日本発、宇宙ベンチャーの挑戦No.4
今や常識、宇宙ビジネス四つのトレンド!
2016/11/30
これまで欧米がリードしてきた宇宙ビジネス。日本にも宇宙ベンチャーが次々と誕生しています。
ここでは「宇宙入門」と銘打って、内閣府の宇宙政策委員会のメンバーであり、電通の宇宙関連業務でも多くの協力を得ている、グローバル・ブレインの青木英剛氏、A.T.カーニーの石田真康氏に、電通の笹川真氏と片山俊大氏が聞きました。
トレンドは「宇宙インターネット」「宇宙ビッグデータ」「有人宇宙旅行」「惑星探査」
片山:前回は、これまでに宇宙ベンチャーブームが3回あったことなどをお話しいただきました。ところで、今はどんな宇宙ビジネスが注目されているのでしょうか?
青木:宇宙インターネット、宇宙ビッグデータ、有人宇宙旅行、惑星探査。宇宙ビジネスのトレンドは、この四つにカテゴライズできます。人工衛星による放送通信や位置情報は、既に市場がほぼ出来上がっていますからトレンドという意味では時期が過ぎていますね。
惑星探査の領域への参入はまだ大丈夫かもしれません。ただ、人工衛星、それを運ぶロケットなどはほぼ出尽くしているので、2016年が参入のラストチャンスといっても過言ではありません。
笹川:宇宙インターネットでは、アフリカにおけるFacebookの取り組みなどが挙げられますよね?
青木:そうです。ターゲットは、アフリカなどのインターネットに接続できていない地域です。およそ40億人が、スマホは手に入るけれどネット環境がないという状況にあります。
先進国のネットインフラは光ファイバーなどで陸揚げして、鉄塔から電波を出す仕組みですが、今からこれをアフリカでやると莫大なコストがかかります。もはや人工衛星を使った方が安上がり。FacebookやGoogleをはじめとする欧米のプレーヤーは、早くから宇宙インターネットに注目してきました。
石田:宇宙インターネットは、これまでも何度か波がありましたが、今は衛星が小型化し、費用もだいぶ抑えられるようになったので新しいプレーヤーが参入しやすくなりました。
FacebookはConnectivity labという取り組みを通じて、ドローンとミリ波およびレーザー通信を活用することで、アフリカや新興国のインターネットインフラを効率的につくろうとしています。そのためには人口分布を知る必要がありますが、今までアフリカには正確な人口分布図が存在しませんでした。
そこで彼らは、20カ国、計2160万平方キロメートルの範囲を対象に撮影した、350テラバイト※の衛星画像データを人工知能(AI)で解析し、5メートル分解能の人口分布図を作成しました。AIとITの役割が大きいですが、そこに衛星画像を組み合わせることで新しいバリューが生まれています。
※1テラバイト=1024ギガバイト
笹川:350テラバイトの衛星画像の分析データは、まさに宇宙ビッグデータですね。
青木:そうですね。宇宙ビッグデータは、宇宙ビジネスの中で最も投資マネーが流れている領域の一つです。
人工衛星の低コスト化に伴い、大量の衛星を打ち上げることで、リアルタイムに近い形での地球観測が可能になったことが前提にあります。毎日のように宇宙から地上を撮影し、その変化を抽出し、何が起きているのかというインサイトを企業に情報提供したり、インサイトからフォーサイトに変えて未来予測する。それが企業や消費者の意思決定の材料として活用できます。
笹川:すでに実用化されている例はありますか?
青木:イメージしやすいところですと、アメリカではショッピングモールの駐車場の駐車状況を衛星画像で把握し、そのモールの売り上げ状況を分析するといったケースがあります。
片山:今ではAIによる仮説検証が可能になりつつありますから、今まで考えもしなかった因果関係も発見できそうです。
青木:顧客からすれば、衛星画像ではなくて分析データが手に入ればいいわけです。宇宙ビッグデータに限りませんが、データ解析を専門とするベンチャー企業も増えています。日本にも、小型衛星を打ち上げ、衛星の画像データを使ったサービスを展開するアクセルスペースというベンチャーがあります。
20年以内に人類は火星に降り立ち、コロニーの建設が始まる
笹川:ついに2017年には有人宇宙旅行が実現されそうですね。宇宙船の技術を応用した超音速旅客機もありますが、実際のところどうなのでしょうか?
