ラッパーvsコピーライターNo.4
椿×渡邊千佳:にじみ出た血をポジティブに包み込む
2017/06/28
男性実力者がしのぎを削るヒップホップや広告のシーンに咲いた一輪の花。というにはあまりに泥臭い、女性ラッパーやコピーライターの存在をご存じでしょうか。片や、当連載の人選を担当した太華氏に「現場での支持率ナンバーワン」と言わしめるミレニアル世代のフィメールラッパー。一方は、2016年TCC最高新人賞とTCC賞をダブル受賞したコピーライターの新星。若手ながら、本質をえぐる表現が注目を集める、気鋭の女性2人が言葉を交えました。
福岡でたたき上げられた、駆け出し時代
渡邊:椿さんは福岡のご出身なんですね。私も昨年の10月まで3年間、福岡市の赤坂に出向していました。その間、長崎バスのお仕事とか、九州のお仕事をいろいろとさせていただきました。
椿:長崎バスのポスターは、目にするたびにいいなぁと思っていました。私はコピーライターさんに憧れがあります。どんな仕事なんですか。
渡邊:簡単にいうと、クライアントさんのお題や悩んでいることを解決する手段の中心に、言葉に軸を置いているのがコピーライターです。椿さんはラッパーとしてどんな活動をされているんですか?
椿:私はライブが主ですが、アルバムも出しています。あとは、最近はやっているフリースタイルバトルですね。
渡邊:どうしてラップをするようになったんですか?
椿:私が10代の頃、地元にヒップホップカルチャーが入ってきて、男の先輩たちが年代ごとにラップのクルーを結成していました。私の学年の男の子たちはいまいちだったので、私が代表する気持ちではじめました。
渡邊:地元初の女性ラッパーだったんですね。
椿:はい。最年少でもあり「ヒップホップは男の土俵やけん」と認めてもらえませんでしたよ。その中で絶対最後に残るのは私だと思っていました。で、独自にライブ活動を始め、天神でイベントを主催するようになりました。でも、女故にいわれた言葉はずっと忘れられなくて。女である事に反発するような振る舞いをしたり、駆け出し時代は葛藤していました。
渡邊:私も、自分をコピーライターに育ててくれたのは、福岡時代の上司だと思っています。ライオンが子どもを谷に突き落とすように。本来なら当然のことなんですけど、厳しく指導していただきました。でも、不思議とだんだんこの仕事が面白くなってきた。言葉や企画に責任を持って一生懸命やるという基本的なことなのですが、醍醐味が分かるようになってきて。
椿:コピーライターの醍醐味って何ですか?
渡邊:何だろう、でも背負えたときに、何がしか感じます。私も入社するまで知らなかったのですが、広告ってチーム作業なんですよ。東京での仕事だと、1案件に対して何人もコピーライターがいたりします。新人だと、先輩の下にいることが多い。しかし九州って規模が小さいので、だいたいひとりぼっちなんです。九州では背負って仕事をすることを学びましたね。
言葉のるつぼから、引っ張り出すパンチライン
渡邊:詩はどうやって作るんですか?
椿:リリック帳と別にライム帳っていうのがあって、ライム帳には韻に使えそうな言葉の断片を書き留めています。仕事中に浮かんだり、街中で目に留まったりした言葉ですね。そのライムをリリック帳に転じる。スマホは確実じゃないので、紙とペン派です。
渡邊:広告のキャッチコピーが参考になる場合もありますか?
椿:ありますね。ラップは導入やサビのフレーズがすごく大事です。それこそキャッチコピーみたいに、曲を要約するような一節を入れたいので、自分なりにコピーの構造を分析したりもします。このコピーはインパクトの後に丸みを持たせているな、とか。コピーはどうやって書いているんですか?
渡邊:あくまで私の場合なんですが…、担当する案件用に、言葉のるつぼみたいなものを作るんです。クライアントさんの話や、ユーザーの声、ネット上での立ち位置などを徹底的にリサーチし、いろんな情報を一回集約します。そこから「つまりどういうことを言うべきなんだろう」と、本質を引っ張り出す感じです。しっかり取材をしないと、出てきた言葉がただの思いつきなのか、いいコピーなのか、判断ができない。まだまだ、ペーペーなので。書く前の段階を大事にしているし、机に向かっているより、取材で動き回っているときに降りてくることが多いかもしれません。
椿:トレーニングはするんですか?
