ONE JAPAN in DENTSU 「辞めるか、染まるか、変えるか。」No.10
凸版印刷坂田さんに学ぶ!大企業で志を貫くためのインターナルマーケティングの技
2021/07/20
「辞めるか、染まるか、変えるか。」と題し、大企業の変革にまつわるテーマのイベントを通じて、新しい「大企業の可能性」を探る本連載。ONE JAPANに加盟する有志団体の所属企業の中から、大企業の変革に挑戦した事例をピックアップし、その当事者へインタビューする形式で、「大企業の可能性とそれを具体化する技」について考えていきます。
大企業の若手・中堅社員を中心とした企業内有志団体が集う実践コミュニティ「ONE JAPAN」
今回インタビューしたのは、凸版印刷で新事業創出を目指し、スタートアップ企業等との資本業務提携、M&Aなどを推進する坂田卓也氏。
大企業の変革に欠かせない「インターナルマーケティング(社内マーケティング)」の実践・メソッド化に取り組む同氏に、電通若者研究部としてONE JAPANに加盟する吉田将英が話を聞きました。
志さえブレなければ、蛇行や寄り道も許容する
吉田:はじめに、坂田さんが所属する事業開発本部戦略投資センターの活動を教えていただけますか?
坂田:戦略投資センターは、社外のノウハウ獲得による新事業開発を目的とした投資を行う組織です。凸版印刷は100年以上の歴史の中でコンテンツやパッケージ、半導体などを事業の柱としてきましたが、2015年に受注型産業からの脱却を目指した改革をスタートさせました。
その中で私が所属する事業開発本部は、社内外のネットワークを最大限に活用して新事業創出の機会を探索・デザインすることをミッションに掲げ、その一つの機能として、上司2名と私の3名で2016年に立ち上げたのが戦略投資センターです。
投資スタンスとしては、短中期的な共同サービスを開発する「Missing Piece」と、中長期的なR&Dや事業機会の探索を目的とした「Moon Shot」に大きく分けられ、6年間で50社以上のマイノリティ出資を実行してきました。
吉田:ありがとうございます。そもそも坂田さんはどんな若手で、どういう経緯で今のキャリアに至ったのでしょうか?
坂田:もともとは凸版印刷の事業部で営業や企画に携わっていたのですが、リーマンショック、東日本大震災と続いて外部環境が大きく変化する中、まわりの優秀な人たちが起業するなど次々と行動を起こしていく姿を見て、何もできない自分に無力感を感じていました。
これは自身のスキルセットが足りないのが課題だと思い、MBAに通い始めたのが2013年のこと。1年後、新しい視座や社会人としてのさまざまな武器が手に入り、昔から目標に掲げていた「経営のプロになる」という道へ進もうと考えていました。しかし、そのタイミングでたまたま経営企画への異動を打診され、MBAで学んだことを生かせるかも?と思って会社に残ることにしました。
吉田:なるほど。そこで新しく手に入れた武器をフル活用することになるのですね。
坂田:それが、当時はすでに決められたディールを粛々と実行するとか、子会社の事業再生と銘打って管理会計に目を光らせるとか、自分がイメージしていた経営企画の仕事とはだいぶギャップがありました(笑)。再び転職が頭をよぎったのですが、とりあえず今の自分にできることをやろうと思い、事業部目線の課題やスタートアップの事例も含めたマーケット情報のレポートを、毎週チームの共有メールに送っていたんです。
それが今の事業部長の目に留まり、上司と一緒に新事業開発プロジェクトを立ち上げる指令を授かったのが、振り返ると大きなターニングポイントでしたね。
吉田:経営者になるという大きな北極星を目指しながらも、ご縁を受け入れながら柔軟に道を歩んでいる点が印象的です。AかBの二者択一で考えてしまう人も少なくない中、坂田さんは蛇行や寄り道も許容されていますよね。
坂田:なんのためにやるのか、という目的意識が大事だと思います。そこがブレなければ、目的に沿ったオプションを選択できるはず。逆にオプションが全くないのであれば、その北極星自体が本当に正しいのかを一度考え直してみたほうがいいかもしれません。
大きなコトを成し遂げるなら、調整から逃げてはいけない
吉田:坂田さんは新事業開発や戦略的投資を推進する際にインターナルマーケティングを実践し、そこから得られた調整の要諦や心構えをメソッド化されています。インターナルマーケティングの定義を「目的を達成し、成功が継続するために挑戦し続ける仕組みを社内でつくること」と定めていたのが面白かったのですが、これにはどのような意味合いがあるのでしょうか?
