被験レポ「こんなのどうだろう式 新人教育メソッド」
教育×クリエイティブで、日本のオリジナルな教育を面白くするために。
コピーライター・アートディレクター・クリエイティブディレクター・マーケターなどが集まって、電通社内に設立した「アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」。設立10周年を記念して、メンバーそれぞれが教育に関わってきた中での発見や、感じた変化をリレーコラム形式でお届けします。

こんにちは。最若手所員の飛田ともちかです。普段は、プランナーとして広告のもろもろを企画しまくっているかたわら、研究所では「中身のいらないプレゼンの授業」など、広告業の知見を生かした授業コンテンツを作ったり、実践したりしています。
僕が研究所に入ったのは新入社員の頃でした。といっても、キラリと光る何かを見込まれて入ったわけではなく、教育担当でお世話になった先輩(PLAY FIRSTの大山さん、心の師匠)が研究所のメンバーだっただけ。横についていっただけの、ラッキー入所です。
もともと研究所は、学生時代に教育を研究していたとか、教育コンテンツを作っていたとか、教育に関して一家言あるメンバーが集まっている組織。そこにいきなり新入社員として入っても、まるで戦力になりません(ちなみに僕は、大学院で形状記憶合金を研究していたカチコチの理系男で、教育なんて考えたことすらありませんでした)。
そんな教育無縁人材だった僕も、なんとか戦力になるぐらいには育ててもらったわけですが、振り返ってみて思うのです。僕が受けた教育は、極めてアクティブラーニング的だったかもしれないな、と。
今日はそんな10年前の経験を振り返りつつ、そのメソッドをまとめてみたいと思います。皆さんの役に立つかは分かりませんが……。
「キミ、これやる?」すべては無茶振りから始まった
研究所に入ってすぐ、ある大学で実施予定の授業プログラムの企画会議に参加していたときのこと。「とりあえず入ってみて。徐々につかんでくれればいいから」と言われていたし、打ち合わせ自体もほぼ初めてだったので「ほ〜これが企画出しか〜」「一人ずつ発表していくんだな、キンチョー!」とか思いながら議事録を取っていたのですが、自分の企画を説明していた先輩社員が、突然僕を指さしてこう言いました。
「じゃあキミ、これやってみる?」
え……?僕がやるってこと?
先輩が考えた授業を?ウソ?
「あ!やります!ウス!」
混乱とは裏腹に、反射的に反応してしまいました。やる気ぐらいしか取り柄のない存在でしたし、やる?と言われたら、やる!と言うタイプの新人でした。ただ、先輩が考えた企画でしたし、そんな横取りみたいなことはさせないだろう。まぁ冗談だろうな。はいはい、社会人ジョークね。などと思っていると、
「おっけー。じゃあ託すわ、よろしく!」
ということで、あっさり託されてしまいました。
どうしよう。
確か、この時点で授業まで1カ月を切っていたと思います。もちろん、授業としてのクオリティは担保しないといけないので、そこから先輩にマンツーマンで企画意図や授業のポイントを教わったり、実践に向けて模擬授業を何度も見てもらったりしました。でも、やればやるほど、「これ失敗したら先輩の企画をつぶすことになるよね……?」「仕事ってことはお金が発生してるよね……?ちゃんと対価に見合う授業にできる……?」などと、不安でしょうがなくなります。小心者なので。そのたびに「こんだけ準備してるんだから大丈夫よ」「思いっきりやったらいいよ、新人なんだから」などとはげましの言葉をもらい、それにすがるようにして何とか授業をやりきりました。当時の写真がこちら。

緊張しすぎてあんまり覚えていませんが、授業後に何人かの生徒が目の色を変えてやってきて「こんな授業初めてで面白かったです」と熱い感想をくれたことは強烈に覚えています。先輩の用意してくれた流れに乗っかっただけですが「あ、授業って届くんだな。すげぇな、面白いかもなこれ」という、得がたい発見がありました。舞台に立たせてもらわなかったら、気付かなかったことです。
「そろそろ授業作ったら?」次なる課題が降ってきた
初授業を大成功(※個人の主観です)させてからしばらくしたころ、「そろそろ飛田も授業作ったら?」と言われるようになりました。当時の研究所は教育コンテンツ開発期で、所員それぞれがさまざまな知見を生かして、それこそ「こんなどうだろう?」と新しいプログラムを次々作っては実践しているフェーズ。そんな中、僕にも打席が回ってきたのです。
授業……。
困りました。というのも、研究所のやり方は“広告業界のノウハウを活用して”教育界でも使えそうな考え方をプログラム化するというもの。新人である僕は、そもそもベースの“広告業界のノウハウ”を持っていない、というか絶賛吸収中だったのです。どうしたもんか……。やっぱまだ無理なんじゃないか……。すぐ弱気になる僕に、先輩方の声が飛んできます。
「授業作るってことは、
©飛田のコンテンツを作るってことだから」
「自分のコンテンツで稼ぐって、
今できたらすごくない?」
「同期でそんなことやってるやつ、
そんないないだろうからさ。ま、頑張ってみてよ」
……なんか、すごい気がする!!
©僕のコンテンツ欲しいぞ!
いい感じに乗せられて、目の前の課題がデカいチャレンジに思えてきた僕は、ウンウンうなりながら「中身のいらないプレゼンの授業」という、プレゼンのHow to sayに特化した授業を完成させました。

