月刊CXNo.19
お問い合わせから生まれたリプトンミルクティーの短編アニメ「667通のラブレター」
2023/11/17
日々進化し続けるCX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験)。
今やあらゆるシーンで求められるCX領域に対し、電通のクリエイティブはどのように貢献できるのか?
その可能性を解き明かすべく、電通のCX専門部署「CXCC」(カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター)メンバーがCXとクリエイティブについて情報発信する連載が「月刊CX」です(月刊CXに関してはコチラ)。
森永乳業は、リプトンミルクティーを終売した1年後に、お客さまの声を受けて再発売することを決めました。その復活を盛り上げるためのプロモーションとして制作されたのが、短編アニメーション作品「667通のラブレター」です。どのような経緯で制作することになったのか?プロモーションの成果はどうだったのか?
今回は森永乳業リプトンミルクティー「667通のラブレター」プロジェクトに携わった千葉菜々子氏に話を聞きました。
お問い合わせの言葉は愛の告白?
月刊CX:「667通のラブレター」はどういう経緯で始まったのでしょうか。
千葉:始まりは、森永乳業が2022年3月に「リプトンミルクティー」を終売し、代わりに「リプトンロイヤルミルクティー」を新発売したことです。茶葉を多めに配合して濃厚な味わいにしたものの、従来の商品のファンから「元の味に戻してほしい」という主旨のお問い合わせが半年間で667通もありました。これは森永乳業史上最多のお問い合わせ数です。同社は、このお客さまの声を真摯に受け止め、1年後にロイヤルミルクティーを終売し、元のミルクティーを復活させることを決定しました。復活が決まった段階で、生活者にどう伝えていくべきか、電通に相談をいただいたのです。
月刊CX:旧商品を復活させることが決定してから、電通に相談があったのですね。
千葉:はい。プロジェクトのゴールは、リプトンミルクティーの復活という話題の最大化と、コアファンだけでなく、最近は飲んでいない休眠層や飲んだことがない新規層までも含めた飲用意向の向上です。ファンの声に応えて復活するという事実を伝え、コアファンの熱狂を非ファン層にまで届けることを目指しました。
このゴールを達成するために生まれたのが「667通のラブレター」という短編アニメーション作品です。ストーリーは、高校生の男女二人がお互いを思って手紙を送り続けているように見せかけて、実はミルクティーの再販を求めてお問い合わせを送っていた、というもの。作品の中で使われている言葉には、すべてリプトンミルクティーに実際に寄せられたお問い合わせの言葉を使っています。
月刊CX:お問い合わせをラブレターに置き換える手法はとても面白いですね。このアイデアはどうやって生まれたのでしょうか?
千葉:森永乳業からの依頼を受けて、チームメンバーで667通のお問い合わせをすべて読みました。すると「愛していた」「心にぽっかり穴があいたようです」「身がちぎれそうな思いです」という言葉が並んでいて、リプトンミルクティーへの深い愛情が伝わりましたし、もはやこれはラブレターそのものだと感じたのです。話し合いの中で、プロジェクトメンバーからラブレターをモチーフにした恋愛アニメーション風の作品を制作しようというアイデアが出ました。
そのこだわりは背景画にまで。徹底的にお問い合わせの言葉だけで構成
月刊CX:制作においてこだわった点はありますか?
