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ジェンダーバイアスをアンインストールするために、教育にできること

2022/08/19

いま、ジェンダー課題への取り組みがあらゆる企業や組織、そして一人一人に求められています。

しかし、ジェンダー課題はそれぞれが単体で存在しているのではなく、多様な問題と複雑に絡み合っているため、1つの問題にフォーカスして考えるだけでなく、そこに関連するさまざまな問題を知り、どうすれば根本的な解決につながるのかを考える必要があります。

これまで光が当てられてこなかったファクトや、大きな声では語られない女性たちのインサイトを可視化し、俯瞰で捉えることで、社会全体で解決に向かう足掛かりをつくりたい。

そのような思いから、電通は「ジェンダー課題チャート」を制作し、無償公開しています。このチャートでは、女性に関わる課題を12のテーマに分け、それに紐づく具体的な95個の課題と、客観的データを一覧で俯瞰できる配置に整理しています。

「ジェンダー課題チャート」https://www.dentsu.co.jp/news/release/2022/0307-010501.html
「ジェンダー課題チャート」詳細はこちら https://www.dentsu.co.jp/news/release/2022/0307-010501.html

今回は、その中の「教育」の課題を見ながら、日本の教育におけるジェンダー課題についてNWEC(独立行政法人国立女性教育会館)理事長の萩原なつ子氏と、櫻田今日子氏と対話をしました。インタビュアーは電通ダイバーシティ・ラボの國富友希愛です。

ジェンダー課題チャート
教育の課題チャート
【NWECについて】
NWECは、男女共同参画社会の形成を目指した男女共同参画の推進のためのナショナルセンターで、国内外の女性関連施設等と連携しています。埼玉県にある広々とした施設でさまざまな事業や研修を実施しながら、利用者に男女共同参画についての調査研究や情報を幅広く提供している組織です。
https://www.nwec.jp/
 


「男性が家族を養うべき」「女性の仕事は半人前」というバイアスが、保育士の処遇改善を阻む

國富:早速ですがジェンダー課題チャートの「教育」の部分からスタートしたいと思います。最初に「保育士の男女比に偏りがあり、保育士の約95%が女性」という課題があります。保育士の男女比の状況の背景や影響について教えてください。

萩原:もともと保育士は“保母さん”と言われていましたね。保育士・看護師・介護士・秘書・家政婦・店員など女性が多く占める職種は「ピンクカラージョブ」と言われています。「ピンクカラージョブ」という表現は、もとは1970年代にアメリカで、男性のホワイトカラージョブ、ブルーカラージョブになぞらえて称されたもので、女性が従事することの多い職種、仕事を指す言葉です。

「保母」は1948年に生まれた資格で、女性限定の仕事でした。1977年には男性が保育者になることが認められ「保父」も存在しています。その後1999年に児童福祉法が改正され、男女の区別のない「保育士」に名称が変わりその後国家資格となりました。

男性の保育士の方は増えていますが、現状、95%が女性。保育所は女性の職場である、保育は女性の仕事であるというイメージが未だに強いのだと思います。男性保育士が増えない原因はいくつか理由がありますが、一番の大きな理由は賃金だと言われています。そのために男性が保育士になったとしても、残念ながら「男性の寿退社」というものが起こります。

「寿退社」というのは、女性に向けられた言葉だったのですが、「一家の大黒柱」という男性に対する固定的性別役割分担意識が根強いので、結婚する際に、この給料では養えないと、辞めざるを得ない状況があります。寿退社というよりは、「寿転職」といった方が適切でしょう。

國富:「男性の寿退社」を初めて知りました。ピンクカラージョブの賃金がそもそも低いのはなぜでしょうか。

萩原:女性が多い職業はイメージとして低くみられていて、賃金が低く、上がりにくいと感じています。実際、女性が多い職場は、最初から賃金が低く抑えられているケースが少なくないのではないでしょうか。その理由には「女は半人前」という偏見があるからだと思います。男性よりも女性が劣っているというバイアスがあるので、女性が多い職場の賃金の相場は低くていいだろう、という話になってしまうのではないでしょうか。