渡邊:既存のコピーを書き写すトレーニングなども存在するんですが、目的がない限り、私にとっては眠さでしかなくて(笑)。実践が一番のトレーニングだと思うので、広くいろんなパターンで実作業をするのがスキルアップへの道だと考えています。ラップはどうですか?
椿:ラップのトレーニングはフリースタイルでしかないですね。ひとりでするときもありますし、スタジオで仲間とすることも。福岡時代は駅前でサイファーをしていた時期もありました。
渡邊:フリースタイルから歌詞ができることもあるんでしょうか。
椿:即興なので、精査しないと歌詞にはなりませんが、ビートに対するラップのテンションをつかんだり、お題に対するいいフレーズがポロッと出てきたりすることはあります。
渡邊:例えば、食べ物の恨みというお題だったらどうですか? 冷蔵庫に入れておいたプリンが食べられちゃった!みたいなシチュエーションを想定して。
椿:女の食べ物の恨みは怖い、というテーマですね。
渡邊:食べ物への執着は、人類の普遍的な欲望だと思うんですよ。
椿:実家に住んでいた頃の、兄との抗争を思い出します(笑)。でも、広告の場合、女の子がかわいく見えないといけないんですよね?
渡邊:ポップでキュンとさせた時点でありきたりになりそう。あえて本気の恨みモードで見せた方が面白いかも。
椿:じゃあ、「私はダイエット中、今日だけは解除の日、ご褒美にコレを食べるのを待ってたんだ」。
渡邊:「お前には分からない女子が気にする1日の総カロリー」
椿:「憎しみが一番ハイカロリー!」
渡邊:(拍手)! そういう感じでパンチラインて出てくるんですね!「確かに?!」って思わされました。
明るいだけではない、中島みゆき的な世界観に引かれる
椿:ラッパーって、リアルな言葉を並べるじゃないですか。広告はポジティブで、未来は明るい!みたいな表現しかできないのかと思っていました。
渡邊:これもあくまで私の場合なんですが、ちょっと血がにじんでいないと、人に伝わらないと思うんですよね。根っこのジクジクした部分を拾ってあげないと、人って前を向けない。そこをいかにクライアントへ伝えるかは、毎回すごく考えます。どうしても、丸くしたいってなっちゃう。
椿:私のリリックはダークですが、印象はネガティブでも、生きる気力にならないとラップをする意味がない。破滅で終わるような歌詞は書きません。
渡邊:共感軸みたいものを大切にするんでしょうか。
椿:人間は、どっちかっていうと暗い色の方が共感できると思います。私は中島みゆきさんの世界観が好きで。
渡邊:私も! 「地上の星」が好きです。すっごくよくできた歌詞です。
椿:私が好きなのは「ファイト」という曲です。バース(※)の構成が際立っている。ラジオ番組に寄せられた視聴者からの絶望的なエピソードをこれでもかと聴かせてから、「ファーイトッ!」ってポジティブに包み込んでいる。
※バース:楽曲のサビ以外の部分
渡邊:ネガと、ポジがいっしょにいると強いのかも。長崎バスの仕事ですごく勉強になったことがあって。「名もなき一日を走る。」というコピーを付けさせていただいたんですけど。「名もない」ではなく「名もなき」なのは、文語的にした方がいいなと。運転手さんの、何でもない毎日を支える仕事の素晴らしさを伝えるため。「名もない」だと、ほんとうに何でもなくなっちゃう感覚があった。文語的な方が、なんだかポジになる。
椿:私は、あれは運転手さんを元気づけるための広告だと思っていました。
渡邊:そうなんです。運転手募集だったんですけど、私の裏テーマとしては、現場の運転手さんたちのハンドルを握る手に力が入るような言葉にしたかった。それで、再度精査して、名もないじゃなく「名もなき」に。
椿:1文字で印象がぐっと変わりますね。
渡邊:読後感ですよね。
椿:最近書いた、夏ごろに出すアルバムの中の1曲で、遺言というのがあります。親や恋人とケンカをしてひどいことを言っちゃったとき、「もし明日事故にあったら、あれが最後の言葉になるんだ」って後悔したことありませんか? いつも、その言葉が、聴いた人の中でどのように生きていくかを考えています。
渡邊:皆が共感できるその気持ちを、遺書って表現するんだ、なるほど。すごく説得力があって、すぐにCMにできそう。やっぱり、共感軸を重視しているんだなと思いました。
覚悟を決めたらブレないのが女性の仕事
渡邊:フリースタイルラップのスキルは本当にすごいですね。バトルでの言葉の応酬もすごく速い。
椿:バトルは、直前にトラックを聴いたらすぐに入らなくちゃいけないので、対応力が要ります。何を言うかより、相手が言ったことをよく聞いて「ここだっ」と思う部分を膨らます。バトルではアンサーが大事です。
渡邊:じゃあ、先攻の方が難しい?
