトタイピング、すなわちすぐにカタチにするため、言語化のプロセスをあまり重視していないようにも感じます。

野中郁次郎

野中:やはり言語化のプロセスは重要だと思います。いったんプロトタイプをつくったあと、立ち戻ってでもいいから言語化すべきです。イメージが先行すると、その背後にある意味が希薄になっている可能性もあります。個人の主観から始まる二人称の「共感」を通して“意味”を言語化し、普遍的な集合知にしていく。このプロセスがないと、いつまでたっても組織に共有される「客観」になりません。このことを私は、矛盾や対立を超えて新しい知へと変革(transformaiton)する「二項動態(dynamic duality)」と呼んでいます。

佐々木:今回のお話しで、企業がイノベーションを実現するためには、個人の主観をぶつけ合うクリエイティブペアが、真剣勝負を通じて「共感」を生み、新しい意味や価値を言語化することが必要だと分かりました。

電通のクリエイティブチームは、日ごろから一人一人が本気で「主観」をぶつけ合いながら新しいものを生み出している経験や、“半分内部・半分外部”という立場であり、各クリエイターがそれぞれユニークな興味関心領域を持っているという「異質性」、さらに「場」の本質を捉え、アイデアやコンセプトに「言語化」する能力があります。その能力は表現の創造だけではなく、企業の経営改革とイノベーション創造にそのまま生かせることを確信しました。これから、経営層のみなさまとクリエイターたちの徹底的な議論の場が増えていくのを楽しみにしています。

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