能登半島地震より半年、地域復興を支える「関係人口」とは? ~草の根で拡がる復興支援ネットワークの未来~
2024/08/06
社会課題解決に挑む個人と企業のネットワーキングを推進する「Beyondカンファレンス2024」が5月31日、6月1日の両日で開催された。主催はNPO法人ETIC.が事務局を務め、ロートやセイノーホールディングス他、十数社の企業が参加するバーチャル組織「and Beyond Company(以後aBC)」。場所は羽田イノベーションシティで、これは2022年に鎌倉の建長寺、2023年の京都里山SDGsラボ「ことす」での開催に続いて3回目となる。
前回ウェブ電通報に掲載した2023年のカンファレンスレポートでは、企業やNPO、あるいは個人といったレイヤーの異なる存在がそれぞれの強みを活かしつつ、役割分担しながら社会課題解決に臨む「コレクティブ・インパクト」の実施事例について紹介したが、今回実施されたセッションでは、既存の社会課題に対して個々人が意志を持って解決のための活動を立ち上げ、またそこに同様の思いを持った人びとが集い協力する、より草の根的な動きにその勢いと実行力を強く感じた。
そこで今回はこれらの活動を支える人びとを表すキーワードとして頻出した「関係人口」について取り上げながら、その意味と効力を解説していきたい。
例えば年初に発生した能登半島地震は半年を経過した現在も、その将来を見据えた創造的復興には課題が残っている。また、国としての支援策が発表されたものの、当該地域との連携もスムーズでないところもある。しかし本格的な夏、さらには歴史的な猛暑を迎えようとする今、仮住まいで雨露を凌ぐ現地の人びとの生活はさらなる不安に晒されている。
そんな中、草の根でつながり、地域の現状の課題をさまざまな視点、レイヤーで発見し解決しようとする動きがある。それを支えているのは大きな組織ではなく、個々人が有志でつながり、それぞれの得意領域で役割を果たしていく、という新たな形のネットワークで構成されるグループであり、「能登の関係人口」を名乗る人びとなのだ。
<目次>
▼関係人口」を知っていますか?
▼総務省でもフィーチャーし始めた関係人口の意味
▼能登復興で活躍する関係人口、その役割は?
▼企業に属しながら関係人口として活動をリード
▼「物理的拠点を置かずとも、二拠点への所属意識を持つ生活」という考え方
▼まとめ:Beyondカンファレンスのネットワーキングの醍醐味とは
「関係人口」を知っていますか?
「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人たちと多様に関わる人びとのことを指す。そもそもは都市と地方の二拠点を構え、両者を行き来し仕事や生活の幅を拡げるという考え方で、自身の実家のある出身地に限らず、関心のある地域により深くコミットしていこうというライフスタイルは以前から提唱されてきていた。しかし、コロナ禍によってリモートワークが当たり前にもなってきたことで、このスタイルもより自由度高く、またこれを実践する人が増えてきたのが現状だ。
現在はまだ完全な居住地を構え、両者を行き来するような定型スタイルを築けている人は少ないだろうが、徐々に兼業や副業などの仕事を地方拠点と絡めてみたり、地域の祭りなどの催事の運営にボランティアで参加してみたり、まずはファンベースの関係性を継続していくことで地域との関係性を深めつつ、その二地域居住候補地を模索している人も増えているようだ。
総務省でもフィーチャーし始めた関係人口の意味
実は行政側も国交省を中心に、この「関係人口」に関連して二地域居住を促進する初の関連法を、折しも本年5月15日に成立させている。都道府県と市町村が連携し、二地域居住の重点地区や基盤づくりの計画を推進しやすいようにし、また地域が求める人物像なども明らかにすることで、居住希望者とのミスマッチを防ぐことなども期待される。
今回のイベントにも国土交通省の三善由幸氏(広域地方政策課長)が参加しており、これからの二地域居住推進による東京一極集中の解消、地方都市の過疎化回避への期待を膨らませた。また、この法案が急ぎ制定された背景には、能登半島地震による災害緊急時の避難先確保という観点での二地域居住の考え方の浸透・啓発という目論見もあるという。
能登復興で活躍する関係人口、その役割は?
