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アタマの体操No.7

視点を操って「カメラの眼」になる

2016/11/21

世界一周の旅に出たことがある。38歳の春のことだ。
会社を辞め、充電期間として1年ほどバックパッカーで世界を巡る旅をした、とカッコよく言いたいところですが、そんな訳でもありません。有給休暇を取っての2週間の旅でした。

ちょうどその時結婚するタイミングだったこともあり、「新婚旅行」という無敵な理由(この時ばかりは、誰もが祝福し送り出してくれるから)を使って実現させました。とはいえ、最初から世界一周の旅がわずか2週間でできるなんて、思っていませんでした。

子どもの頃、映画館で見たアニメ作品「長靴をはいた猫 80日間世界一周」(東映)に憧れ、大人になってからも、沢木耕太郎さんの紀行小説『深夜特急』(新潮社)を読みふけって、「いつか僕も絶対に!」と海外を巡る旅への思いを強く胸に抱いていました。

現実的にはリタイアした後まで無理かもしれないと思いつつも、チャンスがあれば若いうちに行きたいと狙っていたのです。そうなったらいいなぁ~といつも想像を膨らませていました。アタマの中だけならば、何度世界を回わったことでしょう…。

新婚旅行の計画を立て始めた頃、行き先はチリのイースター島と何となく決まっていました。太平洋の真ん中にぽつんと浮かぶこの島にどうやって行けばいいかも分からないまま、ふらりと立ち寄った新宿の旅行会社で、予期せぬチャンスに遭遇したのです。

 

人間が想像できることは、人間が必ず実現できる

 

旅行会社のカウンターで「10日ほど休みを取ってイースター島に行きたいのですが…」と伝えると、パソコンの端末を激しくたたきながら何やら真剣の表情で調べ始める店員の女性。テキパキとメモをとりながらしばらくそれが続いた後、おもむろに「2週間くらいまで期間を延ばせるなら、お勧めは世界一周航空券を使う方法です」と特別変わったことを提案している風でもなく、平然として語り掛けられました。

「えっ…2週間? 世界一周航空券?」ときょとんとしていると、「ちなみに、いま私がお勧めのプランつくってみましたので、ご覧ください」と日程表を手渡されたのです。そこにはさまざまな航空会社名や便名、その発着時間が記載されていて、日本発西回りで地球をぐるりとし、ちゃんと2週間で戻ってくる世界一周プランになっていました。もちろん、望みであったイースタ島も含まれています。

小さな頃からの憧れだったものが、突如現実として目の前に現れたのです。一瞬ひるみましたが、すぐ矢継ぎ早にたくさんの質問を投げ掛け、店員さんに夢中でたくさんのことを教えてもらいました。お店を後にするころには、すっかり世界一周の旅に出る気になっていたのです。

その後プランを練った結果、東京→ホーチミン(ベトナム)→バルセロナ(スペイン)→イースター島(チリ)→モンテゴベイ(ジャマイカ)→マイアミ(米国)→東京というルートで、世界一周の旅を2週間で無事実現させました。

スマホも普及していないような時代でしたので、ガイドブックだけを頼りにした珍道中だったことは言うまでもありません。今思えば、よく日程どおり帰ってこられたもんだなぁと。飛行機に乗った時間と空港で過ごした時間は相当のもんです。それでも、訪ねた街々では精力的に動きまわり、それぞれの土地にあった楽しみ方で満喫しました。もちろん、大小いろいろなトラブルに合ったりもしましたが…。

さておき幸運だったのは、求めている以上の付加価値を提案してくれる店員さんに出会えたことです。そして、それを生かしちゅうちょせずすぐ行動に移すことができたのは、いつもそうなったらいいなぁ~と想像し、チャンスをうかがっていたからでしょう。

小説『八十日間世界一周』を書いたジュール・べルヌは、「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」と名言を残していますが、小さな頃から諦めず想像し続けてきたからこそ、幸運をチャンスとして引き寄せられたのかもしれません。

