らしさって、何だろう?~てぃ先生とジェンダーについて考えてみた
2022/10/21
今回は、保育士として子どもや保護者に日々接している、てぃ先生に電通ダイバーシティ・ラボ「こどもプロジェクト」のメンバー・小川百合がインタビュー。
「こどもプロジェクト」と「こどもりびんぐ」が共同で実施したジェンダーバイアスに関する調査結果を踏まえ、子どもの世界からジェンダーについて考えました。
【こどもプロジェクト】
「電通ダイバーシティ・ラボ」の中のプロジェクトの一つ。DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)という大きな傘の下、あらゆる視点から社会課題を捉え、その実態やソリューションを紹介するウェブメディア「cococolor」で、子どもにとってのDE&Iを考えるプロジェクト。
cococolor関連記事:https://cococolor.jp/genderbiasofchildren_220517
【こどもりびんぐ】
保育園で配布しているフリーマガジン「ぎゅって」と幼稚園児の保護者向け情報誌「あんふぁん」の発行を中心に、幼稚園・保育園を舞台としたイベントやサンプリング、先生方に向けたセミナーなどを実施する企業。子育て世代のリアルに寄り添った情報を、日々発信している。
女の子らしさ、男の子らしさではなく「その子らしさ」が大事
小川:本日はよろしくお願いします。子どもに対する「ジェンダーバイアス」、つまり「女の子らしさ」や「男の子らしさ」の意識を保護者がどう考えているか調査したところ、2人に1人が子どもに接する際にジェンダーバイアスを意識していました。
ジェンダーバイアスに関する保護者のリアルな声もたくさんいただき、下記はその一部です。調査を進める中で、そもそも「らしさとは、なんだろう」という疑問が湧いたのですが、「らしさ」ってなんでしょうか?
てぃ先生:僕は、女の子らしさ、男の子らしさではなくて「その子らしさ」が大切だと考えています。「男の子でもおままごとをやっていい」「スカートをはいてもいい」「女の子でもヒーローごっこをしていい」などと考えること自体、そこにバイアスがかかっている気がします。「その子がおままごとをやりたいから、やっていい」というのが、望ましい方向ではないでしょうか。
従来の固定観念にとらわれるのはよくないという議論が進んだこと自体は素晴らしいのですが、この先は「その子らしさ」という視点を踏まえて議論が進む世の中になってほしいです。
小川:そうですね。てぃ先生が子どもと関わる上で、ジェンダーバイアスにとらわれないように意識されていることはありますか?
てぃ先生:特別に意識していることはありません。その子が何に関心を持っているか、何をやりたいかを大事にするだけです。
とはいえ、僕がそのように子どもに接していても、周りの大人も同じ考えかと言われると必ずしもそうではありません。「てぃ先生は『男の子だから』と言わないけど、親や他の先生は違うみたい」と子どもが戸惑うこともあります。そのような時にその子をどうフォローするかが大事です。
小川:社会や保護者の意識のアップデートが必要でしょうか?