椿:難しいですね。知らない相手に何を言えば?という。
渡邊:事前にバトル相手のことをリサーチしたりはしますか?
椿:私はしないです。当たったら怖い相手のことだけは調べておくラッパーもいるみたいです。
渡邊:じゃあ、先攻になった場合は相手の外見的特徴などから拾うしかない?
椿:見た目で攻めると、相手がすでにパンチラインのアンサーを持っている場合があります。私も、女性ディスに対しては心の準備がありますし。全く相手に関係のないことや、相手がやりそうなことと真逆なことを言って、雰囲気を自分の優位にするのは、戦略としてあるかもしれません。
渡邊:日本人は他人に対してハッキリ言える民族ではないから、エンターテインメントとして新鮮です。
椿:放った言葉が曲解されて、バッシングされることもあります。基本的に自分のバトルの動画は見ません。批評に影響されるのが嫌なんです。けなされるとグサッときますし、褒められたら褒められたで何かおかしくなる。SNSの雑音は必要ないですね。
渡邊:私も、SNSの反応は意識しないです…しないようにしてる。コピーが世の中に出た後で、リアクションを調べてクライアントに報告はしますが。人の反応を考え過ぎると、本来すべきことからブレちゃうような気がして。ただ修行不足ってだけなんですが(笑)。
椿:リアクションを予想して狙いにいくと、その言葉が純粋じゃなくなる気はします。
渡邊:SNSを巻き込んだヒット企画を手掛けているコピーライターさんも、たくさんいるんです。私の周りなのですが…男性は物事を客観的につかみ、予測するのがうまい気がしますね。男性と女性の思考のちがいなのかな…いや、私の場合だけかもですが、超主観で言葉をつかんだほうが、言葉が強くなる傾向が。
椿:感情的な表現が向いているんでしょうかね。それに、女性の思考って意外と頑固ですよね。
渡邊:自分の中に仁義があって、こうと腹で決めたら貫きたい。冷静に見極めるのも大切なんだけど、まず腹を決める。そういう女性コピーライターの先輩がいて、冷静なんだけど強かった。女性の方が土壇場で強いかもしれない。
椿:ある程度覚悟が決まってないと、そもそも何かを発信するような職種に就かないと思います。だから、ここぞというときのために対応力を鍛えます。
渡邊:そうですね。発信するための事前リサーチは徹底します。相当やって、確実に間違っていないと確信が持てないと出せない。そもそも実はあんまり、自分に自信が無いもので…。だからこそ取材が自信にもなる。本当にクライアントにとってベストなものを提案したいですからね。
椿:私は、胸を張ってメッセージを歌えない自分にはならないように気を付けています。リスナーの、啓発的な意味でも。実生活とリリックに矛盾を生まないようにはしています。根っこを問われたとき、人間性が伴わっていないと、ラッパーとして確実にダサいと思うので。
渡邊:私もうそを書けないタチなので、今日お話をさせていただいて、逃げずに言葉と向き合っていこうと、あらためて思いました。