想像したことを、周りにアナウンスしておく

 

拙著『アタマの体質改善』(日本経済新聞出版社)の中でも、『「あったらいいな」を貯めておく』『WISHリストを持ち歩く』というコラムを書きましたが、こんなことがしたい、あんなものがあったらいいな、とふだんから想像しておくことで発想力が高まり、いざという時に行動力が発揮されます。

そして、想像したことを実現に近づけるためには、それを周りのいろいろな人に話しておくということが大切です。自分のアタマの中を暴露するのは気恥ずかしいことでしょうが、とにかくアナウンスしておかないと、チャンスやきっかけは勝手にやってきません。

逆に、誰かが気に留めてくれていて、何かつながるかもしれないと声を掛けてくれることがあります。すぐにうまくいかないことが多いですが、1年後であったり、長い時には10年後だったり、思いがけぬチャンスやきっかけが、忘れた頃にやってくることがあるものです。

これは仕事でもプライベートでも同じことでしょう。ふだんから「こうしたい」「ああしたい」と想像を巡らせ、周りにそれを伝えること。その意識を持ち、いつもアタマを働かせておくこと、それも「アタマの体操」の一つです。

子どもと接していると、それはごくごく普通のことです。人間の本能に忠実であれば、「こうしたい」「ああしたい」と誰かに話すことは自然なことでしょう。でも、大人になってくると、常識や思い込みが先に立って、その本能を封印してしまいます。

それを解きほぐすために、日常からアタマをストレッチしたり、トレーニングしたりしておくこと、すなわち「アタマの体操」が必要になってくるというわけです。突然、想像力を発揮させてみましょうと言われてもすぐにはそうできません。とはいえ、普段から何を想像していいかわからない。

であれば、にやけてしまうほど楽しいこと、こんなことがしたい、あんなものがあったらいいな、と自分勝手に考えてみることから始めてみてはいかがでしょう。実現できるかどうかはいったん脇に置いて、思うままにアタマを働かせれば本能は目覚めてくるはずです。

 

普段からこんな風に、想像力を磨くための「アタマの体操」を実践していれば、アイデア発想力も自然と養われていきます。そのきっかけを皆さんに提供できればと、5~10月までの6カ月間、毎月第4金曜日に、オンライン動画学習サービス「Schoo」で「アタマの体操」というタイトルのもと授業を行いました。

そこでは、電通のプランナー3人とアイデアを集中して出すトレーニングを大喜利風に大公開。合わせて、アタマの体操のひな型となる「発想法」や心がまえ、極意もお披露目しました。

飲食店での当たり前を、オフィスに部分転換

 

10月28日に放送された最終回の授業では「来客時のおもてなしで会社の印象が変わる工夫」というお題でアイデア大喜利を行いました。最近はめっきり減った感もありますが、仕事の打合せで会社にお邪魔すると、入れたての温かいお茶や冷たい麦茶などが出され、喉を潤したり、ほっと一息つけたりすることがあります。

暑い中、汗だくになりながら移動してきた時など、打合せに向かう前の清涼剤として気持ちの切り替えになるものです。茶瓶の栄養ドリンク剤を来客向けに出すために、オフィスの冷蔵庫にはいつも常備されている会社が少なからずあったという話を、かつてある製薬会社の方から聞いた時には、そういう使われ方もあるんだ!と驚きました。

実際にそういう体験はしていないものの、もしそうした場面に遭遇したら、その会社のことはきっと忘れられないだろうなぁと想像できます。実際に、僕がこれまで受けたおもてなしの中では、「おしぼり」と「ドリンクメニュー」が印象に残っています。

寒い日には「適度に温められたおしぼり」が、暑い日には「ギンギンに冷えたおしぼり」を出してもらえる会社があります。紙の使い捨てのものではなく、しっかりしたタオル地のもので本格的です。毎回癒やされた気持ちになり、訪ねるのがちょっと楽しみになります。飲食店では当たり前ですが、会社で出されると違和感があり、その心遣いに思わず感動してしまうのです。

