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ラッパーvsコピーライターNo.2

輪入道×見市沖:意外性をもって伝える“本当のこと”

2017/05/31

インターネットの影響で、ミレニアル世代から熱狂的な支持を集めるようになったMCバトル。その主役であるフリースタイルラッパーは、等身大の言葉で観客に訴え掛けます。一方、現代のコピーライターもSNSなどを駆使して生活者の心を揺さぶる言葉を発信します。誰もが発信力を持ち得る時代に、かき消されない“パンチライン”を紡ぎ出し続ける輪入道さんと見市さん。今回は、互いの仕事の裏側について、手の内を明かし合ってもらいました。

輪入道さん(左)と見市沖さん
輪入道さん(左)と見市さん

音楽も広告も、冒頭にインパクトを

見市:輪入道さんのCD「左回りの時計」のジャケを見て「怖いなぁ」と思いながらディスクを外したら、「ありがとうございます」って書いてあるじゃないですか。ギャップを狙ってのことですか?

輪入道:そうですね。1枚目のアルバムからこうしています。お礼を言ってる表情じゃないですけど(笑)。

見市:ラーメン丼の底みたいで、僕は好きです。

輪入道:ありがとうございます。見市さんの仕事も、インパクトがあるものばかりですね。近畿大学のポスターは、昭和の任侠映画風で一度見たら忘れない。

見市:そう言ってもらえるとうれしいです。最初に驚きがないと、何も感じてもらえない。「近大がガチすぎて怖い」というリアクションを狙って作りました。

輪入道:僕もつかみを意識して、ライブの頭には必ずフリースタイルラップをぶち込みます。まず「うわっ、こいつ何を言うんだろう」と思わせる。

見市:最初にざわっとさせてから、機能させるやり方ですね。

輪入道:1曲の中でのリリックの組み立て方も同じです。「悪魔なカンナ」のCMの歌詞は、冒頭から印象的でした。

見市:橋本さんが、こういう感じで世の中に出て行くと、皆がびっくりするんじゃないかという世界観を設計し、冒頭の「わたし悪魔な橋本環奈です」という歌詞でつかみました。彼女が「天使すぎる」と賞賛されていたときなので、逆に振ったら話題につながるな、と思ったんです。

「左回りの時計」では、1曲めで過激な言葉を連ねた後で、弱みをさらけ出すような曲を入れていますよね。

輪入道:そうなんです。アルバムの構成も1曲めは大事ですね。

輪入道さん
輪入道さん

見市:僕このアルバムの中で「徳之島」が一番好きです。素朴な風景が自分の目線でキラキラと描かれていて、徳之島に行ってみたくなりました。100円の追加料金をお姉さんがサービスしてくれたなんて出来事を歌詞にしたことに、愛を感じたと言ったら大げさかもしれないですけど。ダークな1曲目と対照的で。

輪入道:「徳之島」は素の自分で書いた曲なので、やっていて楽しいです。ヒリヒリ系の曲も自分ですが、そっちは戦闘モードですね。

見市:僕がこの曲を聴いて徳之島に行きたくなったのは、輪入道さんの素が出ているからかもしれないです。僕の場合、コピーを書く商品とお題を与えられた時、「こういうお客さんに、こういうニーズがあるから、こうしよう」とロジカルに考えるのは得意なんです。でも、それだとポテンヒットは打てても、ホームランにはならない。

輪入道:徳之島の曲も、仮に観光協会からの依頼だったら、狙い過ぎてありがちな曲になったかもしれない。

見市:そこに「コレ、めっちゃいいんだよ!」と作り手側の本気が入ると、熱が伝わるじゃないですか。制作にどれだけ多くの人が関わってもその熱は消えないし、逆に熱がないと、いかにもプロっぽいものしかできない。だからまず商品を自分で買って使ってみて、広告会社ではない一個人としての実感を大事にしています。

輪入道:自分で見て感じた熱量を作品に落とすことは欠かせないですね。

フェイクなメッセージは届かないSNS時代

見市:歌詞カードを読みながら輪入道さんのCDを聴いてみると、意外に刃が自身にも向いている。「俺もダメなんだ」という正直さにグッときました。

輪入道:僕がラップする目的をひと言で表すと、聴く人に活力を湧かせることです。弱みを見せて共感してもらえることもあれば、攻めている自分を見せて「俺もやってやる」って発奮させることもあります。基本的に僕のリリックは、実体験や自分自身の記憶からくる自分語りです。

見市:等身大に生きている本音に共感する。それが活力を感じるということかもしれません。でも、自分語りだとネタが尽きませんか?

