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「クオリティ・オブ・ソサエティ調査」から「人」が生きがいを感じられる「社会」への道筋を探るNo.5

よりよい未来のために「クオリティ・オブ・ソサエティ」を考える

2021/08/19

電通総研電通未来予測支援ラボは2020年11月、東京経済大学・柴内康文教授の監修のもと、日本全国1万2000人を対象に「クオリティ・オブ・ソサエティ調査2020」を実施。2019年に第1回を実施し、今回が2回目の調査です。

本連載では、調査データを見ながら人びとの意識や価値観を紹介してきました。

最終回は、調査に携わった電通総研の山﨑聖子氏、千葉貴志氏、電通未来予測支援ラボの小椋尚太氏、立木学之氏の4人で座談会を実施。調査内容を振り返りながら、現在の人びとの意識やニーズを確認し、今後望まれる社会のありようを展望します。

山﨑氏、千葉氏、小椋氏、立木氏
<目次>
広がった“複合不安”、求められる新たな支え合いの仕組み
「緩衝材組織」が地域の課題を解決する触媒になる
オフェンスとディフェンスのハイブリッドが活力を生む
良好な人間関係のためにAIやデジタルを活用していく
一人ひとりのウェルビーイング(幸福感)を探る

 




広がった“複合不安”、求められる新たな支え合いの仕組み

山﨑:今日は、大きく2つのパートに分けて進めたいと思います。まず、「クオリティ・オブ・ソサエティ調査」のデータから「人びとの意識の現在地とニーズ」を確認します。次に、それを踏まえた上で、未来社会を展望する際に参考になる事例、あるいは、キーワードになりそうなポイントについて4人で話していきたいと思います。

はじめに「クオリティ・オブ・ソサエティ調査」のデータを参照しながら、「個人の意識」「社会に対する意識」「AIが社会をどのように変えていくか」について簡単に振り返ってみたいと思います。

まず「個人の意識」についてですが、暮らし向きの満足度に関しては50.8%と、半数を少し超える人が「満足している」と回答しています。一方、「自分の人生は自分で決めることができる」は35.4%でした。日々の暮らし向きに満足はしているものの、自らが人生を決定していると考える人はやや少ないという状況があるようです。

現在の状況をどう感じているか?

また、「自分の社会関係と人間関係について良好だと思う」は58%でしたが、「自分を無条件で受け入れてくれる人がいる」は24.3%であったことから、ネットを通じたコミュニケ―ションが増えていることも影響してか、表面的な人間関係が拡大しているようにも思われます。

心の健康、体の健康について尋ねたところ、心が「健康だと思う」は56.8%、体が「健康だと思う」は61.6%でした。

現在の働き方と理想の働き方のギャップについては、現在と理想の差が小さな項目で約8ポイント、大きな項目では約40ポイントとなっており、理想があまり満たされていないことが分かりました。なお、ギャップを埋めるために能力開発をしているのは50.7%でした。

次世代に身に付けてほしいことの上位は、「思いやり」が71.5%、「自立心」と「努力」がともに55.5%、「やりたいことを見つける力」が52.9%でした。

個人の意識についてまとめると、暮らし向きについてはある程度満足しているものの、人生という大枠では自分で決められず、人間関係はそこそこであるが、本当に信頼できる人は少なく、働き方の現実と理想にはギャップがあるということになるでしょう。

「自助・共助・公助」と言われますが、調査結果をみると、自助については少し危うい部分があり、共助といっても、みなが力強く結びついている感じはありません。かつて「日本は集団主義、アメリカは個人主義」と言われましたが、日本では人びとの間に、二者択一ではない意識が強くなっているのではないでしょうか。自分で決めなければいけないと同時に他人も思いやらなくてはいけない、個人として自立しながらも人と共生していくという、「共生個人主義」とでも言えるような思いが見られるように思います。

「社会に対する意識」について、社会制度の安心感を尋ねた結果を見てみると、皆保険・医療の安心は37.2%、教育制度の安心は29.4%、子育て支援の安心で18.3%でした。社会制度に関しては低めの数値が並びました。不安について聞いてみると、老後への不安が72.3%、社会保障の財源への不安が67.7%、介護に対する不安が58.2%となっています。

先ほどの「自助・共助・公助」で言えば、人びとは医療や教育をはじめとする公助に大きな不安を感じており、特に先行きに対する不透明感を持っているように思われます。

かすかな光が見えたのが、「社会について考えること」が多くなったと回答した人が47.1%で、半数近くに達したことです。コロナ禍によって医療制度など社会の仕組みに触れる報道などが増え、社会への関心が高まっているのかもしれません。

最後に「AIは社会をどのように変えるか」です。テクノロジーや個人情報についての考え方について尋ねたところ、全体的に「個人の権利・決定権」を重視したいという気持ちが見て取れました。

