【特別対談】広報・PRは新たなステージへ PR4.0への提言No.1
ブレない思考とパーパスがPRの未来を切り開く!
2024/06/20
加速するビジネス環境の変化を背景に、新しい「企業価値」を創出していく新時代の広報・PRはどのようにあるべきなのか。今知っておきたい6つの潮流と7つの視点から、これからのPRを考察する「PR4.0への提言」が、2024年4月に出版されました。
出版にあわせ、本書の巻末解説を担当した「広報会議」の浦野有代編集長と、共著執筆者を代表して電通PRコンサルティング執行役員・井口理が広報・PRの新たなステージへの展望について、特別対談。
前編となる今回は、昨今の大転職時代にさらに人手不足が深刻化する「2024年問題」など、今多くの企業・組織が直面する課題やコーポレートブランディング強化について、さまざまな変化の視点に触れながら、どのように広報・PRを進めていくべきなのかについて語ります。
2024年に急浮上した「コーポレートブランディング」。その理由は?
井口:まずは本書の解説をお引き受けいただきありがとうございました。おかげさまで社外からの反応も好評です。本書はPRの変化とあるべき姿を提言したものですが、浦野編集長が実際に広報・PRの領域での変化したことや気になっている点はありますか?本書の感想と合わせてお聞かせいただけますでしょうか。
浦野:「広報会議」で毎年年末に行っている読者アンケート結果から、広報・PRの変化で気になったところがあります。「次の年はどのような広報活動に注力しますか?」と必ず聞いているのですが、2023年では注力したいことの1位は「メディア対応」で、2位は「SNS・オウンドメディア」でした。一方で、2024年の注力したいことの1位は不動の「メディア対応」で 、その次が「コーポレートブランドの管理」だったんですね。前回は4位だったのに、急に上がってきました。
井口:今年になってコーポレートブランディングが上がってきたのはなぜなんでしょうね?
浦野:回答者の半数が理由に挙げていたのが「採用強化」と「社内コミュニケーション強化」でした。大転職時代の今、組織で一緒に働いている人たちや、これから入ってくる人たちに対する向き合い方が再考されるようになってきています。あとは2024年問題で人手不足があらためてフィーチャーされたことも背景にあると思います。
パーパスを軸にしたインターナルブランディングがこれからどうなっていくかは、ここ最近の変化としては今一番注目しているところです。「PR4.0への提言」でいうと第3章ですね。インターナルブランディングの話は共感を持って読まれる方も多くいるのではないか、そんな印象を持っています。
井口:なるほど。大学の広報ご担当者からいただいた書籍の感想もまさにそうでした。「とかく広報は外に目が向きがちですが、内部への働きかけがあってこその対外広報だと改めて認識し、内部広報の強化が今最も必要なものだと感じました」とおっしゃっていました。
浦野:「広報会議」連載の中でも、インターナルブランディングに関連した内容で印象に残った回が2つあります。1つ目は、「“伝えた”と“伝わった”は違い、広報はここに敏感でなくてはなりません」「トップが方針のみを語り、詳細は社内説明会を開いたから“伝えた”とするのは、よくあること」というご指摘(22年7月号掲載)です。
もう1つは「社内広報にもエンタメ視点を」「見せるより魅せる」「どのように従業員を巻き込むかの視点を持たねばなりません」というご指摘(21年9月号掲載 )。これは今、取材先で本当によく聞くようになりました。広報の領域はそういったところまで広がっているんですね。
井口:そうですね、PRは相手がどう受け取ったか、あるいは共感したかみたいなところまで、やはり追っていかないといけない話で、それがインターナルコミュニケーションの中でも、同じように言われてきたのかなと感じますね。
浦野:今年もいろいろな入社式がニュースで取り上げられていましたが、例えばドレスコードフリーにしていた企業は、多様性を尊重する姿勢を印象づけています。また入社式の社長あいさつがAIアバターによる動画で、その後社長本人が登壇するサプライズをした企業からは、新たなテクノロジーを積極的に取り入れていこうとする姿勢が伝わってきます。「わが社はここを目指します」と企業姿勢を明言することはもちろん大事なのですが、それを日常の体験にまで落とし込んだコミュニケーションは、共感を集めていくうえで効果的だなと感じました。
変化が激しい時代だからこそ、軸足をどこに置くのか
井口:いろんなメディアがどんどん出てきてコミュニケーションのあり方も変わる中で、当然のことながらその手法自体もアップデートしていくし、新しい情報を常に伝えていかなければというのはあると思います。
一方で、変化が激しい時代だからこそ、軸足をどこに置くのかはブレないことが重要ではないでしょうか?新たな手法にチャレンジすることももちろん大切ですが、それをやるには軸足をしっかりと固めることが必要です。手法やハウツーを知りたい方々にも、その手前にある軸足をどこに置くのかという思考の部分で、この本がお役に立てればと思います。
浦野:解説にも書きましたが、広報の戦略立案をするにあたって、前例踏襲から脱して何か新たな視点を得たい、というときに読んでいただくと、すごく刺激になる提言がたくさんあるのかなと思いました。そういえばXでも、書籍にある7つの提言を並べて投稿されている方がいらっしゃって、今後のPRの方向性を記憶にとどめておこうと考えられたのではと推察します。これからの道筋を示してくれるのがこの本だなと思いますね。
広報学会、マーケティング協会の相次ぐ定義見直し。その直後にPR4.0が登場した意味は?
