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僕はこうして育休を取った

男コピーライター、育休をとる。 №3

  • 魚返 洋平

2017/10/12

僕はこうして育休を取った

小鬼VS小鬼

眠りから覚めつつあるわが娘コケコが、なんというか、コンテンポラリーダンス(※1)のような動きをしている。妻が笑う。一方キッチンには、静かな後悔に襲われている僕がいた。
ああ、もっと料理の習慣を身に付けておくんだった!

コケコ、生後2カ月半。半年間にわたる僕の育休も、2カ月目を迎えた。
妻に任せきりだった食事の支度を、これからは俺もやろう。そう考えて、最近は台所に立つようになった。しかし料理が不得手な僕は、20分と書かれたレシピに45分かかってしまったりする。ひとまず2皿に1皿は俺、ぐらいのシェアからはじめてみたものの、はっきり言って足を引っ張っているのだ。
黙って見守る妻に感謝(驚)しつつ(※2)、上達を急ごうと思う。育休取らなきゃこんなチャンスもなかっただろうな。育てられているのは、僕である。

食事といえば、コケコの「体重増加が緩やかすぎる」と妻の通いはじめた助産院で指摘された。でもこれを解決するためには、コケコが欲する欲しないにかかわらず、授乳回数を増やさなくちゃいけない。必死で寝かしつけたコケコを、授乳のためだけに何度も起こすことになるのだ。

それで深夜や早朝、コケコの安眠をぶち壊す悪役を僕が演じるわけだが、「心を鬼にする」のはあまりにつらいので、せめて心を「小鬼」にする感覚でやっています。小鬼はむしろコケコじゃね?と思ったりもするけど。

そして早くも、「保活」(※3)をはじめる時期が近い。わが家は共働きで、来春には妻も育休を終える予定なのである。いずれ保活については書くつもりだ。

いまは正直、育児の機微やディテールをあれこれ語りたいところだが、いったん心を小鬼にして、連載本来のコンセプトを顧みよう。第1回で書いたように、「育児よりも育休について語る」ということである。今回は時間をさかのぼり、「育休を取得するまでに何をしたか」について話します。ハウツーというより、僕の場合はこうだった、という一例として。

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イラストレーション:第2CRプランニング局 三宅優輝

16年越しのチャンス

いきなりですが昔話を。いまから約16年前、僕は大学生で就職活動をしていた。ある会社の面接試験で質問したことがある。
「育児休暇って実際に取れるのでしょうか?」(当時は「休暇」と認識していた)
なんとなく聞いただけだ。いろいろ悩んだが就職しよう、と腹をくくったばかりの学生が、どうせなら「会社員ならではの恩恵」を1個でも多く知っておきたくて。

面接官の第一声は、「無給だよ」だった。続けて「まさか君のそのリュックの中に赤ん坊がいるとか言わないでくれよ」とジョークを飛ばし、一笑に付した。僕は僕で、私服姿で面接に臨む(!)ぐらい愚かだったのだが、「欲しい答えはそういうんじゃないし。あと笑えないし」と苛立ったものだ。

時代は変わった。いまや育休について質問する男子学生なんて何人もいるだろう。リュックの思い出が頭の片隅にあった僕も、妻の妊娠を知って、いまこそ、と思った。いまこそ「マジで」育休を取るときだ、と。前回も触れたが、何よりまず面白そうだと思った。それに男性の事例はまだ多くないから、ここは「狙い目」だとも考えた。
この仕事をやっていると、こういうところがある。経験をコピーライターなりに咀嚼できれば、なにか新しい言葉を語れるようになるんじゃないか。まあ下心と言えば下心ですね。

職場を離れることに不安はないか?といえばゼロではなかった。コピーは技術職で、書かない時間が積もるほど腕は鈍る。それが気掛かりだったが、これは自分の得意分野をひとつ増やす活動でもあるのだと思うと、まいっかと割り切れるものだ。人生のたった一時期だし。けど一時期ってどれぐらいだ?何週間?何カ月?