具体的には、「自動化・AIが進展しても自分で考えて答えを出したい」が76.8%、「個人データの利用には個人の同意が必要」が87.6%、「個人のデータは社会のために役立ててもらいたい」が64.9%で、個人のデータに関する権利・決定権はホールドしながら、共助や公助の仕組みに自分のデータを活用してもらってもよいとする回答が6割を超えていました。

テクノロジーや個人情報についての考え方

以上から、個人の意識と社会に対する意識を一言でまとめてみますと、いま多くの人びとが、個人やコミュニティー、社会のさまざまな局面で「複合不安」を感じており、特に社会制度に対する不安が大きいため、新たな支え合いの仕組みが求められているということになると思います。

ここからは、みなさんと議論していきます。

「緩衝材組織」が地域の課題を解決する触媒になる

立木:私は第3回として、<「助け合いたい」けど、「助け合えていない」?>というタイトルで家族やコミュニティーといった社会集団の協調性・互助性をテーマに調査結果を紹介しました。

興味深かったのは、「人間関係は良好だ」という回答が多かったなかで、高所得者と低所得者、あるいは政治家と国民といった個別対立軸でみると、わだかまりを感じている人がかなりいたことです。日本の所得格差は先進諸国41カ国中ワースト8位。対立を先鋭化させず、共助の仕組みを機能させるには、お互いが理解を深めるコミュニケーションを支援するような社会的装置が必要で、そこにAIといった技術が担える部分が多いのではないかと思います。
 
千葉:立木さんの話を「共感とわだかまりの共存」と捉えると、それは相手のことを分かっていない、知らないということに起因しているのではないでしょうか。「相手はこういう考えを持っている、でも自分はそれとは違う考えだ」ということではなく、相手のことが分からないから理解できない、歩み寄れないという部分がすごくあるのでは。知る機会もないし、知ろうとも思わないから理解できないというのは、人間関係を考える上で非常に大きな問題だと思います。

小椋:相手のことがわからない原因の一つとして、親密な人間関係の範囲が狭いということが考えられます。連載第3回でも紹介いたしましたが、「相談できる人・助けてくれる人」、「相談にのりたい人・助けたい人」と答えた人間関係は、配偶者・パートナーや、親、兄弟姉妹など1~2親等の家族と答えた割合が高く、それ以外の人間関係(その他親族、職場の人、近所の人、ママ友/パパ友、SNS上のつながり等)はかなり低い結果となっています。

多くの人にとって頼ることができるのは血縁のある家族だけという状況です。家族以外の人々と深く触れ合う機会の少なさが、他者への想像力を乏しくさせ、対立を先鋭化させているのかもしれません。人々のわだかまりの解消のためには、先ず足元から。家族とそれ以外の人々との垣根を少しずつ低くし、信頼できる人間関係を拡大していくことが重要だと思います。出自の異なる人々が交流できる、お祭りなどの地域イベントは、分断緩和の手段として今後重要性が増すと考えられます。

千葉:いま、名古屋大学と電通が連携し、大学の持っている学術分野の知見を世の中に還元していく取り組みを行っています。また電通グループは、食資源循環社会をめざす「エコワリング」という社会実験にも参加しています。これらは、ウェブの技術や大学の先行研究を電通が間に入って企業やコミュニティーと結び付け、ステークホルダーがそれぞれの得意分野を生かそうとする試みであり、より良い社会をめざす仕組みづくりに大学や企業が積極的にかかわる事例だと思います。

山﨑:名古屋大学が中日新聞や中部経済同友会、あるいは地域コミュニティーと組むという連携をうまく実現するためにはステークホルダー間を橋渡しする人や組織が必要になります。それはまさに、電通総研が昨年発表した「日本の潮流」で提示したキーワードの「緩衝材組織」ですね。

千葉さんは「日本の潮流」で「貢献ネイティブ」というキーワードを提案してくれましたよね。

千葉:これは昨年のゴールデンウイーク明けに実施した調査から出てきたファインディングで、「自分が持っているスキルや時間を地域のために役立てたい」と思う人が18歳から29歳の年代で多かったのです。

「生まれながら」は言い過ぎかもしれませんが(笑)、この年代の人びとは社会に出る前から「自分の能力を人のために使いたい」という意識を持っている。今の30歳以上の年代からすると、そういうことをストレートに表現するのは恥ずかしいというか、「出る杭は打たれる」的な感覚があったと思うのですが、社会のために自分の能力を生かすことで幸せを感じる、社会に貢献することに対して素直というか、ネイティブな意識を持つ若者が増えてきているのではないかと思っています電通総研コンパスvol.1「「いのちを守る STAY HOME週間」における人の意識・行動」)。

