月刊CXNo.10
顧客に自分の味を見つけてもらうCXクリエイティブ。香港発 ミーシェンスープヌードルレストランの魅力をどう伝えたか
2022/12/12
日々進化し続けるCX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験)。
今やあらゆるシーンで求められるCX領域に対し、電通のクリエイティブはどのように貢献できるのか?
その可能性を解き明かすべく、電通のCX専門部署「CXCC」(カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター)メンバーがCXとクリエイティブについて情報発信する連載。それが「月刊CX」です(月刊CXに関してはコチラ)。
今回は、クリエーティブディレクター/コミュニケーションプランナーとして、香港発のミーシェンスープヌードルレストラン「譚仔三哥(タムジャイサムゴー)」(以下、タムジャイサムゴー)の国内ローンチキャンペーンを手掛けた諏訪徹氏に話を聞きました。
諏訪氏は、「お客さまのアクションを呼び起こし、体験を自分ごと化できるようなメッセージがCX設計のカギだ」と語ります。香港と日本、食文化の土壌が異なる中で、どのように新しい味の魅力を日本の顧客に伝えたのでしょうか?
※CXクリエイティブとは……クリエイティブの力を使って、価値ある新しい顧客体験を生み出すこと。また、その取り組み。
【諏訪徹氏プロフィール】
電通
カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター
クリエーティブディレクター/コミュニケーションプランナー
入社後、ビジネスプロデュース職、マーケティング職を経て、クリエーティブ職に。
2016〜17年は、スウェーデン・North Kingdom で働き、帰国後21年1月よりカスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センターに所属。
商品&サービス開発からブランディングコミュニケーションまで幅広く対応し、「ひとつの領域にとどまらない強いコンセプト開発を!」をモットーに仕事をする。
主な受賞歴に、Cannes Lions、D&AD、One Show、AD STARS、Spikes、ADFEST、NYADC、TOKYO ADC、ACCなど。
【タムジャイサムゴーとは】
米線(ミーシェン)と呼ばれる米と水でできた麺を用いた香港発のスープヌードルレストラン。トリドールホールディングス傘下のグループ企業「Tam Jai International Co. Limited」が運営し、香港では絶大な人気を誇る。2022年3月31日に新宿に日本1号店をオープン。2022年9月時点で都内に3店舗を展開する。
キーコンセプトはシンプルに。「まだ日本語に訳せないウマさ。」に込めた想い
月刊CX:タムジャイサムゴーとの取り組みの概要について教えてください。
諏訪:タムジャイサムゴーは、香港で絶大な人気を誇るスープヌードルレストランです。中国・雲南省で古くから親しまれている米線(ミーシェン)を使っているのが特徴です。丸亀製麺などを展開するトリドールホールディングスが親会社として参画し、2022年3月31日に新宿に日本1号店をオープンしました。私はその香港の味が、日本のうどん、そば、ラーメンに次ぐいわば「第4の麺」として当たり前の選択肢になることを目標に、今回のローンチキャンペーンに取り組みました。
月刊CX:日本でなじみのない食べ物をお客さまに伝えるにあたって、具体的にどのような点が大変でしたか?
諏訪:やはり、味をどう伝えるかが難しかったですね。クライアントからは「香港発のブランドを尊重しつつ味がわかるように訴求してほしい」という要望がありました。
タムジャイサムゴーでは「香麻辛辣(ヒョンマーサンラー)」というブランドキーワードを掲げています。これは痺れる辛さやピリッとする辛さとか複雑な風味を表したものです。香港の人たちはこのキーワードで「ああ、あの味ね」と理解ができるそうなんです。しかし日本人にとってはどんな味なのかわからない。一般的なセオリーだと日本人でもわかるように、〇〇味といった説明をしますが、日本用に調整しすぎると本場の味をしっかり伝えられなくなってしまうし、元々いるファンを遠ざけてしまうと思ったんです。
月刊CX:どういう施策を打たれたのでしょうか?
諏訪:まず「まだ日本語に訳せないウマさ。」というコピーを開発しました。どんな味かをつまびらかに説明するのではなく、そのままストレートに届けてしまおうと。その方がお客さまもどんな味なのかと興味を持つし、私だったらどう訳すだろう?とアクションを起こしてもらいやすいのでは、と考えました。
タムジャイサムゴーはスープや辛さ、トッピングが自由に選べます。それぞれを掛け合わせることで自分好みの味を発掘したり、シチュエーションによって(一緒に)食べるものを変えたりと、お客さまが柔軟にカスタマイズできるスタイルが楽しみのひとつです。そうした魅力を伝えるために「まだ日本語に訳せないウマさ。」をキャンペーンのキーコンセプトかつタグラインとして打ち出していきました。
月刊CX:キービジュアルもタグラインが前面に出ていてシンプルで力強いデザインですね。
諏訪:麺が入った器を真ん中に配置し、キャッチコピーを大きく出して、無駄なものを極力排除しました。背景のテキストはタムジャイサムゴーの米線(ミーシェン)を食べたお客さまの感想です。どういう味わいだったかをみんなが“訳している”様子を伝えて、味の奥行きとカスタマイズの豊富さを演出しています。
味を翻訳する楽しさをお客さまに体験してもらう
月刊CX:タグラインが出来上がってから、どのようにプロモーションにつなげていったのでしょうか?
