「フラット・マネジメント」~これからのリーダーに必要なマネジメント思考とは?No.2
「人は誰でも特別な存在として扱われたい」~ホテルプロデューサー・龍崎翔子氏のマネジメント原則
2022/12/14
「若者から未来をデザインする」をビジョンに掲げ、新しい価値観の兆しを探るプランニング&クリエーティブユニット、電通若者研究部「ワカモン」(以下、ワカモン)は、これからのリーダーに必要なマネジメント思考について研究しています。
その活動から導き出されたのが「フラット・マネジメント」という概念。リーダーがトップダウンで意見を押し付けるのではなく、部下やチームメンバーをリスペクトし、対等な水平目線で向き合うことで、「心地いいチーム」を作りだそうというのが基本思想です。
本連載は、そんな「フラット・マネジメント」を実践している著名人と、ワカモンメンバーとの対談企画。第2回は、ゲストとホスト、ゲスト同士、さらにゲストと街の文化がつながれる次世代の宿泊施設「ソーシャルホテル」を提唱し、ホテルの再定義を行う起業家・ホテルプロデューサーの龍崎翔子氏に、ワカモンの古山萌美氏がインタビューします。社員の大半が自身より年上だという龍崎氏にとっての「マネジメント」とは?
「あなたの力を貸してほしい」という想いが根底にある
古山:龍崎さんは19歳で起業し、自分よりも年上の社員の方をマネジメントする機会が多かったと思います。リーダーとして、どのように社員の方々とコミュニケーションを図ってきたのでしょうか。
龍崎:前提として、私はそもそも「マネジメントしよう」とはあまり思っていません。メンバーのみなさんに対しては、「私はこういうことで困っている。助けてほしい」「あなたの力を貸してほしい」というコミュニケーションなんですね。だから、そんなに年上とか年下とか関係なくて。
古山:なるほど。年齢で判断するのではなく、その人の「スキル」部分を見るように意識されているのですね。フラット・マネジメントでは「上から目線より、横から目線」というように、相手の立場に視点を合わせたコミュニケーションを推奨しているのですが、日頃のコミュニケーションで意識されていることは?
龍崎:そうですね。基本的に「このパーツが今足りていない。あなたにここに入ってもらえたらめちゃくちゃ良くなると思うので、力を貸してもらえないですか?」というスタンスを大事にしています。
古山:かなりポジションを具体的に示すようにされているのですね。年上の方を採用するにあたって、難しさはありませんでしたか?
龍崎:私が年下だとわかって応募してくださっているので問題はなかったですね。逆にみなさんのほうが私より経験があるので、仕事を1から丁寧に教える必要もなく、大いに力をお借りしながら起業当初のしっちゃかめっちゃかを一緒に整えていました。
古山:ちなみに、起業されるまでのマネジメントのご経験は?
龍崎:ないです。強いて言えば中学時代の経験ですね。合唱コンクール、演劇、体育祭などのイベントでリーダーをクラスメートたちに任せてもらっていたんですが、そこで「あなたのこういうところが素晴らしいからここで活躍してほしい」というコミュニケーションをメンバーととっていたんです。今振り返れば、それが、私のマネジメントの原点になっているように感じます。
古山:学生時代の経験などからヒントを得られていたんですね。起業後に意識的に学ばれたことはありますか?
龍崎:大学では経営学を専攻していたのでおそらく学んでいたと思うのですが、今となっては全く記憶にないです。どちらかと言うと、「楽しかったアルバイトってどんな感じだったっけ?」「居心地悪かったチームってどんな感じだったっけ?」という過去の記憶を手繰り寄せ、抽象化しながら組織運営を行ってきました。
恋人も、社員も。離れていく理由は「愛情不足」だと思う
古山:過去に出会ったリーダーから、マネジメントのヒントを学ばれてきたんですね。具体的にどのような学びがありましたか?
龍崎:大学時代にホテルでアルバイトをしたんですが、そこの支配人が、今で言う「チームの心理的安全性」を高めてくれる方で。常にメンバーに関心を向けてくれたんですね。例えばアルバイト一人一人の名前をちゃんと呼んでくれたり、当時、軽音楽のサークルに入っていた私に「次のライブの練習はどう?」と言ってくれたり。
古山:「ちゃんと見てくれている」というアクションは、安心感を与えてくれますよね。
龍崎:はい。だから、フラット・マネジメントといっても全ての方を公平に扱うのではなく、全員にきちんと関心を向ける「特別扱い」が大切だと思うんです。でも、長年一緒に働いていると、そういうコミュニケーションがなくなってしまう。
古山:たしかに。さらに人数が増えるとどうしてもおろそかになってしまう場面もあると思うのですが、龍崎さんがチームに対して意識されていることはありますか?
