【グローバル】加速するサステナビリティ&サーキュラーエコノミーNo.18
挑戦先進国:オランダのサーキュラーエコノミー視察に、日本企業が注目する理由
2023/06/26
新型コロナウイルス感染症のパンデミックも落ち着き、海外渡航が増えはじめる中で、日本企業によるオランダへのサーキュラーエコノミー視察ツアーが活況です。
今回はオランダ在住で、サーキュラーエコノミーツアーのコーディネートを行う西崎龍一朗氏と、オランダから日本の中小企業を支援する野口進一氏にインタビュー。
オランダでサーキュラーエコノミーやスタートアップのコミュニティが成功している理由、そして日本企業がどんなことをオランダから持ち帰っているのかについて伺いました。聞き手は、電通サステナビリティコンサルティング室の田中理絵です。
<目次>
▼イベントを「リビングラボ」と捉え、都市にスケールさせるという発想
▼「オランダはオランダ人がつくった」対話重視で、成績表がない学校教育
▼欲しいと思ったデザインの商品が、よく見たらサステナブル
▼若者の環境や政治への参加意識が高いのは、「楽しみながらやる」から
イベントを「リビングラボ」と捉え、都市にスケールさせるという発想
──最初に、オランダに住み日本企業向けのビジネスをすることになった背景を教えてください。
西崎:私は「ジャパングレーライン」という、イベントとツアーの専門会社に所属しています。育休取得中に偶然、オランダのサステナビリティへの取り組みを知りました。この取り組みなら、イベント業界にあるサステナビリティに関するモヤモヤを解決できるのではないかと思い、「サステナビリティ×イベント」で調査し、新規事業シートを書いて、社長プレゼンをしました。それが通って、社内ベンチャーとしてサステナブル事業部をつくることになり、オランダで、イベント業界に特化したアプローチをすることになりました。
──具体的にはどのようなイベントが、オランダならではなのでしょうか。
西崎:有名なのはDGTLという音楽フェスです。日本でいう、フジロックやウルトラジャパンのような大規模なイベントが、世界初のサーキュラーイベントになっていて、「イベントが、ごみゼロでできるなんて!」と衝撃を受けました。
西崎:イベントには、いろんな産業が絡んでいます。娯楽だけでなく、食、建築、交通などがあり、まるで小さな都市のようです。
オランダには、イベントを「リビングラボ」(生活空間を再現し、生活者参加の下で新しい技術やサービスの開発を行う場)として実施し、うまくいけば都市にスケールさせればいいという考え方があります。これを、ぜひ日本に持っていくべきだと考えました。日本でも企業でSDGsの取り組みをする際に「イベントは後回し」ではなく、むしろイベントを使うことで、サステナビリティ推進をしていけるようにしたいと思ったのです。
──野口さんが今の事業を始めたきっかけは何でしたか?
野口:私はオランダには2022年の4月に来たばかりです。日本の中小企業のサポートが多いですが、オランダ企業から日本やアジアへの進出を考える際の事業計画支援や調査も行っています。
2018年に独立して、日本で地方行政のアドバイザーや、中小企業の新事業の立ち上げ支援などをしていました。会社員時代に、海外の拠点の創設M&Aを含めた事業開発の責任者の仕事をしていたため、地方をどう活性化するかを考える際に、海外に目を向けるといろんな事業の機会があると感じていました。しかし地方から海外となると、投資の面でもハードルが高いので、いっそ自分が移住したらもっと身近に感じていただけるのではないかと考えたのです。
──なぜオランダだったのでしょうか。
野口:せっかく海外に移住するなら少し珍しい国にしようとオランダを選びました。来てみると西崎さんのような方もすでにいらっしゃったのですが。今後はサーキュラーエコノミーへの対応は外せないし、オランダのサーキュラーエコノミーと、日本の企業をつなごうと考えたんです。
──オランダと日本をつなぐ仕事にはどんなニーズがあるのでしょうか。
西崎:サステナビリティ視察ツアーの場合は、社内研修やインプットのためと、もう一つ、取引先を動かすために来られることもあります。新しいプロジェクトを推進したいときに、一緒に旅行することで信頼関係を深めることもできるので。必ずしも関心が高い人たちだけでなく、サステナビリティ、サーキュラーエコノミーに関心はないけど、やらないといけないという方々が来られることもあります。
業種業態は幅広くて、地方自治体や大学から、コンサル、メーカー、建築・都市開発など。特にオランダの建築廃棄規制や建築関連のソリューションはEUの中でも進んでいます。オランダのデザイナーと日本で進めているデザインのプロジェクトもあります。
野口:私には、ヨーロッパでサービスを展開するためのパートナーを見つけてほしいという依頼が多くきます。それ以外だと、食、街づくり、地域活性化のヒントを知りたいなど、業種というよりは、中小企業の30~40代の若い経営者が、自分の事業を拡大するために目を向けていることが多いですね。
