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未来の難題を、こう解いていく by Future Creative CenterNo.13

多様化する価値観の時代に、広告はどう向き合えるのか?

2021/04/28

電通のクリエイティブ横串組織「Future Creative Center」(FCC)は、広告の枠を超えて、未来づくりの領域をクリエイティビティーでサポートする70人強による集団。この連載では、「Future×クリエイティビティー」をテーマに、センター員がこれからの取り組みについて語ります。

緊急事態宣言による“自粛疲れ”が顕著だった昨年のゴールデンウィーク。このとき、ドラえもんが日本中に届けたメッセージが話題になりました。新聞広告などで展開された「ドラえもん STAY HOME PROJECT」です。新聞広告は8ヶ国語に翻訳され、世界にも発信されました。

ドラえもん①

 

ドラえもん②
8ヶ国語に翻訳された新聞広告

この取り組みに携わったのが、電通FCCメンバーの有元沙矢香氏(電通 zero コピーライター/プランナー)と、根本陽平氏(電通パブリックリレーションズ PRプロデューサー)です。誰もが不安な日々を過ごす中、ドラえもんという国民的キャラクターのメッセージはどのように生まれたのでしょうか。このプロジェクトの経緯と、2人の広告コミュニケーションに対する考え方について話を聞きました。

電通、有元氏、電通パブリックリレーションズ、根本氏
※この取材は、オンラインで行われました。

不安が蔓延する中、ドラえもんだからこそ伝えられたメッセージ

有元:「ドラえもん STAY HOME PROJECT」のきっかけになったのは、自粛期間が始まってすぐの根本くんの行動でした。世の中が大きく変わる中で、私たちがクリエイティビティーやアイデアを生かしてできることはないか、根本くんがさまざまなスタッフに相談していました。その中で、私が以前お仕事をさせていただいた方が藤子・F・不二雄プロ(藤子プロ)にいらっしゃって、そこからこの企画につながりました。

根本:2020年の春は、自分のようなコミュニケーションを生業にする人間の無力さを感じた時期でした。とはいえ、僕にはそれしかできないので、コミュニケーションによって何かしらの支援ができないかという気持ちがありました。

有元:2020年はドラえもんの50周年でもありました。しかし、映画の公開延期など春の状況下ではとてもお祝いムードではなくなっていました。ただ、日本中に愛されてきたドラえもんだからこそ、この状況でできることがあるのではと思い、藤子プロさんに提案。プロジェクトがスタートしました。

このプロジェクトでは、ゴールデンウィーク初日の4月29日の新聞広告のほか、5月5日のこどもの日には、子どもたちに向けて「のび太になろう。」というメッセージを掲載しました。

5月5日掲載、新聞広告「のび太になろう。」
5月5日掲載、新聞広告「のび太になろう。」

ほかにも、飲食店や配達員の方を応援するポスターを作成。無料でダウンロードできる仕様にし、テイクアウトやデリバリー対応を始めた飲食店での活用や、配達員の方への感謝のメッセージとして掲示していただきました。

ドラえもん③
飲食店や配達員の方々への、応援ポスター

私がコピーを考える上でこだわったのは、ドラえもんという国民的キャラクターからの発信である以上、誰かを傷つけるメッセージになってはいけないということでした。当時はウイルスが今以上に未知のものであり、誰もが大きな不安を抱えていました。世の中全体がセンシティブな中で、ドラえもんが特定の誰かだけを応援したり、間接的にでも誰かに辛い思いをさせることになることは避けたかったんです。そこでコピーを精査していく上で行ったのが、ソーシャルハンティングでした。

人間の奥深くにある“インサイト”は、SNS上(=アウトサイド)に表面化している

根本:ソーシャルハンティングとは、SNS上にあふれている言葉を分析し、どんなことが今の人たちの怒りや悲しみ、あるいは喜びにつながるかを洗い出す手法です。本来、人間の本音や奥深くにある感情といった“インサイト”は、表に現れず、これまで様々な手法で調査されるものでした。しかし、SNSが普及した今は、SNS上にインサイトが表面化しています。この現象はよく「アウトサイド・インサイト」という概念で表されますが、そういった手法も参考にしながら、ドラえもんが送るメッセージを受け取った方がどんな反応が起きるかを想像していきました。

また、今の時代のメディアは、ターゲットという言葉が通じなくなっていると思います。新聞広告にせよ屋外広告やTVCMにせよ、SNSの力によって(よくもわるくも)本来届けたい層を超えて拡散される、届ける相手を限定することは非常に難しい世の中です。さらに価値観が多様化している。何かを発信するときに「目の前にいない誰か」をどこまで想像できるかがとても重要になっています。本来届けたい層に深く刺さり、さらにその外側にいる人たちを不快にしない、これは決して簡単なことではないですが、この時代に最も必要な技術の一つだと感じてます。

有元:たとえば今回の「のび太になろう。」というコピーは、当時の状況下で仕事を休めない方にとっては気持ちに逆行する言葉です。そこでみんなで話し合い、このメッセージは子どもの日に、子どもたちに向けて届けようということになりました。まだまだ遊びに行けないけれど、のび太くんみたいに一生懸命のんびりしようね。それが世界を救うことになるんだよ、とエールを送りました。漢字にはルビも振り、おうちでステイホームを頑張る子どもたちが家族と一緒に読める原稿にしました。原稿全体でそのスタンスを明確にすることが、ターゲット以外の人が原稿に触れた時にも誤解を生まない大切なポイントだと考えました。