千葉:こだわったことは、セリフはもちろん、背景画の文字、主題歌にもすべてお問い合わせの言葉を使っていることです。作品に出てくる街の中の看板やシャッターの落書き、学校の黒板、掲示物、ジャージ、本のタイトルなど、細かいところにも旧商品の復活を希望するお問い合わせの言葉をちりばめています。
一見しただけでは、お問い合わせの言葉だとわからないように、ストーリーに当てはまるものを選定しました。
月刊CX:細かいところにまでこだわって制作されていたのですね。作品そのもののクオリティの高さにも驚きました。
千葉:そう言っていただけるとうれしいです。作品のクオリティには非常にこだわっていて、本当に放映されているアニメーション作品と遜色ない出来栄えにすることをプロジェクトメンバー全員で目指しました。
「667通のラブレター」は、予告編のような作りになっていて、さまざまなシーンが短く連続して流れるのも特徴です。離れ離れの男女、突然の大雨、第三者の出現、など恋愛アニメーション作品のセオリーをふんだんに使用し、映像やセリフを決めていきました。
また、作品と連動して、渋谷駅構内では新作アニメーション作品のプロモーションのようなサイネージやポスターなども展開しました。ポスターには、作品の中では使用していないお問い合わせの言葉を採用しています。
月刊CX:至る所にお問い合わせの言葉がちりばめられていて、どんな言葉が使われているのか探すのも楽しそうだなと思いました。
千葉:ありがとうございます。このプロジェクトのクリエイティブは、ディテールにこだわっているので、隅々まで確認すると「こんなところにも」「こんなお問い合わせの言葉が!」という発見があります。視聴者がそれを見つけてどんな反応をしてくれるかを考えながら作っていて、突っ込みたくなる・誰かに共有したくなるような仕掛けをクリエイティブの随所に織り込むことにこだわりました。
月刊CX:突っ込みたくなる仕掛けというと、「旧発売」という言葉も面白いですよね。
千葉:元の味の商品に戻るという意味で、「新発売」ではなく「旧発売」という言葉を作りました。SNS上にもこの言葉に反応している方が多く、「旧発売って新しい」という声があがっていたのを覚えています。
話題を最大化させるために、オン・オフ交えた段階的な仕掛け
月刊CX:話題化させるというゴールを達成するために、プロモーションを設計する上で工夫した点はありますか?
千葉:段階的に情報を公開しながら、見た方が話題にしやすくなるような工夫をしています。具体的には、最初に森永乳業のSNSの公式アカウントで、新作アニメーション作品を制作したことを匂わせるような予告投稿をして、期待を高めました。一般公開の前に、お問い合わせを送ってくださったコアファンのお客さまを招待して試写会を開催。先行してコアファンに復活発表をすることで、小さく話題化させています。そして、商品復活と同時に、「667通のラブレター」と駅構内の広告をローンチしました。情報を少しずつ出して、段階的に注目を集めていくことが、リリース当日の話題の最大化に寄与したと思います。
月刊CX:リリース後も継続して情報を発信されていましたよね。
千葉:はい。リリース後も、SNS上で作品やOOHのポスターに隠されているお問い合わせを少しずつ紹介したり、作品に隠されたお問い合わせを副音声で紹介する動画を公開したりと、話題の最大化だけでなく、継続も意識しました。
なお、OOHでは、1年で終売となったロイヤルミルクティーのファンに向けて、感謝の広告もひっそりと掲載しています。ロイヤルミルクティーのファンもいたと思うので、その方々に向けてのケアを意識しました。
月刊CX:戦略的に情報を公開していったのですね。プロジェクトの成果はいかがでしたか?
千葉:森永乳業の公式アカウントから投稿した動画の再生回数は300万回以上、総ツイート数は12万7000以上でした。これは話題化に成功したと言ってもいいのではないでしょうか。旧発売後のコンビニ売り上げの初週実績についても、前週と比較して約400%という数字が出るなど、売り上げがV字回復したと聞いています。
OOHへの反応も大きく、「自分のお問い合わせが掲載されているので見に行った」という声がSNSにあがっていました。
月刊CX:多くの反応があったのですね。コアファン、休眠層、新規層それぞれの反応に違いはありましたか?
千葉:コアファンの方からは、「おかえり」「声が届いてよかった」といったポジティブな反応が多かったです。コアファンの熱狂を見て、休眠層や飲んだことがない新規層の中には「こんなに盛り上がっているなら飲んでみようかな」と興味を持ってくださった方がいたようです。
そのほか、復活を発表した後にコアファンからの喜びと感謝の声がカスタマーサポートに続々と届いたのには驚きました。それまでは旧商品を惜しむ声ばかりだったのが、喜びの声に変わったということが、とてもうれしかったです。
月刊CX:試写会をした時は、どのような反応が多かったですか?
