月刊CXNo.8
クラスターの見極めが動画広告のカギ「ちょっとラビューで秩父まで」西武鉄道CXキャンペーン秘話
2022/09/13
日々進化し続けるCX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験)の領域に対し、電通のクリエイティブはどのように貢献できるのか?
その可能性を解き明かすべく、電通のCX専門部署「CXCC」(カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター)メンバーがCXとクリエイティブについて情報発信する連載。それが「月刊CX」です(月刊CXに関してはコチラ)。
今回は、西武鉄道のデスティネーションキャンペーン「ちょっとラビューで秩父まで」を紹介。動画広告の配信をクラスター分析を用いて最適化することで観光客の数を増加させたデータドリブンなCX事例について、電通CXCCのクリエーティブ・ディレクター、速水一浩氏に聞きました。
【速水一浩氏プロフィール】
電通
カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター
クリエーティブ・ディレクター/CMプランナー
中部支社、本社3CRPを経て、2021年CXCC発足とともに手を上げて異動。6秒から長尺まで“伝わる”動画を軸に、ブランドにとって最適な顧客体験を設計するCXクリエイティブディレクションを得意とする。
主な受賞歴に、ACCフィルムゴールド、ギャラクシー賞、消費者が選んだ広告コンクール、東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞・地域最優秀賞など。
“行動起点”でクラスター分けして、テストマーケティングで最適化する
月刊CX:秩父のさまざまな観光スポットをムービーで紹介するこのキャンペーンでは、デジタル広告の動画配信をクラスター分けによって最適化することでその効果を大きく向上させたそうですね。このやり方を採用する前はどのようなやり方をとっていたのですか?
速水:西武鉄道はもう5年担当しているのですが、以前は、デモグラ(性別・年代などの属性情報)によるターゲティングで動画配信を行っていました。
例えば「若い人を呼びたい」といった狙いから動画の企画をつくり、その動画を若い人向けに広告配信して、CM好感度や、どれくらい人が来たのかを計測するといったやり方です。デジタル広告で独自の動画企画をつくるというよりは、基本はまずCMがあって、そのCMがそのままYouTubeなどのデジタル広告の素材になることが多かったです。
キャンペーンサイトにはテレビCMとウェブムービーの他にクラスター別の訴求ムービーを格納
※画像をクリックすると、動画を見られます
月刊CX:それを今回は、クラスターターゲティングに変えたということですね。そのクラスターの分け方について教えてください。
速水:まず、「秩父に来てくれるポテンシャルがあるのはどういう人たちか」を調べました。「車ではなく電車で移動」「都内に在住」「都外へ旅行」などの条件に合った人たちを行動起点でクラスター分けして、ターゲット設定していくことをストラテジーの柱としました。
月刊CX:行動起点というのは具体的に言うと、「グルメ」「史跡巡り」「インスタ映え」などでしょうか。
速水:はい。今までは広告の訴求ポイント(観光地として秩父のどんな場所や魅力を伝えるのか)は、「メジャーなもの」だとか「秩父としてここを見せたい」という観点で決まっていましたが、ターゲットの「行動」を起点とすることで訴求ポイントの決め方にロジックが入りました。
月刊CX:「グルメが好きな人たちにはこの店」とか「歴史好きクラスターにはこの神社」といった具合に、訴求ポイントをターゲットに合わせて分類していくわけですね。
速水:もちろん「この神社は見せたい!」といった場所に対する意思は元々先にあるのですが、それを選ぶときに「神社は歴史探訪好きクラスターにいいよね」というロジックが導入されたということです。
月刊CX:ターゲットの行動を調査分析して、誰に何を訴求するかを決めていくと。
速水:実は今回の春キャンペーンの前の秋冬シーズンで、調査で見つけた4つのクラスターに対してテストマーケティング的にバナーを展開してみたんです。そのバナーの効果検証を踏まえて4つのクラスターのうち2つは春キャンペーンには使うのをやめて、新たに見つけたクラスター1つを足すということをやりました。