諏訪:タグラインは「日本語に訳せないウマさであるならば、まずは多くの人に食べてもらって、タムジャイサムゴーの米線(ミーシェン)の味をどう訳すか考えてもらう」というアクションを思い描いて開発したものです。なので、メディアやインフルエンサーを巻き込んだ100人規模の試食会を開催して、米線(ミーシェン)の味と多様性について発信してもらう機会をつくりました。
この試食会には、香港政府観光局のスタッフや観光局がセレクトした試食会招待者も参加し、SNSでおすすめのメニューやトッピングなどを投稿してくれました。他にも、YouTubeで動画をアップするなど、一通りのプロモーションは展開しましたね。その結果、露出が増え、テレビにも取り上げられて認知拡大につながりました。
また、香港政府観光局の協力が得られたことも大きいです。香港政府観光局のウェブサイト内での紹介や雑誌「地球の歩き方」への掲載、その他メディアへの露出など、さまざまな面でサポートしていただきました。
月刊CX:「訳せないウマさ」と言われるとたしかにチャレンジしてみたくなりますね。
諏訪:そうですね。メディアに取り上げてもらいやすくすることは意識していました。日本ではまったく知名度のないブランドだったのですが、プロモーションのかいあって、オープン当日は店に6〜8時間ほどの行列ができたと聞いています。
月刊CX:まだタムジャイサムゴーを知らなかった人にも大きく広がっていったということですね。ちなみに、元々ファンだった人からの反応はいかがでしたか?
諏訪:「待ってました!」という感じで、好意的に受け入れられていましたね。最初に行列に並んでいたのは、既に(香港の)タムジャイサムゴーで食べたことのある人たちだったそうです。システムも味も現地そのままなので、プロモーションも含めて元々ファンだった人たちを裏切らない結果になったのは良かったですね。
CXクリエイティブのカギは「顧客に体験を想起させること」
月刊CX:未知の味を「まだ日本語に訳せないウマさ。」と伝えたのが、あらためて今回のプロジェクトの新しさであり面白さでもあるなと思いました。こんなふうに言われたら、どうしても言葉で定義したくなってしまいますよね。
諏訪:「これ=これ」とはっきり説明してしまうと、そこで思考がストップしてしまうと思うんですよね。受け取る側が、「そうなんだ」で終わってしまう。私たちが本当に目指すのはお客さまに新しい味を体験して知ってもらうことなので、コピーはお客さまのアクションを喚起するものである必要があります。私はそうしたコピーを「アクティベーションコピー」と呼んでいます。
月刊CX:「アクティベーションコピー」という概念は面白いですね。いわゆる顧客体験をどうつくるかというCXクリエイティブの大きなヒントになると思います。
諏訪:今回のキャンペーンは「未知の味を翻訳する体験をみんなでしましょう」、というものだったんです。コピーは体験を想起させるものの方が、より訴求効果が高くなると考えています。もっと言えば、元々のプロダクトのコンセプトが体験を伴うものでない限り、あまりうまくいかないのではないか、と。
コピーを見たときにお客さまが自分のやるべき体験が何なのかを想像しやすいこと。裏側ではクライアントやチームのみんながお互いアイデアを出しやすいこと。クリエイティブの仕事ではその両面を大事にしています。
月刊CX:お客さまも自分ごととして考えやすいというのはもちろんですが、つくり手側も巻き込みやすいという観点は新しいですね。
諏訪:そうですね。やはり両者があって成り立つものだと思います。
月刊CX:諏訪さんがCXクリエイティブにおいて大切にしていることはありますか?
諏訪:私は、クリエイティブの力で世の中がちょっとだけ良くなるといいな、と思ってずっと仕事をしています。それは昔から今までずっと変わっていません。誰しも、何か新しいものを知ると楽しいじゃないですか。CXクリエイティブによって未知の何かに参入するハードルを下げて、みんなが気軽に新しいものを体験できるようになったら、もっと世の中は楽しくなるはずです。そのコンセプトを関係者全員と共有して、クライアントと並走していけるのが理想ですよね。
私は、もともと商品の持っている力と顧客の求めるものの間を探すのが好きなんです。今回の企画は香港発の本場の味と、未知の味を体験したいお客さまのニーズをうまくつなげられたからこそ成功したのではないかと考えています。
月刊CX:顧客が新しいカスタマージャーニーを得ることで、新しい知見や体験を得るためのCXクリエイティブですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
(編集後記)
月刊CX第10回では、香港発のミーシェンスープヌードルレストラン「タムジャイサムゴー」の国内ローンチキャンペーン事例を紹介しました。
諏訪氏のお話を聞くと、従来のコピーは割とメッセージ性が強く、表現に寄ってしまっているものが多いのかもと思いました。伝えるだけでなく、顧客のアクションを喚起する「アクティベーションコピー」のようなリアクションデザインは、今後のCXクリエイティブにおいて大きなヒントになるのではないでしょうか。
今回のインタビューは、「CX Creative Studio note」(CX Creative Studio noteに関してはコチラ)とも協力しながら行っています。電通CXCCチームだけでなく電通デジタルのCXクリエイティブチームとも連携した、より幅広い事例の収集や紹介等も行っていますので、興味がおありならそちらも併せてご覧ください。
また今後こういう事例やテーマを取り上げてほしいなどのご要望がありましたら、下記のお問い合わせページから月刊CX編集部にメッセージをお送りください。ご愛読いつもありがとうございます。