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未来の難題を、こう解いていく by Future Creative CenterNo.16

「新しいふつう」をつくる。広告の枠を超えた、サントリーの取り組みとは?

2021/09/29

電通のクリエイティブ横串組織「Future Creative Center(FCC)」は、広告の枠を超えて、未来づくりの領域をクリエイティビティでサポートする70人強による集団。この連載では、「Future×クリエイティビティ」をテーマに、センター員がこれからの取り組みについて語ります。

クリエイターの領域が拡張しています。広告コミュニケーションを超えて、新事業の立ち上げや社会課題の解決といった幅広い領域に携わるケースが増えているのです。

サントリーが行ったプロジェクトでも、広告の枠を超えたアイデアが世の中に届けられたケースが出ています。サントリー天然水が防災継承プロジェクトとして公開した「3.11あの日、助けてくれたものリスト」や、コロナ禍の家飲みをハレにする、旅をテーマにしたミールキットサービス「table trip」はその代表。

これらのプロジェクトや新事業には、電通FCCのクリイターが参加。そこで今回、サントリーコミュニケーションズ宣伝部・岡ゆかり氏と谷口彩香氏、電通FCCメンバーの小野総一氏(クリエーティブディレクター/ストラテジスト)が、プロジェクトの振り返りとクリエイティブの領域拡張について語り合いました。

岡氏、谷口氏、小野氏
※この取材は、オンラインで行われました。

「若年層のお酒離れ」を解決するために、遺伝子から誕生したグラス

岡:小野さんと初めてお会いしたのは、2017年にローンチした「DNA GLASS 」のときでした。ローンチまで1年半ほどかかっているので、2015年頃ですかね。このときはクリエイティブ表現だけにとどまらず、 ストラテジーや事業開発も含めてトータルでコミュニケーションデザインできる方として小野さんをご紹介いただいたんですよね。

谷口:私たちは、普段は飲料やお酒のブランドコミュニケーションやコーポレートの広告を担当していて、それぞれのブランドの目的に沿って広告制作をしています。しかしDNA GLASSを作るときは、成果物のゴールを決めず、「若年層のお酒離れ」という大きな課題に対してサントリーで何かできないかを小野さんと考え始めました。

小野:そうですね。その課題に対して、広告の外側にやれることがあるかもと作ったのがDNA GLASSでした。これは、一人一人のDNA情報をもとに作られるビールグラスで、いわば自分だけのグラスです。

人がお酒を飲める量や麦芽の感受性は遺伝子レベルで決まっているという話があり、「それなら一人一人の遺伝子にもとづいた、自分だけの世界一おいしくビールが飲めるグラスを作ったら面白いのでは」と考えたのがきっかけです。僕は全然お酒を飲めないのですが、そういう人はすごく小さなグラスができたり、岡さんと谷口さんはすごく大きなグラスになったり(笑)。

DNAからグラスを造形するのはサントリーも電通も初めてのことなので、その技術を持つ企業や3Dプリンターでグラスを造形できる企業を探すところから始めて、1年半ほどかかりましたね。その間に皆さんとお酒を飲んだり話したりする中で、僕自身どんなことで貢献できるかをお伝えしていきました。

DNA GLASS_1

DNA GLASS_2

サントリー天然水が、なぜ防災プロジェクトを行うことになったのか

谷口:このDNA GLASSがきっかけで、のちの「3.11あの日、助けてくれたものリスト」につながっていきましたよね。小野さんが広告を超えた解決策を出すのを見る中で、私たちも、広告だけではない手法で世の中にすべきことがあるなと感じてきて。

今までのように、ブランドの課題や「この商品を売りたい」という気持ちを起点に考えるのではなく、世の中の課題を起点にして、サントリーができることは何かを考える。それをクリエイターの方とワンテーブルで一緒に模索したいと思い始めて。その話を小野さんにしたら「いいっすね」と言ってくれて(笑)。

岡:サントリー天然水は「水」という性質上、生命に直結するものであり、清涼飲料水No.1ブランドとしても社会インフラの役割を果たす責任があると考えています。特に災害時には重要な存在になり得るなと。だからこそ、東日本大震災から10年のタイミングで、サントリーとしてすべきことを考えたのが始まりでした。

小野:僕も含め、防災用の備蓄が大切だとはわかっているのですが、なかなか行動に移せないものです。一方、実際に被災を経験した方に話を聞くと、自分が被災しているからこそ、被災未経験の方に備蓄の大切さを伝えたいという思いがありました。

そこで、被災者の方に話を伺いながら、震災時に自分たちを助けてくれたものをリスト化していこうと。防災グッズや備蓄品の情報は数多くありますが、なかなか人は動かない。ただ、被災者が実際に救われたもの、あって良かったものなら興味も湧くと思ったのです。

