【続】ろーかる・ぐるぐるNo.187
コンセプトの品質管理
2024/04/08
「コンセプトはさ、大量生産する工業製品じゃないんだから『品質管理』とか言われても、いまいちピンと来ないんだよね」
と、いう方がいらっしゃいます。しかし工業製品と同様に「不良品」を弾くことはもちろん、毎回カスタムメードするものだからこそ、その品質をより良いものにしていく方法論をしっかり理解することが大切です。
それが個人的な好き嫌いで判断されて良いわけがありません。「コンセプトの品質管理」という“技術”によって多くの組織は停滞を脱することができるということが、今回ご提案したいポイントです。
それは、次の5つの視点から構成されます。
①どんな「古い常識」を覆しているか?
「コンセプト」を見せられた時、いきなりその文言のみを評価しようとする人がいます。率直に申し上げれば、ほとんどの人がそうするのではないかとすら思えます。しかし思い出してください。過去のコラムでもお伝えしてきたとおり、コンセプトとはサーチライトであり、イノベーションとはサーチライトの差し替えです。
- スターバックスの「サードプレイス」は「コーヒースタンド」
- サウスウエスト航空(格安航空会社)の「空飛ぶバス」は「最高級な交通サービス」
- 広島平和記念公園の「平和を創り出すための工場」は「慰霊碑」
という、それぞれに「古い常識(古いサーチライト)」を覆しているからこそ、それは「新しい」つながりとして評価されます。
古いサーチライトが何であるかをしっかり言語化したうえで、それとの比較で(どれだけ従来の視点から距離を取って)どれだけ新しい事実を照らし出しているかを検証することは、「コンセプトの品質管理」における基本中の基本です。
②どんな「新しい悩み」を見つけたか?
さて、いくら「古い」との比較で「新しい」と思えても、ヒトとモノ・コトの間に「つながり」が生まれなければ、結局それは「コンセプト」にはなりません。
その「つながり」を前提として、モノ・コトに注目すれば「価値」創造に、ヒトに注目すれば「顧客」創造に、つながりそのものに注目すれば「コンセプト」創造になるわけで、この三者は本質的には同じものを表しています。その中で、実務においてコンセプトの品質評価をするなら、いちばん有効なのは「顧客創造」の視点です。
もし、目の前にある「コンセプト」が本物であれば、そこには必ず「生々しいお客さまの姿(悩み)」が浮かんでくるからです。たとえば、サードプレイスなら「街中に居場所がない人々」、空飛ぶバスなら「遠距離移動にお金を掛けたくない人々」、平和を創り出すための工場なら「平和教育の難しさに頭を痛める人々」という具合です。それらはすべて「古い常識」では無視されていた生々しい人間の姿です。そこには性年齢や職業といったデモグラフィカルなデータでは表されない、サイコロジカルな分別があります。
「新しいつながり」であるコンセプトを、「新しいかどうか?(=①)」「つながりになっているかどうか?(=②)」という視点でチェックすることは、当然といえば当然のことです。
③どんな「方向性」を仲間に“直感”させるか?
コンセプトは企画書の飾り文句ではありません。そしてそれを仲間内で共有する「設計図」として機能させるためには、「メタファー」が欠かせません。
メタファーとは「Time is Money.」のように、物事のある側面をより具体的なイメージを喚起する言葉で置き換え、簡潔に表現する技術です。実際、「サードプレイス」も「空飛ぶバス」も「平和を創り出すための工場」も、みんなメタファーを使っています。
なぜコンセプトがメタファーになるのか。その理由は簡単で、イノベーションの先にある「具体」はまだこの世の中に存在しないものだから。既に存在するものは既に存在する言葉で説明できますが、この世に存在しないものは「たとえ話」によってしか表現できないのです。言い方を変えると、そのたとえ話によって初めて、参加メンバーはまだ誰も歩んだことのない「進むべき道」を直感的に知ることができるのです。
そしてメタファーをきちんと機能させるためには、そこに「手触りのある言葉」を使う必要があります。たとえば「バス」や「工場」、あるいは「冒険」「出版社」などは子どもでも絵が描けそうな実感のある言葉です。一方、たとえば「遊び心」や「快適」「美味」といった類いは、概念としてなんとなく意図するところはわかっても、なかなか具体的なイメージが湧かないので、(絶対に使うべきではないとまでは言いませんが)よく注意する必要があります。
コンセプトを聞かされて、具体的に何をすればよいか、(漠然とでもいいので)イメージができるか。そしてそこにメタファーを使えているか。これは「『新しいつながり』かどうか?(=①②)」を吟味するより前に、実はほぼ瞬間的に評価できちゃうポイントです。
④どんな「数字」を予感させるか?