根本: なお、ソーシャルハンティングは近年さまざまなマーケティングで使われています。そのひとつが、ライオンの取り組みです。洗濯物に関する悩みをソーシャルハンティングで分析すると、3大ニオイ悩み(部屋干し臭・干し忘れ臭・戻り生乾き臭)に対しての不満が散見されました。それらに共通するのは、きちんと洗ったのに臭ってしまうという点です。しっかり洗ったのにも関わらず、家族から「クサいけどこれ洗ったの?」と言われてしまう。ということでそのセリフに関する不満を吐露している人が複数いました。

ライオン「トップ クリアリキッド抗菌」プロモーション
ライオン「トップ クリアリキッド抗菌」プロモーション

SNS上で表面化されている本音を発見したことから、決してその人のせいではなく、ニオイに焦点をあてることで、その家族間の分断をなんとかチャーミングに解消できないかと考え、ライオンはこのニオイを「ゾンビ臭」という愛称で呼ぶことにしました。まだ一般化されていないテーマでも、問題を提起すると「あ、これ私の話だ!」と多くの人がその指にとまりたくなる。そういったイシューを探すのにもソーシャルハンティングは役立ちます。

コミュニケーションの深さは「考察」から生まれる

有元:根本くんと一緒にやっている日本花き振興協議会の「okulete gommen(オクレテゴメン)」プロジェクトもそのひとつです。コロナ禍で人と会えず、記念日や節目にお祝いができずにいる人をたくさんSNSで見かけました。そんな人たちに、遅れたってきっと喜んでもらえるはずだからお花でお祝いしてみませんか?と背中を押せればと考えた企画です。

日本花き振興協議会の「okulete gommen(オクレテゴメン)」プロジェクト

日本花き振興協議会の「okulete gommen(オクレテゴメン)」プロジェクト
日本花き振興協議会の「okulete gommen(オクレテゴメン)」プロジェクト

根本:コロナ前から友達への誕生日おめでとうLINEを送り忘れるなど、祝いそびれ自体はありました。ただ、コロナ以降は、祝いそびれに対するSNSでの言及が急増していました。それは流行の明確なサインです。
 
こういった分析は、価値観が多様化するほどより重要になります。ただ、有元さんのようなコミュニケーションをつくる人からすると、価値観の多様化は難しさも生むのではないでしょうか。誰かの喜ぶ言葉は誰かを傷つける可能性があります。その中で、いかにコミュニケーションの深度を高めるかは難しさもあると思います。深さを生もうとすれば、どうしてもメッセージの対象を限定する必要が出てきますから。

有元:そこは難しい部分ですが、1つ大切なのは誠実さだと思っています。ターゲットに対して、どこまで本気でメッセージを届けているか。そこに嘘がなければターゲット以外の人も納得してくれる。そして、ターゲットとの深度を増すヒントになるかもしれないと感じたのは、「情報の余白」と「過度な情報」です。正反対の事象ですが、どちらかに振り切ることで「考察」が始まる。

それを感じたのが、M-1グランプリのプロモーション映像の制作でした。この映像では熱量を伝えたかったので、情報量を増やす方へ振り切って制作しました。2019年のものは動画では追いきれない量のコピーを、2020年のものは映像自体の情報量を増やしました。すると、YouTubeのコメント欄にそのコピーを書き起こしたり、編集に対する考察などが繰り広げられ、コメント欄がひとつのメディアとして機能するなど、とても興味深い現象が起きていました。

M-1グランプリ2019「前前前夜」×「前前前世」プロモーション
M-1グランプリ2019「前前前夜」×「前前前世」プロモーション
M-1グランプリ2020 ×Creepy Nuts「板の上の魔物」スペシャルムービー
M-1グランプリ2020 ×Creepy Nuts「板の上の魔物」スペシャルムービーより

根本:CMに詰め込んだ大量の情報をもとに、ファンの方々が自発的に議論し始めたということですよね。

有元:はい。その議論のために何度も映像を見てくださる方がいて、これは深さにつながると感じました。余白も同じで、制作物に余白を作ると、「こういうことなんじゃないか」と一人ひとりが想像し、話し始めてくれます。広告は一方通行に言いたいことを言って終わりのゴールではありません。見た人たちが同じテーマで議論できる問いにもなる。広告単体で完結するのではなく、見ている人たちの想像力によって、発信者との深度を深めていくアイテムとして捉えられたら、広告は絆を深めるための大事なツールになるのではないかと信じています。

CR×PR、表現クリエイティブと情報クリエイティブを標準装備するチームへ

有元:いろいろと話が飛んでしまいましたが、今日はこの二人の掛け合わせで広告の可能性が広がるということが伝わったらいいなと思っていたのですが、伝わったのかな・・・?PR視点なしに広告を作ることはできなくなった昨今ですが、根本くんのようなPRのプロとがっつり組んで仕事したのは最近のことで、いろんな発見がありました。

PR概念図

根本:パーソナル担当とパブリック担当って感じですかね。僕(のチーム)が発見したパブリックなインサイトを有元さん(チーム)がよりパーソナルに届くようにアイデアに落として、最後にリスクがないか改めてパブリックな視点でチェックする。表現クリエイティブと情報クリエイティブと言いますか。

有元:一人で想像する範囲よりも、二人で想像する範囲の方が広がるし、その掛け合わせが、PRとクリエイティブはとてもいい気がします。

根本:マス向けに広告をしていく場合は特に、目の前にいない人をどれだけ想像できるか。どれだけ多くの人の置かれている環境や対峙している問題を想定して企画をブラッシュアップできるか。これらは価値観が多様化する中で、できたらいいね。ではなく、必須のスキルになってきていることを日に日に痛感します。私自身も無意識に固定化されてしまっている価値観を自己修正していくには、本当に日々勉強しかなく・・・。
その想像の範囲と深さを、分野が違うもの同士でより広げ、深めていく。広告がちゃんと世の中の人の心を動かし続けるものであるために、それを諦めずにやっていきたいです。