てぃ先生:人それぞれジェンダーに対する考え方がありますから、周りの大人に対して「女だから男だからって言っちゃいけないんですよ」というのも違うかなと……。それでは、その人の価値観を否定することになってしまいます。ですから、普段子どもと接するときは、その子の気持ちを「いいんだよ、それでも」と伝えて守ることを意識していますね。
小川:調査をしているとジェンダーバイアスということに意識がいきがちですが、一人一人の価値観を尊重することも大事ですね。
てぃ先生:ジェンダーバイアスについて知るきっかけは必要ですが、それをどう感じるかは自由じゃないでしょうか。その子らしさを大切にするという話をしていく中で、「あ、そうかもしれない」と気づいた人同士で共有していくのはいいと思いますが、違う意見を持つ方に「あなたのその考え方は間違ってます」と否定することは、その人が育ってきた時代背景などを無視しているので、それは良くないのではと思います。
保護者の価値観のアップデートは進んでいる
小川:次の調査結果ですが、ジェンダーバイアスを意識する理由は、「子どもの意見を尊重したい」という声が多く上がりました。この結果について、てぃ先生はどう思われますか。
てぃ先生:僕はこのようなジェンダーの話の受け止め方には2パターンあると考えています。一方は、世の中の価値観や時代の変化に合わせて、本当に自分自身の価値観をアップデートするタイプ。もう一方は、本当の自分の価値観とは違うけれど、世の中に合わせて自分もそうだと思い込むというか、その価値観に合わせて自分を演じていくタイプです。
僕の体感ではいまのところ世の中の人は圧倒的に後者が多いと感じます。本当に価値観をアップデートしたというよりも、「いまの世の中、女の子は赤、男の子は青、と言ってはいけないんだ。じゃあ、自分もそうしよう」というような。
小川:まさにこの調査結果にもそれが表れています。ジェンダーバイアスを意識する理由として、「子どもの意見を尊重したい」とほぼ同じぐらい、「世の中の価値観が変わってきていると感じるから」と答えた人がいました。
保育園という教育現場から見て、ジェンダーに関して世の中の価値観が変わってきたと実感する事例はありますか?
てぃ先生:保護者と接していると変わってきたと感じます。僕は今年で保育士になって14年になりますが、保育士になった頃は、いまのような価値観は全くありませんでした。「うちの子は男の子なんで、先生ビシバシやってください」と言われることもありましたし、送り迎えの際に、泣いている子どもに対して、「男の子なんだから泣かないの」と親が言うのも普通でした。でもいまは、「お兄ちゃん、お姉ちゃんなんだから」という言い方も気を付けられていますね。
小川:みなさん、価値観をアップデートさせたり、世の中の変化に合わせてコミュニケーションを変えているんですね。
てぃ先生:保護者は自らジェンダーに関するさまざまな情報をインプットしています。保護者同士の会話もその一つです。例えば、年長になるとランドセルを選ぶ時期が来ます。以前は、「うちは男の子だけど、紫のランドセルがいいって言っているの」というような発言はしづらい雰囲気がありましたが、いまはランドセルの色をどうするかという話が普通にされていますね。
小川:子どもの意見を尊重しようとしても、周りから変な目で見られたり、いじめられたりしないかと多くの保護者が心配しているのではと思っていました。でも、てぃ先生のお話を聞いて、価値観のアップデートは想像以上に進んでいると感じました。
子どもは新しい価値観の中で育っている
小川:次の調査結果ですが、保護者がジェンダーバイアスに気づくきっかけの一つとして、子どもとの会話がありました。下記は、寄せられた声の一部です。てぃ先生は子どもと会話する中で、ジェンダーバイアスに気づくことはありますか?
てぃ先生:子どもたちの発言は自然なことなのだろうと感じています。ここに書かれているようなことは保育園では当たり前のことなので。右下の方の答えに「ママがいいと思ったんだから好きな色を好きでいいんだよ」というのがありますが、おそらくこの子は保育園や幼稚園の先生に自分が言われたことを、家でママに言ったのではないでしょうか。ですから、子どもの発言というのは、保育園や幼稚園はこうだよということを自然に伝えてくれていると思います。
小川:確かに、子どもたちは自然ですよね……。
てぃ先生:保育園でおままごとをすると、以前はママ役の子は「パパ、いってらっしゃい。ママはおうちの中でお掃除してます」みたいな感じでしたが、最近は、パパと一緒にお仕事に出かけていくみたいなシチュエーションも見かけます。
小川:そうなんですね!
てぃ先生:他にも、折り紙やスーパーボールで遊ぶときに、「どの色がいい」と問いかけると、以前なら、誰かが選んだものを見て「え、それは女の子の色だよ」なんていう子がいましたが、いまは誰がどの色を選んでも、誰も何も言いません。みんな、自分の好きな色を自然に選んでいます。
服装も、うちの保育園は、男の子がスカートをはいてくることもあります。それは僕がはいているのを見たからだと思いますが、僕自身、スカートをはきたいときもあれば、ズボンをはきたいこともあるので。子どもたちも、自分がはきたいものや着たいものを自然に身に着けています。
小川:その子らしさを尊重するために、大人は子どもにどのように接したらよいでしょうか?