龍崎:そもそもメンバーの方々は、必要な存在だからチームにいてもらっている「特別な存在」。だから「本当に出会えて良かったよ」「一緒にいてくれてうれしいよ」という想いを継続的に伝えることはめちゃくちゃ大事だと思うんですよ。メンバーの方がチームを離れる理由はさまざまだと思いますが、「愛情不足」もひとつの要素かなと思うんです。仕事内容そのものというよりも。恋愛も友達も家族も仕事も、人間同士の関係性の根底は全部同じではないでしょうか。
古山:ただ、「関心を寄せ続ける」というのは簡単なことではないと思います。普段からメンバーとのコミュニケーションで気をつけていることはありますか?
龍崎:相手の存在を当たり前だと思わないようにしています。恋愛でも時間が経つと存在が「当たり前」になるじゃないですか。良かれと思ってやってくれていたことも当たり前になって、嫌な気持ちになりますよね。
古山:ずっと一緒にいる相手だと、どうしてもそういうことはあるかもしれませんね。
龍崎:でも、人間が生まれた以上は必ず死に向かっていくように、チームにジョインした以上いつかは離脱に向かっていく。その人が会社にいてくれるのは当たり前ではないんです。だから、この人があるとき「辞める」と言うとして、「時間を戻せたらどういうふうに言うだろう?」「今自分はタイムリープしていて、この人を引き止めるためにここにいる」ぐらいの気持ちでコミュニケーションするようにしています(笑)。
その人がその人らしく活躍できる、会社という“舞台”を整える
龍崎:一緒に働くというのは、その方の貴重な人生の一部の時間を、この会社に投資してもらっているわけですから、それに見合う空間や環境を作ってあげたいな、と思っています。自分がどういう組織なら所属していたいかと考えたときに、やはり自分がエンパワメントされる場所で過ごしたいですから。ここで働くことで、自分の新しい可能性に気づき、自己成長につながる環境づくりを重視しています。
古山:一人一人の時間というか、人生までも、すごく大事にされているんですね。
龍崎:人間、ちゃんと自分の輪郭を保った上で、「自分が活躍できてる」と思える場所が一番居心地いいと思うんです。だから私がやるべきことは、メンバーが活躍できるように「舞台」を整えてあげること。1on1では「仕事に集中できているか?」を聞いて、問題があれば「取り除くために私にできること」を聞くようにしています。
古山:メンバー一人一人のために、リーダーは会社という舞台を整える。現代の若者は「人生の中で自分の時間をどう充実させるか?」をこれまで以上に大事にする傾向があるので、そうした考え方はますます必要になると思います。
龍崎:そうですね。自分のやりたいことと、その組織から求められていることがちゃんとハマって、かつ結果が出るという状態が一番居心地いいわけですが、それって本人の努力だけでどうこうできる領域じゃない。みんなが活躍できる環境を作るのは、会社にとって必要な投資だと思います。
経験者には、前職で学んだことを適切に捨ててもらう
古山:採用に関して、メンバーにホテル経験者がほとんどいないと伺ったのですが、その理由は?
龍崎:それは、「よくあるホテルをやりたいわけじゃなかったから」ですね。いろんなホテルで働く中で「ホテルとはこういうもの」といったように、思考停止していることが多いなと思って。業務の最適化がされにくかったり、「礼儀正しさ」に重点を置くあまり、お客さまの本来の要求にベクトルが向きにくくなっていたり。既存のホテルとは一線を画した世界観を持ったホテルを実現させるために、完全にゼロベースから「あるべきホテル像」を一緒に考えて作っていける人を採用したんです。
古山:なるほど、ゼロから作り上げるためにも、あえて未経験者の方で視野を広げようということですね。
龍崎:当時はまだ「どういうホテルであるべきか」を自分たちで築き上げている最中。「これがうちのスタイルです」という確固としたものをメンバー全員で共有できない段階で、ホテル経験者が「一流ホテルはこうだから」と主導してしまうのはチーム全体にとって良くないなと。今は自分たちの描くホテル像が明確になってきているので、私たちのあり方に共感してくださる経験者の方も採用しています。
古山:経験者への対応で、工夫されたことは?
