NRF2024 ~リテール・コマース領域の最新&最前線レポートNo.6
Visit APAC, Exhibit NRF!
~来た、出た、そして分かった!NRF APAC とASEANのリテール・コマースのいま~(後編)
2024/11/05
全米小売業協会(NRF)主催の流通小売分野における世界最大のコンベンション「NRF Retail's Big Show」。史上初となるAPAC 版が、6月11日から13日にシンガポールで開催されました。リテール・コマースの最先端トレンドは、半年の時間を経て、また米国からシンガポールに場所を変えてどう変わったのか?
前編の①エクスポ(展示内容)に続き、②キーノート(有力登壇者スピーチ)、③ストア(実店舗視察)の視点からお届けします。
キーノート(注目の登壇者スピーチ)
前編でASEANのリテール・コマースのDXは、フィジカルな店舗/リアルな人(店員だけでなく顧客も含む)に限定、部分最適されている傾向にあったことに触れました。これは、当該エリアでそれらを展開するビジネスリーダーたちのキーノートでも同様の傾向であったといえます。
以下代表的な4つのキーノートからその一端に触れることで“アジアの現在地”をご紹介します。ただ、そこだけにとどまらないリテール DX の在り方を示すことができたのは、他ならぬ日本企業であったということも同時にここで言及しておきたいと思います。
①OROTON(Jennifer Child, CEO)
ひとつめは、皮革製品を中心に展開するオロトン。日本ではあまりなじみがないかもしれませんが、創業80年の歴史を誇る、豪州発の国際的なラグジュアリーブランドです。2017年に破綻し、コンサル出身のJennifer Child, CEOのもと、ブランドとしての再生を目指す中で、ラグジュアリーブランドとしては珍しい自社製品のレンタルを含む、‘Triple R’ strategy:Repair, Re-sell or Rental.(「トリプルR」戦略:修理、再販、レンタル)を展開。ファッション業界特有のスピード感とともに、アナリティクス偏重にならず、クリエイティビティも重視する姿勢を鮮明にしています。
特に重視しているのは、中華圏からのインバウンド客や近接市場のASEANも狙いながら、本拠地たる豪州国内市場での成長に優先順位を置いている点で、この点は別日にキーノート登壇のあったタイのシルク製品ブランド:ジム・トンプソンでも同じ方針が貫かれていました。
地域に根差したセレブの広告起用や地元出身の建築家との店舗デザインコラボなど、文化的アイコンとの協業を仕掛けたり、食や創作などの新しい店舗体験を織り込むなどして既存のCXを刷新。国外のターゲットには新たな観光ランドマークとして訪れたくなる「場」を創出しつつ、国内のターゲットにはブランドの歴史と知識を理解してもらう「場」となるよう、旗艦店をモダナイズし、新しいパーパスとともに21世紀型のリブランディングをするといったやり方です。
② FairPrice Group(Vipul Chawla, CEO)
シンガポールのナショナル・リテーラーであるフェアプライスグループは、本業のスーパーマーケット以外にも、カフェや給食センターに至るまで、傘下に多数の「食・飲食店」に関わる業態を抱えるコングロマリットです。Vipul Chawla CEOいわく、「シンガポール最大手小売事業者として、テクノロジーとデータの力によって、消費者ニーズへの理解を深め、シームレスな利便性とお客さまの買い物習慣や好みの一歩先を行くアクセスのしやすさを提供できるようになりました。デジタル化は自社の流通小売業としての競争力/有効性/効率性を下支えしており、近年はあらゆるコンタクトポイントに加え、グループ傘下の全ての業態を統合的に再構築する、という当社の革新的な取り組みの原動力になっています。加えて近年は特に、体験型店舗にも挑戦しています」。
“The diverse range of food businesses under the FairPrice banner”~「食」を通じた提供サービスラインを狭い市場に依存しないことが事業リスク分散につながり、それら複数の事業から創出される顧客接点の事業インパクトが大きいことを誰よりも認識しているのは、目覚ましい経済発展を遂げたここシンガポールで、一大ビジネスを築き上げた彼だからこそ。「食(飲食店も含む)を制するは、流通小売業を制す」、それを最も体現する企業と言っても過言ではないのかもしれません。
