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STARTUP GROWTH TALKNo.6

未来の事業をつくる、ステークホルダーとのコミュニケーション(前編)

2022/09/16

本連載では、スタートアップ企業の起業家、経営者、投資家、CMOなどが、会社や事業の成長過程で直面した課題をどのように乗り越えたのか、スタートアップ支援を行なっている電通社員との対談形式でお届けします。

今回のゲストは、『レーザの力で、「できない」を「できる」に変える。』をミッションに掲げ、通信・産業・医療等の分野で新しい半導体レーザソリューションや、網膜投影レーザ技術を活用したロービジョン者の可能性を拡げる「With My Eyes」プロジェクトを展開する、株式会社QDレーザ代表取締役社長の菅原充氏。

度重なる資金調達を行いながら10年以上にわたって研究開発を続け、世界で初めて量子ドットレーザの量産化に成功、医療機器製造業認証まで獲得してヘルスケア領域にまで参入、ついに2021年2月に上場を果たした同社の成長ストーリーを、電通の越智浩樹、秋山貴都が詳しくお聞きしました。

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(左から)電通 越智氏、QDレーザ 菅原氏、電通 秋山氏

この画期的な技術を、社会実装せずに終わらせるわけにはいかない

越智: QDレーザとは2021年に上場する以前の2019年夏ごろからパートナーとして深くお付き合いさせていただいていますが、上場に至るまでの経緯を詳しくお聞きすると、創業時のエピソードも含め、資金調達を何度も実行したり、事業を拡張したりなど、さまざまな壁を乗り越えながら今に至っていると感じています。

今回はそういった困難や大きな岐路で「どのような成長ストーリーを描き、多くのステークホルダーを巻き込んでいくことで、物事を前に進めてきたのか?」という切り口でいろいろとお聞きしたいと思います。はじめに読者の方々に向けて、改めてQDレーザがどんな会社なのかを簡単に教えていただけますか?

菅原:もともと私は富士通研究所で半導体レーザの研究開発をしていたのですが、2000年ごろの通信バブル崩壊の影響で半導体レーザを事業化する部署が売却されてしまいました。その後は経産省と文科省の支援を受けながら国家プロジェクトとして量子ドットレーザの研究を続けていたのですが、このプロジェクトも2005年に終了します。

量子ドットとは、数ナノメートルから数10ナノメートルの半導体微結晶で、これを用いた量子ドットレーザは高い温度安定性や省消費電力を実現します。この画期的な技術開発を社会に実装せずに終わらせるわけにはいかない。そのような思いから、量子ドットレーザ技術の事業化を目指し、富士通研究所のスピンオフベンチャーとして2006年にスタートしたのが当社です。創業時のメンバーは4人、QDレーザという社名は、量子ドット=Quantum dotに由来しています。

これまでに、世界初となる通信用の電流無調整量子ドットレーザの開発と量産に成功するとともに、精密加工における非加熱加工や高精細な加工を実現する「ピコ短パルスDFBレーザ」、バイオメディカル用のフローサイトメータや顕微鏡などに活用できる「小型可視レーザ」、シリコン光回路用の「量子ドットレーザアレイ」、そして、網膜走査型レーザアイウェアの「RETISSA」シリーズなどの製品を開発し、2021年2月には東京証券取引所マザーズ市場へ新規上場しました。

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QDレーザ 菅原氏

越智:当時はまだ量子ドットレーザが研究開発の段階で事業化できていなかったと思うのですが、その中でどうやって投資家や初期メンバーを集めていったのでしょうか?

菅原:まず事業計画書を書いて、国家プロジェクトリーダーを勤めていた東大の荒川泰彦教授に相談しました。そこで産学連携に注力している三井物産の方を紹介してもらったのですが、その方がたまたま富士通のVC担当者とつながりがあったのです。そんなご縁もあって富士通と三井物産の共同出資で立ち上げることができました。

メンバーは学会の人脈の中から地道に探しつつ、当時は電機産業が低迷している時期で大手メーカーの早期退職が増えていたので、そのルートからも経験豊富で優秀な人材を集めることができました。みな、画期的な技術を社会に実装するというチャレンジに共感して参加してくれましたが、やはり富士通のバックアップや国の基礎研究があったことも大きいと思います。

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電通 越智氏

レーザーアイウェアの社会的意義を伝え続け、総計90億円超の資金調達を実現

越智:その後、2008年には-40℃〜100℃で動作する光通信用量子ドットレーザを世界で初めて実現し、資金調達を重ねながら2009年には光通信用10Gbpsの
量子ドットレーザの世界初となる実用量産化に成功します。通信領域の製品化に進むのかと思いきや、そこから材料加工やセンシングなど、複数の領域に展開していったのはなぜでしょうか?