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6カ月間という未知へ

出産予定日を半年後にひかえた頃、社の育休制度について、ハンドブック(※4)や就業規則を熟読した。
わりとややこしいので詳しく書かないが、男性社員が育休を取れるのは、子が誕生した翌日から364日の間だ。一定の条件を満たせば、ここにもう2カ月を上乗せできる(※5)し、やり方によっては2回に分けて取得もできる(※6)。

人事局によれば、たとえば今年の3月に育休を取得した男性社員は10人いるという。どんな分野にも、ちゃんと「先人」はいるものですね。
経験者のインタビュー記事(※7)を読んだり、去年育休を取った後輩(男)に話を聞いたりしたところ、次のようなことが分かった。

・ 男性社員が取った育休の期間は、2週間〜3カ月間の範囲に集中している。
・ 2カ月取ってみて「必要最低限と感じた」との声もある。

ということは、たとえば半年くらい取ってみれば、(電通では)わりと「未開の地平に踏み出す」感じがあるんじゃないか?とワクワクした。まことに単純ながら、もし6カ月取った人が既にいたなら、じゃあ7カ月で!と叫んだかもしれない。オークションじゃないんですけどね。
先人たちへのリスペクトを胸に、もう一歩先の景色を見てみたい。そんな思いに駆られ、キリ良く「半年間」と決めたのだった。いっそ1年にしなかった理由は、主に家計への配慮である。

育児休業中は、会社から給料が出ない。そのかわり、ハローワークから「育児休業給付金」がもらえるのである。原則として、基本給の67%にあたる金額が日割り計算で支給される(※8)。これを多いと思うか少ないと思うかは人それぞれだろう。僕は「意外と多い」と思った。それほどでもないことに後で気づくのだが(※9)。

予定日の約3カ月前、人事局に育休の届出用紙をもらいに行った。ここで人事局は、制度や手続きについて説明の席を設けてくれる。

担当者いわく、育休経験者の男性のなかで誰よりも給付金に詳しいクマキさんという社員がいるという。社内にはそんなことのオーソリティまで!…というか、クマキって同期じゃないか(話したことないけど)。さっそく彼にメールして、話を聞きに行くことに。

クマキに会え!

「去年も、同期が3人ぐらい話を聞きに来たんだ」

ようこそ私の研究室へ、とでも言わんばかりの堂々たる様子でクマキは僕を迎えた。

「3人ともいい顔で育休へと旅立って行った」

なんだか、発言もマイスター然としているのだ。

「さっそく魚返のケースでシミュレーションしてきたぜ」「えっ」

クマキが取り出した資料には、プランA、B、Cとあり、それぞれにカレンダーと、細かい計算式が書かれている。なんと、メールで僕が事前に伝えていた大雑把な予定(「ざっくり半年間」)をベースに、期間をどう精緻化すれば、どこまで(給付金で)減収分をカバーできるか、が試算されているのだった!何者なんだクマキ。

「男性の育休について分かりやすい資料がないから、ハローワークまで行って直接質問しまくったんだ」という。

・育児休業と有給休暇をどう組み合わせれば、収入の減少をどう抑えられるか。
・土日も給付金支給の対象なので、休業期間の両端に土日を含めたほうが得。
・育休の取り方次第では、その月の社会保険料が免除される。

などなど、知らないと損する知識とテクニックの数々!
収入の減少を理由に育休をためらう人も多いけど、正確な知識を持てばもっと前向きに検討できるはずだ、というのがマイスター・クマキの主張なのだった。

とりあえず僕は、給付金だけに頼らずに、住宅ローンの繰上返済用によけておいたお金(要するに貯金)の一部を生活費に回すことにした。さらに、6カ月間の一部には手持ちの「有給休暇」もあてることにした。

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まだ育休じゃないの?

さて、育休を取ることを、仕事仲間たちに周知する時間が必要だ。

コピーライターはいろんな案件を同時に担当していて、案件別にチームがある。そこで約4カ月をかけて、全チームの全員(と各クライアント)に伝えていった。「魚返が不在になる」という事実がじわじわ浸透するように。浸透しすぎて「あれっ、まだ育休じゃないの?」と言われるぐらいまで(実際そうなった)。そして育休期間にぶつかりそうな「新規案件」のオファーは、お断りしていく。心を小鬼にして。

誰もみな驚きと笑顔をもって応じてくれた。本心でどう思われたかは分からないけれど、これにはとても感謝しています。みなさんのおかげで、この連載も存在している。

案件ごとに、自分の抜けた穴をふさぐ新たなコピーライターへバトンタッチした。このプロセスに約2カ月。

【1】誰に依頼するか決める(多くの場合、僕の判断に委ねられた)。
【2】その仕事の全貌をコンパクトに把握できる資料を作る。
【3】その資料を使って本人に内容を説明。
【4】チームに入ってもらって、一緒に作業する(約1カ月)。
【5】育休直前に僕だけが抜ける。

