月刊CXNo.18
ファミマの施策がニュースになる秘訣は、「広告発想で企画しない」こと
2023/09/05
日々進化し続けるCX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験)。
今やあらゆるシーンで求められるCX領域に対し、電通のクリエイティブはどのように貢献できるのか?
その可能性を解き明かすべく、電通のCX専門部署「CXCC」(カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター)メンバーがCXとクリエイティブについて情報発信する連載が「月刊CX」です(月刊CXに関してはコチラ)。
今回は、2021年の「ファミリーマート40周年プロジェクト」を皮切りに、現在もクリエーティブディレクターとして携わっている加藤倫子氏にお話を聞きました。
【ファミリーマート40周年プロジェクトとは】
2021年ファミリーマート40周年に、ファミリーマートのマーケティング方針を踏まえて、ニュースとして話題になるようなさまざまな施策を実施。3年目の現在も継続的に携わっている。2022年末には歌手活動休止直前の Kiina(氷川きよし)氏とのコラボレーション企画が話題となった。
40周年はきっかけに過ぎない。翌年以降も同じスタンスで施策を進化
月刊CX:ファミリーマートの40周年プロジェクトは、2021年から始まり、40周年を過ぎた現在も継続して行っているそうですね。
加藤:はい。40周年の競合プレゼンの1ページ目に「周年は、きっかけ」と書いていて、まさにその通りに進んでいるため驚いています。40周年で立てた5つのマーケティングキーワード(①もっと美味しく、②たのしいおトク、③「あなた」のうれしい、④食の安全・安心、地球にもやさしい、⑤わくわく働けるお店)を軸に、今もなお実現に向けた取り組みは続いていますね。
現在までに行った施策の数は100を超えていて、私はクリエーティブディレクターとして企画提案や制作など、さまざまな方面から支援をしています。40周年は始まりにすぎず、その後も同じスタンスで領域を広げながら走り続けている感覚です。新しい施策だけでなく、40%増量など40周年をきっかけに始めて翌年以降も定番として続いている施策があるのも特徴です。
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月刊CX:周年プロジェクトがその周年を超えても継続しているという事例は他に聞いたことがありません。2022年末に実施したKiina(氷川きよし)さんとのコラボも、その一環だそうですね。
加藤:はい。このキャンペーンではKiinaさんらしさを生かした商品設計やプロモーションを企画しました。また、大みそかというメモリアルなタイミングを狙って、新聞のテレビ欄の広告で「自分の色で生きていこう。」「私は一色では足りない」というダイバーシティを感じさせる広告を掲載し、年末年始の販促活動を超えたメッセージを届けられたのではないかと思います。表に出ていない部分では、ストアスタッフへの感謝の思いを込めて、大みそかに働いていたストアスタッフだけが聞けるKiinaさんからの店内メッセージを流しました。
レインボーファミチキ袋をきっかけに、生まれた縁
月刊CX:Kiinaさんとのキャンペーンは、その経緯がユニークだと伺っています。どのようにしてコラボが実現したのでしょうか?
加藤:このキャンペーンを企画する以前に、Kiinaさん側より「単独舞台でコンビニ店員を演じるため、ファミリーマートさんとタイアップしたい」とご相談いただいたと聞きました。
月刊CX:Kiinaさん側から別のご相談があったのですね。
加藤:はい。その舞台のタイアップを発表したKiinaさん側の告知画像を見て驚きました。Kiinaさんが「レインボーファミチキ袋」を持っているんですよ。
レインボーファミチキ袋は、40周年キャンペーンの際、通常は黄色ストライプのファミチキの袋を性の多様性やLGBTQ支援を意味するレインボーカラーに変更し、数量限定で発売したものです。タイアップ発表時の写真を見て、Kiinaさんがこの姿勢に共感してくださっていたことが分かり、とてもうれしかったですね。
その後、ファミリーマートから「せっかくならファミリーマートのキャンペーンでもご一緒できないか?」という話が出て。私から「何かご一緒するなら、歌手氷川きよしとしての活動を休止するメモリアルのタイミングで」とご提案し、年末年始のキャンペーンにつながりました。
月刊CX:加藤さんの案をきっかけに、さまざまな施策が誕生していったのですね。
加藤:私の案がきっかけというよりも、そもそものファミリーマートの企業姿勢が大きく関係していると思います。私たちが担当する2021年以前から、ファミリーマートは継続的にダイバーシティへの取り組みを強化しています。レインボーファミチキ袋から始まり、レインボーカラーの商品の発売、Kiinaさんとのコラボ、加盟店のルール変更というように、ファミリーマートのダイバーシティ戦略は、複数年にわたって拡大しています。こうした経験は私も初めてです。
広告からではなく、プレスリリースから新しい価値の伝え方を考える
月刊CX:新しい施策は、どのくらい前から考えているのですか?
加藤:昨年のクリスマスキャンペーンは、桜の咲く頃から提案していました。思いついたものがすぐに実現できるほど甘くはなく、また新しいことを実現するには想像以上に時間がかかります。
広告や話題作りを考える際、2カ月先のことは分からないと、短期で考えることも多かったのですが、ファミリーマートのプロジェクトを通じて長い目で見て実現させることのやりがいを感じ、私自身も勉強させていただいています。また、継続的におつきあいさせていただく中で、関わる事業領域も広がっています。
月刊CX:関わる事業領域が広がっているという点については、どういった理由があると思いますか?