浦野:2023年は「広報の定義」を日本広報学会が発表しましたよね。広報の領域も手法もすごく複雑化して多様化している中で、原点に戻って広報の概念を見つめ直す機会になったと思うんです。そして2024年、この「PR4.0への提言」が出版されました。書籍のタイトルからも、「PRは変化、進化していくものだ」ということがよくわかりました(笑)。
最新の定義を通じて、広報のあるべき姿や領域の広がりを実感しているときに、この本が出て、これからの方向性や、その考え方を示してくださったというのは、本当に良いタイミングだったと思います。
井口:ありがとうございます。過去を振り返ると、PRで皆さんの記憶に残る最初の関心の高まりは「戦略PR」でしたね。「戦略」と「PR」が結びつく言葉が新鮮でした。でもそれは結局、マーケティング的な発想でPRをどう活用していくかということでした。主に情報リーチをどこまで拡散、拡大するかといった、商品・サービスを情報接触の工夫によって購入してもらうという技術的なことが主流でした。
ですが、今は商品・サービスの提供元である企業そのものを好きになってもらって、この企業のものだから買いたいと思ってもらうというように、購買時の価値基準が変わってきていると思います。そういう意味では、やはりコーポレートブランディングをつかさどるPRがマーケティングの根底を支える役割をも担っていくのかなと思います。
日本マーケティング協 会もその定義を2024年1月に34年ぶりに刷新しましたよね。「(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである」と。
僕はそれを聞いたときには、とうとうPRがマーケティング業界をのみ込んだなあと思いました。社会の声を聞きながら、生活者に寄り添って、その価値観を共有しながらステークホルダーとの関係性を構築していくことは、まさに10年以上前からPRが言っている話ですから。
ひと昔前の「戦略PR」とは違う、新たなステージに入ってきているPRの考え方
浦野:それでいうと、「広報会議」で取りあげた、玩具メーカーさんのケースが象徴的です。約25年続いたロングセラー人形の生産を終了するに至った経緯についてつづったオウンドメディアの記事(note)はとても反響があったといいます。親しみのある商品が生産終了となると、一見ネガティブな文脈になりそうですが、終了の理由をパーパスにひもづけて丁寧に説明することでポジティブな印象へと切り返しているのです。(24年6月号掲載)
子どもの好奇心に向き合うことがパーパスのはずなのに、どうしても大人目線で流行を追い商品維持に努めてしまっていた、と。自ら掲げたパーパスを裏切らないために、今までの人形ではない形で、子どもの好奇心に向き合うことにしました、ということが前向きに書かれていて。それに対してユーザーから感謝のコメントが届いたり、新たに株主になった人もいたり。
そういうコミュニケーションのあり方は、先ほど井口さんがおっしゃっていたように、単純に顧客にモノを売る広報とは全く違うステージに入ってきています。広くステークホルダーを見る、客観的に見るという広報の機能が、組織においてすごく大きな存在になってきているのではないかと思います。
井口:そうですね。当社の企業広報戦略研究所の最新の調査結果によると、個人投資家の企業情報の入手経路というのは、いわゆる投資専門メディアより、アーンドメディアや、オウンドメディアを重用しているんです。その中で、投資先を選択するときに、ESGでいうと、環境や社会よりガバナンスに重きを置いて企業を見ているという結果でした。トップテンのうち上位6つぐらいがガバナンスなんです。
ガバナンスというと経営がしっかりしているかという点だと思われるかもしれませんが、今は人的資本で、きちんと人を見た経営がされているかで投資先を評価することが調査結果に出ていました。まさに企業市民としての姿勢、あり方を評価して投資を考えるようになっているんです。ESGのEとSは当たり前なところに来ていて、今、注目されるのはGです。企業の社会的役割やあるべき姿にも物申す人が増えているのは、さらに進化した関係性だなと、最近感じますね。
浦野:「PR4.0への提言」の中では、社会的な課題に対する企業の姿勢を発信していくことについて強調されていた印象でしたけれど、そういう調査データがあったんですか。
井口:そういうふうになっていくでしょうと提示して書いていたのですが、こうやって後追いで、データになってくると、あ、もうそこまできているのかという感じです。あっという間に、それが現状として追いついてきているので、もうすぐPR5.0を書かなければいけないかもと(笑)。
企業のBCP(事業継続計画)も以前はデータの管理、セキュリティをどうするかなど手法的なことを言っていたのに、今では働き手がいなくなってしまうといった根本的な、まさにリアルなBCPになってきています。
