「異質」と混ざってますか?
教育×クリエイティブで、日本のオリジナルな教育を面白くするために。
コピーライター・アートディレクター・クリエイティブディレクター・マーケターなどが集まって、電通社内に設立した「アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」。設立10周年を記念して、メンバーそれぞれが教育に関わってきた中での発見や、感じた変化をリレーコラム形式でお届けします。

「アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」に所属している電通総研の関島章江です。私は、IT企業でシステムエンジニアとして働きながら、教育とテクノロジーを掛け合わせ課題解決をする仕事に向き合ってきました。
本稿では、クリエイティブなメンバーとの出会いを通じて経験した「異質と混ざること」と、変化の激しい時代の中でポジティブに生き抜くために「ユニークであり続けることの必要性」について、自分なりの視点でお伝えします。AI時代を生きる私たちにとって、異なる価値観とどう交わるかは、子どもだけでなく大人にとっても大切なテーマです。
ITと子育ての間で見ていた社会と教育のギャップ
私が現在の仕事を始めたのは、2010年に電通総研の社内起業企画に応募したのがきっかけでした。急激なIT進化の中、企業が求める人材は大きく変化していることを日々感じており、当時小中学生2人の子どもを育てる中で、学校や塾での学びそのものに疑問を持ち始めていた時期でした。
当時は、iTunesがはやり始め、個々が好きな音楽コンテンツを個人デバイスで視聴することが可能となっていましたが、クラウドさえ懐疑的に見られていた時代で、スマートフォンやタブレット端末は一般に浸透する手前でした。
企画では、「子どもの学習進捗や学びの特性に応じ、さまざまなデバイスから教材コンテンツに自由にアクセスできるエコシステム」を提案しました。暗記やテキストベースの学びが不得意な子どもも多くいます。IT活用で学び方を多様にし、効率的に学ぶことで、空いた時間をさまざまな体験の時間へ充てられると考えたのです。
一部の役員から「教育はアナログで十分ではないか」という声も上がったことを今でも覚えています。それでも、「よく分からないから、やってみれば」と言ってくれた役員もいました。その「やってみれば」という言葉に背中を押され、島根県海士町(あまちょう)の公営塾や私立学校などで実証を重ねました。
そこでは、一人一人の学習進度や理解度に合わせて、個別最適化されたデジタル教材を配布できるアプリをインストールしたタブレットを配布しました。いつでもどこでも学ぶことができ、状況を把握できるアダプティブラーニング・プラットフォーム構想の仕組化です。SNSを使った伴走型の支援も組み合わせました。生徒の意欲や理解には、確かな変化が見られました。
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ITは、既存の教育をより効率的かつ効果的に支えられる。そう思えるだけの手応えはありました。そのころの私は、アダプティブラーニングを広げていくことが、ITに携わるワーキングマザーとしての自分にできる意味のあることだと思っていました。

