ラッパーvsコピーライターNo.3
山田マン(ラッパ我リヤ)×井戸正和:コアと世の中の、円が重なる部分
2017/06/14
目下、若者を中心に大ブームを起こしているフリースタイルラップバトル。実は、日本におけるヒップホップ、ラップブームは初めてのことではありません。1990年代初頭から活躍し、独自の世界観と踏韻スキルで他と一線を画すラッパーと、ラップの影響も受けながらオーディエンスを湧かせる気鋭のコピーライターが初対談。お互いの仕事や言葉のつくり方など、対話を進めるうちに共通点が浮き彫りになりました。
口にしたくなる韻の力
井戸:ラッパ我リヤのことは、学生時代から知っているので、今日は恐れ多いです。3月にリリースされたULTRA HARDは8年ぶりのアルバムですね。山田マンさんのリリックを意識して聴いたのですが、うならせる言いざまの応酬だわ、漏れなくメッセージも盛り込まれているわ、ギャグまで入っているわで、どれだけスキルが高いんだ!と脱帽しました。
山田マン:ありがとうございます。ラップを聴くと、変に高揚させられるところがありますよね。
井戸:音楽にもうひとつ競技が入っているようで、ワクワクします。ダンスやスポーツのような若い子たちが夢中になる要素に、アカデミックさが加わったのがラップではないでしょうか。頭の回転が良くないとバトルで勝てないし、社会のことを知らないと発信力がない。
山田マン:最近フリースタイルバトルがブームになっているので、ラッパー=フリースタイラーだと思われているけど、以前はバトル形式ではなく、ライブを審査するラップコンテストだったんです。それを、時代のリスナーが楽しめるように、大人たちが知恵を絞ってバトルへ進化させた。太華がUMB(ULTIMATE MC BATTLE)でオーディエンスに審査をさせたり、フリースタイルダンジョンのバトル形式も次々と進化したり。
井戸:すごいブームになりましたね。
山田マン:若いフリースタイラーたちがバトルで白熱しているのを見ると、2000年代初頭のラップブームをほうふつします。
井戸:僕の仕事でラップ絡みというと、ドラマ「SR サイタマノラッパー」です。放送に際して「踏まれたぶんだけ、韻を踏め」というコピーを作りました。うだつの上がらない主人公たちだけど、その方がいいラップができるんだぞというメッセージを伝えたかった。
山田マン:ラッパーになるのは、皆どこかそういう人たちです。
井戸:腹に持っている思いに技術が相まって、ラップになるんじゃないでしょうか。心底思っていることや、実際に起きたことを、踏韻のリズムに乗せることで強さを持たせる。MCバトルでも、すごくうまい人もいますが…。
山田マン:うまけりゃいいってもんでもない。僕はギターを弾くのも好きですが、例えば、すごいといわれている速弾きの作品を聴いた瞬間は感激するんだけど、残らない。超絶なテクニックよりも、B.B. Kingのチョーキング一発の方がヤバい。ラップにもそういう感覚があります。とはいえ、ラップはやはり韻を踏んでナンボの音楽なんですけど。
井戸:山田マンさんのリリックも、相当韻が巧妙ですよね。
山田マン:韻が踏まれていると気持ちいいじゃないですか。「ヤッホー」にこだまが返ってくると、気持ちいい。繰り返しって、理屈を超えて動物を細胞レベルで気持ち良くさせる作用があるんですよ。
井戸:広告にも、聞こえ触りのいい音でどんどん畳み掛けるレトリックが存在します。小気味いい音の上にメッセージを乗っけると、興味と理解の両方を得られますよね。
山田マン:僕が韻を踏むときは、文字数の整合性よりも響き重視。この韻と韻がつながるってひらめいたら、文を途中で切って強引に成立させる。あと、一回使った韻はなるべく使わない。突拍子もなく、感覚に刺さるものが欲しいんですよ。井戸さんの「FFが出る。」みたいな。
井戸:渋谷駅のハチ公広場の上に、「FFが出る。」とだけ大きく書いた広告を出しました。7年ぶりにファイナルファンタジーが出るということで、駅を通る人たちの目に触れたとき、そのまま誰かに言いたくなるようなコピーにしたかったんです。
セッション的なプロセスが作品に熱を生む
山田マン:「FFが出る。」はハチ公広場のどこからでも目に入ったし、潔いぐらい、他に何も書かれてなかったですね。
井戸:発売日すら(笑)。実はあの前に電車の車両ジャック広告を実施して、存分にゲームについて語っているんです。だからあえて、ストレートに。打ち合わせの場でパワーポイントに「FFが出る。」と打って見せました。クライアントさんの英断です。
山田マン:何だかミュージシャンのセッションみたいですね。その点でいうと、リフォーム会社のCMも面白かった。セリフは決っていたんですか?