冒頭の能登半島地震の復興に話を戻すが、震災発生から半年のタイミングで各メディアもその復興の進捗の遅さ、またその要因となる問題点について報道している。例えば半島という地理的な条件により倒壊家屋の公費解体が進まない、あるいは復興計画の策定におけるマンパワー不足などが指摘されるものの、なぜこれほどまでに行政がこれらを推進できないのかは報道を見る限りは不明で、また住民も未だ被災当時と変わらぬ街の風景に不満を漏らしている。
これら復興支援を阻害する既成ルールがあるならばそれを改正すればいいが、それも明らかではなく、またマンパワーの面でもボランティア参加者は6月下旬時点で県募集の枠に4万人弱、市町村独自の募集枠に8万人強と合わせて12万人を数えるものの、実際に現地で活動が出来ているのはその1%程度に留まるとの報道もある。
これは行政側がそれらのボランティアを一元的に管理しようとすることなどが原因で、ボトルネックな状態に陥っているのだという指摘もある。そこで期待されるのが、能登の関係人口を標榜し、日頃から現地との関係性を有しつつ現状課題を吸い上げ、個別に有機的に支援を行う、個々の生活者によるボランティア活動の数々なのだ。
本年3月、石川県令和6年能登半島地震復旧・復興アドバイザリーボード委員にも就任した株式会社雨風太陽の代表取締役高橋博之氏は、東日本大震災を契機に「地方と都市をかき混ぜる」をミッションに活動を続けている。
「今回の能登半島地震の復興に関しては、合理化の視点から現地の復興よりも住民の他所への移住を勧める声も出てきている。能登の復興プロセスがこれからの日本の地域活性化の方向性を決めることになる。
自治だけがこれらの声に対抗できるはず。現在は住民の主体性が失われているが、行政に任せっぱなしにするのではなく、ここでそれを取り戻すタイミングでもある。インフラも上下水道の復興のみならず、自然の力を活用するなど地域独特の取り組みがあってもいい。
今後コスパ、タイパで豊かさを測る世の中となるか、あるいは都市と地方、集落と市街地、いろいろ反するものが融合するよき機会として受け止めるか。ともかく逃げずに向き合うことが必要」と述べた。
能登は元々、最も過疎高齢化が進行した地域の一つでもあり、今回の地震でさらに過疎高齢化が加速することは避けられないだろう。これをきっかけにいかに関係人口といった外部からの力を巻き込み、復興を進めていくかの試金石の場としても注目すべきところだろう。
企業に属しながら関係人口として活動をリード
一方、この「関係人口」をビジネスの根幹に据え、企業自ら推進していこうとする展開もある。その中の一社が日本航空だ。「都市と地方をつなぎ、新たな人流を生み出し、日本に生気を吹き込む」をミッションに立ち上がったのがJapan Vitalization Platform(以下JVP)であり、その立ち上げには先の雨風太陽の高橋氏と日本航空が発起人となり2021年に発足した。
人の移動をビジネスとしてきた日本航空だが、地域が衰退すれば人の往来も減り、根幹事業も減速するのは必定だ。そこで「人の動いた先のエリアの経済拡張にも関与していきたい」と、この「関係人口」増加に取り組み、今では日本航空の2025年までの中期経営計画の達成のための「ローリングプラン2024」にもそれらの取り組みが明記されている。
その目標として、JALグループにおける「関係人口の人数」と「地域との関わり度の向上」を数値化し、持続的にその向上に努め、2030年には、「関係・つながりの総量」を1.5倍に拡大させるなどを宣言しており、この取り組みの本気度を感じさせる。
現在このコンソーシアムの事務局を担う日本航空の上入佐氏は、当初は有志としてネットワークに参加、関係人口を増やすためになにをすべきか、関係人口は地域になにを提供できるのかなどを模索していたという。JVPは2050年までに2000万人の関係人口創出を目指し、その際に発生するさまざまな課題を解決するためのナレッジの共有や、納税・住民票などの制度改革に向けた政策提言を目指すという目標を掲げている。
個人としても、これまで所属する日本航空で蓄えたナレッジやスキルを背景に、個人でできること、また企業の巻き込み方などをメンバーと毎週のように議論しているといい、また現在のメンバーも多種多様で企業で働くビジネスパーソンのみならず、起業家やNPO職員、若手官僚や学生などその裾野は広がっているとのこと。
「このコンソーシアムは立ち上げからすでに4年が経過しています。初期メンバーは数名でしたが今では200名を超え、また定例のディスカッションから課題ごとに別チームが次々とスピンアウトし、またそれぞれに関与するメンバーも増え、それぞれの掲げるアジェンダ解決へ取り組んでいるんです」と上入佐氏。まさにアメーバのような増殖形態でありながら、自律的なメンバーが全体効率を考え、人やグループを結び付けていく。それぞれのグループは、全員が利他の心を持って働くティール組織のような動きとなっているようだ。