あらゆる場所からさまざまなデジタル教材コンテンツにアクセスでき、個別最適化された学びを実現するエコシステム

2014年ごろから文部科学省では「アクティブラーニング」という言葉が使われ始め、主体的な学びをどう実現するかという議論が本格化しました。話す、書く、発表するなどの能動的な参加を教育に取り入れ、単なる知識の暗記ではなく思考力や判断力、表現力を育てることを目指すものです。教育の現場も、確かに変わろうとしているように見えました。
異質の戸惑いと好奇心の芽生え
2016年、電通へ出向し、「アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」のメンバーと出会いました。コピーライターやアートディレクター、プランナーなど、表現を仕事にするメンバーが中心の場です。教育をクリエイティブの視点で捉え、解釈し、分解し、再構成する。正直に言えば、そこは私にとって異世界でした。
何より驚いたのは、同じ教育というテーマを扱っているはずなのに、見えている景色が違うことでした。私が仕組みや効率、再現性から組み立てようとするのに対し、彼らは問いの立て方から出発します。思考の起点が違うのです。議論の中で焦点を当てる解像度も、構造の組み立て方も、正解へと向かう道筋も異なっていました。その差は単なる手法の違いではなく、世界の見方そのものの違いのように感じられました。
その違いを前に、とても戸惑ったことを覚えています。自分が積み上げてきたものは、ここでは通用しないのではないか。そう感じる瞬間が何度もありました。議論についていけないわけではありません。ただ、何をよりどころに考えればよいのかが分からなくなるのです。自分の中にあったはずの軸が、少しずつ揺らいでいきました。
そんなとき、ふと中学の美術の授業を思い出しました。白い立方体を描く課題で、クラスメートがその立体を薄橙で表現し、先生に褒められていたのです。私にはどう見ても白にしか見えませんでした。なぜ薄橙なのか、なぜそれが評価されるのかが分かりませんでした。そのとき感じた小さな戸惑いが、ふいに重なりました。
研究所メンバーとの会議でも、似た感覚がありました。なぜみんなはそう考えるのだろう、その表現が良いと思うのだろう。同じ教育を語っているのに、焦点の当て方も、問いの立て方も違う。資料の構成も、ゴールの置き方も違う。私は黙り込みながら、自分の役割の範囲を決めてその中だけの応答をするようになりました。
一方で、メンバーとやり取りを重ねる中で、小さな好奇心も芽生えてきました。その違いを理解しようとする時間そのものが、次第に面白くなってきたのです。自分の前提を疑い、別の視点から見直してみる。そうしてみると、これまで当たり前だと思っていた景色が、少しずつ違って見えてきました。異質は「怖いもの」から「気になるもの」に変わっていきました。
異質と混ざると、ユニークは際立つ
2010年代半ばごろから、デザイン思考やアート思考という言葉をよく耳にするようになりました。そこで湧いてきたのは「その言葉を安易に理解した気になりたくない」という気持ちです。長い人生の中で、私はアートや造形に正面から向き合う機会を持つことはありませんでした。研究所のクリエイティブなメンバーとの出会いも後押しとなり、「触れてこなかった世界に身を置くことで新たな可能性や気づきを得てみたい」と思い、2018年に50代で美大のデザイン情報学科に入学することにしたのです。
美大で「情報」の教員免許を取得できるというのも選ぶ理由の一つとなりました(現在はこの大学での「情報」の教員免許取得は対象外となっています)。学校現場では、「情報」が大学共通テストの試験科目となることが検討され、教科書も一新されました。扱う内容は現場の教員のみでは到底カバーしきれないほど多岐にわたり、企業人との連携が必要と言われ始めていました。
加えて、理系の延長ではなく、右脳の世界で「情報」の教員免許を取れるというのは、ユニークで面白いと感じたことも美大を選んだ理由です。また、「テクノロジーを活用して『情報』をどう伝えるかを学びたい」という気持ちもありました。当時、仕事の現場でも、システム開発そのものより、データの見える化や利活用が語られるようになっていました。作る側の論理ではなく、利用者の視点から表現できるようになりたいという思いが、私を後押ししました。
実際に学び始めて衝撃を受けたのは、全学科共通の「造形基礎」という授業でした。その授業では、教室の中央に白い物体がいくつも置かれ、それを15人ほどで囲み、一人ずつ手に取って感じたことを一言で表現します。重い、冷たい、ざらざらしている、柔らかい。同じ物体でも、出てくる言葉は驚くほど多様でした。
その後、その中から一つを選び、白を使わず、形も描かないというルールでキャンバスに表現します。白いものを白を使わずに描く。形を描かずに、イメージだけで伝える。何を感じ、何を伝えたいのかを自分の中から探し続ける丸2日間でした。発表では、元の物体とはまったく違うのに、その人らしさがはっきりと伝わる作品もありました。否定されることなく受け止められる安心感の中で表現が磨かれていく。その多様性と自由さに、私は心から感動しましたし、このような授業が小中学校という学校教育の中に広く展開されていけばよいのにと感じました。
同じころ、所属するデザインシステム情報学科の必須授業でも印象的な出来事がありました。
その授業で出た課題は、Processingという描写系のプログラミング言語を使い、丸・三角・四角の図形を用い、大きさや色、動きだけで何かを伝えるというもの。例えば、ジャンプ傘が開いた瞬間の衝撃や動きを、数秒間のアニメーションとして表現します。正解はありません。
多くの受講者は試行錯誤しながら制限時間内に何かしらの形にしました。しかし、学校の指示で「情報」の追加免許を取得するために受講していた教員は、何も形にすることなく「何を作ればよいか考えているうちに時間切れになってしまいました。」と話したのです。
私は、その姿に以前の自分を重ね合わせました。自分の専門性を生かせない、異質な環境は苦しかったに違いありません。ただ、せっかくの機会を楽しめなかったのは残念だったなと感じています。クオリティよりも、まずは表現してみること。試行錯誤すること。その経験を楽しむことこそが大切なのに、主体的に交わろうとしなければ、せっかくの機会もすり抜けてしまいます。
異質とは、単に多様な価値観が存在することではありません。その交差点に、自ら立とうとするかどうか。その姿勢が問われているのだと感じました。そしてユニークとは、もともと自分の中に眠っているものではなく、異質と混ざることで際立つものです。
AIやテクノロジーが急速に進化し、多くの仕事が自動化されていく時代だからこそ、私たちに残るのは「何を感じ、どう解釈し、どう組み合わせるか」という力です。
知識そのものよりも、異なる価値観や専門性とどう交わるか。その経験の積み重ねが、自分のユニークを際立たせ、これからの人生を主体的に歩む力へとつながっていきます。異質と混ざり続ける。その先に、私たちのユニークは生まれていきます。


※iTunes は、米国およびその他の国で登録されたApple Inc.の商標です。
アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所ウェブサイト
https://www.konnano-dodaro.jp/
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著者

関島 章江
株式会社電通総研
プロジェクトクリエイション室
シニアプロデューサー
長年システムエンジニアとして企業の基幹・業務系システムの開発や運用に従事。2010年社内の事業企画コンペ応募を機に、Open Innovationラボへ異動。以後「教育×Tech」を軸に事業開発、教育DXに携わる。テーマは「アダプティブラーニング」。個々の特性を認知し、特性を生かしあえる社会の実現を目指している。著書「日本のICT教育にもの申す!」。