石田:いったん宇宙空間に出て下降するのですが、東京~ニューヨーク間なら60分程度で行けるようになるといわれていますよね。有人宇宙旅行に関しては、Amazon.comの共同創設者であるジェフ・ベゾス氏率いるブルーオリジンが目指しています。
石田:春にコロラドの宇宙カンファレンスでジェフ・ベゾス氏が語るのを直接見ましたが、「数百万人が宇宙で暮らし、働く時代を作りたい」と言っていました。彼は「宇宙へのアクセスコストを下げるためにロケットを作っている」とも、「ブルーオリジンにとっての宇宙旅行はAmazonにとっての本だ」とも話していました。
彼は、宇宙旅行がキラーアプリケーションになると捉えているのだと思います。2017年にテスト飛行士を、2018年には最初の顧客飛行士を送り込むがことが発表されていますね。
青木:宇宙旅行については、数年後には本格的に市場が立ち上がります。サービスを提供する代表的な企業は、リチャード・ブランソン氏率いるヴァージングループのヴァージン・ギャラクティックです。わずか数分間、高度100キロの宇宙空間に抜け出すだけですが、既に数百人の事前申し込みがあります。
旅費は約2000万円ですので、最初は富裕層がターゲットですが、多くの人が宇宙に行けるようになると、飛行機と同じで価格はどんどん下がってくるはずです。数百万円や数十万円で宇宙旅行に行ける日もそう遠くはないと思います。
片山:最後に惑星探査。惑星移住計画の話題も出ていますが、一般の人にはまだまだ遠い世界に感じられます。
石田:人類にとって、惑星移住はいずれ本格的な議論の対象になるはずです。というのも、地球上の人口は爆発的に増え、1人当たりのエネルギー消費量も増えている。地球環境保護や持続可能性ある社会がうたわれる一方で、人類は、地球上だけで生活を営むことが難しくなりつつあるという意見もあります。
先ほどのジェフ・ベゾス氏も「将来的に地球を救うには宇宙を活用しなければならない。限られた地球資源のためにもほとんどの重工業は地球外に移行し、地球は居住用または軽工業用のための地域とすることを考えている」という発言をしていました。
他方で、惑星移住が語られる背景には社会課題だけではなく、純粋なフロンティア精神もあると思います。
青木:スペースXのイーロン・マスク氏は、早ければ10年後には地球が危機的状況を迎えると言っています。さすがにそれは早過ぎる感がありますが、20年以内に人類は火星に降り立ち、将来はコロニーの建設が始まることでしょう。
月に基地をつくり、火星に移住するというプランは具体化しつつあります。何年後になるかは分かりませんが、何百万人もの人が火星に移住するとなったとき、必要になるのは水、食糧、エネルギー。そのための惑星探査が、まさに今、進んでいるのです。
片山:地球が抱える課題解決の道筋は宇宙にある。そう考えると宇宙ビジネスは将来的に重要な分野といえますね。宇宙をロマンの対象としてだけでなく「自分ゴト」としてもらう。宇宙と関わる上で、電通が目指すべきところは、これに尽きるのかもしれません。
宇宙は、ちょっと「意識高い系」?