てぃ先生:子どもを一人の人間として捉えることに尽きると思います。たとえば大人同士であれば、誰かに何かを頼む時は、どうしたら相手がこちらの意図を理解して気持ちよく引き受けてくれるか考えますし、言い方なども工夫しますよね。でも相手が子どもだと、「早くやりなさい!」などと、大人の一方的な都合を押し付けがちです。それは、子どもの考えや都合、プライドをちょっと無視している気がします。
子どもだからとか、まだわからないからとか、自分の価値観がこうだからではなく、目の前にいる子どもは、いままさに保育園や幼稚園、小学校などで、新しい価値観の中で育っているわけですから、そういう背景もきちんと考えながら伝える必要があります。
小川:子どもを子ども扱いしないということですか?
てぃ先生:子どもじゃないって捉えると、じゃあ、突き放したり放任したりすればいいのかとなってしまう。そうではなくて、まだちょっとできないことが多めな人間ぐらいに捉えた方がいいと思います。
子どもは「その子らしさ」が尊重される時代へ。大人は?
小川:調査を通して見えてきたのは「ジェンダーバイアスを次世代に引き継がない」という保護者の強い思いでした。子どもは「その子らしさ」が尊重される時代へ向かい始めていると感じますが、大人はどうでしょうか。
てぃ先生:パパは難しい時期にいると感じています。男性に対して、「育児を手伝う」という表現はおかしい、というのはとてもわかるのですが、男性が育児や家事などで求められていることと、実際の社会環境に乖離があるので。
世の中は男性も家事や育児をしてあたり前という意識だけが高くなり、実際は早く帰宅はできず、育休は取れず、働き方が追い付いていない。男性が育児をしないのはおかしいという前に、男性も自然と育児に参加できる社会をつくることがまず大切です。いまの大きな課題だと思います。
小川:ジェンダーギャップの意識の変化に注目しがちですが、社会環境の変化はまだまだ追い付いていないですね。子どもを取り巻く社会の一員として、私たち一人一人がまずするべきことやできることは何でしょうか?
てぃ先生:子どもに限らず大人に対しても、家族に対しても、その人の背景とか気持ちとか、いろいろなところに配慮して、きちんと考えた上で行動や発言することが大事じゃないでしょうか。
小川:本当にそう思います。一人一人がお互いに尊重できるようになると、子育て自体ももっと楽しく楽になりそうな気がします。最後に、てぃ先生が考える子育てで大事なことは何ですか?
てぃ先生:親が幸せになることが人生のテーマとしても大事だと思います。親が笑っていると子どもも笑うって言われますが、まさしくその通りなんです。いまの時代は家庭内における、いわゆるヒエラルキーみたいなものが出来すぎてるように感じています。どうしても子どもがいちばんで、お母さんやお父さんは自己犠牲を払っているというか……。本当は自分のことも大事にしたいけれど、それこそ、世間の目だったり、自分のことを優先すると罪悪感を覚えたりすることってあると思うんですよ。
みなさん子どものためにいろいろなことを真剣に考えていらっしゃって、それはとても素晴らしいことです。でも、子どもの人生の価値とお母さん、お父さんの人生の価値は同じなので、自分自身の人生を大切にしてほしい。それがお子さんにもきっといい影響を与えるはずです。
グラフ等イラスト監修:Nao Hirano
【調査概要】
タイトル:子どもに対する「女の子らしさ」「男の子らしさ」意識調査
調査方法:インターネット調査
調査対象:子育て情報サイト「あんふぁんWeb」「ぎゅってWeb」メール会員(全国)のうち、小学生以下の子どもをもつ保護者681人
調査時期:2022年2月16日~3月6日
調査主体:株式会社こどもりびんぐ(シルミル研究所)
出典:こどもりびんぐ「シルミル研究所」、電通ダイバーシティ・ラボ
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