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アイデアは図で考えろ!No.1

―私と同期― アイデア創出のヒント 〜0→1の新規事業〜(前編)

2021/12/21

電通クリエーティブ・プランナーのアーロン・ズー氏が2021年10月に上梓した『アイデアは図で考えろ!』を起点に、有識者との対話を通してアイデア創出の可能性を問う本連載。

今回はラクスルで数々の事業開発をしてきた高城雄大役員とアーロン氏が、お互いにこれまでの仕事を振り返りながら、社内で「0→1」を生み出すためのノウハウやマインドについて語り合いました。

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(左から)ラクスル高城氏、電通アーロン氏

二人の出会いと事業開発までの道のり

アーロン:高城さんとの出会いは、新卒で入社した大手通信会社で同じ営業部に配属された時でしたね。

高城:この頃からわれわれ2人はけっこう自由にやっていましたよね。アーロンさんは新入社員研修で「この研修に意味あるんですか?」みたいなことを言っていて、「この人はヤバいな」と思って見ていましたが、自分も裏では“日本人版アーロン”と言われていたらしく、お互いエッジが立っていたのだと思います(笑)。

大手通信会社では新潟支店に配属され、新規の営業を担当しました。朝出社したら50社に電話をかけて、その後10社訪問するという感じで、半年もすると支店の中でも大きな売上を上げる営業となっていました。新潟支店はエンジニアリングについても自前で取り組む環境があり、営業だけでなく、サーバーのセットアップやネットワークの設計から構築、アプリのカスタマイズ・導入といったところまで一通りやれたことは良い経験になっています。

転機になったのは、インドで働いている時に、現地法人の社長やファウンダーたちと話をしたことです。スタンフォード大学を出て、起業して5年で時価総額数百億円の企業をつくるような方々と話をする中で、今の自分の仕事の延長線上には彼らがいないことに気付きました。彼らと対等に話せるようになるためには、今の会社にいたら最短でも15年くらいはかかるんじゃないか、それはちょっと待てないと思ったのが辞めたきっかけです。

アーロン:私が辞めた理由も高城さんに似ています。非常に貴重な経験をさせてもらいましたが、自分が描きたい未来の延長線上に当てはまる人を社内で見つけられなかったのは大きいですね。

高城:その後、コンサルティングファームを経て、次に何をやるのか決める時に、自分で事業をやるのか、会社という“箱” の中でやるのかという選択肢がありました。

そこで仕事をする目的を考えてみると、自分がつくったサービスや事業が世の中に残っていることが、自分の人生にとって満足できるポイントだと思いました。私、旅行が趣味で世界遺産を回ったりしている中でよく感じるんですが、人って遺跡や作品みたいに、何かを残したいと思う生き物だと思うんですよ。で、私にとっての残したいものというのが事業でした。

そして、世の中に残るような事業をつくるには、自分だけの資本でやるよりも、会社という“箱”があった方が、圧倒的に資本のレバレッジを掛けられて、時間軸で捉えてもスピーディーに事業を成長させられると考え、企業に所属して事業をつくることを選びました。

いろいろな企業がある中でラクスルに決めたのは、資金や優秀な人材というアセットを惹きつけていて、正しいビジョンがある。そして、そのビジョンが自分のつくりたい事業と同じ方向を向いていたからです。

アーロン:高城さんは3社目で経営的視点という高い視座に立ったんですね。

私はかつてアメリカ空軍の訓練部隊にいた時に、ひたすら上官に「次はデジタルが来る」と言われていたので、デジタルの全貌を知るという視点で次の会社を考えました。

デジタルは、最も下層の土台にインフラがあり、その上にシステム、またその上にアプリが乗っかるという構造が基本ですから、1社目の大手通信会社で、インフラについて学ぶことができたので、2社目は上位レイヤーのシステムを学ぶために大手IT企業を選びました。

そこでは電力自由化改革などの社会の法的緩和の中でシステムがどのように動くかを、ひたすら動いて学びました。ここでの経験を通して、ITシステムを使ってもっと自由にいろんなことをしたいと思い、3社目にメガベンチャーに行きました。メガベンチャーでは、自由に動ける代わりに結果も求められる世界なので、そこでようやく自分で経営的なことや何かをつくるということをやり始めました。

高城:戦略とかコンセプトとかビジョンの設定とか、だんだん経営的な視点に向かっていくという点で、われわれのこれまでの経歴はけっこう共通点がありますね。

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ビジネスアイデアを生み出す「成長型:切り株バズ論」

アーロン:私はメガベンチャーの後、もっとスピーディーに経営的な視座を手に入れるためにビジネススクールに行きました。

ビジネススクールに行く前って、なんとなくビジネスが主役で、ビジネスさえ良ければ人は付いてくると思っていたんですけど、全然違って、人が全てだということを学びました。