菅原:通信領域は規格の壁を乗り越えることができず、すぐに市場に入るのが難しかったのです。当時から誰にも真似できないコア技術があるしタレントも揃っていましたが、ビジネスとしてQDレーザを支える事業がありませんでした。そこでビジネスの可能性を広げるべく、加工とセンシング、そしてディスプレイに展開していったのです。

秋山:ずっと狙っていた通信領域の市場参入が難しいという話は、投資家にどう説明したのですか?伝え方次第ではけっこうシビアに受け取られそうですよね。

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電通  秋山氏

菅原:私たちのビジネスモデルはコア技術で材料を生み出し、そこからファブレス(製品製造のための自社工場をもたない経営方式のこと)で外部に製造委託した製品を売るシステムなので、コア技術で応用できる領域にはチャンスがあると説明しました。後で投資家の方に聞いたら「QDレーザはもしかするとダメかもしれない」と思われていたらしいですが(笑)。

当時はすでに年間1億円程度の売上があったのでビジネスが全く成り立っていないわけではありませんでしたが、追加出資は投資家にとっても非常に勇気のいる決断だったと思います。

越智:さらにディスプレイ、すなわちレーザーアイウェア事業はさらに一歩踏み込んで、医療領域への挑戦という、かなり大胆とも思われる展開を果たしています。結果的に約5年で計40億円超の資金投下を経てようやく回収フェーズに入りましたが、この期間の資金調達はどのように乗り切ったのでしょうか?

菅原:コア技術と知財があり、さらに医療認証を取ることで独自性の高い価値を生み出せるというビジネス視点の話だけでなく、弱視の方が見えない世界を見えるようにし、目の健康寿命を延ばす可能性がある、社会的意義が大きい取り組みであることを説明しました。

秋山:その時の投資家の方々の反応はどうだったんですか?

菅原:そこはもう人それぞれですよね。とにかくたくさんの人にお会いして、社会的に意義がある事業であることを何度も何度も説明し、共感してくださった方々が投資をしてくれました。

越智:一方で、社員の方々への説明も気になります。事業化に時間とお金がかかるのは分かっているにしても、どうしても不安や迷いが出てくると思うのですが、そこはどうケアされていたのでしょうか?

菅原:資金調達の状況やキャッシュフローの内訳をできるだけオープンに説明するようにしていました。「いま赤字はこれぐらいあるけれど、動いているキャプチャがこうなっていて、ここで資金調達があるから大丈夫だよ」と。

越智:なるほど、心理的安全性をきちんと確保した上で進めるようにしていたのですね。

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価値をイメージできないものに、人はお金を出さない

秋山:投資家を含めた社内外のステークホルダーの方々とコミュニケーションを続ける中で、成功も失敗も重ねて来られたと思うのですが、そこから得られた気づきやマインドみたいなものはありますか?

菅原:昔は研究者や技術者は新しいものを作って論文で発表すれば良かったのですが、今はそれだけでは不十分で、自分がつくったものが社会にどう実装されて、どんな価値や変化を生み出すのかまで伝えないといけません。そこが具体的にイメージできないものに人はお金を出さないし、協力しようとは思わないですからね。私自身、1勝9敗ぐらいの勝率で何度も説明を繰り返し、伝え方をブラッシュアップし続けることで、ようやく最近は理解していただけるケースが増えてきたと感じています。

秋山:ある程度実績があれば説明されるほうもイメージしやすいと思うのですが、その手前の研究開発の段階で説明する際に、心がけていることはありますか?

菅原:やはり相手にとってはクレイジーな話を持ちかけることになるので、相手がどんな立場の人で何を考えているのか、どんな情報を持っているのか、想像してチューニングしながら説明することが重要です。骨格となる話は同じであっても順番や中身は一人一人変えていますからね。

秋山:なるほど、コアなストーリーがあった上で、相手のことを想像しながらカスタマイズしているのですね。

菅原:そうですね、「私にとってどんな価値があるのか?」という問いに答えることが大事だと思います。

(後編に続く)

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