アイデアは図で考えろ!No.3
―私と先生― クリエイティブを科学する(前編)
2022/03/08
電通クリエーティブ・プランナーのアーロン・ズー氏が2021年10月に上梓した『アイデアは図で考えろ!』を起点に、有識者との対話を通してアイデア創出の可能性を問う本連載。
今回は司法におけるコミュニケーション分析を専門とする明治大学法学部の堀田秀吾教授をゲストに迎え、学術的な見地を含めて「アイデアのつくり方」について語り合いました。
アイデアを作るには正しい方法がある
堀田:『アイデアは図で考えろ!』を読ませていただき、本当に良い本だなと思いました。「ビジネスの知の泉」として使える1冊だなと。アイデアの本ですが、マーケティングからリーダーシップまで、全部を網羅している。一冊読めば、MBA卒業するくらいの価値があると思いますね。
アーロン:ありがとうございます。
堀田:私の得意分野は、ノウハウを科学的エビデンスで証明していくところだと一般的には認識されているかと思います。アーロンさんの本には、すでに科学的な裏付けも多く記載されていますが、今回の対談では、私の知識や知見も交えて話すことで、新しい発見ができればと思います。
例えば、書籍の中で、「違和感が大事だ」という話がありましたけど、これは心理学的な根拠があります。人間は基本、現状が平穏ならそれを維持したいんですね。
だから、ちょっとでも変化があると、すぐそこに注目します。その変化が自分の生命とか家族、子孫の繁栄に危機を及ぼすかもしれないから、何か変わったものがあったらそこに注目するというのが、人間の認識の基本です。
アーロンさんたちが作るキャッチコピーもそうです。コピーを見たときに、「何かが足りないぞ!」と思い、引っかかることで印象に残るわけです。
そこには実は「公理」というルールがあります。(※1)この4つのどれかに違反があると、人は違和感を覚えて注目するようになるんです。主に次の4つの公理が挙げられます。
- 量の公理
- 質の公理
- 様態(伝え方)の公理
- 関連性の公理
※1 Grice, H. P. (1975). Logic and Conversation. In Peter Cole and Jerry L. Morgan, eds., Syntax and Semantics, Vol. 3, Speech Acts, 41–58, New York: Academic Press.
これらの原理を意図的に違反することで、職人的に違和感を作っていくこともできます。言語学とか科学の分野では、この違和感を「有標性」と言います。私は商標の分析にこれを応用したことで一躍有名になれました(笑)。
アーロン:商標、ですか?
堀田:そうです。「エクセルシオール・コーヒー」とか「伊右衛門」とかのサービスや商品の名前です。商標登録する際には、自他識別力、つまり他のものと区別する性質が必要なのですが、それは、これらの4つの公理をわざと違反することで生まれるというのが私の理論です。
アーロン:私が考案し、電通で商標を取った「クリエン」というサービス名は、「クリニック・エントリーシステム」の略称です。これはどの公理に当てはまるのでしょうか。
堀田:量の公理の違反からくる違和感ですね。量の公理というのは、適切な量じゃないといけないということです。言葉が足りなくても、逆に言葉が多すぎても、コミュニケーションは取りづらい。
人間はこういう違和感があったときに、裏の意味を考えてしまいます。「この人は秘密にしたいことがあるから、全然喋らないのか」「何かを隠しているから、いっぱい喋っているのかな」とその背景に注目してしまうんですね。
「クリエン」は、「クリニック・エントリーシステム」という本来伝えるべき情報を切って、つなげているでしょう。量の公理から外れたことによる違和感があるわけです。一般的な名称は商標に登録できませんが、こんな風にただ短くするだけで登録できる場合もあります。
アーロン:なるほど! 本書で紹介している「ちょいマック」も質の公理になりますよね?
