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「タイムパフォーマンス時代」、生活者の視聴環境をどうデザインするか?No.4

一周まわってテレビ3.0 メビウス型情報環境モデル
~広げる、掘る、タイパ視聴、個人時間をどう統合するのか?

2019/08/20

テレビで動画を見る人が増えている状況を踏まえ、筆者は2017年に「一周してテレビ」という見方を提唱しました。スマホやタブレットなどが普及したこのタイミングだからこそ、改めてテレビの重要性に着目しようという提案です。(一周してテレビ) 

続けて2018年には、システムとしてのテレビ放送の卓越性を伝え、テレビ放送のリーチを維持拡大するための方法を「一周してテレビ2.0」として考察しました。(一周してテレビ2.0) 

本連載ではここまで、ビデオリサーチと電通による共同調査の結果から、生活者の宅内での視聴行動を分析してきました。それらを踏まえ、生活者の視聴環境をこれからどうデザインしていけばよいかを考察し、新しいデザインコンセプトを「一周まわってテレビ3.0」として提案します。なお、本稿での「テレビ」とは、視聴コンテンツではなくテレビ受像機を指します。

テレビ放送を見るためのものから、
マルチスクリーンの一つになりつつあるテレビ

本連載の前提となっているのは、第1回でも触れたように「実はスマホは、宅外より宅内での利用の方が多い」という事実です。この比率は、動画視聴においてはさらに宅内に偏り、若者ほど顕著に表れています。

スマホ時間比較

スマホで、ネット、SNS、動画、メールを利用する時間を集計。ビデオリサーチMCR/exデータ(2018年前半・東京地区)から、電通メディアイノベーションラボ作成。

宅内での視聴行動は、「テレビ=受動的視聴」「スマホ=能動的視聴」と捉えている方が多いのではないでしょうか。テレビは地上放送を中心とした編成型タイムテーブルに従ったライブ放送を受動的に見るデバイスであり、スマホは興味関心を抱いた動画を検索して能動的に見るデバイスと、これまで考えられていました。

しかし、今回の調査では、そのような二律背反的な考えでは説明がつかない状況が確認されました。帰宅後まとまった時間があれば、テレビでVODのビンジウォッチング(一気見)をして、そうでないときは地上放送をリアルタイムで見る。あるいは前週放送回の見逃し配信をスマホで見てから、その続きの地上放送をテレビで見るなど、可処分時間(自分の判断で自由に使える時間)に合わせてサービスを選んでいる実態が確認できました。

つまり視聴者の状況によって、デバイスが使い分けされているのです。番組(コンテンツ)が放送波経由とインターネット経由のどちらで届いているかについて、視聴者はほとんど意識していません。放送事業者や著作権者が気にする伝送ルートの違いに関心がないのです。

「放送と通信の融合・連携」と言われた時代は、テレビをメインスクリーン、スマホやPCをサブスクリーンと捉える放送補完システムモデルがブームになりました。

テレビに映し出す映像はあくまで放送波経由の従来のサービスであり、テレビ放送をトリガーにして、スマホやPCにインターネット経由で番組やCMの詳細・関連情報を紹介する。この「放送+αモデル」をデザインすることは、従来のビジネスに影響を与えずに済む次世代対応と考えられたからです。

一方、放送事業者が“テレビ放送を見るためのスクリーン”と捉えてきたリビングのメインテレビの約3割は、今やネット結線されつつあり(※)、地上波、BS、CS、4K8Kなどの視聴以外にも、動画配信サービスを利用するデバイスとして使われ始めていることに注目する必要があります。

電通メディアイノベーションラボの独自調査でも、動画配信サービスをテレビで見ることができるユーザーの方が、そうでないユーザーに比べて、テレビでの視聴時間が長くなる傾向が確認できています。

このような状況を踏まえると、テレビは、テレビ放送を見るための専用デバイスではなく、ネット動画配信サービスも享受できるスクリーンへと変貌しつつあることが分かります。テレビはまさに「マルチスクリーンの一つ」にすぎないのです。

※電通「d-campX調査」(2018年上期/7地区合算)で、32.7%。

 

「視聴者の時間軸」に沿って
コンテンツをシームレスに提供することが必要

本連載で述べてきたメディア視聴構造をイメージで表したのが図1の「メビウス型情報構造モデル」です。メビウスの輪とは、帯を一回ねじって両端を貼り合わせたもので、表と裏の区別ができない連続面となる図形です。

図1

メビウスの輪

ユーザーの動画視聴の動機について、「時間つぶしの感覚で見る(広げる)行動」と「興味関心に合わせて検索して見る(掘る)行動」が、メビウスの輪のように、どちらが「表」か「裏」かではなく、視聴者の置かれているTPOや動機付けによって瞬時に反転する様子を表現しています。