ある会社で打合せデスクに通され、「ドリンクメニュー」を目の前に「どれがよろしいですか?」と尋ねられた時には、正直得した気分になりました。出されるものはペットボトルから注がれたジュースやお茶かもしれませんが、選べる楽しさが一瞬仕事のことを忘れさせてくれます。これも、飲食店の当たり前をオフィスというシチュエーションで行うギャップが効いているのでしょう。

いずれも、この連載でも紹介している発想法では、「部分転換」から出てきたアイデアです。大それたことをしなくても、人の心を動かせる分かりやすい事例だと言えます。

それでは、今回のオンライン授業で生まれたアイデアをいくつか紹介しましょう。

Illustrated by Hirochika Horiuchi
Illustrated by Hirochika Horiuchi
 

今回の授業は最終回ということもあり、受講している学生さんたちとこちらのプランナーとの真向勝負として、60分間の時間制限の中でアイデアの数を競い合いました。結果は384対94で、僕たちの負け。いくつかのハンディはあるものの、負けたことは悔しいものです。ただ、これまでの「Schoo」の授業の中で過去最高のオンライン投稿数を記録し、大いに盛り上がりを見せたのはとてもうれしいことでした。

日常では持たない視点に、新たな発見がある

 

僕たちプランナーの仕事は、常にアイデアを出すことが求められます。それも限られた時間の中で量産しなくてはいけません。採用されるのはたった1つかもしれませんが、それまでにはたくさんのアイデアを考えては消え、また考えて…をひたすら繰り返していきます。

アイデアが枯渇しては仕事にならないので、さまざまな発想法をいくつか持っています。オンライン授業の中でも、この連載でも、それらを概念化・言葉化し、アタマの体操のひな型、つまり「発想法」ということで紹介しています。

これまでお伝えした発想法「極端化」「部分転換」「変身」「足し引き」「コマ送り」に続いて、今回は6つ目「カメラの眼」。普段だったら、決して見ないような視点でモノゴトを観察する。じわじわとズームインして凝視する、ぐぅ~んとズームアウトして俯瞰する、上から下から、グルっとまわって斜めや後方から、さらに奥に入って裏側から見ることから発想していく方法です。

「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられる「イグ・ノーベル賞」の発表が9月にあり、上半身をかがめて股の間から世界を見る「股のぞき」が受賞したことが話題になりました。これは立命館大の東山篤規教授と大阪大学の足立浩平教授が「股の間からものを見ると見方が変わるか」を研究し、実際より小さく見える「股のぞき効果」を実証したというものです。

研究の内容もさることながら、股から世界を逆さまにのぞいてみるという発想が素晴らしい。もともとは日本三景の一つといわれる「天橋立」(京都府)で景色を楽しむ風習として行われていたもののようですが、日常では持たない視点から物事を見ることで、新しい発見があるという分かりやすい事例と言えます。

常識や思い込みにとらわれたり、日々の慌ただしさに流されてしまったりすると、どうしても視界が狭くなります。視点も固まっていつも見る風景ばかりが通りすぎるどころか、何を見たかすら記憶に残っていないこともあるのではないでしょうか。

少し角度を変えて見てみる、離れて全体を眺めてみる、目を近づけて細かな部分をじっくり凝視する…そんな中に普通は気が付かない発見が潜んでいます。そうしたことで、アイデア発想へとつながっていった事例をいくつか紹介しましょう。

アイデアは作るものではなく、見つけるもの

 

僕がまだ駆け出しのプランナーだった時、雑誌の仕事を一緒にしていた先輩からこんなことを言われたことがあります。「雑誌って、いつも書店で表紙を正面にして見るか、手に取って見るかだよね。試しに立ててみるか。」そうして、テーブルに次々と雑誌を立て始めました。雑誌よっては、自立せず倒れてしまうもの、しっかりと立つものが分かれていきます。

