広告のtasukiNo.4
モノづくりの核心は“心でつくる”こと。井浦新×阿部広太郎
2024/01/26
企画、キャスティング、撮影、編集……たくさんの人の力をつないで完成を目指していく広告。
スタートからゴールに向かうまで、どんな気持ちで取り組んでいるのか?そこにはどんなドラマがあるのか?
広告に託した思いをもっと知りたいという一心で、出演者の方や、つくり手の方に、コピーライターの阿部広太郎氏がお話を伺っていく、電通キャスティングアンドエンタテインメントの連載企画「広告のtasuki」。
前回に引き続き、俳優として活躍する井浦新さんとの対談をお送りします。
クリエイターのセンスを信じて任せてみる
阿部:井浦さんはサステナブル・コスメブランド『Kruhi』を立ち上げていますが、自社の商品を魅力的に伝えようとする時、今まで広告に出演してきた経験は活きていますか?
井浦:現在、僕が監督したプロモーションビデオがいくつかあるのですが、そこに活かされています。具体的には、広告は商品を見せることが基本ですが、あえて商品を見せないという意図をもって演出している点です。
阿部:大胆な考え方ですね。
井浦:僕がクライアントになることもあるのですが、その時は自分がやりたいことを自由にやろうと決めています。なので、最初は座組から考えます。例えば、普段はスチールのカメラをやっている写真家の友人に対して「この人のセンスで動画を撮ったらどうなるのだろう?」と思ったら、すぐにオファーをします。他にも、ミュージシャンの友人に対しても「最終的な音楽を任せたいので、CM撮影の録音チームとして最初から関わってほしい」とか。皆さん、たいていすぐに快諾をしてくれます。
阿部:クリエイターのセンスを信じて、任せてみるんですね。
井浦:そうです。僕が子どもの頃のCMで、最後の最後まで商品名が出てこなくて、やっと社名が表示されて「この商品のCMだったのか……」と映像に引き込まれた経験がありました。ああいう感覚が好きなんです。日常にはCMが溢れているので、その中であえて商品を見せない演出の方が印象に残ったりもするんです。
阿部:あえての演出であり、魅せ方ですね。
井浦:そうなんです。現実に戻さずに、作品の世界観を地続きで伝えたほうが記憶に残せるんじゃないかと。もちろん、これが常に正解というわけではないです。王道だからこそ活きる商品とかもあるじゃないですか。
阿部:例えば、食品メーカーのCMであれば、家族で食事をするシーンだったり。
井浦:そうです、そうです。そういう王道の展開。お約束のシーンの方が伝わる部分もあります。それを分かったうえで、あえて変化球を投げる感じです。
モノづくりには“心でつくる”ことが必要
阿部:今回、井浦さんの創作に対する意識を言語化してもらってすごく刺激をいただいています。日頃からずっと自問自答することで言語化されているのでしょうか?
井浦:自問自答というより、トライ&エラーの結果です。20年前にも同じことを言えたかと聞かれたらそんなことはなく、沢山失敗をして、同じ失敗を二度としないように本気で考えるからです。でも、人間なんて未完成なもので、簡単には変われなくてまた失敗するんです(笑)。それでも諦めずにやってきたから、考えが多少はまとまったんだと思います。
阿部:モノづくりをするうえで井浦さんが意識していることはありますか?
井浦:“心でつくる”ということ。そこに心があるかどうかで、見え方が変わってくるものばかりですから。“心でつくる”というのは僕の中では“モノづくりの核心”です。
阿部:心でつくるとは、具体的にはどういうことですか?
井浦:モノづくりを長くやってきて分かったのは、クリエイションには絶対に心が必要なんです。例えば、CMの場合であれば、さっきまで他人だった人たちが急に心を通わせるのは難しいのかもしれない。けど、宣伝する商品自体が好きとか、その部分で心がつながったりするんです。もし、照明さんがその商品を使ったことがあれば、光の当て方も変わってきます。現場にいるひとりひとりが、商品に対してなんらかの想いを持った状況で作った映像には、“心が宿る”と僕は信じています。
阿部:私も、心を込めれば愛や熱が宿ると信じています。広告の仕事って、井浦さんのように愛をもって向きあえば、そこに何かが宿る気がするんですよね。
井浦:商品は工場で量産されるものなので、差はないのですが、作り手側が商品を好きな場合は全く違って、なんというか商品が輝くんです。それが映画などのモノづくりの現場で僕が学んできたことです。
阿部:商品に対する愛情というのは、やはり伝わるものですか?