輪入道:それが、ラップにはトラックというものがあるんですよ。音によって、同じ記憶でも違う表現が導き出されます。コピーライターさんの目的はどんなことですか?

見市:僕にとってコピーライティングの目的は、企業がまだ気付いていない商品やブランドの長所を代わりに見つけて、世の中に知らせることでしょうか。「輪入道さんて怖そうだけど、本当はこんな人だよ」みたいな。本当のことを掘って見つけて、それが愛されるために言葉を探す係です。ものごとを脚色して、盛って褒める商売だと思われている面がありますが違うんです。

見市沖さん
見市沖さん

輪入道:確かにちょっとそういうイメージがありました。

見市:でも、それでは結局見てもらえないし、信じてもらえないのが今です。Twitterなどに友達のリアルな発言があふれている中に広告が入るとき、虚飾を言っても見向きもされません。いろんな事情があるけど、なるべく本当のことだけを言わないと届かない。

輪入道:今26歳の自分が高校生だった頃にもSNSは台頭していましたが、イベントに来る若い子たちの話を聞いていると、比べものにならないほど浸透しています。実生活で見聞きする言葉より、SNS上の言葉の方がリアルです。

見市:アップされたバトルの動画を見て反応する人もいますよね。その目線も気にしますか?

輪入道:意識してないと言ったらうそになります。相手が時事ネタをぶつけてきたとして、こう返したら多分こう拡散されるだろう、という想像はしますよ。ただ、僕は意識するとスカしてしまいがちです。

見市:やはり影響はあるんですね。コピーの場合、SNSへの影響はそれ以上かもしれません。良くも悪くも話題にならないと知られることすらないので、SNS普及以降は、リアクションを引き出すための言葉を書く意識が強まったと思います。以前は新聞広告を見た1人の心に残ればいいと考えていましたが、今はコピーを目にした人が話題にして、言葉が出回ることを狙っています。

相手を見極め、集中力を高めた者がバトルに勝つ

見市:フリースタイルバトルのために準備はするんですか。

輪入道:ライムのネタを書き込んだメモを見ることもありますが、使わないですね。相手が言っていることに返しているので、仕込んだネタが噛み合うとは限らない。

見市:観客が見たがっているのは、今そこで起きている生々しい事件性ですよね。ストックを意識していたら、相手に集中できない。バトルの前に、相手の最近の動向はチェックしますか?

輪入道:しますが、突っ込んでしらけることもあるので、お客さんの流れも見て、その場で判断します。

見市:バトル中の頭の中はどうなっているんでしょう。

輪入道:口から出てくる言葉を追い掛けて考えているときもありますが、脳の方が10歩ぐらい先に進んでいる瞬間もあります。完全に自分じゃない状態で、最後に強烈なパンチライン(※)を落とせると快感です。

※パンチライン:オチや決めぜりふ。

輪入道さん
輪入道さん

見市:頭の中に具体的な言葉としてできているんですか?