笹川:ここまで「3度のブーム」と「四つのトレンド」をお二人に整理していただきました。とはいえ、宇宙ビジネスに関する情報を興味の薄い層にも届けることがなかなか難しいと感じる日々です。
石田:日食や月食といった天文学系のイベントは誰もが身近に感じてくれるのですが、宇宙ビジネスとなると、とたんにハードルが上がりますね。
これまでビジネスとしての宇宙というのはあまり語られてこなかったので、「そもそも宇宙はビジネスなのか?」「宇宙事業って民間企業でもやっているの?」など、スタートラインから丁寧に説明しなくてはなりません。
ただ、少し前までは宇宙業界内でしか通じなかった話が、今では宇宙に興味がある異業種企業やベンチャーを含めたB to Bまで伝わる土壌ができつつあるとも感じています。将来的にはB to Cにまで広がっていき、いろいろなスキルや経歴をもった方々にこの産業に興味をもってもらえたらと思います。
片山:とはいえ、なかなか間口が広がっていない感覚があります。
石田:世界では、宇宙というと①安全保障、②ビジネス・産業、③科学・探究・ロマンといった三つの切り口で語られますが、日本では③のイメージが強いと思います。
宇宙の一般的な印象って、ハードルが高くて、なんとなく意識高い系コンテンツという感じもします(笑)。夢やロマンという視点に加えて、ビジネスや産業という議論が加わることで、さらに深みと広がりが出てくると感じています。
青木:そうですね。宇宙ビジネスを切り口に話すと「夢とロマンがある宇宙でお金もうけしようなんて汚い!」となりがちかもしれません。
ベンチャーの活動そのものを「コンテンツ」にする
笹川:宇宙が未来の成長産業であるならば、電通は宇宙ベンチャーがもっと注目されるムードをつくるお手伝いができたらと思っているわけですが…。
青木:笹川さんが担当するHAKUTOのビジネスモデルはユニークですよね。海外では例を見ないケースです。
笹川:宇宙ベンチャーの技術ではなく、活動そのものを売り物にして大企業に案内したのがHAKUTO(au×HAKUTO MOON CHALLENGE)のケースです。
正直に言うと、当初は名前も浸透していない宇宙ベンチャーに協賛いただけるのか半信半疑でした。ところが、電通社内のエレベーターで映像を流したところ、社内から問い合わせが増えたことに驚きました。
青木:「コンテンツ」としての宇宙に大きな魅力があることは間違いありません。実際、宇宙ビジネスに興味を持ってくれる企業は多い。私が企業の新規事業担当者と接していても「経済的にペイするならばやってみたい」という思いはひしひしと伝わってきます。
それでも足踏みしてしまうのは、なぜか。宇宙ビジネスは初期費用がかかるし、短期間で収益を上げることが難しいなどの理由も挙げられます。ですが、宇宙コンテンツ側の発信力が欠けてる部分もあると私は思っています。
電通のようなコミュニケーションのプロが宇宙に参入し、多くの企業を巻き込みながら、生活者へ宇宙の魅力を伝えていくことは極めて重要ですね。
石田:HAKUTOのテレビCMが流れたときはビックリしましたね。HAKUTOは協賛モデルだけでなく、求心力がある点も素晴らしいと思います。ボランティアが100人もいて、エンジニア、ウェブデザイナー、マーケター、コンサルティングなど本業でスキルを磨いてきた彼らが手弁当で集まって宇宙開発に関わっている。これは世界的にもレアなモデルです。
逆に欧米の取り組み事例でうまいなと思うのは、それこそ「Google Lunar XPRIZE」のような分かりやすいコンテストです。月面無人探査と賞金3000万ドルという他には類をみないような高い目標のコンテストをつくって、世界一を競わせることで、それ自体が宇宙開発を盛り上げるきっかけになっています。また、それをきっかけに誕生する宇宙ベンチャー企業も存在します。
片山:従来の宇宙産業は、専門家や宇宙に強い信念を持つ皆さんが大切につくり上げてきた世界だと思います。
今後、宇宙ビジネスは爆発的に広がっていくはずですが、今まで宇宙に思い入れのなかった人にエンターテインメント性を含めて実益を感じてもらわなければ、真の意味で広げていくのは難しいことをあらためて感じました。
笹川:例えばスポーツコンテンツなどのように、日本の広告業界の中で、宇宙関連のポートフォリオが増えて、宇宙産業をもっと押し上げることが目標です。
青木:書籍『月をマーケティングする』を読むとよく分かりますが、1960年代のアポロ計画でアメリカ政府は月をマーケティングしました。J.F.ケネディ大統領は対外的に発信して民意を持ち上げ、政策にも反映させた。そうしてアメリカ全体を盛り上げた。電通には、日本の宇宙ビジネスにおいてそのような役割を担ってもらいたいと期待しています。
笹川・片山:ありがとうございます!