「オランダはオランダ人がつくった」対話重視で、成績表がない学校教育
──そもそも、なぜオランダでサーキュラーエコノミーが進んでいるのでしょうか。
西崎:オランダには「世界は神がつくったが、オランダはオランダ人がつくった」という言葉があります。それは歴史的な事実でもあって、要するに国土を干拓で造ってきたのです。風車も水を抜くためのものだったし、アムステルダムやロッテルダムは本当にダムだったんです。国土の4分の1が海抜0メートル以下で、水害と闘ってきた歴史があり、気候変動・温暖化で海面上昇すると沈むので、気候変動への意識が高いのです。
オランダの人口は約1750万人で、だいたい九州とほぼ同じの小さな国ですが、とても多様な国籍の方が住んでいます。一説には国民が多様だからこそ、言葉や文字だけではなく誰にとってもわかりやすくシンプルでデザイン性が高いものが好まれるといわれています。Dutch Design(ダッチデザイン)といわれるように、見せ方もうまいんです。その姿勢が製品だけでなく、政策などのソフト面でも「誰にとってもわかりやすい、納得感あるデザイン(設計)」につながっているように感じています。
野口:「オランダはオランダ人がつくった」のように、協力して住める場所を作った歴史が、オランダ人の持つ社会性につながっていると感じています。例えば、私の息子が通っている小学校の先生の話を聞くと、価値観やバックグラウンドが違うことを前提としながら対話して、皆が同じ土俵に乗ることを大事にしていました。オランダでは経済などのいろんな利害があって推進しづらいことも、対話の姿勢があるから進むのかもしれません。
学校では、人と比べないことは徹底していて、成績表もなく、テストを受けてもテストの結果を子どもに知らせません。それぞれのペースで、やりたいことを尊重する。たとえ小学校であっても、授業についていけなければ、1年やりなおすことを自分で選べます。わかる人はわからない人に年齢関係なく教える。1年留年したことも「いい判断をしたね」といわれ、自分のペースを尊重し合います。就職タイミングなども一律ではありません。
──素晴らしい教育ですね。逆にオランダでやりにくいことや気を付けていることはありますか?
野口:オランダ人は自分にメリットがないときは、ばさっと切ります。興味がないと、連絡がとれなくなったりします。わかりやすくて私は好きですが。
西崎:ツアーをするときに、「日本人は3L(Look、Learn、Leave)」といわれることがあります。見て、学んで、去っていくだけだと。もともと日本より、近隣アジア諸国のほうにスケールメリットがあると感じているようで、日本から「学ばせてほしい」というだけで、その後プロジェクトにつながらないことに、オランダ人から不満の声を聞くことはあります。そうすると、日本の人にとっても、どんどん学べる機会が失われてしまいます。そのため、できるだけ学ぶだけではなく、次のビジネスにもつなげられるように、帰国後のサポートもしています。
欲しいと思ったデザインの商品が、よく見たらサステナブル
──オランダのサーキュラーエコノミービジネスが生まれる場所にはどんなものがありますか?
西崎:先日、オランダを訪れた株式会社船場の視察事例をもとにご紹介します。船場様は空間創造に関するトータルソリューションを提供している会社で、近年はエシカルデザインによる空間創造で業界を先導する存在として注目されています。今回は欧州のエシカルデザインの最前線かつユニークな取り組みが実装されている施設を体感し、日本の施設計画に反映させることを目的にオランダを訪れました。
Furnify(ファーニファイ)はサーキュラー空間デザイン会社で、同社がデザインに携わったオフィス兼コワーキングスペース兼ショールームの「DB55」では、セカンドハンド(中古)ではなくセカンドライフ(第二の人生)として、廃棄予定のものを再利用した家具や建材が使われています。デザイン性も利便性も高く、ストーリーテリングもできます。素材一つ一つに二次元バーコードがついていてそれがストーリーテリングになっています。例えば床に黒いタイルが敷き詰められているのですが、オランダ人は、「あの電車のタイルですよね!?」とわかるそうです。
椅子のコードを読み取ると、有名なテレビ番組で俳優が撮影で座っていた椅子だとわかったりするため、ストーリーテリングによって本来の価値の何倍もの価値にもできる。クライアントを連れてくると、今まで実感が湧かなかったクライアントも「そういうことか!」と一瞬で商談が進むそうです。
サステナビリティがデザインの段階から組み込まれて空間が設計されているので、とても合理的です。実際の視察時にはプレゼンテーションを聞くだけではなく、館内の視察も行うのでより深い理解へとつながります。そこからインスピレーションを受けて日本でのビジネスへ落とし込んだり、場合によってはコラボレーションも期待しています。