浦野:インターナルブランディングをちゃんとやっていないと働き手がいなくなっちゃいますよ、企業存続の危機ですよというのが今、強烈に刺さるメッセージになりますね。
例えば、「PR4.0への提言」第7章の「視点5」に、ナラティブの概念イメージ図があって、企業の一番身近にいる従業員が企業の価値を語ることで、その熱さを伝えていく考え方について解説がありました。働く場としての企業の魅力について、従業員が自ら語りだし、それを株主や投資家、求職者の方も見ているような環境は理想的だと思います。
大きなインパクトのある企業メッセージを発信する機会をつくるのはなかなか難しくても、従業員それぞれが発信する小さなストーリーを集めてオープンにしていく方向性もあるのではないでしょうか。
井口:そうですね。一方でSNSが定着している今、従業員が自分の感じたことをあけすけに発信することで、企業のステージ裏を誰もが見られる状況になっているといえます。リスク対策という意味でも従業員ともしっかりと共感をつくっていかないといけません。リスク対策だけでなく、一番近しい 従業員が本当に愛を持って働いてもらえる職場環境にしないといけませんし、そのためには、やはり根本であるパーパスに従業員が共感できていないとだめだと思います。
浦野:第3章の企業事例で登場したヤッホーブルーイングさんも、いかに理念を社内に浸透させていくか、そこにものすごく注力されていましたよね。
井口:はい、そういう企業は社員の熱量が違いますし、業績が好調な企業ほど、パーパスや企業理念の浸透や仕組みづくりに余念がないというデータもあります。そもそも働き手がいなければ企業存続も危ういわけで、採用強化だけでなく、今いる従業員との関係構築を、真剣に考えていかなければならない時代になってきています。
「ソーシャルコミットメント」も「コレクティブ・インパクト」も新しい言葉ではない
井口:「PR4.0への視点」では、これからの広報・PRのあり方を7つの視点で取り上げています。その視点で取り上げた言葉は、実はどれも10年来、使われてきた言葉です。「ソーシャルコミットメント」は東日本大震災のあとに使われていましたし、「コレクティブ・インパクト」も2011年ごろにはアメリカで提唱されていました。その時代の人々の関心事と合わせて使われてきた言葉ですが、それをブレずに言い続けて顕在化させ、そしてリアルにアクションしたところが、今一番リードしている企業、組織なのかなと思います。
たとえば本書の中でも触れましたが、ナイキさんの事例。人種差別に反対するコリン・キャパニック選手の広告起用だったり、同性婚を支持するキャンペーンだったり。フィールドでもフィールドの外でも人は平等だと、信念を持ってやり続けたところが、世の中の共感を得て、揺るぎないブランドの地位を確立したのだと思います。
浦野:7つの視点として出てくる言葉は決して新しくはないとのことですが、これを実践できている企業は相当進んでいて、そう多くはないのでは。挑戦したい気持ちはありながらも実践までいたっていない方に対して、ぜひアドバイスをいただきたいです。
井口:信念と覚悟を持ってプロアクティブにやれるか、ということです。逡巡していると、周回遅れになってしまう気がします。特に欧米の企業は先進性、実行力が評価されますけど、日本でもチャレンジ精神が根付いている企業や組織もありますよね。
炎上を好むわけではもちろんないけど、多様な意見があるのは当たり前で、マイナスな部分も含めて、先ほどの玩具メーカーさんのようにうまく共感をつくっていく思考が、これからより一層、広報・PRに求められていくのではないでしょうか。たとえ炎上しても、いったん受け入れてそのあとどういう意見を発していけばよいのかを考察する力。最後に人の心をつかむのは手法ではなく思考であり、そこで大切なのは社会情勢を敏感に感じながら企業としてどういう立ち位置を取るかということだと思います。
常に外部環境を見据えながらリアルタイムで対応していく、それが広告とは違うPRの面白さでもありますよね。
(対談後記)
激変するビジネス環境、瞬時に変わるトレンドや多様な価値観の中で、企業や組織が確固たる信念と目的を持つことがますます重要になってきていると感じます。ブレない思考は、一貫したメッセージを発信し、パーパス・理念は、そのメッセージに真の価値と方向性をもたらします。これらがそろうことで、どんな逆風にも揺らぐことなく、信頼と共感を築き上げることができるのではないでしょうか。変化が激しい時代だからこそ、軸足をどこに置くのか。「ブレない思考とパーパス」こそが、これからのPRの未来を切り開く鍵となるでしょう。
「広報・PRは新たなステージへ PR4.0への提言」後編の対談は、7つの視点の中から重要な視点について論じます。また、「ひとり広報」のような人手が足りない企業においても、これからのPRに求められる新たなアプローチを深く掘り下げていきたいと思います。