千葉:復活するとお伝えせずに招待して、試写会を実施したので、再販売に感動して泣いている方もいらっしゃいました。試写会の後は試飲会を実施して、参加してくださった方々とミルクティーを飲んで「やっぱりこの味だよね」と盛り上がりましたね。
CXクリエイティブ=顧客体験をワクワクすることに変えるもの
月刊CX:千葉さんはアートディレクターという役割で、プランニングにも関わっています。プロジェクトを通して生かされた千葉さんの強みや得意なことはなんだったのでしょうか。
千葉:クリエイティブを見た人たちが思わずツッコミたくなるような仕掛け作りが得意なので、今回の事例でもその強みが生かされたと思います。恋愛アニメーション風という作りもそうですし、作品やOOHの中に隠した仕掛けがたくさんあり、見つけた人がコメントしたくなるようなクリエイティブができました。
使用する言葉はお問い合わせの言葉だけに徹底するなど、細部へのこだわりも私の強みだと言えると思います。
月刊CX:今回のプロジェクトは、どういった点がCXだと思いますか?
千葉:いろいろな施策を段階的に絡めながら商品の復活という話題を盛り上げ、売り上げという結果もついてきた点は、CXだといえると思います。恋愛アニメーション作品の予告編のような映像をプロジェクトの軸において、告知ポスター風の駅構内広告、そして映像の親和性を生かした試写会の開催、一連の流れを通して、SNSで継続的に発話を促す設計ができました。
リプトンミルクティーは、私も学生時代にたくさん飲んできた商品なので、そのころの気持ちや体験を思い出しながら企画ができましたし、チームメンバーともおのおのの思い出を共有しながら盛り上がりました。一人のファンとしての顧客体験をクリエイティブの中に落とし込めたと思います。
月刊CX:千葉さんにとってのCXクリエイティブとはなんですか?
千葉:認知からファンになる一連の顧客体験がCXだとすると、その体験をワクワクするものに変えることがCXクリエイティブだと捉えています。人を動かすクリエイティブを作って、人の感情が揺れる瞬間に立ち会いたいです。小さな仕掛けを織り込んで、それを見つけた人を笑わせることが得意なので、見る人の期待に応えられるようなものを作っていきたいですね。
月刊CX:これからやっていきたいことはありますか?
千葉:手法やジャンルにとらわれず、さまざまな挑戦をしていきたいです。
今回のプロジェクトでは、お問い合わせからラブレターをモチーフにした恋愛アニメーション風の作品を制作するというアイデアのジャンプが必要でした。そこから実際の映像、OOH、試写会の設計まで含めてアウトプットにこだわりましたし、褒め言葉として「そこまでやるの?」と言っていただいたのがうれしかったです。今後も「そうきたか!」「そこまでやるか!」と驚かれるような仕事をしていきたいですね。
(編集後記)
作品を観て、とても丁寧に作られていることがわかりました。ストーリーや背景画に使われている言葉がすべてお問い合わせの言葉だと思って見てみると、その表現の多様さ、思いの強さにも驚かされます。言葉をできる限りすくい上げ、クリエイティブに落とし込んだ千葉さんをはじめとするプロジェクトメンバーのこだわりが感じられました。
今回のインタビューは、「CX Creative Studio note」(CX Creative Studio noteに関してはコチラ)とも協力しながら行っています。電通CXCCチームだけでなく電通デジタルのCXクリエイティブチームとも連携した、より幅広い事例の収集や紹介等も行っていますので、ご興味がおありでしたらそちらも併せてご覧ください。
また、今後こういう事例やテーマを取り上げてほしいなどのご要望がありましたら、下記お問い合わせページから月刊CX編集部にメッセージをお送りください。ご愛読いつもありがとうございます。