堀田:そうですね。「ちょいマック」は質の公理に違反していると同時に、「ちょっと」を「ちょい」というスラングを使っているという意味では様態、伝え方の公理にも違反しています。
例えば、アメリカでBisquickという粉があり、これはBisquit とquickを合成した言葉ですが、これは、Bisquitが短縮されているという意味では量の公理の違反ですが、-quit とすべき部分をquickにしているという意味では質の公理の違反です。二つの公理を同時に違反している例ですね。
アーロン:同時に2つの公理に該当しているんですね。そうなると、「さとふる」なんかも質の公理になりますよね。
堀田:そうですね。「ふるさと」を逆にしているわけですね。
アーロン:これは質の公理ですか?
堀田:いや、これは伝え方の公理ですね。逆にして、伝えています。それこそ、業界用語で逆にするじゃないですか。「シースー」のように。
曖昧さを避けて、「簡潔に分かりやすく伝える」のが伝え方の公理なんですけれど、それをズラして、わざと分かりにくくしています。コミュニケーションでいえば、そうする必要がないのに、囁き声で話すとか、大声で話すとかですね。
質の公理は、「嘘を言うな」という話です。つまり、「事実と違うことを言うな」ということです。例えば、屋台のおっちゃんが200円の代金を「200万円ね!」と冗談を言いますよね。その違和感から、笑わせたいんだなという意図を汲み取ることができるんです。
アーロン:シャウエッセンの「シャウエッセンは手の平を返します」も、伝え方ですよね。
堀田:ここは量も足りないですね。「何に関して」手のひらを返すのかという部分が欠けています。その足りない情報を「何だろう?」と推測するわけです。何らかの公理の違反から違和感を作り出すというのがコピーライティングの基本になります。
アーロン:世界ラーメン協会/World Instant Noodles Association(以下、WINA)のコピーにも同じことが言えそうですね。「Noodle as a Planet.(ヌードル アズ ア プラネット)」。
堀田:アーロンさんが考えたコピーですね。これは関連性の公理の違反じゃないですかね。
関連性の公理は、関連のあることを話さなければいけないということです。例えば、「最近仕事どうなの?」と聞いて、「昨日のプロ野球は、巨人が勝ったんだけど……」みたいな返事が返ってきたら、仕事の話はしたくないのだと推測しますよね。
「Noodle as a Planet.」も地球とヌードルという、一見すると全く関係ないことを結び付けているから、関連性の公理を違反しています。
アーロン:なるほど!全部、分析されました(笑)。
堀田:法学の世界で、有標性という概念はけっこう“アハ体験”だったらしいですね。
ただ、日常生活では戦略的に行わないと、逆効果なんですよね。空気が読めないというか、話が通じない人と思われて終わりです。
アイデアがポッと出ないときってあるじゃないですか。アーロンさんの本にも書いている通り、アイデアは降りてくるものだから。しかし、どうしても降りてこないときがありますよね。
でも、職業としてやるからには、一定のものを作らないといけない。そういう時に、職人技として、わざとこういう違和感を生み出す技を覚えておくと、より効率的にできるのではないかと思います。
アーロン:本書で書いた「成長型:切り株バズ論」の「コンセプト」を考えることは、広告コピーやコピーライティングにとても似ていると思うんですね。
例えば、「世界を代表する会社を作ろう」というビジョンであれば、ある意味の解釈の余白が生まれるじゃないですか。営業から見れば、営業力になるかもしれないし、エンジニアからしたら技術力になるかもしれない。それぞれ少し解釈は違うけれど、組織として1つの旗を目指すわけです。
ただコンセプトだと、WINAの「Noodle as a Planet.」のような、全てを網羅しつつも、心に残る言葉にまとめます。
堀田先生から教えてもらった、意図的に違和感を生み出す方法は、特にコンセプトを作る時に役立つのではないかと感じました。
デフォルトモードネットワークを活用しよう
堀田:本書に「アイデアを一度考えたら、何もするな」という項目がありましたけど、脳科学の立場から言うと、その状態を「デフォルトモードネットワーク」と言うんです。(※2)
ぼーっとしている時ほど、実は脳は活性化していて、いろんなアイデアが生まれやすいんですね。踊ったり、音楽を聞いたり、エアロバイクを漕いだりといった条件で実験してみると、エアロバイクを漕いでいるときに一番創造性が高まったという研究結果があるんです。
他にも元水泳選手だった編集者さんがいて、その人は泳いでいるとアイデアが生まれるそうです。その人にとっては、泳ぐことは自動化された作業なんですね。自動化された作業をしていると、アイデアがバンバン生まれます。単純作業をしていると、変に集中しないから、脳全体が使われているんです。
ただ、やっぱり意図的に、ぼーっとするのは難しいんですよね。何らかのルーティンと結び付けるとうまくいきます。僕の場合は、よく砂時計を眺めるようにしています。
※2 Raichle, M. E., MacLeod, A. M., Snyder, A. Z., Powers, W. J., Gusnard, D. A., and Shulman, G. L. (2001). A default mode of brain function. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 16, 98(2), 676-82.