坂田:マーケティングを「顧客に買ってもらえる仕組みをつくること」だと定義するならば、インターナルマーケティングも同じだと思うんです。新事業開発は時間がかかるし、調整も必要だし、失敗することもたくさんある。そこでイントレプレナーが挫折せずに継続的に活動するためには、「挑戦し続ける仕組みを社内でつくる」ことが欠かせません。
吉田:使えるアセットが多ければ、それだけ利害関係も発生しますから、大企業のアセットを活用するなら調整からは逃れられませんよね。調整のしんどさに辟易して、大企業からスタートアップに転職する人もいます。
坂田:でも優秀なスタートアップには優秀な投資家が付いているので、彼らは日々高いレベルで調整を行なっているわけです。上司や同僚すら説得できない状態で、スタートアップに行って投資家を説得できるのかは疑問ですね。
吉田:電通若者研究部で学生に話を聞いてみると、「自分はコミュ障だから、上の人たちの言いなりにならずに自分らしく生きていける気がしない。それなら若いうちから面倒な交渉術なしで打席に立てるスタートアップに行きたい」という人もけっこういます。でも、大企業よりもスタートアップのほうがステークホルダーへの説明責任を厳しく求められるケースもあるわけです。
社会で何かコトを成すからには、社内/社外関係なく必ず調整と向き合う必要があるし、逆に調整コストが大きいプロジェクトは、社会に与えるインパクトも大きいのだと前向きに捉えるべきかもしれませんね。
対抗勢力との交渉は、100回チャレンジするまで諦めない
吉田:実際どうやってインターナルマーケティングに取り組めばいいの?という点について、坂田さんは3つの心構えを提示しています。
坂田:まず前提として、最初は自社のことを考えずに事業ドリブンで理想の事業プランを描き切ります。その後、これを社内で実現するためにはどの部署が関所で、誰がキーパーソンなのか、どのようなコミュニケーションプランが必要なのかを考えます。
そこから3つの心構えにつながるのですが、ここでポイントなのは、「自分にとっての正義が絶対的に正しいわけがない」と認識すること。大きい組織であれば必ず対抗勢力は存在するし、対抗勢力だと自覚していない対抗勢力もいるわけです。例えば上司が対抗勢力ならば、上司の意思決定の源泉となる関心を引き出し、当事者意識を持ってもらうために粘り強くコミュニケーションを取り続ける必要があります。
吉田:対抗勢力とコミュニケーションを取り続けるのは辛いし、心が折れることもあると思うのですが、どのように対処すればいいのでしょうか?
坂田:絶対に分かり合えない人もいることは事実なので、撤退の基準を決めています。具体的には、100回チャレンジしてダメなら別の戦略を考えます。
吉田:100回と聞いてびっくりする人もいると思います。10回じゃダメですか?(笑)
坂田:10回程度のコミュニケーションで、相手のことを本質的に理解することはできないと思いますよ。
吉田:対抗勢力と言いつつも、根底には相手に対するリスペクトがありますよね。そして、やっぱり目的意識が大事だと思いました。相手を説得することに意味があるから、100回の調整コストにも耐えられる。根回しはよくないと考える人もいますが、根回しはあくまでも目的達成のためのプロセスでしかないのだと感じました。
坂田:おっしゃるとおりです。イントレプレナーは対抗勢力とのコミュニケーションを勝ち負けのゼロサムゲームで捉えがちなのですが、コミュニケーションは改善することで向上させていくもの。そのためにも、上司を自分の投資家だと仮定することをおすすめしています。投資家にバトルを仕掛ける経営者なんていませんからね(笑)。
Challenge、Clever、Charmingが、仲間をつくる
吉田:「Challenge、Clever、Charming」というアクション・ふるまいの3Cもユニークな考え方ですよね。
坂田:世の中で成功している人を見ると、チャーミングな方が多いですよね。やっぱり人間的な魅力がないと、周囲を巻き込むことはできないと思います。それから、心が折れそうになった時、社内の仲間だけでなく社外にメンターを持っておくことも重要で、そのメンターと関係性を築く上で欠かせないのが3Cです。
メンターも自分の貴重な時間を相手に割くことになるわけですから、この人は本当に挑戦しているのか?自分が言ったことを咀嚼するクレバーさはあるか?そもそも人間として魅力的か?そういったことを判断してメンタリングを引き受けると思うんです。
吉田:若手の中には、自分に実績がないと凄い先輩とは話ができないと考える人もいますが、実績ではなくふるまいにフォーカスを当てているのが面白いと思いました。
坂田:メンターも相手から何か新しい視座をもらえると、また話をしたいと思いますよね。そもそもメンタリングは人間関係で成り立つものですから、メンターを作るのは簡単なことではないし、相手へのリスペクトがなければ絶対に続きません。
吉田:テクノロジーの進歩で人と出会うこと自体は簡単になりましたが、そこから関係をつむぐことがコミュニケーションの本質ですよね。今は関係を切ることも手軽にできてしまうからこそ、坂田さんのように100回もコミュニケーションを取り続ける人の価値がますます際立ってくるのかもしれません。
ここまで話を伺ってきて、坂田さんはインディペンデントな北極星があった上で、社内の根回しや調整に取り組んでいるのだと感じました。重心は揺れ動きながらも、体幹に太い志が通っているから、一匹狼にもならないし、長いものに巻かれることもない。その絶妙なバランス感覚を持った人は、大企業にとって大切な存在な気がします。
坂田:ありがとうございます。時々、スタートアップに行ったり起業したほうがいいかな?と考えることもあるのですが、メンターやスタートアップの方が口を揃えて「志を曲げずに社内調整もできる人は貴重だから、絶対に凸版印刷に残ったほうがいい」とおっしゃるので、今のところここで頑張りたいと思います(笑)。
吉田:「凸版印刷の坂田さん」でありながら、ハッシュタグを複数持っていることも、今の時代に合っているのかもしれません。出資先企業の社外取締役も務めていますし、先日PARTYのスタートアップスタジオ「Combo」の社外取締役にも就任することが発表されました。坂田さんが今後、どのような道を開拓していくのか楽しみです。
坂田:印刷会社の人間としてマーケティング、クリエイティブ、デザインに携わってきましたが、あのスーパースターの中村洋基さんやPARTYのエンジンである田中潤さんと一緒に仕事ができるなんて、本当に貴重な経験をさせてもらっています。
とはいえ、個人的にはようやくスタート地点に立てたという感覚で、ここからが勝負の年だと思っています。社会のため、会社のためになる事業をつくり、自身も経営のプロになるというゴールに近づいていきたいですね。
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