テーブルにちゃんと立ったもののほとんどが女性ファッション誌。そう女性ファッション誌はかなり分厚いのです。立ててみると、改めて背表紙の分厚さを実感し、それをまじまじと見ることができます。それまで編集の中身のことを議論することは多々ありましたが「女性の手には大きくて重いはず」「持ち歩くのにかばんに入らない時もあるよね」といったことが、その視点から発想されていったのです。

当時は実現されませんでしたが、その後、おそらく同じようなことを発想された人がいて、女性誌が小さくリサイズされたB5のバッグサイズ版が出版されました。雑誌の形状ってこんなもんだという常識や思い込みにとらわれていたらこんな発想は生まれてこなかったでしょう。

以前「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京系)の「トレンドたまご」コーナーで紹介されていた、ペットボトルのエコキャップは細部に目をつけた商品で感心させられました。ペットボトルのキャップは開けるとき、リング上の一部が飲み口に切り離される構造になっています。このことすら、そう説明されて初めて知りました。毎日のように飲んでいるのにもかかわらず、全く気が付かなかったのです。

紹介されていたエコキャップは、そのリングとキャップが完全に離脱されず1点だけつながった状態でキープされ、飲むことができるようになっていました。飲んでいる途中でキャップをなくしてしまうのを防ぎます。また、捨てる時には少しだけ力を入れてキャップを引っ張れば、リングも一緒に外れるようになっていて分別して捨てられます。

これまでペットボトルを破棄する際、このリングを手作業で分別するのに膨大なコストがかかっているそうです。それを解決するためのアイデアが細部にある気付きから生まれてきたと言えるでしょう。

仕事柄、これまでに多くの広告キャンペーンを見てきていますが、その時々に大きく影響を受けてきたものがあります。その中の1つ、東ハトが10年ほど前に仕掛けた「暴君ハバネロ ハズレキャンペーン」は、商品の世界観を逆転の発想で見事に表現していました。

「商品を買うと景品が当たる」という伝統的な手法を裏返し、「抽選で1名をハズレとする」として犠牲者を出すというあおりが購買層の話題を誘ったのです。その景品も、首がないTシャツ「ダメT」や毛が一本しかない「超薄毛ハブラシ」などで、キャンペーン全体が大枠から細かなところまでこだわり尽くした仕掛けになっていました。

このように概念的に裏側から見ることも「カメラの眼」という発想法のひとつです。ただ物理的なものを観察するだけではなく、想像力を発揮して物事をカメラの眼になったように様々な視点から捉え直してみると、新しい発見と出合えるでしょう。

アイデアは作るものではなく、見つけるものです。僕はそう考えています。ですから、物事の見方や意識の持ち方を変えたりすることで、誰でもアイデアを生み出すことができると信じています。但し、普段からそのトレーニングは欠かせません。ちょっと空いた時間に、いつもの行動に合わせて「アタマの体操」を取り入れ、仕事などでアイデア発想するための備えをしておくことをお勧めします。

オンラインの授業でも、この連載でも何度も繰り返してきたように、常識や思い込みにとらわれて、何気なく流してしまったり、安易に見逃してしまったりせず、まずは身の回りの普通のことに意識を持ってみることから始める。そうしたら、これまで紹介した6つの「アタマの体操」のひな形(発想法)を駆使して、見たり考えたりする。これを長く続けたら、他の人と必ず差がでてきます。ぜひ、明日から、いや今から実践してみてはいかがですか。

本連載はこれで最終回。そして、オンライン動画学習サービス「Schoo」での授業も先月10月28日をもって全6回が終了しました。録画公開された授業コンテンツも閲覧(有料)できますので、よろしければ、ぜひどうぞ。最後に、連載を読んでいただいた皆さん、「Schoo」の授業を受けていただいた皆さん、本当にありがとうございました!