月刊CX:クラスターの設定を変えたんですね。たしかに見せていただいた春キャンペーンのムービーは3種類でした。
バナーでのテストを経て春キャンペーンのクラスターは「グルメ」「歴史」「アウトドア」の3つに決定
※画像をクリックすると、動画を見られます
速水:クラスターによって配信できる人の比率は、最初の4つのクラスターのときは全体の85%だったんです。それを3つに調整したことで90%にまで上げることができました。
月刊CX:すごいですね。分類の仕方の精度を上げることで、クラスターの種類は減ったのに到達できる人の数は増えたと。差し支えない範囲でもう少しだけ具体的に伺えますか。
速水:さきほどの神社の例では、「インスタ映え」を求めるクラスターは、秋冬のバナーの結果を見て廃止しています。僕らもやってみて気づいたのですが、「映えを求める」という行動は、神社もグルメも撮り方によっては「映え」になります。だから、意外とボヤケてしまうんです。
月刊CX:スポットの絞り込みという意味では、効果的ではなかったと。
速水:行動起点といっても、やっぱりそのもう一個手前の趣味嗜好というか、秩父に来てもらうモチベーションに近いところでそこを見極めていった方が、実際に来てくれる確率は上がるんじゃないかと。
月刊CX:「旅で何をするのか」という結果としての行動ではなく、「旅の何に魅力を感じているのか」という行動のモチベーションとなる趣味嗜好で分けるべきだということですね。
アジャイルでもデータドリブンでも、
クリエイティブに大切なのはコミュニケーションとチームワーク
月刊:つぎに、つくり方についても聞かせてください。こうした、直前の結果に合わせて訴求ポイントを変えていく柔軟なやり方は、動画の制作への負荷も高まるのではないかと想像されますが。
速水:秋冬のバナーの調査データが上がってくるのが本当に春の撮影のギリギリ直前だったので、そこからロケ地やロケ内容をドタバタと調整していった感じです。
月刊CX:そのスケジュールのタイトさはアジャイルな進め方の難しいところですね。ムービーを見せていただきましたが、そうしたドタバタさは一切感じさせず、訴求ポイントがきれいに整理されて楽しく美しくこちらに伝わってくる映像でした。
速水:整理されてましたか(笑)。そう言ってもらえるとうれしいです。
月刊CX:整っているだけでなく、その映像のナチュラルな雰囲気に驚きました。広告のロケのそれではなく、まるで旅番組やドキュメンタリー番組の一部を切り取ったような自然さで。
速水:映像はおっしゃる通りドキュメンタリーっぽく、本当に旅をしてもらって、それを切り取っていく形にしたかったので、カメラを増やしたり、出演する堀田真由さんにもカメラを渡したり、いろいろなことを駆使しながら実施して、うまくいきました。
クリエイティブは、プロダクションも含めてずっと一緒に秩父のキャンペーンを担当してきたチームだったので、アジャイルな進め方でドタバタする部分があってもやるべきことは変わらなかったというのはあります。
最初にがっつりと、監督やプランナー、プロデューサーを含めみんなに「こういうふうにしたいです」と、狙いを伝えてやり方を相談しました。やり方が変わっても、大事なのは結局、しっかりコミュニケーションを取ることと、チームワークかもしれません。
CXクリエイティブは、「面白さ」と「正しさ」の両輪で進む
月刊CX:個人が撮影したようなナチュラルさもありながら、どのカットも丁寧に計算されてつくり込まれているところが素晴らしいと思いました。こうしたデータドリブンなCXクリエイティブの作業にとって、大事なポイントは何でしょうか。
速水:「面白さ」と「正しさ」という2軸は、とても大事だと思っています。
月刊CX:「面白さ」と「正しさ」。詳しく教えてください。
速水:「正しさ」はデータドリブンとしての正しさ、狙うべき人を正しく見定めることです。「その人たちにはどこに行けば接触できるのか」というメディアの選定もそれに含まれますし、見せるべき映像、秩父で言うと「観光地として何を見てもらえば来たくなってくれるんだろう」という場所のセレクトもそれに入るでしょう。
月刊CX:「面白さ」は?