輪入道:思い浮かんでいる状態から、相手のターンの最後のひと言を聞いた瞬間に、頭の中でガーッと組み上がるんです。毎回その状態になれたら無敵なんだけどなぁ(笑)。

見市:すごい感覚です。そこまでテンポは速くないですけど、広告でも「これでイケる」って確信する瞬間はあります。まだメモの段階だけど、考え方とか温度感とか、ばくっとした抽象的な気分が降りてきて、あとは書くだけだ! という。

輪入道:作り始める前から、見えている状態ですよね。

見市:バトルの世界になぞらえると、広告には競合プレゼンというのがよくあるんです。お題をもらって競合他社の出方を予測して、「この筋でいけば勝てる。しかも世の中に出た時に跳ねるな」っていうのをつかんだときは気持ちいいですね。その感覚があると、絶対にうまくいきます。

輪入道:バトルでもいいイメージを持てるかどうかは重要です。僕的には朝起きて、何を食べて着るかということから始まっています。

見市:ああ、とても分かります。1日を通して無敵感を高めるんですね。

輪入道:上手く集中力を高められた日は、降りてくることが多いです。

日常に落ちている、ごろっとした言葉ほど強い

輪入道:コピーライターさんは言葉やネタを集めておいたりするんですか。

見市:言葉も鮮度が落ちる気がするんです。僕は博物館の収蔵品みたいな言葉より、近所の駄菓子屋の張り紙とか、電車の中の学生の会話とか、普段の何げない風景に転がっている言葉の方が気になります。この前、恵比寿のバーのたて看板に「テキーラ無料、バカだから!」て書いてあるのを見つけたんですよ。コピーに使うわけじゃないけど、楽しそうで入りたくなったその感覚をとっておいたり、なぜそう書いたんだろうと考えたりはします。皆が日常で使う、ごろっとした強い言葉が好きなので。

輪入道:ラッパーが扱うのも、身の回りのネタが多いです。

見市:人と話していても「本心は…」と裏を読むところがないですか。僕の職業病でしょうか。

輪入道:結構勘ぐり屋なんですね。B-BOY(※)は勘ぐるのが仕事みたいなもの。僕もバトル相手や観客の裏を読むので、親近感を覚えます。

※B-BOY:ヒップホップ文化に携わる男性の総称とされる。

見市:ラップでは、それを絶妙に韻を踏んで伝えますよね。このアルバムの中で、僕は「長いものに巻かれたらまがいもので終わる」という韻がすごく残っています。

輪入道:ラップにおけるライミングは、常識みたいなものですね。

見市:コピーにもそういうレトリックがありますが、僕はあまり得意じゃなくて。なぜラッパーさんが韻を踏むのかも分からなかったんですが、強い思いが韻に乗ると、断然効いてきますね。

見市沖さん
見市沖さん

輪入道:やはりラップは音楽なので、踏んでいる方がラップをしていても聞いていても気持ちがいい。

見市:僕は自分がうまいこと言っている気がして、照れちゃうタイプのコピーライターです。

輪入道:実際にコピーを書くときは、どのようにするんですか?

見市:純粋にコピーの仕事の場合は、一つのコピーに対して100候補以上考えます。

輪入道:100個! 時間はどれぐらいかかりますか?

見市:2、3時間でしょうか。全部がきちんとしたものではないんですよ。その商品が欲しくなる理由を100個考えてみるんです。例えばお茶なら、健康、味、男性向け、女性向けと、視点を変えればそんなに大変じゃありません。

輪入道:僕なら20個で止まっちゃいますね(笑)。

見市:広告は、商品を使う人の立場にならなくちゃいけないので。化粧品の仕事なら、女性誌を読んだり、ターゲット層の人たちに会って普段どんなことを考えたり話したり、どんなメディアで何を見たりしているのか、割とねちっこく取材します。「悪魔なカンナ」の時は、CMがうまくいって橋本環奈さんのデビュー曲のカップリングになり、フル尺の歌詞も書かせてもらったんです。10代の女の子が歌う曲をおじさんの僕が書かなきゃいけないので、とにかく若い女性にヒアリングをしました。「既読はつけるけど返事はあげないの」という歌詞は、取材した中で引っ掛かった言葉なんです。そういう言葉を集めて歌詞にしました。コピーよりも自由で面白かったですね。

輪入道:普段から100個候補を出して選んでいる見市さんがラップのリリックを書いたら、パンチラインだらけになりそうですね。

見市:でも、それを瞬時に頭の中でやってのけているのがフリースタイルのラッパーさんですよ。

プロデュース:加我 俊介
題字:青木 謙吾
ラッパー人選:太華