自身もチームを俯瞰した立場を果たしつつ、個人として能登の復興に尽力しており、毎週末、能登に出かけていき、現場の声を拾い、どう課題解決するかを議論しているという。「能登に関わりたいと思ったのは自分自身ですし、物理的な大変さはありますが、地域の人びとから感謝の声をいただいたりすると、自身もそこの一員としてなにかしらの貢献をできていると思えて、逆に元気をもらっている感じです」と上入佐氏は述べる。
「物理的拠点を置かずとも、二拠点への所属意識を持つ生活」という考え方
現在は自身の二つ目の拠点を見つけるという物理的な部分での課題も残っているが、精神的な部分でのつながりを持つだけでも心に豊かさを見いだせるかも知れない。その地域の文化、そして人を好きになり、少なからず関係を構築し、また深めていく。それは自分自身の関心に改めて向き合うきっかけともなるだろう。
先の上入佐氏は、 「関係人口になるというのは、自分らしく生きる世界を作ることでもあると思うんです。そして、その世界に共感する人が集まって来てくれる」といい、これからは参画メンバーの思いに火を付けていくような支援活動に注力したいという。
また二地域居住を目指す都市部住民のみならず、地域の住民においてこれらの意向が高まってくることはウェルカムでしかない。以前は土地土地の文化に対する理解が足りないなど、日常の触れ合いですら衝突を招くなどの事例も多々聞いたが、最近はその辺りの配慮も事前になされ、土地に溶け込むよう知識を学び、また祭りの運営への参加など部分的なつながりから徐々にその関係性を深めていくなどの努力が奏功しているようだ。
また外部の視点が入ることは、これまで土地の人びとが認識していた価値のみならず、さまざまな新しい発見があるものだ。自分たちの地域では当たり前でも、他所から訪れた人にとっては新鮮で、興味深いことも多々あるはずで、そういった意味で二地域居住を検討してくれる関係人口は今後、外部目線を活用した地域の再価値化の大きなきっかけともなるだろう。
まとめ:Beyondカンファレンスのネットワーキングの醍醐味とは(すぐにでもなにかをやる意識)
最後にBeyondカンファレンスに参加する人びとの属性について触れたい。このカンファレンスには独特のルールがある。すなわち、「聞いて学ぶ」という受動的な参加の仕方はほぼほぼなく、参加したからには同じ参加者、あるいはスピーカーとさえも「対話し、次の実行に関わる」という能動的な動きが求められるのだ。
いや、求められるというよりも、みなそれを望んで参加してきているというのが正しい表現だろうか。それぞれのセッションでは冒頭で複数のスピーカーがマイクを回す。大きな課題に対してそれぞれの立場から感じている問題点、そして自身なりの課題解決の視点を共有するのだ。
セッションによっては8人ほどが登壇することもある。そしてそれぞれの意見が述べられた後、会場の参加者はいくつかのグループに別れ、提示された問題点や課題解決法について意見を交わし、自らのアイデアもどんどんと発言していく。まさに自身が当事者となってその社会課題解決のためになにができるのかを語り合い、そして実際に次のタイミングで自身がなにをするのか、そのアジェンダ設定までしてしまうのだ。その特徴はとにかく「すぐに実行に移す」ことを信条とする姿勢と言っていいだろう。ただ受け身で登壇者の話を聞き、インプットしたままいつかその知識を使う機会を待つという人はほぼいない感覚だ。
能登半島地震のセッションにおいても同様で、前半は登壇者が経験を語り、さらにはいま抱えている課題を投げ掛け、参加者同士で議論することを求める。そして、極めて能動的な参加者はそれらの議論を通じてお互いを知り、それぞれの出来ることを確認し、またその連携についてさらなる議論を深めていく。人によってはセッション後に別の場所を見つけ、さらに仲間を巻き込んで明日からなにかできることがないかをすぐさま検討し始めるのだ。
実際、私が裏方のサポーターとして参加していたときに使っていた事務局用の控え室にさえ彼らは入ってきて、議論の場所として占有してしまうほどの勢いだった。先のJVPではないが、本体からどんどんスピンアウトし、アイデアを増幅させ、新たな行動へ移していく。この実行力あるネットワーキングこそがBeyondカンファレンスの魅力とも言えるだろう。
二地域居住に関する法制度においても、地域と関係人口をつなぐ役割に協力するNPOや民間企業の連携を促進する項目もあり、まさに法律制定の前にこういったネットワーキングの場づくりとして実践されていたのがこのBeyondカンファレンスであり、それをリードしてきたのがand Beyond Companyだったと言える。
国や行政に全面的に頼ることなく、個々人がその意志でつながり、大義を果たしていく。そんな理想型をここに感じるし、またそういったイニシアチブが逆に行政の意志決定を後押ししていくような現象がこれからは頻繁に起こってくるのかもしれない。先の雨風太陽の高橋氏が語った「関係人口が主導する地域活性化」も遠い理想の話ではないと思わせてくれる場であったと感じる。