スタートアップって何?~新しい経済成長エコシステム~No.9
スタートアップの生態系にまつわる8つのトレンド
2015/06/25
昨年から「スタートアップって何? 新しい経済エコシステム」と題して連載を行ってきた。そこでは、急速に形成されつつあるエコシステムの概要や、それを牽引するトッププレーヤーの方々との対談などを掲載してきた。
具体的にはスタートアップの概況を述べた後、有力ベンチャーキャピタル(VC)、ネットサービス起業家、エンジェル投資家、コネクテッドハードウェア起業家とのセッションを通じ、新しい産業や人材、資金の流動性が生まれてくる動きや先端潮流などをご紹介できたと考えている。
今回は、これまでの連載に呼応する今後の動きなどいくつかのトピックを紹介しまとめとしたい。
スタートアップの生態系にまつわる8つのトレンド
1.起業とイグジット
2014年のIPO(株式上場)数は77社と前年比約43%増、また2013年の数字であるが、IPO以外のイグジットとしてのM&A数も278件で前年比約81%増と大幅に伸びている(一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター リリースなどより)。加熱するIPO動向をいさめる報道もあるが、2015年にかけてもIPOは増加し、イグジットの多様化も進むだろう。
2.メディアでの露出増加と認知の向上
5月のベストセラーがベン・ホロウィッツの「HARD THINGS」、また今年のビジネス書大賞がピーター・ティールの「ゼロ・トゥ・ワン」とアメリカのトップVCや連続起業家/投資家のビジネス書が売れている。これこそ、スタートアップエコシステムが世に注目されていることの証左だろう。
マスメディアでも、多数の大企業、スタートアップの協賛協力を得た朝日放送のハッカソン番組の放送や、日本テレビ系のアートとテクノロジー、コネクテッドハードウェアを取り上げた番組「Sensors」、週刊モーニングで連載された女子大生ハードウェア工作漫画「ハルロック」、投資漫画「インベスターZ」、またハードウェア拠点となる「DMM. make AKIBA」 などこうした領域への盛り上がりが目に見えるようになっている。ネット、アプリサービスだけでなく、IoTやハードウェア関連の接点が増えることで、私たちの意識も変わってくるだろう。
まだまだこれからであるが、スタートアップだけでなく、大手企業や政府、一般メディアの関与も高まり、日本全体のスタートアップに対する認識の高まりや、注目、関与、意識変革、関わりが増えていく機運をこうした事象から強く感じている。以下、連載第1回のエコシステム図を再掲する。
3.シリアルアントレプレナーの出現
シリアルアントレプレナー(連続起業家)と称され、新たな事業創造から企業売却までを短期間で成し遂げ、次々と価値創造を行う人々が登場してきている。O2Oソリューション事業を行うスポットライトの柴田陽氏やメディア事業nanapiを運営する古川健介氏、ライフスタイルメディア事業iemoを行う村田マリ氏、スマホオークション「メルカリ」を運営する山田進太郎氏など、次々と事業展開と拡大を行うロールモデルとして注目を集める起業家が今後さらに登場してくるだろう。また、まだまだ起業家は男性中心だが、様々なピッチイベントでの女性起業家の登壇も増加していることから、女性起業家の広がりも注目される。
4.アクハイヤーで有望チームごと買収
先のシリアルアントレプレナーにも関わるが、大手ネット企業を中心に有力スタートアップの優れたチームごと買収する、アクハイヤー(Acqui-hire)(アクワイヤー+ハイヤー:買収と雇用のセットの造語)が増加していく。ミクシィによる3月のチケット取引サービス「チケットキャンプ」の買収、宅配クリーニング事業を運営する「バスケット」が、「earth music&ecology」などで知られるクロスカンパニーによって子会社化、ファッションEコマースサイト「ゾゾタウン(ZOZOTOWN)」を運営するスタートトゥデイは、Eコマースサイト構築などを手掛ける「アラタナ」を子会社化など、さらなるスピードでの成長や事業開発を行うアクハイヤーは増加していくだろう。もちろん双方の事業とカルチャーなどのフィットが重要となるのは言うまでもない。