③Central Retail Corporation(Panchalee Weeratammawat, Chief People Officer)
タイ発のセントラルグループは、国外のベトナム・イタリアなどにも合わせて1700店舗以上の百貨店やスーパーを展開し、日本企業ではファミリーマートとも現地協業するアジア有数の流通小売業コングロマリットです。
Chief People Officer Panchalee Weeratammawat氏は、‘A Great Place to Work(働きがいのある会社)’を掲げ、「私たちのビジネスは、必然的に家族経営から生まれたものであるがゆえ、従業員全員が DEI を包摂した‘People Culture’にのっとり、自社成長の過程に社員一人一人が一丸となって参画すべきである」と明言し、それを成長戦略の根幹に据えています。その一方で今後は、よりマルチナショナルな海外展開をにらむ中、3つの「文化」:組織文化/民族文化/国家文化に配慮しながら、2つの「アプローチ」:結果主義/行動主義にのっとった企業経営を実践することが重要であるとしています。
ひと昔前の日本企業で見られた以上のファミリー経営を、堂々と公言する姿は、デジタル・テクノロジー・データ……、リテールDX一色のNRF会場の中では、異彩を放ちつつも、しきりとうなずき納得する聴講者が多かったこともまた印象的でした。
④AEON(副社長 羽生有希氏ほか3人)
シンガポール本土での展開はないものの、ASEAN諸国を中心に展開している日本発イオングループのキーノートは、今会期中のハイライトと言っても過言ではないでしょう。「LIFE TECH」と「Warm Colorful Experience」の2つのキーワードを強調しました。これは人間性に根差し、従業員を支えるため、そして顧客の生活に彩りと温かみを与えるためにあるべきリテールDXのかたちと私は解釈しています。「データ」や「テクノロジー」といった無機質な言葉が多かった中で、フィジカルな【店舗】とリアルな【店員】にも光を当てた、ジャパンスタンダードなリテールDXが国際的な舞台で語られ受容されていたことは、聴講していた私自身としても感慨深いものがありました。
羽生氏とともに登壇された、イオンマレーシアの社長岡田尚也氏は、さらにそこへ「場(≒地域社会)」の概念をプラスし、「AEON Living-Zone」 という3つ目のキーワードを紹介しました。「現地企業と間違えられるほど地域に根付いて事業を行ってきたことで、多くのお客さまとのつながりがある」と語られていたこともまた印象的でした。
また、Googleの奥山真司氏とMicrosoft社の三上智子氏もディスカッションに加わり壇上を盛り上げました。奥山氏は「An Era of Loyalty Reset」という言葉とともに、ポストコロナ時代で加速されたカスタマージャーニーの複雑性と不確実性について「74%」という数字にも言及しながら、最頻利用リテーラーが次点ブランドにスイッチされるリスクとチャンスを説きました。三上氏は昨今同社が抱える「Retail unlocked」というビジョンとともに、CXの強みを最大化していくうえでのEX(従業員体験)の重要性について、デジタルで置き換えられる部分はそちらにシフトさせ、人だからこそ生み出せる価値の最大化に集中できる環境を整えることを、DXで目指していくべき、と説きました。
いずれも共通して強調していたのはその基盤テクノロジーとしての AI の進化です。2025年1月12日~14日に実施が予定されているNRF2025において、どう新たな展開を見せるのか?引き続き注目していきたいと思います。
ストア(実店舗視察)
ASEANには、長い歴史・多様な民族・複数の宗教がミックスされたユニークな文化があります。ゆえにニューヨークほどの数や規模はないものの、シンガポールのリテール・コマースはバラエティ豊かであり、それを俯瞰(ふかん)で整理したのが以下の図になります。