加藤:“ニュースドリブン”なマーケティングは、必ずしも広告の世界だけにとどまる話でもないのと、単発的な話題性作りにとどまる話でもないからだと考えています。「世の中を楽しく驚かせているか」「社会にとって新しい提案があるか」「生活者にとってうれしいか」というのは、顧客体験を作るにあたって重要な視点ですよね。それを端的に表すものの一つがプレスリリースです。「プレスリリースで新しい価値をどう表現するか」をプロジェクトのスタートにし、逆にそこでニュースにならないものは、今のまま進んでも結果が難しいと分かるため、方針を見直します。
提案アイテムの重要なツールとしてプレスリリースを活用することで、さまざまな部署との接点が増え、関わる事業領域が広がっています。
社会を前に進めるためには、賛否両論の議論が必要
月刊CX:加藤さんはファクトからPRの文脈を作ることが強みであると思います。どういったスキルや経験、考え方がミックスされて加藤さんの武器になっているのか、お聞かせいただけますか。
加藤:メッセージを発信したときに、世の中の反応がどうなるか?から逆算してマーケティングやクリエイティブを考え続けてきたことで、ストーリーや文脈に強みを持てるようになったのかなと思っています。「何がこの施策のニュースなのか?」「このキャンペーンの価値は何か?」をベースとした考え方が、武器になっているのではないかと。ニュースドリブンというと誤解を招きがちなのですが、決して瞬発的なネタ作りではないです。世の中や社会の大きな動きを考えながら、必要なものを作っていくという考え方です。ここにおいては、初任配属がマーケティング部だったため、論理的に情報を整理し、説得力のあるストーリーを構成する力とセットでアイデアや企画を提案できるのかなと。左脳と右脳のバランスで提案できるスキルは、ビジネスにおいて大きく役立っていると思います。
もう一つは適度にミーハーであることでしょうか。広告業界の人を一人もフォローしていないSNSアカウントを複数持っていて、世の中の生活者の感覚や街の反応を見極める力を育んでいます。
月刊CX:クライアントの強みを引き出してPR文脈にのせるためのコツも教えていただきたいです。
加藤:コツというコツはないのですが、昔から「相手のいいところを見つけるのが得意」と褒めてもらうことが多いです(笑)。魅力的なところを見つけよう、という姿勢で向き合うことが大切なのかもしれません。
私は企業を一冊の雑誌のように捉える、いわば編集者のような目線で見ているところがあります。雑誌には表紙や巻頭特集があれば、連載や占いのページもあり、ページによって内容も予算も異なりますよね。ファミリーマートを雑誌と捉えるなら、巻頭特集に載るのは新商品ですが、ダイバーシティの活動は連載のようなもので、その雑誌の色となるものです。全体的なバランスの中で、それぞれの良いところや目玉になるところを作ったり引き出したりする感覚で仕事をしています。
月刊CX:ダイバーシティなどの社会性のあるメッセージは、賛否両論が起こりやすいものでもあると思います。こういった情報を発信する際に注意していることはありますか?
加藤:多様な視点でものを見る目が大切かなと。私自身が女性であり母親ですし、チーム内のキャラクターもバラバラです。国際女性デーのキャンペーンも継続的にご一緒させていただいている中で、私自身が女性であることは企画に生きていると思います。その他社会性のあるメッセージを発信するキャンペーンについては、当事者であるチームメンバーにも確認してもらっていますし、逆に反対の立場の人を傷つけるものではないかといった点も気にしています。基本的には、少しでも当事者が救われる視点があるのであれば、メッセージとして出して問題ないと判断していますね。
月刊CX:とはいえ、炎上リスクなども考慮すると、判断に迷うこともあるのではないかと思います。炎上リスクについて、加藤さんはどうお考えですか?
加藤:炎上には「良い炎上」と「悪い炎上」があると思います。誰かを一方的に傷つけてしまうような炎上は、絶対に回避しなくてはいけません。しかし、賛否両論があって議論を先に進めるような反応なのであれば、問題をスルーされてしまうよりは絶対に良いことだと考えています。
月刊CX:前進するための議論や摩擦が起こるのは、必然だともいえますよね。
加藤:はい。ファミリーマートの場合は、全国に約1万6500店舗あり、コンビニという業態そのものが公共性の高いパブリックな存在という側面があります。その店舗で一斉にメッセージを発信していくことで、景色が変わり、社会の見方も変わる可能性があるでしょう。私にとってメディアとは“人と社会を変化させるもの”です。コンビニを広い意味でのメディアだと捉えて、ファミリーマートの仕事をしています。
月刊CX:最後に、今後やっていきたいことがあれば教えてください。
加藤:最近、「広告の外へ」ということをすごく意識しています。広告領域の仕事も好きなのですが、私個人は商品や体験などモノや場を作ったり、あとは文化や慣習を作るような仕事に携わりたいという気持ちが強いです。事業戦略というとつい難しく考えてしまいがちですが、CXは人の体験を作るものです。 PRの視点を生かしながら楽しくて息の長い体験・文化を作っていきたいです。またコンビニというパブリックな存在を生かし、社会をより良く変えていけるような体験もファミリーマートさんと一緒に作っていきたいと考えています。
(編集後記)
今回は、ニュースドリブンマーケティングによって、さまざまな施策が誕生しているファミリーマートのプロジェクトについて紹介しました。
どうすれば話題になるのか、常にニュースの視点から考えているという加藤さん。すでに施策は100を超えているにもかかわらず、さらに活動の領域を広げていくことで、ニュースとして注目される施策をどんどん生み出していっています。ファミリーマートが発信するメッセージは社会を変えていくメディアとしての機能を持つという視点には、企業としての責任もともに背負っていく覚悟を感じました。これからのファミリーマートの施策が楽しみです。
今回のインタビューは、「CX Creative Studio note」(CX Creative Studio noteに関してはコチラ)とも協力しながら行っています。電通CXCCチームだけでなく電通デジタルのCXクリエイティブチームとも連携した、より幅広い事例の収集や紹介等も行っていますので、ご興味がおありでしたらそちらも併せてご覧ください。
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