さりげないポイントとして、引き継いでくれるコピーライターに随所で「おいしいものをご馳走する」というのがあるが、それはまあいい。
僕には人望なんてさほどないのだが、幸いにも、新人研修やOJT(※10)でトレーナーをやった経験だけはちょっとあった。おかげで、かつてトレーニングを担当した後輩たちが今回引き受けてくれたりもして、大いに助けられた。組織のいいところである。

最強の出産祝い

直属の上司に伝えたのは、出産予定日の約5カ月前だった。妻の妊娠の報告をしつつ、育休の意向を話した。上司の返答は連載第1回で書いた通りで、恵まれているというほかない。

もっとも育児休業は男女問わず労働者の権利であり、そもそも無条件に取れるはずなのだが…職場によってまあいろいろありますよね。

あなたの同僚や部下に、もし子どもが生まれる男性社員がいたなら、まずこう考えてみてはどうでしょう。

育休こそは最強の出産祝いである、と。彼とその家族を、それは一生あたためる。

取る・取らないは個人の選択だけど、その選択肢を分かりやすく開放しておくこと、たとえば男性社員に対して「育休とるの?」とか「育休どうする?」と示唆することは難しくないと思いませんか。出産祝いにリボンをかけるように。
以上、コピーライター(休業中)からの提案です。

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さて、それなりに丁寧に準備を進めたようでいて、決定的に準備不足だったことがある。僕の場合、それこそが最初に書いた「料理のスキルアップ」なのである。仕事上の準備にばかり気を取られて、こっちは盲点だった。家庭人としての弱点をあらわにする育休、恐るべし。

いま、コケコは完全に覚醒して「ホゲ〜〜ホゲ〜〜」と泣き出した。こんな声、ジャイアンのリサイタル(※11)にしか存在しないと思っていた。しかも、ややハウっている(※12)。泣き声を5種に聴き分けることで赤ちゃんの要求を判別できるとの説もあるが…中国語の「四声」(※13)かよ。マスターできぬまま夏が終わってゆく。

次回は、コケコと二人で外出するの巻、を予定しています。

※1
コンテンポラリーダンスは、パフォーミングアーツの1ジャンル(と呼ぶにはあまりにも曖昧な言葉だが)。古典的なダンスの対極、主に前衛的な身体表現であることが多く、抽象度の高い動き、アナーキーな動き、意味を拒む動き、もはや動きではない動き、などいろいろ含まれる。

※2
ハレのときもケのときもただただ平熱のまま「見守って」くれる人のありがたさを、フィッシュマンズは1994年発表の楽曲「感謝(驚)」のなかで歌っている。

※3
子どもを保育施設に入所させるためのA to Zをひっくるめて「保活」と呼ぶのだろうが、略称のようでいて正式名称を持たないのが妙である。

※4
電通の社内向けハンドブック「ハッピー 電パパ電ママ ライフ」。ポップなトーンながら、育休についてのほぼ全てが網羅されており社員は必読と思われる。

※5
「パパママ育休プラス」という国の制度。男性の場合、妻の育休取得状況や自身の取得開始時期などいくつかの要件を満たせば、その範囲を「子が1歳2カ月になるまで」に延長できる(ただし取得期間の上限は1年間)。

※6
男性の場合、子の誕生日後8週間以内に育休を一度取り「終える」と、再取得が可能になる。

※7
共働き夫婦のための情報サイト「日経DUAL」の、2015年10月の記事「電通の男性社員が育休を取って得たものとは?」

※8
育児休業期間の最初の6カ月間は基本給の67%、その後は50%と設定されている。ただし、金額には上限がある。

※9
このへんの実感については、あらためてどこかで書きたい。

※10
OJTは、On-the-Job Trainingの略。実際の業務を通して行うトレーニング。

※11
藤子・F・不二雄による漫画作品「ドラえもん」に登場する剛田武ことジャイアンが、町の空地にてしばしば開催する自己表現活動および聴覚破壊活動の呼称。

※12
マイクやスピーカーなど音響機器同士の出力バランスによって起こる「キーン」「スピー」などの耳障りな発振現象「ハウリング」。その動詞形が「ハウる」。赤ん坊の泣き声はときに、ハウリングのごとく裏返る。

※13
発音の高低アクセント(声調)を4種類に使い分けることで、各音節の意味を示し分ける。