ちなみに「完成させました」とかエラそうに言いましたが、たくさんサポートしてもらっています。プレゼンの授業をやりたいと言えば、「前に仕事でプレゼンの技法をまとめたやつがあるから、持ってっていいよ」と資料をもらったりしましたし、模擬授業にしつこく付き合ってもらったりもしました。ただ大事だったのは、「これは自分のプロジェクトなんだ」という強い当事者意識があったこと。最初にうまくやる気に着火させてもらっていたんだと、今振り返って思います。
「どうだった?」反省は熱いうちに吐け
そんなこんなで、いろいろなプロジェクトをやらせてもらったのですが、いつもやり切った後に、所長から決まって言われる一言がありました。
「どうだった?」
割と終わってすぐに、ジッと目を見て聞かれるので、サラッと一言で逃げるわけにもいかず。無事やり終えた安堵と、やや残っている緊張感でホクホクの中、頭をフル回転させて答えることになります。「あれはできたけど、これは失敗しちゃいました」「次はこうしたいっす」「こう思ってたんだけど、やってみると全然違ってこうでした」とか、そんな感じの生っぽい感想をバーっと吐き出すと……対する所長のアンサーは、これまた一言。
「そう、発見があってよかったね」
上司や先輩のフィードバックって、褒められるとか、怒られるとか、アドバイスをもらうとかだと思っていましたが、「よかったね」。一言なことあるんですね。ただ、いかんせん終わった直後の、取り繕う暇のない思いを言葉にしている(させられている)ので、後から役に立つんです。言いながら「あ、こんなこと思ってたんだ」という気づきがあったり。自分で見つけているので次に生かそう!と素直に思えるのもいいポイントです。あの「どうだった?」からの「よかったね」コンボ、僕は自己発見を促す確信犯的なメソッドだとにらんでいます。
すべての根源は「5センチ手を離す理論」?
研究所にも参画してもらっている、東京都小金井市教育委員会教育長の大熊雅士先生(通称クマG)から聞いた教育メソッドのひとつに「5センチ手を離す理論」というのがあります。
子どもが何かをやり始めたときは、その手を引っ張って誘導したりしない。倒れないように、でも、いざというときすぐ支えられるように、5センチ手を離して見守る。そうすることで、取り組む本人の主体性が育っていく……。
振り返ると、僕が受けた新人教育は、まさにこの理論の実践だったのかもしれません。まず舞台に立たせること。やる気に着火させて様子を見ること。絶妙な距離感でサポートすること。達成感とやりがいを発見させること。少し背伸びした課題を与えること。書きだしてみると、まんま、この理論の実践編ですね。
いや、実践というより実験か?研究所だし。ということは、僕は被験体ってことになりますね。なるほど、そうだったのか。
……以上が僕が受けた、こんなのどうだろう的な新人教育でした。今年新人教育を担当する方など、参考にしてみてはいかがでしょうか。その結果、どんなふうに育つのか、責任は持てませんが、自己責任で……。
本当は、「ちゃんと給料分は働こうよ」編、「キミのライバルは料亭のカウンターにいる」編などなど、もっといろいろ教わったことはあるのですが、それはまたどこかで。
アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所ウェブサイト
https://www.konnano-dodaro.jp/
関連する連載はこちら:アクティブラーニングこんなのどうだろうレポート
著者

飛田 ともちか
株式会社電通
5CRプランニング局
CMプランナー
入社とほぼ同時に研究所に参加。以来10年、最年少メンバーとして活動していますが、もう35歳。時がたつのは早いですね。普段はCMや、その他広告企画を考えまくっています。最近の仕事は、「二代目檸檬堂」「グミカジるマーモット」「レタス保存用新聞」など。