人が良ければ、たとえ変なビジネスでも成功に持っていけます。逆に人が悪かったらどんなに良いビジネスでもダメになるんです。だから、人がメチャクチャ重要です。

その重要な“人”を奮い立たせようとした時に、やっぱり大切になるのは経営ビジョンだろうと。そういう流れから図式化したアイデアが、「成長型:切り株バズ論」です。

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まず、ビジョンが中心にある。そして、そのビジョンをいかに組織に浸透させることができるかがポイントです。だからよくある長い社訓なんかは、良くないですね。社員全員が「あ、なるほどね」ってすぐに分かるシンプルなビジョンが重要なのです。

ビジョンが明確であれば、社員一人一人が「いま、私が目指している場所ってどこなんだろう」、「いま、私がすべきことってなんだろう」ということを考えるようになり、おのずと社員がモチベーションを持てるようになります。

次に重要なのが、やはりアセットです。どんなことを得意とするチームメンバーがいるのか。例えば、ホワイトハッカーがいればエンジニアリング力、広報経験者がいればPR力というように、それが資産になります。だから、ビジョンとアセットがまず先に存在するのです。

ただ、実際に事業開発のカギとなるのは「課題の発見」です。ライブ配信事業を例にとって考えてみると、「世界を代表する会社になる」という大きなビジョンがあり、エンジニアの技術力というアセットがあるから、ライブ配信の事業をつくりたいとはなりませんよね。その前に、解決したい世の中の課題が出てくるはずです。例えば、芸能界デビューしたいけど才能を露出する機会が少ない、自己表現する場がないという課題ですね。

その課題について、エンジニアリング力があって、なおかつビジョンがしっかりしている組織がやるべきことは、ITを使った自己表現の場をつくること。こうして、結果的に「ライブ配信」という事業アイデアにたどり着くのです。

そして、ライブ配信事業に「いつでもどこでも自分だけのステージ」というコンセプトを作り上げたとしたら、ビジョン・アセット・課題・コンセプトが完成します。さらに、ライブ配信事業をどのターゲットに対して、どんな強み(USP)で差別化していくのかを考えるわけです。

このように、何か事業をつくり上げる時の羅針盤になればと思い、「成長型:切り株バズ論」を考えました。

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高城:「成長型:切り株バズ論」ってすごくシャープだと思うんですよね。特に、アセットを“人”と定義しきっているのがすごく良いと思います。古い経営論では、人・モノ・金が経営資源だと定義されがちですが、今の日本の社会は変わってきています。

お金の調達環境は以前よりはるかに改善されています。そして、価値あるモノをつくり、お金を使うのも人なんです。そういった意味では、自分の経営スタイルも人を最重要視した事業経営をしていて、すごく共感できるところだなと。

ラクスルは「仕組みを変えれば世界はもっと良くなる」というビジョンを掲げています。このビジョンで伝えたいのは「印刷産業を変えよう」ではなく、「われわれは仕組みを変える会社だ」ということ。

仕組みが変われば世界は絶対に良くなると思っている人はたくさんいます。そういった方に刺さるビジョンを掲げて共感してもらえるのが、われわれの強みだと思っています。

ラクスルを「成長の型」に当てはめると、どうなるか?

高城:私がいま統括している印刷のカンパニーに関しては、「仕組みを変えれば世界はもっと良くなる」というビジョンのもとでラクスルとして一番最初に立ち上がった事業です。創業時にCEOの松本が目を付けたのが、この「印刷業界」でした。多重下請けに支えられている非効率な業界構造で、まさに「仕組み」を変えるべき対象だったのです。

印刷ってIllustratorなどのソフトウェアを扱える人や、印刷する紙の硬度などの知識がないと、正しく発注するのが難しい、非常に専門性の高い領域でした。

そのため、印刷会社の営業担当が顧客から要望を聞いて受注するというビジネスモデルが一般的で、営業にかかる人件費を考慮すると、1回あたりの受注単価をなかなか下げられません。その結果、1回の発注で高い金額を払うことが難しい中小企業の方々が、印刷に十分アクセスできないという課題が生じていたのです。

そこでわれわれは、インターネットを活用して中小企業が印刷にアクセスできる環境を提供。①営業がいなくても売れる仕組み、②小ロットで制作ができるサプライ、そして最後に、③小ロット注文をかき集めて規模の経済をつくるためにマーケティングに力を入れる。この3つのコンセプトを定めました。