井浦:伝わります。もし、役者として商品に想いが足りないものを作ってしまったら、たぶん自分に対して罪悪感を抱くでしょうね。もちろん、広告というのは、依頼を受けて初めてその商品と向き合うものもあります。その時は、その商品を深く理解したり、好きになるように努めます。そうしたうえで広告に出演すれば、自分自身に嘘がないので。そういう意味で、僕が広告に向き合う時に一番大切なのは“商品に心を寄せていく時間”です。もちろん、撮影の日だけ笑顔で演じるということも出来るとは思いますが、僕はそれはやりたくない。なので、クリエイティブには心が必要だと思います!
役者は現場の皆の想いを商品に集約できる
阿部:井浦さんが広告を作る場合は、何を意識して作りますか?
井浦:まずは座組から考えます。仲間に撮影意図を説明するのは当然ですが、まずは皆に、実際に商品を使ってもらうところから始めます。
阿部:『Kruhi』を使ってもらうということですか?
井浦:そうです。実際に使ってもらったうえで、他のシャンプーとの違いを感じてもらったり、効果があるかどうかを体感してもらいます。そうやって商品を知ってもらい、さらには好きになってもらったうえで、撮影をすると一体感が全然違います!
阿部:井浦さんが座組からこだわっている理由がわかりました。
井浦:座組は大事。モノを作る一緒の仲間ですから。
阿部:座組の中でも「役者」という役割について思うことはありますか?
井浦:CM現場の俳優という存在は、皆を繋げる役割があると思います。撮影は最終的には役者に集約していくものなので、その役者がそっぽを向いていたらまとまりません。それを意識したうえで、俳優は皆の想いを集約させて、商品に向けることが出来る。俳優はそういう役割を担っているんだと思います。
阿部:確かに、出演者の方が周りに働きかけることで現場がひとつになっていく感じはすごくわかります。そういうマインドを井浦さんがお持ちだということは、監督やプロデューサーとしてはすごく有難いのではないかと思います。
井浦:なぜそこまでと言われるかもしれませんが、どうせやるのなら、良い広告を作りたいですから。大変だったけど楽しかった、そんな感じで笑って語れる現場になれば素敵ですよね。
撮影日に向けて、商品を好きになっていく
阿部:井浦さんが広告のオファーを受ける時、こういうアプローチをされたらうれしいというものはありますか?
井浦:そうですね~。僕が一番うれしいオファーのされ方は、生産工場に行って商品の生産者に会わせてもらえることです。工場の現場にまで足を運ぶことは時間的になかなか難しいこともありますが、やはり商品が作られる現場を直接見ると違います。どんな人が作っているのか?どんな想いで働いているのか?そういうことを知ると、僕自身がその商品に対してより愛着が湧きますし、伝えたい気持ちが増します。
阿部:CM撮影自体は、1日か2日で終わるものですが、井浦さんにとっては、その日に向けて商品を好きになっていく過程や時間が欠かせないということですね。
井浦:そうですね。企画書の段階で、工場見学の予定が組み込まれているのが理想です。でもこれは、僕以外でも喜ぶ俳優は多いと思います。
阿部:そうなんですね!そんなふうに思ってくださる方が多いとは、知らなかったです。現場で働いている方々もきっと喜ぶと思います。もしよろしければ、今後、興味がある広告のジャンルを教えてください。
井浦:まだジャンルがしっかりと確立していない分野には興味があります。僕が立ち上げたナチュラルコスメの『Kruhi』がまさにそれです。一般的なコスメを否定するつもりは一切なく、新しい提案をすることで選択の幅を広げられたらと思っています。まだジャンルが確立できていない商品に関わっていくのは、刺激的です!
阿部:井浦さんの熱い想いが聞けて良かったです。本日はありがとうございました。