それから「一家の大黒柱」の男性の仕事や職場とは違うという理由で低く抑えられてきたという経緯もあります。つまり女性は男性に養われる存在であるという前提があり、養ってくれる男の人の給料を上げておけば、女性は少なくても良いだろうという構造的な問題もあります。長年の課題である保育士の処遇改善に向けた政策として、2022年2月から月額9000円の賃上げが実行されましたが、全産業の平均より低すぎる状態からみて、まだまだ不十分です。

國富:保育士の仕事は忍耐力も観察力も資格もコミュニケーション能力もあらゆる能力が必要な仕事なのに…。

萩原:そうなんです。保育士は国家資格であり、高度な専門性も必要な仕事なのに、根っこに「子育ては誰でもできる仕事だ」というバイアスがあります。加えて、子育ては女性の役割であるという固定的性別役割分担意識も根強いですからね。

國富:男性保育士が増えない理由には、賃金が低い上に、男性には「家族を養うべき」というバイアスが、女性には「子育てをするべき」「女性の仕事は半人前」だというバイアスが、さらに「子育ては誰にでもできる仕事だ」というバイアスが、掛け算で起因しているのですね。

萩原:保育士に限らず、男女雇用機会均等法ができて、37年も経っているのに、それらのバイアスが解消されない背景には、その仕事の価値を正しく評価できていない点があります。ケアワークやそのサービスに対して、価値を認めて正当な対価を支払うという文化を作り、ヒューマン・インフラストラクチャー(人のくらしを支える基盤)の重要性を認め、予算も含めた体制を整備することが必要です。

校長先生に男性が多い理由を「男の子の方が偉いから」と答える小学生も

萩原:それから、ジェンダー教育という視点からみると、家族はもちろんですが、乳幼児期のジェンダー形成にかかわる保育士、幼稚園教諭の無意識のジェンダーバイアスの解消も重要な課題です。20年ほど前から「0歳児からのジェンダー教育」が推進されていますが、現場では遊び、色、おもちゃなどの性別カテゴリーが多用される傾向がまだ見られます。

NWECは乳幼児期のジェンダー形成に関する調査は行っていませんが、学校におけるジェンダーバイアスに関する調査を行っています。

櫻田: ジェンダー課題チャートに「教頭・副校長・教頭・学長・副学長に女性が少ない」という項目がありますが、この部分については、NWECは平成30年に小中学校3000校の教員を対象としたアンケート調査を実施し、管理職に占める女性の割合が低い背景について、教員の管理職志向にかかる意識や家庭生活の役割分担とその意識等の観点から明らかにしています。ホームページに、関連する調査研究の成果物を掲載しておりますので、ぜひご覧ください。

▼「学校教員のキャリアと生活に関する調査」
https://www.nwec.jp/research/hqtuvq0000002ko2.html

▼「学校における女性の管理職登用の促進に向けてⅡ:現状と課題、登用促進のための取組のヒント」
https://www.nwec.jp/about/publish/n61ffl0000000p4w.html

▼「学校における女性の管理職登用の促進に向けて:なぜ少ないか、なぜ増やすことが必要か、登用促進のために何ができるか」
https://www.nwec.jp/about/publish/2019/ecdat600000078yg.html
 

現状として、校長に占める女性の割合は低く、小学校と特別支援学校では、教員に占める女性の割合は約6割であるのに対して、校長に占める女性の割合は2割台です。中学校と高校では、教員に占める女性の割合はそれぞれ4割と3割を超えるのに対して、校長に占める女性の割合は1割に満たない状況です。

國富:母数が6割と女性の方が多い職場なのだから、普通に考えたら、校長先生は6割が女性でもおかしくないはずなのに…。

櫻田:男女共同参画を推進する意識は、教科指導を通してのみ醸成されるわけではありません。毎日の学校生活において、教員の言動も、子どもたちの姿勢・態度やキャリア形成等に大きく影響する可能性がある。また、教員の方々自身が、子どもたちの身近な働き方・暮らし方のロールモデルとなるのです。