そして、それを実行するためのアセットに関しては、インターネット経由で小ロット注文を受注し、滑らかに生産ができるテクノロジー、規模の経済を実現する圧倒的な資本力、そしてそれらを実現するために、BCGやカーライル、インターネット企業出身のメンバーからなる経営チームを組成し、彼らのリーダーシップのもと、優秀な人材を集めて組織を築き上げたことでアセットが揃いました。

ラクスルを「成長型:切り株バズ論」に当てはめると、このようになると思います。

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アーロン:ここまで整理するなんてさすがです。「既存の仕組みを崩す」という意味では、ラクスルがやったことは単なるスモールビジネスの機会創出ではなく、イノベーションだと思います。

大企業が使う印刷システムと中小企業が使うべき印刷システムというように、マーケットを2つに分断した。大企業の数は日本企業全体の約1%しかないわけだから、日本のマーケットの99%をイノベーションによって網羅できるわけです。これは素晴らしいですね。

高城:「印刷業は斜陽産業」だとよく言われます。しかし、われわれの見立てだと成長産業なんですよね。2008年のリーマンショックで企業が最もコストカットに走った時代から2020年まで、商業印刷に限れば発注数は減少していないのです。日本の人口ピラミッドや富の偏在を考えてみると、やはり紙のメディアでアクセスできる人が圧倒的に多いんです。だから、企業は紙のメディアを捨てて完全にデジタル化はできない。

事業コンセプトを考える際に、マーケット選定は大切で、単純に「印刷って古いよね、小さくなるよね」ではなくて、もっと解像度を高めてマーケットは本当に魅力的なのか、見極めることが大事だと思います。

アーロン:そうなんですよね。なんで印刷会社がそこまで成長するんだって疑問に思っている人もいるかもしれません。でも、ラクスルがやっていることは、要は「両利きの経営」なんです。

既存事業の深堀りという「知の深化」と同時に、新規事業の開拓という「知の探索」にも取り組んでいるんですよね。

それによって、「ハコベル」といった新しい物流のシステムをつくりだした。世の中の衰退していく企業は「知の深化」ばかりをやっているイメージがあります。既存の事業ばかりに注力してしまい、「知の探索」を全くやっていないんです。

ラクスルの場合、仮にいつか紙媒体が弱くなったとしても、ほかの事業で支えられるように、いまのうちにつくっているんです。日本の企業はもっと時間をかけて、中長期的に「知の探索」をやっていくべきなのです。既存事業が衰え始めて「3年以内に何とかしなきゃ」と思ってもできるわけがありません。それこそ、既存事業の成功体験に依存する「サクセス・トラップ」にはまって、両利きの経営ができない企業もあるでしょう。

高城:われわれもちょうど2〜3年前からこの両利きの経営を実現するために、マネジメント層で同じような会話をしていました。

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日本は、新規事業がやりやすい

高城:日本は潜在的な競合になり得る起業家が少ないので、そういう意味では新規事業をすごくやりやすい国です。やれるアイデアがあったら、とりあえず打席に立ってバットを振ってみるというのは、日本国内のマーケットではすごく良いことだと思います。

アーロン:新規事業に関して言えば、日本はまだ本当にブルーオーシャンが広がっています。例えば、サンフランシスコやロサンゼルスでは、もはや起業して新しいことにチャレンジするのが当たり前の文化として根付いています。

もちろん、大企業にいる人みんなが同じように新規事業開発に取り組めるとは限りません。それでも、何か新しいものをつくるということに関して、日本のマーケットはあまりにも進んでいないように感じます。まだまだ成長する可能性があると思うので、若い人にはぜひチャレンジしてほしいです。

高城:企業という“箱”を活用する、というアプローチもおすすめです。個人として負債を背負うようなリスクを取らずにバットを振れるってめちゃくちゃ良い環境じゃないですか。逆に大変なことや辛いこともあると思いますけど……。

日本ではそういった人材が少ないので、上手くいった経験はプレミアが付くと思いますよ。小規模なビジネスでもかまいません。頭に浮かんだアイデアをフレームワークに当てはめて試行してみるのは良いトレーニングになります。実践する中で、間違っていることにもたくさん気付くようになると思います。

アーロン:新しいビジネスの7割は絶対に方向転換するんですよね。だから考えすぎ、計画しすぎは良くないですね。それよりも、方向転換が必要になった時の臨機応変さや柔軟性が大切です。過度なリスク排除は新規事業にとっては邪魔以外の何ものでもありません。

高城:僕もラクスルでいろんな事業を立ち上げて、そのうちの2個は撤退しているので、打率は半分くらいです。会社全体でも3割くらいの確度を目指していて、7割は失敗する前提に立っているんですね。そういう前提をもって取り組んでみると、心理的安全性があっていいのかなと思います。

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