アーロン:似たような経験を何度もしています。私の場合は、考えて、考え続けると、何も思い付かなくなってくるんですよ。そうすると自然とぼーっとしてきます。
堀田:これも実は、すでに実験があるんです。パズルをもとにした実験ですが、課題に集中しすぎると、新しい発想で何かに取り組むことができなくなることが分かっています。(※3) 脳は、集中すると一カ所に血液が送り込まれて、そこを効率的に働かせようとするので、他の部分が働きづらくなります。だから、猪突猛進というか、周りが見えなくなる状態になり、アイデアが出てこなくなるのです。
でも、集中してからぼーっとすると、一カ所に溜まっていた血が脳全体に巡るようになるんです。そうすると、脳全体が働くようになるから、今までなかったようなアイディアの「タネ」同士のつながりも生まれてきます。実際にぼーっとしている時の方が、15倍ぐらいのエネルギーを使っているそうですよ。
※3 Lu, J. G., Akinola, M. & Mason, M. F. (2017). "Switching On” creativity: Task switching can increase creativity by reducing cognitive fixation. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 139(C), 63-75.
アーロン:15倍もエネルギーを使っているんですか?
堀田:そうなんですよ、15倍。逆に言えば、せっかく脳の中にいろんな資源やタネが落ちているのに、何かに集中していると、そのタネをつなぐ回路が全部シャットオフされてしまうんですね。
1つのものに集中することを止めると、全体にエネルギーが行き渡っていくからつながるようになる。だから、新しい発想が生まれるんです。アルファ波が出ている状態が1番良いですからね。
アーロン:アルファ波ってリラックスしているときに出る脳の信号ですよね。どんな時に、アルファ波が出るんですか?
堀田:アルファ波は、目を閉じておとなしくしている時に出るんです。あと、アルコールを飲んだり、シャワーを浴びたりすると、アルファ波が出やすくなりますね。だから、シャワーを浴びている時、「あ!」みたいな閃きがあるわけです。
私は音楽をやっていたんですが、良い曲は一生懸命になりすぎると絶対に作れないんです。寝ぼけながら夢の中で出てきた曲とか、何気なく散歩している時に生まれた曲の方が良い曲なんですよね。
八神純子さんという歌手の方がいるんですが、1曲目と2曲目が思うように売れなくて困っていたんです。でも、原宿を散歩していたら、「みずいろの雨」という言葉が浮かんで、それが大ヒット。
アーロン:確かに、うちでも有名なコピーライターが、直感的に感じたものの方がコピーとしては完成度が高いことがあると言っていました。
堀田:絶対そうだと思いますよ。
アーロン:ロジックで考えて、それを鍛えに鍛えて、自然に体に身に付いた状態で「ハッ!」と思いついたときが、1番良いコピーができるんですよね。
(後編に続く)