龍崎:経験者を採用する場合は「アンラーニング(unlearning)」が重要です。前職で学んだことをいかに適切に捨ててもらうか。「前職ではこうやっていました」というのに対して「この会社がやりたいのはそれじゃない」となると、その方が活躍しづらい状況になってしまいますから。
自分に「裁量権」がない仕事に愛着を持つことは不可能
古山:そうして入社してきた社員のみなさんは、龍崎さんやこの会社のどこに一番魅力を感じたんだと思いますか?
龍崎:まずは「働いたら楽しそう」が大前提だと思います。それに加えて「自分の活躍するフィールドを自力で作り出せそう」と思えたのでは。つまり「裁量権」があるということですね。
古山:例えば各ホテルで行われるユニークなイベントの数々は現場の提案から実現していることもあるんだとか。
龍崎:ありますね。こちらは運営状況を整えた上で権限委譲するような形です。自分に裁量権がないことに愛着を持つのは不可能だと思うので、ある程度現場の裁量で決めてもらう。その方が絶対いいものになると思っています。
古山:逆に、採用する側としてはどういうところを大事に見ていますか?
龍崎:基本的には「バイブス採用」です(笑)。つまり、スキルセットやマインドセット以上に、その人と会社のカルチャーマッチを大事にしています。その人がジョインすることでわれわれの描く世界観をより濃くできるのか、それとも薄めてしまうのか、といった感覚的な部分を見極める。あとは「自分の上司にしたいか?」という観点も見落とされやすいですが大事だと思っています。「自分の部下や後輩にできる」という観点で採用することが多いかと思いますが、将来その人の後輩や部下になる人が必ず現れるわけなので。
思い描く未来像を、解像度高く、定期的に伝える
古山:最後に、龍崎さんがこれから目指したいリーダー像は?
龍崎:今まで話していたことと少し矛盾するのですが、今までどうしても一人一人の顔色を伺いながら過ごすことも多かったのですが、もっと「私がやっていきたいのはこういうことです」という未来像を、解像度高く、定期的に伝えていく必要があるなと最近は思っています。
古山:リーダーの目指すものをはっきりと示す。それも長期的な視点をできるだけ共有するということですね。今、お話しできる範囲で、どんな未来像があるのか教えていただけますか?
龍崎:ホテルを営んでいる者として、最近は「脱・観光業」したいと思っているんです。ホテル業って観光業の付属産業みたいに扱われているかと思うのですが、そんな訳ないなと思っていて。「自宅以外の場所に泊まる」ことを全て宿泊業と捉えるならば、病院も、お泊まり保育も、林間学校も、長距離飛行の機内も宿泊業になり得ますよね。
古山:なるほど、「宿泊」という行為を旅行や観光に限定せず広く捉えると、ビジネスとしていろんな可能性が出てくるんですね。
龍崎:そこで、ライフステージのいろいろな場面における「機能」を切り出した宿泊業の在り方を考えています。ホテルは「衣・食・住」の全部を兼ね備えた場なので、いろんな課題にアプローチし得ると思っていて。その一環として、出産・育児に関わるサービスを集約した産後ケアリゾートの「HOTEL CAFUNE」を運営しています。
龍崎:そして今後取り組みたいのが、子どもを数泊単位で預かることができる「泊まれる児童館」です。「仕事で3泊の出張がある」みたいなとき、友達の家に預けるか、実家に預けるか、連れて行くか、どれを選んでも気を使いますよね。そんなときに利用できるホテルがあればいいなと思っていて。
古山:機能特化型のホテル。たしかにすごくニーズがありそうです。
龍崎:そうやって考えていくと、「ホテルと生涯学習」とか「ホテルとサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)」「ホテルとホスピス」なども相性がいい。現代の家庭や社会が抱える課題の解決にホテルを組み合わせていければと考えています。
古山:目的に応じたサービスを備えた場でロングステイができるというのは魅力的です。暮らしの中に潜む「ちょっとした困りごと」はたくさんある。その解決方法の一つに「泊まる」という選択肢が生まれれば、解決できる課題がたくさんありそうですし、ホテルの概念が変わりますね。
龍崎:これまでホストとゲスト、ホストとホスト同士、さらに地域や文化とつながることができる「メディアとしてのホテル」を提案してきました。これからも観光のための施設という考え方に限定することなく、新しいライフスタイルや価値観を見据えてホテルの概念を拡張していくことに挑戦していきたいと思っています。
古山:ホテルが持っていた機能に、龍崎さんのアイデアが加わることで、さらに魅力的な未来像が見えてくるなと思いました。本日は貴重なお話をありがとうございました!
引き続き、本連載では「フラット・マネジメント」について、各業界で活躍する方々にお話を聞いていきます。どうぞお楽しみに!