特に女子にとっては、女性は子どもを産むと育児が大変になり、リーダーになることや、やりたい仕事を続けることをあきらめなければならないといった固定概念の刷り込みが、将来のキャリア形成に影響を及ぼす懸念があるのです。

萩原:文部科学省に夏休み中の子どもを受け入れて、職場体験をする「こども霞が関見学デー」というものがあり、そこにNWECがブースを出展した時のことです。来場者の子どもたちに「なぜ校長先生は男の人が多いのか」という質問をしたんです。その時に、小学1年生の児童が「男の子の方が偉いから」という回答をしたのです。1年生でこのように答えるということは、保育園とか幼稚園、学校あるいは家庭の中での刷り込みが既になされているということかもしれません。

國富:衝撃を受けました。どうすれば刷り込みを取り除けるでしょうか。

萩原:調査研究を通して現状を認識することも大事ですし、教育現場にも「ポジティブ・アクション」(一定の範囲で特別な機会を提供する措置)が必要だと思います。女性管理職を30%に、という話をよく耳にすると思いますが、30は「クリティカルナンバー」と言われています。クリティカルナンバーとは、「臨界数」という意味です。30%を超えるとそのままの流れで50%に近づく、という考え方です。

だから30%を超えるためのアファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)やクオータ制(役員や管理職などの役職に一定の人数比率で女性を割り当てる制度)、ポジティブ・アクションが必要なのですが、現状は、男性が自動的にポジティブ・アクションを享受している状況になっていないでしょうか。既に、下駄というかシークレットブーツが隠されている。そこに焦点をあてるために、ジェンダー課題チャートは「エクイティ(公平性)」を打ち出しているはずです

國富:おっしゃる通りだと思います。今日はNWECが注力する教育分野のジェンダーについてお話を伺ったのですが、電通を含めて、企業ができる取り組みについてもお話を聞かせてください。

萩原:ある女性がNWECの勉強会に来てくださったのですが、「高校生の時にNWECに来ていれば、私は仕事を辞めなかったし、博士号取得を諦めなかったのに」とおっしゃっていました。高校生の頃からジェンダーの問題を勉強していれば、個人で解決できる問題じゃなく構造的な問題なのだと気付いて、人生の選択が変わることがあると思います。だからこそ、NWECは開かれたジェンダー教育を提供していきたいです

企業に対しては、もしかしたら「女性活躍」っていう言葉そのものが適切な言葉ではないんじゃないかと思うことがあります。「活躍」って相対的な言葉なのに、活躍できない人はダメじゃんといっているようにも聞こえませんか。おそらくその「活躍」は、男性に多い「台形型のキャリア形成」を意味しています。

今まで女性は結婚、妊娠出産等のライフイベントで仕事を離れる人が増える「M字型」(※1)だったんです。これに対してライフイベントに影響されることなく働き続けるのが台形型です。これからは男性もM字型で良いと思うんです。台形が良しとする価値観や基準を、もうこのあたりで辞めてみるのはいかがでしょうか。

内閣府の『骨太の方針』でも「もはや昭和ではない」というキーワードが打ち出されました。男女ともに経済的自立していくという場合には、今日お話したことを、一つずつクリアしていかないといけませんね。

いわゆる昭和型の働き方、つまり、24時間働ける、健康で、家事負担も介護負担も子育て負担もないことを前提とした働き方をこれからも追求していくのかという問題です。時代は大きく変わっています。昭和のデフォルトに合わせられない人が排除される時代は終わりにしたいですね。

國富:教育に焦点をあてただけでも浮かび上がる数々の問題。でも実は地続きに連鎖していることが分かりました。長い時間の中でインストールして内面化してしまったバイアスを一つ一つアンインストールしながら、これからもジェンダー課題と向き合っていきたいと思います。

※1=女性の労働力率は、結婚・出産期に当たる年代に一旦低下し,育児が落ち着いた時期に再び上昇するという、いわゆる「M字カーブ」を描く傾向にあると言われている。ただし近年、M字の谷の部分が浅くなってきているという指摘も。詳細は男女共同参画局のウェブサイトを参照。
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h25/zentai/html/honpen/b1_s00_02.html

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