野口:ロッテルダムの「ブルーシティ」は、元はプールだった場所です。サーキュラーエコノミーに関係するスタートアップの方のオフィスやコワーキングスペースがあり、プールっぽいところを今も残しています。ここでは、商品アイデアや助成金などの実用情報が盛んに話し合われています。
野口:スタートアップは一人で始めると孤独ですが、このコミュニティにいることで心強いし、「この助成金への応募で、うちはここやれます」と横のコミュニケーションも生まれます。自分一人ではアイデアを実現できない時も、手をあげる人たちが見つかるのです。
西崎:特徴的なのは、情報を共有するだけではなく「ブルーシティ」内での循環もしていることです。例えばA社の廃棄熱でB社が何か作って、そこから排出されたCO₂を使って植物を育てるなど、自然発生的にプロジェクトが生まれるエコシステムが備わっています。
──企業やスタートアップだけでなく、消費行動としても、サーキュラーエコノミーは市民に根付いているのでしょうか。
野口:来る前のイメージと違ったのは、サーキュラーエコノミーというコーナーが売り場にあると思っていたら、スーパーなどお店で普通に売っているものが、そもそもその前提で作られていたことです。普通に並べられていて、いいなと思ったら、サーキュラーエコノミーに配慮されているということがほとんどです。特別なものとしてではなく、普通に売られているという、オランダでの浸透具合におどろきました。
──コストは高くないのでしょうか。
野口:めちゃくちゃ高いわけではありません。まず、いいなというのが先で、よく見たらサステナブルだったという感じです。
西崎:デザイン最優先なんです。まず、デザインがかっこいい、利便性もあるからお客さまに選ばれる。既存商品を途中からサステナブルな素材に変更するとコストアップになると思いますが、最初からサステナビリティを設計に組み込んでいるのです。不要な工程や資材を減らし、コストを下げることで普通の製品と大差ない価格にする工夫をしているところもあります。
若者の環境や政治への参加意識が高いのは、「楽しみながらやる」から
──政治や法整備についても日本と異なる特徴はありますか?
西崎:今のアムステルダム市長は環境に強い政党出身で、環境意識の高い若者から支持を得ています。産業界を押しのけて、環境団体にいる若者からの圧力で政治が変わる、というのは日本では考えにくいかもしれません。サーキュラーエコノミーの度合いをモニタリングして開示したり、税制を変えたりしたりしています。ただ、締め付けすぎると企業も逃げていくので、バランスが大事だと聞いています。
シェルもオランダの会社でしたが、環境保護団体に裁判で負けて、2030年までに45%のCO2削減命令をうけたことをきっかけに、イギリスに移転してしまいました。環境にいいことだけが正解ではないですよね。
また企業がサーキュラーエコノミーに取り組むためのインセンティブをどう作り変えるか?ということにも活発に意見が出ています。資源を使い続けるには、資源を再生するリバースエコノミーが必要で、そこには幾重にも人の手が加わりコストがかかるため、バージン素材を使うより高くなってしまいます。そのため、原料側に税をかけていくような議論が行われているそうです。例えばコンクリートだとバージン素材とリサイクル素材が同じ価格になるようバージン素材に課税するイメージです。
また、約2年前までは一般ごみの中で分別されていたプラスチックごみが可燃ごみになりました。理由は市民がちゃんと分別しないから、回収後にプラントの機械でわけたほうが効率的だということです。なのでオランダの人びとの環境意識が特別に高いというより、仕組みで解決されている状態です。
野口:オランダの若い人たちが政治に関心を持つ下地には、教育があると感じています。「地球にいいものと悪いものを考える授業が楽しかった」というように、子どもに考えるきっかけを作り、自発的行動を促す環境教育をするのは大事です。何十年とかかる話ですが、オランダはそこが強いですね。
サーキュラーエコノミーをルールというよりはエンターテインメントとして受け止め、楽しみながら体験する、そこから行動を変えていくという順番なんです。
西崎:オランダは“挑戦先進国”であると同時に、“失敗先取り国”であるともいえます。今は挑戦するフェーズが終わって、プロトタイプからスケールアップ期に入っている印象ですから、日本の事業もコラボレーションなどで、オランダのサステナビリティ成長の勢いを取り入れてスケールアップさせていくチャンスです。日本には素晴らしい技術はあるのですが、ブランディング、商流の作り方はオランダから学べると思います。とはいえ、「オランダ=すごい」「日本=まだまだ」ではなく、一緒に推進していければ、もっと互いを生かし合えるのではないでしょうか。
野口:経営者の皆さんは自分の地域だけでなく、日本全体を良くしたいという思いを持って事業をされている方が多い。その思いが原動力になって、新しい挑戦をしたいと考えています。スケールアップの時期にさしかかっているオランダに、少しふれるだけでも刺激になり、日本の意識が変わっていくのではないかと思います。外国から取り込んで受け入れるという成長は日本の特技ですから。