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【続】ろーかる・ぐるぐるNo.195

「経営」とは何か?

2025/02/12

 

2025年1月に野中郁次郎一橋大学名誉教授がご逝去されました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 


自分をしばっている「常識」を自覚するのは、案外、難しいものです。しかし、どうでしょう。

たとえば、経営陣からフロントメンバーまで、全員参加でみんなの理想を「パーパス」にまとめ、その誰も反対する余地のない文言で組織を動かそうとしているとしたら。

たとえば、市場を創造する画期的な新規事業を開発しようとしているのに、プロジェクトの冒頭で「調査分析→課題抽出→解決の方向性確認→実施」とか「観察→発想→試行→検証→実施」のような作業のステップを整理して、スケジュールを立てているとしたら。

きっとあなたは知らず知らずのうちに「経営は科学するものだ」という「常識」に縛られているのだと思われます。

ろーかるぐるぐる#195_書影
 

経営とは何か、と聞かれたら、迷わず『生き方(a way of life)』だと答えるだろう。(中略)その『生き方』の集合的な物語りは、『ヒューマナイジング・ストラテジー(人間くさい戦略)』であり、客観的なロジックのみから導き出される分析的戦略とは一線を画す。

という宣言から始まる「二項動態経営 共通善に向かう集合知創造」(野中郁次郎・野間幹晴・川田弓子著、日本経済新聞出版)は、世界中のビジネス界に君臨する「経営を科学する」という常識の限界を示し、組織がその呪縛から逃れて具体的にどのようにイノベーションを起こし続けるべきかを解き明かした「恐るべき本」です。

当然、そこに賛否は分かれるでしょうし、ビジネスの現場をも巻き込んで、激しい論戦が起こってしかるべきです。

しかし今までのご著書に対する感想を見る限り、自らを縛る「経営を科学する」という認識に無自覚なまま、「事例も豊富だから、よくわかったよ」とか「SECI(※)は古典的なモデルだから、よく知っているよ。懐かしいなぁ」とか、のんきなことを言う人々の、なんと多いことでしょう。

「SECI」モデルについて詳しくは、こちら(「ぐるぐるの父「SECI 」)

 

この本の主要テーマである「二項動態」とは、私たちが日々直面する相矛盾した状況の中で、対立する二項から安易な選択を繰り返すだけでは新しい道は開けない。そこにある矛盾に正面から取り組んでこそ、新たな価値を生むことができるという考え方です。冒頭の「パーパス」の例でいえば、そこに葛藤が生じない全員賛成の「パーパス」には組織を動かす力がない、ということになります。

同様に「新しい価値」というものは、二項の対立を乗り越えるための「いま、ここ」の真剣勝負から生まれます。ですから「3週間あればできます」とか「2カ月でやりなさい」といった時間管理にはそぐわないのです。(皆さん、「発想」を時間管理できないことは経験的にご存じと思いますが)

他にも、「経営とは、人間の営為そのものであり、『生き方(a way of life)』である」という立場から、昨今もてはやされている「人的資本経営」にも厳しい目を向けています。

人的資本の開示は測定可能な定量情報に限られるわけですが、果たして投資対象となった「人」の存在・活動・生き方を数的指標だけでとらえることができるのだろうか?過度に合理性を追求していくと人間の本質を切り捨てたモデルができ上がり、理論(予測)と現実(結果)に乖離(かいり)が起こるのではないか、という問題提起です。

念のため申し添えておくと、著者は決して「科学(客観)」を軽視してはいません。ただし、イノベーションの萌芽となる新しい意味づけや価値づけは、科学や理論が先立つのではなく、必ず一人称の主観が出発点となり、二人称の共感を経て、ようやく「新しい科学(客観)」が生まれると考えています。サイエンスもアートも内包するプロセスがSECIを中核とする「人間くさい」経営なのです。

先日、若い経営学者と話していたら「いまの学会では量的な検証をしたものだけが業績として認められます。主観などを扱う定量化しづらい野中理論は、正直、取り組みづらいんです」と言っていました。果たしてそれで本当に「経営の本質」にたどり着けるのでしょうか?

いまこそ、ビジネスに携わるありとあらゆる人々が、虚心になって「経営」とは何かというテーマに向き合うべきです。

ろーかるぐるぐる#195_野中教授・山田氏

かつて拙著の帯に推薦の言葉をいただいたとき、先生は「こんど、飲みに行きましょう」と優しく声を掛けてくださりました。畏れ多くて、それも叶わないままでしたが。

「人間くさい」経営こそが、ビジネスにクリエイティビティをもたらす大きな道です。微力ながら、その実践を続けてまいります。

献杯。

続ろーかるぐるぐる#190_ロゴ
山田壮夫が取り組む「Indwelling Creators」について詳しくは、ロゴをクリック。

お問い合わせ/担当:山田

書籍「コンセプトのつくり方」

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