オフェンスとディフェンスのハイブリッドが活力を生む

山﨑:地域に根ざしたイベントの重要性 、名古屋大学やエコワリングの事例が出てきました。このように貢献したいという人たちの思いと、地域課題がうまく結び付き、さまざまなステークホルダーが協力して問題を解決していく事例が増えることを期待したいですよね。

社会への関心が高まっているという調査データがありましたが、それを機に日本社会のダイナミズムを考えるとしたら、活力の萌芽はどこにあると思いますか?活力の萌芽を考えるにあたって注目される事例からヒントを探っていきませんか。

小椋:手前味噌になりますが、「ニューホライズンコレクティブ合同会社(NHC)」の取り組みはヒントになると思います。これは、会社組織から離れ個人事業主となり自由に仕事をする一方、ニューホライズンと業務委託契約を結んで一定の固定報酬を確保する、自立する契機と安全保障をセットにした電通の取り組みです。安定的な雇用を失うと次に成功するのはなかなか難しいという現実のなかで個人の活力を引き出すためには、ディフェンスとオフェンスのハイブリッド型の取り組みが有効だと思います。

山﨑:これは若者の話ですが、イギリスに「アプレンティスシップ制度」というものがあります。原則として16歳以上の若者がアプレンティスとして企業に雇用されると、雇用主から賃金をもらいながら、実際の職場で職業に関する知識を学び、スキルを習得することができるのですが、これも参考になると注目しています。

小椋:そうですね。企業には、主に若者からの好感度をアップさせる効果が期待される一方、若者にとっては職業訓練の場になるというわけです。自分の能力を地域に還元したい若者のお話がありましたが、若者たちは自分の能力が社会で通用するか非常に不安を持っています。一方企業側は、景気の先行きが不透明ということもあって、即戦力として若者に過度の期待をしている。アプレンティスシップ制度によって不安やミスマッチをある程度緩和することで、若者の社会参画が進み社会の活力につながっていくことが期待されます。

立木:最近の若者は失敗したくないので、お試し的なものに共感する傾向があります。企業に入るのもお試しで、自分のやりたいことと企業がやっていることがマッチするかが重要ですから、アプレンティスシップ制度は、まさにそういう意識に合致している。お試しができるような制度は、若者たちにとってはセーフティネットになると思います。

良好な人間関係のためにAIやデジタルを活用していく

山﨑:DX(デジタル変革)が進むなかで、「クオリティ・オブ・ソサエティ」を研究テーマに掲げる電通総研はSSX(社会システム・トランスフォーメーション=Social System Transformation)というキーワードに注目しています。AIの進化とSSXの掛け合わせの視点から参考にすべき事例を考えてみませんか。

小椋:マサチューセッツ工科大学(MIT)などで研究が進むアフェクティブコンピューティングといわれる技術は、人間の感情を理解して表現してくれます。そうした分野の研究が進めば、人間の感情やストレスを分析しネガティブにならないように働きかけて、良好な人間関係を維持してくれるようになるかもしれません。

連載の第3回でも、「助けを求められない」という話がありましたが、アフェクティブコンピューティングを応用して、人びとの困難な状況を察してAIの力で助けてくれる人とマッチングさせるようなSSXなどはどうでしょうか。良好な人間関係を構築するためにDXを活用するという方向性は非常に日本らしいと思います。

千葉:昨年、電通総研は職業をテーマにしたキーワード集を発表しましたが、そのなかに「バーチャル・トライブ」という言葉があります(クオリティ・オブ・ソサエティ2021「職業、動く。」)。トライブは種族や部族という意味ですが、コロナ禍もあって、デジタルツールを利用して、物理的な距離を越えて人びととつながって、バーチャルも含んでいろいろなコミュニティーに所属するようなことが注目されています。

山﨑:電通若者研究部が企画した学生と企業によるオンライン型のインターシップ「47INTERNSHIP」も、よい取り組みだと思って注目しているのですが。

千葉:従来のように東京の会場に集合というかたちでは、関東圏以外の学生たちが来づらくなりますが、オンラインなら問題ありません。デジタルでいろいろなことができるようになった現在、能力を持った人間同士をいかにつなげるか、そうした場をつくれるかがDXの果たすべき役割ではないでしょうか。そういう意味では、シンギュラリティ(AIが人類の知能を超える技術的転換点)を恐れるより、人間のすぐれた部分に目を向けたほうが良いのではないかと思います。ところで、学生と言えば、DXの影響がいちばん大きいのは教育現場かもしれませんよね。

小椋:コロナ禍の中で試みられているリモート授業ですが、いままでにない手段ですから、教える側にも受ける側にも工夫が必要です。どういったカリキュラムを、どういうふうに教えれば効果があるのか、あるいは、どういった環境であれば学び手が集中しやすくなるか。学びの内容と教え方、そして環境づくりという3つの視点から新しいノウハウが求められてくると思います。
 