5.大手企業とスタートアップによるオープンイノベーション
大企業の抱える課題「新規事業開発やスピード感あるイノベーション模索」とスタートアップの抱える課題「経験やビジネス信用力」を相互補完し合う取り組みが急増するだろう。業務資本提携の動きとしては、JTBが遊びと体験の予約サイト「asoview!」と資本業務提携したり、日本経済新聞社とソーシャルリクルーティングサービスの「ウォンテッドリー」が資本業務提携したりで、相互補完となるビジネス拡張を狙う動きが急速に出ている。大手企業が持つネットワーク・資金・人材などのリソースと、スタートアップ企業が持つアイデア・スピード・行動力を組み合わせることで、ビジネスの規模と成長のスピードを両立させた事業創造が可能になる。また、東急電鉄のアクセラレーションプログラムや三菱東京UFJ銀行の金融×ベンチャーイベントなど、大企業とスタートアップを結びつけ、ビジネス開発を行うプログラムなども増えて来ている。また、ユーグレナ、SMBC日興証券、リバネスによる日本初の「リアルテック育成プログラム」を提供するファンドの設立など、ネット領域にとどまらない注目の動きも出てきた。さらに、大手企業の開発体制やスピードとは異なるIoTやコネクテッドハードウェアなどのプロダクトが顕在化してきた中で、ハードウェアをテーマとした動きも様々に出てくるだろう。
6.政府や自治体の動きの活発化
政府は「日本再興戦略(成長戦略)」において、開業率を5%から10%に倍増する目標を掲げて起業支援を強化している。具体的には、先に述べた安倍首相の訪米時の「シリコンバレーに日本の中小企業や人材を送り込み、日米間の事業提携や投資を促進する」発言、大阪イノベーションハブ構想、福岡市の「グローバル創業・雇用創出特区」、経済産業省のロボット新戦略、地方創業支援の取り組み、マッチングイベントなど様々な補助や法律整備も含めて枚挙にいとまがない。さらに起業家教育の強化やベンチャー大賞(内閣総理大臣賞)の創設などによる国民意識の変革の取り組みも始まっている。
7.大学発ベンチャーの活発化
大学発の研究開発をベースとしたベンチャー企業は約1800社といわれているが、東京大学発のミドリムシによるバイオベンチャー「ユーグレナ」、筑波大学発のロボットベンチャー「サイバーダイン」などは技術系ベンチャーとして成長を果たし上場をとげている。東京大学発の導電性インクスタートアップのAgICなど、テクノロジーを武器にスピード感あふれた世界展開を行うスタートアップも多数出ており、今後の展開が非常に注目される。また、大学系VCの設立や起業支援も増加しており、大手企業などとの提携で事例が増えていくと思われる。
8.世界で起業
日本は1.3億人の人口を抱える世界でも有数の先進国マーケットである。しかし、さらに世界のネットサービスの先端集積地である北米、巨大なマーケットであり生産拠点でもある中国、急速に成長を続ける東南アジアなどでの起業や日本市場を飛び越えてのビジネス展開も生まれ始めている。
連載第一回でも触れたが、こうした世界展開の背景には、インターネット技術進化、デバイス進化、低価格クラウドサービス、国際的な資金の流れ、人材や労働の流動性、ソーシャルネットワーク、環境意識の高まり、健康意識の高まりなど、いわゆる世界的メガトレンドがあるだろう。こうしたトレンドからビジネスの循環が生まれ、挑戦や成功、再挑戦が生まれている。
その中で、この流れに積極的に参画する人が増加していき新たな経済エコシステム、スタートアップエコシステムが生まれてくるだろう。
電通とスタートアップの関わりを記して、このまとめを締めくくりたい。この半年ほどの掲載の期間だけをとっても、有力な国内外のスタートアップと様々な関係が多数生まれている。
例えば投資先、クライアント、共同事業者などの関係がスタートアップ企業と電通との間で生まれ、試行錯誤の中から密な関係を築き、そしてビジネスがはじまってきている。
電通が伝統的に培ってきたビジネスプロデュース力、ビジネスアレンジ力などがさらに生かされて、スタートアップエコシステムへの寄与や貢献、スタートアップ企業と協調したビジネスが進んでいく予感を持っている。