速水:データドリブンな判断が全部正しかったとしても、つくったものが面白くなかったら全然駄目なわけで、やっぱりクリエイティブがチャーミングかどうかが重要です。
月刊CX:私はムービーを見て単純に「秩父って意外と楽しそう!」と思いました。
速水:やっぱりその感想が一番うれしいところで、それさえ残っていればムービーとして成功です。西武鉄道の話ではなく一般論として、かつてのクリエイティブはともすれば企画やコピーの「面白さ」だけで勝負してきた部分もありました。しかしデータドリブンなCXクリエイティブになったことで、そこに「正しさ」が加わりました。「面白さ」と「正しさ」を両輪として回していくところが、難しさでもあり楽しさでもあり、重要だと思っています。
月刊CX:古いスタイルですと「正しさ」をストラテジーチームが担当して「面白さ」をクリエイティブチームが担当する時代もありましたが、今、それらは融合しているということですね。
速水:融合していますし、やったことをデータとして追跡することで、成果というか、答え合わせができることも実感しています。
月刊CX:逆に言うと答えが出てしまう怖さみたいなものもありますか?間違ったときにそれがはっきりわかっちゃうという怖さは。
速水:それはありますね。でもそれも含めて面白い。
月刊CX:今回のように成功したときにはちゃんとわかりますしね。
速水:今回のキャンペーンはクライアントにもとても喜んでいただきました。秩父のいいところを本当にたくさん出してくれたと。
月刊CX:こうしたデータドリブンでアジャイルな進め方に変化したことで、クライアントとの関係にもなにか変化はありましたか?
速水:クライアントと、より理解が深められたというか、同じ方向を見てキャンペーンを進めていく、ある種のパートナー感が非常に強まったと感じています。
バナーでまず試してその結果から次のムービーをどうするか検討するなど、以前よりもお会いする頻度は格段に増えましたし、会話量も増えました。もちろん、元々、クライアントとの仲はとても良かったのですが、こうしたアジャイルの作業を共に進めるようになってからは、今、何をやっているのか、次、どういう方向に向かいたいのかを、常に共有し合えて、お互いの理解と信頼がさらに深まっているのを感じます。
月刊CX:まさに、同じ方向を見れている状態ですね。
速水:クライアントと横に並んで見れている感じがします。お客さんを一緒に。
月刊CX: 最後に今後CXクリエイティブで挑戦したいことがあれば教えてください。
速水:いわゆるCMがあってウェブムービーがあってバナーがあってというフルファネルの形は、完成形というとおこがましいですが、ひとつやりきっている感じはあって、今後はCXとしては新しい体験みたいなものをキャンペーンの全体の中に入れていけたらいいなと思っているところはあります。
月刊CX:新しい体験とは?
速水:ぼんやりしているんですけどね。何か新しいテクノロジーが入ってくることもひとつあるかもしれないし、リアルイベントを軸に置いてキャンペーンを展開してみるのもあるかもしれません。流行でいうとメタバースを活用したコミュニケーションを取り入れるのも面白いかもしれませんね。
(編集後記)
月刊CX 第8回では、クラスターによってクリエイティブのつくり方や見せ方を変えて、その効果を向上させた西武鉄道のキャンペーンについて話を聞きました。
クラスターの分け方については、どういった趣味嗜好やモチベーションによって人が行動を起こすのかを見極めて設定することで、その効果に大きな違いが生まれます。
また、柔軟で俊敏なアジャイル型のクリエイティブ制作には、これまで以上に密度や精度の高いコミュニケーションとチームワークが必要とされるようになり、それによってクライアントとクリエイティブとの信頼や理解は深まっていくということもわかりました。
今回のインタビューは、「CX Creative Studio note」(CX Creative Studio noteに関してはコチラ)とも協力しながら行っています。電通CXCCチームだけでなく電通デジタルのCXクリエイティブチームとも連携した、より幅広い事例の収集や紹介等も行っていますので、興味がおありならそちらも併せてご覧ください。
また今後こういう事例やテーマを取り上げてほしいなどのご要望がありましたら、下記のお問い合わせページから月刊CX編集部にメッセージをお送りください。ご愛読いつもありがとうございます。