今までの常識を覆すような「コンセプト」は、必ず個人の「なんとなく抱いている違和感」のような主観からスタートします。それが対話を通じて少しずつ姿を見せ始め、メタファーによって第三者にも直感的に共有できるようになれば「コンセプトの原型」です。しかし、それで終わりではありません。ブラッシュアップの舞台を「客観による分析の世界」に移し、収益のような「数字」が見えるようになるまで磨き続けなければなりません。
たとえば、戦災に関する悲惨な展示から、きょうの平和な広島の風景の中に見える原爆ドームに至る動線によって、「平和の大切さ」を実感する人間を大量に生み出す広島平和記念公園の「平和を創り出すための工場」というコンセプトは、「平和教育の難しさに頭を痛める人々」という生々しい顧客像を明らかにしました。
ある種の調査をすれば、その人数(平和教育の潜在需要の大きさ)を推計することも可能でしょう。しかし、そんな甘い期待だけでプロジェクトを前に進めるのは危険すぎます。
プロジェクトにおいて、本当にコンセプトを機能させたいのであれば、たとえば、修学旅行先の意思決定者において、「歴史を学ばせたい(京都)」「最先端に触れさせたい(東京)」「大自然を体験させたい(北海道)」などの目的と比べて、「平和教育」がどのくらい“勝てる”見込みがあるのかを知る必要があるでしょう。あるいは、そういった需要を受け止められる宿泊施設や交通インフラがあるかどうかの検討も必要でしょう。
実際のところ、そういった「売れるか」「勝てるか」「もうかるか」の厳しいチェックをくぐり抜けることで「数字」の解像度が上がり、「コンセプト」は完成に近づくのです。
コンセプトは、単なる威勢の良い掛け声ではありません。それは戦略そのものです。だからこそ、本物のコンセプトからは必ず「数字」が見えるのです。
⑤どんな「理想」を実現するか?
どんな「数字」が見えるのか、というのは十字フレームでいえば「ヨコ」の運動ですが、コンセプトにはもうひとつ「タテ」の役割があります。それは必ず「ビジョン(現実的な理想主義)」に貢献するものでなければなりません。
もちろん収益を最大化することは大切ですが、それを持続的なものにするためにも「そのコンセプトによって、世の中がどのように良くなるのか?」を考える必要があります。それは、言い換えると「その組織らしい取り組みか?」という検証でもあります。
簡単にまとめると、コンセプトの品質管理とは「新しい(①)つながり(②)によって共有される方向性(③)を進むことで、数字(④)と理想(⑤)が実現できるかどうかを検証する」プロセスです。
阿吽の呼吸に代表されるハイコンテクストな文化の中では、コンセプトの品質管理に気を配らなくても、「なんとなく伝わっちゃう」ことが多いのも事実です。しかし長年、実質的に「サードプレイス」を提供してきた日本の喫茶店が世界を制覇できなかった原因は、その「意味」することをきちんとつかまえられなかったからでしょう。(「サードプレイス」と日本の喫茶店について詳しくはこちらを参照)
そう、コンセプトとは「意味」そのものなのです。そこに生まれた新しい「意味」を、5つの視点に従ってしっかり言語化できれば、多くの組織においてイノベーションは加速します。Indwelling Creatorsは「コンセプトの品質管理」という技術を中核に組織活動の活性化を支援しています。
【「Indwelling Creators」に関するお問い合わせ】
opeq78@dentsu.co.jp 担当:山田
さてさて。
妻のふるさと、高松で食べたいのは「郷土料理」のサーチライトで照らし出される品々。そして今回出合ったのは、春の定番「チシャもみ」と「コノシロのてっぱい」のレシピ。
前者は(最近はサニーレタスで代用することが多いようですが)万葉集にも登場する日本の伝統野菜「チシャ」を酢味噌で和えた料理。後者は15センチより大きく成長したコハダを酢締めして、こちらも酢味噌で和えた料理。教えてくださった方の「なんでもえぇ~んや」という声に励まされて、一緒に混ぜちゃったのが、こちらです。
他にも葉ごぼうを炒めたり、瀬戸の小エビを塩焼きしたり、走りのアスパラガス「さぬきのめざめ」をゆでて。香川を代表する地酒、「川鶴」の純米原酒直ぐみをグビリとやれば、嗚呼、春は爛漫です。
どうぞ、召し上がれ!