広告のtasukiNo.3
印象的なCMは40年経っても人の心に残り続ける。井浦新×阿部広太郎
2024/01/19
企画、キャスティング、撮影、編集……たくさんの人の力をつないで完成を目指していく広告。
スタートからゴールに向かうまで、どんな気持ちで取り組んでいるのか?そこにはどんなドラマがあるのか?広告に託した思いをもっと知りたいという一心で、出演者の方や、つくり手の方に、コピーライターの阿部広太郎氏がお話を伺っていく、電通キャスティングアンドエンタテインメント発の連載企画「広告のtasuki」。
今回は俳優として活躍する井浦新さんにご登場いただき、広告に対する思いを前後編に分けてお送りします。
商品をいかに魅力的に見せることができるか
阿部:最初に伺いたいのは、映画やドラマに出演される時と広告に出演される時で、気持ちの違いはありますか?
井浦:それは広告の内容によって変わると思います。例えば、物語仕立ての広告であれば、与えられた役の人間を掘っていくので、映画やドラマの時と気持ちはあまり変わらないです。ただ、15秒という短い世界でいかに監督のコンセプトを表現するか、商品をより好印象に見せられるか、そういうことを目的としたうえで気持ちを作っていくので、多少の違いはあると思います。
阿部:お芝居をするという面では変わらなくても、「商品を魅力的に見せる」など、広告本来の目的が加わると違ってくるということですね。
井浦:目的が違えば手段も変わるので、そういう部分はあると思います。
阿部:井浦さんが初めて広告に出演された時から、その考えは持っていたのですか?
井浦:いえ、考えはもっと浅かったです。僕が俳優としてのキャリアをスタートさせたのは、1999年公開の是枝裕和監督の映画「ワンダフルライフ」でした。そして、初めての広告は「家庭教師のトライ」で、実はこれも是枝監督でした。なので、映画の延長線上の感覚があったので、もちろん役はありましたが、どちらかというと監督が作っている世界の中で生きるという感じでした。演じるというよりも、物語の中に存在する、という意識。商品をより魅力的に見せるというところまで、最初は考えられていなかったです。
映画の座組は家族、広告は職人の集まり
阿部:これはCMの現場ならではだなと感じることはありますか?
井浦:印象としては、撮影の現場に人が多いです。
阿部:それはありますね。私も同意見です。
井浦:映画の現場だと空き時間に皆でご飯を食べにいったりして、「あの作品が好きだ」とか、仕事に関係のない話も含めてコミュニケーションをひたすらとります。以前、映画の現場で出会ったスタッフさんとCMの現場で再会した時、何も喋ってもらえなくて…「前はもっとラフに話してくれたんだけどな……」とちょっと寂しかった経験があります(笑)。
阿部:時間が限られているからこそ、独特の緊張感がありますよね。井浦さんは現場のコミュニケーションをもっと増やして作品を作った方が良いと考えていますか?
井浦:そうですね。これは映画の現場で学んだことですが、映画には座組というのがあるじゃないですか。
阿部:監督などを中心に、気心の知れた同じ仲間同士でスタッフを組むことですよね。
井浦:はい。座組は基本、スタッフ同士が家族になって作品を作っていきます。それがすてきなんです。その点、CMはプロフェッショナルが集まって、1日や2日という短い時間で最大限のパフォーマンスを発揮する。どちらかというと“映画は家族、広告は職人の集まり”という印象があります。
阿部:なるほど、家族と職人ですね。私の認識では、映画は長距離走、広告は短距離走という印象もあります。
井浦:それも分かります。僕は一体感を持つことが好きで、仲間たちが宣伝する商品を好きになった状態でモノづくりが出来たらと思っています。広告の現場は、映画とはまた違う緊張感があって、昨日まで知らなかった人たちとその瞬間に組んで、クライアントが求める以上のパフォーマンスを発揮する。自分の持っているものが試されるという意味では新鮮です。アーティストというよりも、職人としての技量が求められるのが広告の現場なんじゃないかと思います。
CMで商品の顔を任される責任感と誇り
阿部:広告出演のオファーを受けた時はどういう気分なのでしょうか?
井浦:単純にうれしいです。映画やドラマのオファーもそうですが、自分に声がかかるのはやはり有難いです。僕にとって俳優という仕事は、自分を活かすことができる場であり、生きるうえで大切な要素。広告にはそこにプラスαで、現在の認知度や世間での立ち位置など、さまざまなことをトータルして選んでくれている印象があるので、僕に対する期待や信頼感をすごく感じます。CMで商品の顔として使ってもらえるのは、自信につながりますし、自分がやってきたことを肯定された気になります。
阿部:確かに、広告はその時々の「今」を反映しているので、その瞬間の立ち位置に光が当たりますよね。ちなみに広告を見た人からの反応はありますか?
