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【続】ろーかる・ぐるぐるNo.185

「デザインを、経営のそばに。」

2024/02/13

電通出身のアートディレクターで、現在は独立して「アレンス」を率いている八木彩さんが書籍を出版されました。タイトルは「デザインを、経営のそばに。」ご自身の体験に基づき、企業組織や商品のブランディングを行う早いタイミングからアートディレクターを参画させる意義を丁寧に解説しています。

ろーかるぐるぐる#185_書影

数々の事例とともに具体的な作業ステップが示されているので、実務家が手元に置き、プロジェクトの進捗をチェックするガイドとしても役立ちますが、この本の神髄はもう少し深いところにあるようです。

八木さんは最後の章で、ブランディングの仕事において大切にしている「三つの基準」を挙げています。

1つは「美しさ」。市販のサービスやストックフォトを使えば、簡単にデザインをつくれる時代だからこそ、プロとして、量産できない「本当に心を動かす美しさ」を追求しようという姿勢です。もう1つが「未来をよりよくできるか」。ブランドづくりの伴走者として、常に倫理観を意識すると言います。

そして最後の1つが「利益につながるか」。企業にとっては投資であるデザインを、きちんと利益をもたらすかという観点からチェックしましょうという指摘です。この3点目は至極当然といえば当然なのですが、実際の現場では「お金のことはよくわかりません」と逃げてしまうデザイナーがいることも、また事実なのです。

通常、ブランディング作業はチームを編成し、データ分析、ロゴデザイン、PR、お金周りの管理等々をそれぞれの専門家が分業して担当するのが一般的です。しかし、八木さんは「単身」でクライアント組織に棲み込み、ブランディングに関するあらゆる側面を統合的にディレクションするそうです。「美しいものができたから、よかった」というデザイナーの自己満足ではなく、自ら積極的に収益の側面にまで関わることで、クライアントと“同じ船に乗る仲間”として戦っています。

ここで思い出されるのが同じく電通出身の建築家であり起業家の各務太郎さんが、母校であるハーバード大学との比較で日本のデザイン教育に警鐘を鳴らした言葉です。


「デザインはいい。でもこれ誰が払うの?」

極端な話をすれば、建築家の仕事は「お金を集めること」と「建物を設計・監理すること」に二分されます。ところが50%を占めるこのマネタイズに関して、日本の建築教育は完全にスルーしています。その結果、大学の製図課題で驚くほど優秀だった人も、卒業後独立して全然仕事を引っ張ってこれず、こじんまりとしたプロジェクトでなんとか食いつなぐ、と言った状況を頻繁に目にします。

アメリカの建築教育では、その建築が建てられるまでのお金の動き、テナントの質、そこで行われるアクティビティーの事業継続性も込みでプレゼンを要求されます。特に都市計画学の教授の3割は、公共政策大学院の教授も兼務していて、いかに政府を巻き込んで資金調達するかが、都市デザインに大きな影響を及ぼすかという点について大学全体が理解していることがうかがえました。

考えてみれば当たり前のことなのですが、お金の話をすることを汚いことだと考える日本のデザイン教育と比べると、非常に印象的な出来事でした。

(【続】ろーかる・ぐるぐる第116回「ハーバードのデザイン教育」より引用)


八木さんご自身がアートディレクターとしての数々の経験を経て、こういった限界をひとつひとつ乗り越えてきたからこそ、この本で紹介されているお話のひとつひとつに迫力が感じられるのでしょう。

一方で、正直なところ、この本のサブタイトルにも使われている「ブランディングデザイン」という概念が、最後までよくわかりませんでした。

なぜなら「デザイン」とは、(少なくとも「広義」には)「意図を明らかにし、カタチにすること」、その2つの行為を指します。そしてブランディングとは(八木さん自身の記述を借りれば)「らしさ」という意図を「(名称・言葉・記号・シンボル・デザイン等を使って)カタチに表すこと」。つまり「ブランディング」という概念には、そもそも「デザイン」が内包されているハズだからです。

ろーかるぐるぐる#185_図版01

経営者が「ブランディング」をしたいなら、(そこにアートディレクター職やデザイナー職がいるかどうかは関係なく)自分たちのみの力で、このサイクルに示されたような「デザイン」的ステップを踏まなければなりません。

きっと八木さんがこの本に込めたのは、(特に日頃から広告会社などとお付き合いの少ない方々に対して)「アートディレクターを、ブランド責任者(≒経営者)の相談相手にすると良いことがあるよ」という実用性の高いメッセージだと推察します。
 
しかし、たとえば「デザイン思考」という概念がその本質を理解されぬままバズワードとして消費されそうな昨今、「デザイン」という知の技法の本質について、もう少し解像度を上げてお話しいただきたいなと、今後の八木さんの情報発信に期待が膨らむのでした。

ろーかるぐるぐる#185_写真01

さてさて。

しばらく前になりますが、八木さんや各務さん、その他愉快な仲間たちと拙宅で食事会をしました。メインディッシュは、ブラックアンガス牛ミスジ肉2kg弱を厚手のフライパンでじっくり焼いたもの。それにアルゼンチンで有名なチミチュリソース(パセリ、ニンニク、オレガノ、パプリカなどが入ったBBQ用ドレッシング)を合わせました。

話題はもちろん「デザインとは、何ぞや」といった高尚なものだったハズですが、盛り上がり過ぎて結局記憶が曖昧に……。

またみんなで集まって、「対話」を深めなければなりません。 

どうぞ、召し上がれ!

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