井戸:家庭訪問の先生とか医者とかお母さんとかのセリフは、その場で10パターンぐらい調子を変えながら言ってもらっています。そうすると、いい感じに聞こえるものと、意地悪に聞こえるものがあって。チームのメンバーと「ああでもない、こうでもない」と話しながら、その場でライブっぽく作り替えました。
山田マン:レコーディング作業と似ていますね。トラックを流してラップして、録れたものを聴いたらかっこいい。それなのに「何か普通だよね?」って。精神的な問題かもしれないけど、オープンリールを使ったアナログレコーディングを経験したのと、パソコンを使ったDTMレコーディングしか知らないのでは、モードが違う。DTMで編集できるのは利点ですが、一発撮りやセッションのレコーディングには、また違ったよさがあります。
井戸:僕の仕事でも、もちろん原稿は用意します。でも、物を売るためのセリフ回しだと、ザワっとしない感じがあって。リフォームのCMでは、収録時間をかけていろんなことをやりました。結果、元の案より面白いものに仕上がった。仕事によっては、一回決まった原稿を変えられない場合もありますが。
山田マン:クライアントさんの「これで」という意向ですね。
井戸:僕はなるべく「ここは変わらない部分、ここは面白くするためにいろいろやってみる部分」と分けて提案するようにしています。原稿はしょせん原稿で、キャストや、キャストのその日の気分によっても変わります。ときには無茶振りをしてみたり、フリーで2分間好きなことをしてもらったり。すると意外な引き出しが出てきて、それが採用になることも。特に映像の仕事は、即興的な制作手法が合うと思います。
山田マン:セッションだったりバトルだったり、そういう感覚ですね。ヤバいかヤバくないか、その瞬間の感覚でジャッジする。
井戸:僕はコピーを一人で考えるより、その場で人の反応を見てパッと提案することが多いです。もちろん後で見直しますが。打ち合わせが終わったときに、予想もしなかった企画が生まれることもあります。
山田マン:瞬発的に発生したエネルギーは、冷めても消えません。僕は元々ソロ活動をしていましたが、やはりぶつける相手がいる、グループで制作やライブをする方が楽しいです。
言葉に詰まったら、いったん寝てしまえ!
井戸:リリックはどうやって書かれているんですか? 意識的に使う言葉を収集したりしますか?
山田マン:僕の場合、作るものが音楽じゃないですか。だから、言葉をストックし始めると、仕事っぽくなってしまう。歌詞を書くために言葉と向き合うより、小説を読んだり、アートを観賞したり、ギターやカメラに夢中になったりしています(笑)。
井戸:なるほど。僕も言葉のストックはないです。コピーライターは誰かの代弁者、つまり、イタコのような仕事だと考えているので、取材や体験してみることが大事だと思います。世の中の流れも常に観察していますね。山田マンさんは、どういうときに作詞をされますか?