岡:小野さんには天然水の事業戦略にも携わってもらっていて、そのひとつとして出てきたアイデアです。大切なのは、天然水を売るための広告活動ではなく、社会課題へのブランドアクションとして防災情報を発信しようと。被災時に何が支えになるかを共に考えることに意味がありますし、そのアクションをサントリー天然水が推し進めることで、結果的に世の中に必要とされ、信頼していただけるブランドになりたいと考えました。DNA GLASSの発売から4年以上たった2021年の3月に「3.11あの日、助けてくれたものリスト」を公開しました。

「3.11あの日、助けてくれたものリスト」_1
小野:プロジェクトでは、400人以上の被災者のリストを新聞やウェブサイトに掲載。ムービーなども作りました。当時9歳だったある男性は、被災時に家族でやったトランプが鮮明に記憶に残っていると話していて。一人一人の支えになったものは違うので、教科書的に「これを備蓄しよう」と勧めるのではなく、各々の多種多様なリストを見て、自分なら何が必要か考えるきっかけを作れたのが良かったと思います。

「3.11あの日、助けてくれたものリスト」_2

家飲みをハレの場にし、旅体験そのものを新しくする「table trip」

谷口:2021年8月にスタートした新サービス「table trip」も、小野さんと作ったものです。コロナ禍で家飲みが増えていますが、その家飲みを“ハレ”の場にできないかという課題から始まりました。小野さんが話していたのは、家飲みと外飲みの違いは「非日常が存在するかどうか」ではないかと。家飲みをハレの場にするには、本来、家の外にある想定外の非日常を持ち込むことがカギになると話していて。その視点が腑(ふ)に落ちました。

table trip_1

小野:家の中をハレにしたいというのは、コロナ禍における社会課題といえます。それをサントリーのバリューでどう解決するか考えたときにtable tripが生まれました。

谷口:table tripは、世界各国の料理(ミールキット)とお酒、さらに現地の景色や文化を感じられる本「トリップブック」を一緒に届ける新サービスです。サントリーも電通もミールキット事業は初めてで、しかも今回はブックの製作もあり、雑誌「ELLE gourmet」をはじめ複数社が力を合わせて生まれました。各社の個性や力を融合させて家中の「ハレ」を作り上げたような、合わせ技一本のサービスになったかなと思っています。

小野:家の中で旅の感覚を少しでも味わったり、ミールキットも定番の海外料理だけでなく、現地の家庭で食べられている料理を用意したり。旅に行けない気持ちを晴らすサービスは、コロナ禍においてたくさん生まれ、ニーズもあると思いますが、その中でも、ご自宅での食を通じて、かつて旅行で訪れた国を思い出す、あるいは、これから旅に行く場所のガイドブックの形として食べる。そんな、旅体験の拡張という時流に添ったものでもあります。

table trip_2

「新しいふつう」をつくるためには、手段を広告領域に限定しない

谷口:小野さんと仕事をしていると、プロジェクトが進行するうちに“増幅”していく感覚が楽しいですね。通常、企画を進めるといろいろなハードルが出て縮小することがありますが、小野さんとの仕事は、ハードルを回避するより、もっと大きな視点で見て、まったく違う分野で解決方法を提案いただくことがあります。広告を超えてさまざまな領域でプロジェクトが広がっていきますよね。

サントリーは広告コミュニケーションを得意にしてきた会社だと思いますが、そこから拡張することも求められています。複層的にアンテナを張って考える時代になっていて、広告に特化しないクリエイターの方は今後頼もしい存在になると思います。

小野:僕は10年間ストラテジストをやって、その後10年ほどクリエイティブにいるので、クリエイティブ一筋の人に比べると専門性や得意領域がないと思っています。その分、広告に限定せず、本当に必要な解決策を選ぼうという気持ちは強く、フラットに手段を選択することは意識しています。

岡:これからの時代、コロナも環境問題も含め、大きく難しい課題がある中で、今までの延長線上で企業活動を行ってもなかなか未来は見通せません。その中では、新しい視点が大切になると思います。ただ、新しい視点を一人・一社で出すには限界がある。どうしても自分たちの会社の視点から抜け出せませんから。その点、今回のように、小野さんと私たちが同じテーブルで共にじっくり考えられたのはよかったですね。

小野:本当にそう思います。日本にはたくさんの「変えるべきふつう」があって、それを「新しいふつう」に変えていくのが、僕個人やFCCの目標でもあります。かつて広告全盛の時代は、広告だけでそれを解決しようとしていたかもしれません。ただ、広告以外でもできることはあるし、企業と伴走型で一緒に行えれば、最終的に生活者の企業に対する印象が変わり、売上にも貢献できるでしょう。そんな思いで、これからも「新しいふつう」をつくっていきたいと思います。

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