井浦:広告に出ると家族や親せきが喜んでくれます。あとは仲間かな。遠くに住んでいる仲間に自分が元気にしている姿を届けることができるのが有難いです。もし映画だったら、作品を観に行ってもらわなければいけないので、CMとして全国に放送されることは大きいです。
阿部:TVCMが仕事仲間への近況報告にもなるんですね。
約4年の時間をかけて役を育てていけたCM
阿部:実際に出演をして、印象に残っている広告はありますか?
井浦:どれも印象的なのですが、ひとつの商品に長く関わったという点では飲料のCMです。ふたりの登場人物が成長していく内容で、同じスタッフと何度も仕事をして、約4年近く続いた気がします。
阿部:4年間ですか!CMですと、特にそれはすごく長いですね!
井浦:ひとつの役をそれだけの時間をかけて育てていけるのは、貴重な経験ですし、何よりも面白かったです。僕自身、最後はどうなるのだろうと楽しみで。その4年間というのは、「CMはこの先はどうなるんですか?」と周りの方からもよく聞かれました。作り手と受け手、両者が一緒に育っていくのを味わえた、贅沢な作品でした。
阿部:他に、何か印象に残っている広告はありますか?
井浦:CMの設定が、家族になったところからスタートして、成長して子どもが生まれるという広告。ちょうどその頃、僕自身も子どもが生まれまして、現実と役が重なって不思議な感じでした。しかも、撮影手法も特徴的だったんです。CMはわずか15秒なので、普通なら撮影のカットも1秒単位で細かく計算されていることが多いんです。でも、この現場ではカメラを長回しして、映画のように撮影しました。時間を気にしないおかげで演技をしっかりとできたのですが、それをどうやって15秒にするんだろうと。結果は、しっかりと出来上がっていました。さすがです!
阿部:監督によって撮影の仕方や仕上げ方に個性がありますよね。
井浦:あとは必ず言うワードだけは決まっていて、3人の俳優がフリースタイルで演技という広告です。自由演技なので、そのワードをいつ出してくるかは分からなくて、緊張感がありました。15秒のCMのために10分近くカメラを回していたのは印象に残っています。
公共物であるCMは子どもたちのセンスの養分に
阿部:広告の存在意義について井浦さんはどう考えていますか?
井浦:暮らしの中で目に入る風景というのは、その人のセンスを作っていくと僕は思っています。CMというのは日常生活の中で目にするものなので、僕は、CMは公共物という認識を持っています。アートに触れて感受性が豊かになるように、CMはその時代に生きる多感な子ども、そして若者たちのセンスの養分になっていると思います。
阿部:子どもや若者たちのセンスの養分!
井浦:最近は、街を歩くと景色がガチャガチャしているというか、目立てばいいんだろうという看板やポスターなどをたまに見かけることがあります。僕はあまりそういうのは好きにはなれないんです。それも、きっと子どもたちにも影響を与えるので。
阿部:確かに、この先への影響が何かありそうですよね。
井浦:もちろん、目立つことは大事です。奇をてらうことも悪くはない。実際にそれによって物が売れることもあります。しかし、必要以上に目立たなくても、本当に素晴らしいクリエイティブというのは時代が変わっても残ります。だからこそ、子どもが咀嚼して栄養になるものを作ってほしい。たまたまつけっぱなしだったTVで、たまたま目に入ったCMがものすごいクリエイティブで、それを見た子どもたちが将来、新しい時代を作ってくれる……。
阿部:子どもが遊ぶ手を止めてTVに視線を奪われてしまう、そんなイメージですよね。
井浦:そうです。
阿部:ちなみに、井浦さんが子どもの頃に見て衝撃だったCMは?
井浦:薬師丸ひろ子さんが出演した、システムコンポのCMです。薬師丸さんが立って正面を見ているだけなんですが……あれが衝撃的で。大人になって仕事で薬師丸さんにお会いした時、いろいろな話をしたかったはずなのに、なぜか最初に口から出た言葉は「システムコンポのCMが衝撃的でした」と。すると「それを言われたのはひさびさ」と言われました。それだけ心に、残っていました。
阿部:誰にでも心当たりあるかもしれませんね。自分の感性を形作るCMというのが……。
井浦:CMは無意識で見ることが多いので、印象に残った時の影響力は強いと思うんです。CMを通して社会を作るというか、やはり広告にはそういう力があるんです。だからと言って、真面目なものを作ってほしいというわけではなく、見た人の心が豊かになるようなものを作ってほしい。僕たちが関わっている仕事は、30年や40年経っても人の心に残っているんです。そう思うと、広告の仕事は尊いものだと感じます。