山田マン:まずは、夜だとビールを飲みだすところから、朝だとヘッドフォンでビートを聴きながら家の近所の神田川を散歩するところから始めます。リリックが浮かんだらすぐにスマホに記録するか、持ち歩いている小さなメモに書き留めるか。
井戸:ネタ帳みたいなものがあるんですね。
山田マン:忘れてしまったものはその程度で、忘れられないくらい強烈なものをと、ノートとペンを持ち歩かなかった時期もあるんですけど、やっぱりひらめきは書き留めておかないとダメですね。
井戸:僕もメモやスマホを使います。タイミングでいうと、朝シャワーを浴びているときに思いつくことが多いです。昨日行き詰まっていたのが、寝ている間に整理されているらしくて。
山田マン:確かに僕も寝て起きてからの神田川ですね。
本質と世間が面白がるもの。重なる部分で勝負する
井戸:ラッパ我リヤは山嵐やDragon Ash、ZEEBRAなど、数々のアーティストをフィーチャーしていますよね。共作はどのようにするんでしょうか。
山田マン:ケースバイケースですね。僕とQのラップを録った段階で「あいつが入ったらもっとヤバいよね」と声を掛けることもあるし、最初にトラックを聴いた時点でピンとくることもあります。
井戸:リリックはどのように決まるんですか?
山田マン:自分たちのパートを完成させてからオーダーする場合もあるし、相手にイメージを伝えるために、スタジオでさっとバース(※)だけ書いて、録ったものを渡してサビの作詞を頼む場合もあります。相手とタイミングで変わりますね。
※バース:曲のサビ以外の部分
井戸:広告では、タレントやキャラクターをフィーチャーすることがあります。「ONE PIECE 3億冊突破記念キャンペーン」という新聞広告では、47都道府県の地方紙にマンガのキャラクターをフィーチャーし、4週にわたって北海道から沖縄まで、南下しながら毎日掲載していきました。
山田マン:47パターンの言葉を考えたんですか。
井戸:最初に各都道府県の名物を洗い出し、『ONE PIECE』のキャラクターをピックアップしました。新聞をその地方にしかないキャンバスだと考え、マンガのコマと写真を合成して、キャラらしい言い回しと地方色をかけ合わせたコピーを作りました。
山田マン:それは自分の県の新聞の発売日が楽しみになりますね。
井戸:朝の4時にTwitterが活性化し、さらに他県の人と新聞を交換し合うといったリアクションには驚きました。その動きが南下してゆくうねりを見たとき、すごいな、気持ちいいなと実感しました。
山田マン:主人公はどの県に登場したんですか?
井戸:ルフィは最後まで現れず、沖縄の掲載の翌日、海を渡ったニューヨーク・タイムズに登場させました。「これが冒険だ、これがマンガだ」的なメッセージとともに。ファンの方々にありがとうとサプライズを届ける狙いで、全国で展開する企画に、後から海外広告の案をミックスしたカタチです。
山田マン:そのオチは痛快ですね。僕らも、仲間と「これはヤバいのできたな!」って盛り上がって、ライブで披露したらオーディエンスが口をぱくぱくさせていて。信じるものは音楽と仲間、というヒップホップの神髄が共有できた瞬間は最高です。
井戸:今、ラップがとてもはやっていて、CMにフィーチャーされることも増えましたよね。宣伝に使われることはどう感じられますか?
山田マン:単純にうれしいですよ。誰かがこのカルチャーを面白いと思って採用してくれているんだから、僕も堂々と神田川を歩けます。
井戸:ラッパーさんに出演いただくと、インターネット世代の若い子たちからの反響は絶大です。「ラップの企画やってよ」という声も増えましたが、コアな部分が知られずに終わるのはもったいないですよね。
山田マン:多分、コアなものは残るので大丈夫なんです。僕らのファーストアルバムのタイトルはSUPER HARD。8枚目となる今作はULTRA HARDです。皆が知っていたものを進化させながら伝えていく。
井戸:世の中では、全然知らないものは受け入れられなかったりするので。変わらない部分と、新しい部分との掛け合わせが大事なんですね。世の中が面白がることの円と、自分が仕掛けたいことの円の、重なる部分を探している気がします。
山田マン:その、円の重なるところという感覚、よく分かります。
プロデュース:加我 俊介
題字:青木 謙吾
ラッパー人選:太華