千葉:「いい先生」の基準が変わるでしょう。困っている生徒がいたらすぐに気付いてくれる先生、人間味あふれる昔のテレビドラマのような先生ではなく(笑)、説明されたことがすんなり入ってくるとか、塾の講師みたいに上手な教え方をする先生が評価されるようになる。

小椋:オンラインで講義を受けるだけなら、印象に残る内容を教えられるのが良い先生になるでしょうね。ただ、人と人との関係だったら、悩み事相談も含め昔のテレビドラマのような先生的な部分も必要になる。どちらか一方ということではなく、ハイブリッド型で最大の効果をもたらすよう、先生の役割分担が進むかもしれません。

一人ひとりのウェルビーイング(幸福感)を探る

山﨑:最後に、前半でお話しした個人の意識や社会に対する意識を踏まえ、今後SSXを考えていく際に留意すべき点について考えていきましょう。

千葉:先日、住んでいる区からLINEを通じてワクチン接種の連絡が来たのですが、LINEとは別に封書で接種券が届きました。自分では40歳以上が接種を受けられる状況だと思っており、封書にも「すぐ予約できます」と書いてあったので予約をしようとしたら、「不正なログインです」と表示された。LINEをよく見たら「40歳未満の方はまだ予約できません」と書いてあって、封書とLINEの両方を見ないと状況が把握できなかったという(笑)。

DXというと便利でスマートな感じがしますけど、提供する側にとっても、利用する側にとっても、過渡期なのだろうと思うところが多々あります。行政をはじめ、従来の手続きをそのままデジタルに置き換えれば済む話ではありませんから、教育の問題もそうですが、仕組みや制度そのものを見直すチャンスと捉えたほうが良いのではないかと思います。

立木:ファクシミリが登場したばかりの頃には、「ファックス送ったよ」とか相手に電話して、メールが普及し始めたときには「メール送ったから見てね」と言ったりしていましたよね(笑)。これまでも、新しいメディアが出てくると、旧来型のメディアを使ったことがない人だったり、逆にそれに長く慣れ親しんだ人、はたまたその両方を経験した人が同じ社会に同居することになり、その結果、世代や年齢ごとにメディアに対する感覚が異なってきます。

また、メディアに関する調査結果を見ると、情報源やメディアに期待することの1位は「常に正しい情報を提供して欲しい」、2位は「信頼できる情報を提供してくれることを期待している」ということで、全体的には正確さや信頼性が求められていました。しかし、例えばテレビで見るニュース映像なんかはほぼ真実だと受け止められているかと思いますが、SNSにはフェイク情報が含まれていると受け止められていると思います。テレビで育った世代と、デジタルネイティブ、スマホ世代の若者たちとでは、メディアを通じて社会を見る「レンズ」が違っていますから、そのズレを解消して、同じレベルで議論ができるような社会的な仕組みも必要だと思います。

小椋:最近、デジタルデバイスの過度の使用はメンタルヘルスを阻害する可能性があり十分に注意する必要があるといった趣旨の「デジタルウェルビーイング」という言葉が注目されています。私事ですが、因果関係は分かりませんがリモート会議をするようになってから視力が0.5も落ちてしまいました。リモートワークに限らず、生活のDXが進展していく中で、人びとの心身の健康状態がどうなるのか、どうすれば良好な状態に保たれるのかは、SSXを考える際に非常に重要なポイントになるでしょう。

今後、デジタルを通じて新しい人間関係をつくるようになり、オンライン上にも新しい生活空間が増え、選択肢が増えてくるようになると、心身の健康に限らず、一人ひとりの状況に即したウェルビーイングは何か、という観点も必要になってくると思います。

山﨑:クオリティ・オブ・ソサエティ調査は、2019年に1回目、2020年に2回目を実施して、今年の10月に3回目を予定しています。人びとの意識はどのように変化していくのか、あるいは変化しないのか。そうした観点から、調査を続けていきたいと思います。今後も新たな発見があることが楽しみです。

※グラフ内の各割合は、全体に占める回答者の実数に基づいて算出し、四捨五入で表記しています。また、各割合を合算した回答者割合も、全体に占める合算部分の回答者の実数に基づいて算出し、四捨五入で表記しているため、各割合の単純合算数値と必ずしも一致しない場合があります。

調査概要
タイトル:「クオリティ・オブ・ソサエティ調査」
調査時期:第1回 2019年12月11日~18日、第2回 2020年11月11日~17日
調査手法:インターネット調査
対象地域:全国
対象者:18歳~74歳の男女 12,000名
調査会社:株式会社電通マクロミルインサイト


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