特徴は、旺盛な消費意欲を持つ若年層の構成比が日本より高い市場構造を反映し、飲食店を含む食品やグロッサリー等のスーパーマーケット業態だけでなく、美と健康領域のドラッグストア業態での競争が激化しているという点です。その中から特徴的なリテーラーを4つ紹介してみたいと思います。
①FairPrice Finest
日本の生協のような組織であるNTUC(The National Trades Union Congress)が母体となったスーパーマーケット。他の業態と比べるとより高品質な商品がそろっています。経営主体たるFairPriceグループは、夜市・外食文化のあるエリア:クラーク・キーにて、新しいイートインスタイルの体験型店舗をオープン。“Grocer Bar”をコンセプトに従来の屋外屋台の集合施設:ホーカーとは異なる飲食体験が味わえる店舗体験が設計されています。
②余仁生(Eu Yan Sang/ユー・ヤン・サン)
1879年創業の東南アジア最大の漢方薬メーカーの余仁生は、シンガポールや香港、マレーシアを中心に170超の販売店を運営。ロート製薬と三井物産は24年4月、SPC(特別目的会社)を通じて買収、新型コロナウイルス禍を経ての世界的健康志向の潮流に乗り、疾病予防観点からのテコ入れと物販拡大を図っています。従来イメージを踏襲しながら、現代的なデザインを取り入れるなど、新しい試みがなされています。
③SCOOP Wholefoods
2019年にシンガポール上陸した、オーストラリア発・オーガニック食品の量り売りショップ。地球と健康に配慮した製品、オーガニック、グルテンフリー、ビーガン、お店で使われているパッケージ等全てがエコ製品。健康志向のものは割高という市況下、ほしい物を・ほしい分だけ・無駄なく・お得に購入できるということで根強い支持があります。実際に、液体以外あらゆる固形物が量り売りで販売されている様をみると、徹底したブランドスタンスを店頭から感じることができました。
④DAISO
言わずと知れた日本創業の100円ショップ。2022年5月、ジュロンポイントモールで、海外で初めて100円ショップの「DAISO」、300円ショップの「Standard Products by DAISO」「THREEPPY(スリーピー)」の3店を、ワンフロア同時出店したことを皮切りに、シンガポール国内においては、大創産業ブランドとして50店前後を展開しています。店頭は日本とほぼ変わらないフォーマットで展開されていました。
ASEANのリテールコマースシーンの4つの論点
これらの4つの店舗に加えて、その前節のキーノートを踏まえると、ASEANのリテールコマースシーンは大きく4つの論点から語れると考えています。
1:コロニアル・カルチャー
「Tradition vs Modernity (ブランドの“これまで”と“これから”のバランス)」ASEAN 発祥とされるブランドでも、ルーツは欧米にあり。これら企業は、マーケティングも販促もホリスティックでノンバイアスなアプローチが特徴的。
2:フード・ファースト
「食(+飲)を制するは、流通小売業を制す」
グローバルマーケットの中でそれを最も体現しているのが、中華圏を含む ASEAN マーケット。ここには、オン・オフラインリテーラー/メーカー・ブランドだけでなく飲食店事業者も含まれる。
3:アジアン・イノセンス
「アジアのリテールDXは、社会合理性ファーストで進む」
民族・文化・宗教の多様性と歴史あるアジアは、ステークホルダーがとかく多くなりがち。“財閥によるコングロマリット”というビジネスモデルが優位。
4:ジャパン・プレゼンス
「日本のリテールスタイルは、直輸入&即実装可能」
世界の消費市場のマジョリティを占める ASEAN のカスタマーに十分な勝機と親和性がある一方、ビジネスの交渉レイヤーでは現地プレーヤーに競り負けるリスクも散見。
前後編で「NRF Retail's Big Show APAC」の様子と、そこから見えてきたASEANのリテール・コマースの潮流をお伝えしてきました。2025年1月12日~14日はニューヨークで第115回のNRF 、6月3日~5日の会期では第2回の NRF APAC がシンガポールにてそれぞれ行われます。引き続き、これらを定点・時系列観測していきながら、その大勢を見極めたいと思っています。