例えば、
・リニアサービス(テレビ放送など、決められた時間の流れに沿ってコンテンツを閲覧)と、ノンリニアサービス(VOD〈Video on demand〉など、視聴者側の要求に応じてコンテンツが配信される)
・テレビ上で見る「放送」と「ネット動画配信」
・「テレビデバイス」と「パーソナルデバイス」
・「放送のリアルタイム」と「視聴者の考えるリアルタイム」
・「受動視聴」と「能動視聴」
・「現在」と「過去」
こうしたさまざまな「表」と「裏」が同居し、反転を繰り返しています。

このように視聴者の関心のベクトル(広げる/掘る)によってスクリーンが直感的・経験的に選択されることを前提として、視聴者の時間軸に沿ったコンテンツデリバリーを行えるように、「表」と「裏」の視聴動線をシームレスに提供することが、放送事業者や配信事業者の重要な課題といえるでしょう。

ここに一つ、「現在と過去」にスムーズな導線を設計した事例として「仮面ライダージオウ&平成仮面ライダーシリーズ」を紹介します。

「仮面ライダージオウ」は、日曜日の朝にテレビ朝日系列で放送されている番組です。平成仮面ライダーシリーズは、2019年に20年目を迎え、ジオウが20作品目になります。

この番組では、「時代を行き来できる能力を持つ主人公・ジオウが、過去の仮面ライダーと遭遇し、自分と彼らのライドウォッチを合体させることで歴代平成ライダーの力を利用できる」という設定になっています。

仮面ライダー図


また、2018年には、ジオウも登場する映画「仮面ライダー平成ジェネレーションズ FOREVER」の公開に合わせ、東映が過去の平成ライダー全作品の1話と2話だけを、期間限定でYouTubeに無料公開しました。

子どもたちはそれらがいつ放送された番組なのかを知らずにYouTubeを見ることになり、いわば過去全作が「現在の作品」としてよみがえるデザインになっています。なお、3話以降を見るためには、東映チャンネルの有料課金サービスへ加入しなければなりません。トータルとして非常に優れたウインドー展開を実施しました。

さらに注目すべきは、マーチャンダイジングです。子ども向け玩具売り場では過去全作のフィギュアやライドウォッチが、過去作のグッズとしてではなく、最新シリーズのグッズとして店頭に並びました。この仕掛けによって、番組にも関連グッズにも「過去作」という概念がなくなりました。

テレビ番組の放送、ネット配信、マーチャンダイジングを連動させることで、理想的な全体設計ができているのです。この事例に学ぶものは大変多いのではないでしょうか。

時間軸に沿った視聴動線を考え、
放送も配信もワンポータルで提供するサービスが必要

これまで述べてきたことを、放送局サイドの課題に照らし合わせると、重要なヒントを見い出すことができます。

まず、現在・過去という時間軸をシームレスにつなぐメリットが挙げられます。現在のテレビ事業でいうと、地上波での放送(ライブ)と、ネットでの1週間のキャッチアップやアーカイブとしてのVODを、ワンポータルで縦横無尽に行き来できる統合サービスを構築できれば理想的です。

参考に、英国のBBCが提供しているインターネットテレビ・ラジオサービス「iPlayer」のデータを見てみましょう。

iPlayerでの同時配信(ライブ)とキャッチアップの利用比率(リクエストベース)は、リオオリンピック、FIFAワールドカップ、総選挙などの特別な時期を除くと、概ね2:8となっています。キャッチアップの視聴の方が、同時配信(ライブ)より断然多いのです。

iPlayerデータ

※特別イベント実施時期…2016年8月:リオオリンピック、2017年6月:イギリス総選挙、One Love Manchester、2018年6~7月:FIFAワールドカップ(ロシア大会)。

この比率から、同時配信(ライブ)のニーズは低く事業が成り立たないと見る向きもあるようですが、私の考えは異なります。「視聴の動機はあくまでも同時配信(ライブ)にあり、その視聴がトリガーになってタイムシフトにユーザーが流入している」と解釈すべきです。

この場合は、同時配信(ライブ)視聴が「表」となり、「裏」(キャッチアップ)への視聴導線動機として「今は、他に同時配信(ライブで)見たい番組がない。今見た番組の1週前の番組が見たい。そういえば先週の土日に放送されたあの番組でも見るか?」という思考が、視聴者の頭の中に芽生えます。その際に「裏」のキャッチアップへの視聴動線を整えておくことが非常に重要なのです。

逆説的に言えば、iPlayerが同時配信とキャッチアップサービスをワンポータルで統合的にサービスしているからこそ、キャッチアップにこれだけのリクエスト比率が発生するのだと推測します。

時間軸についての視聴導線(縦の関係)に加え、同時刻に視聴可能な他の番組、すなわち「横の関係」にも目を向ける必要があります。

「横の関係」は熾烈な競争領域です。民放は視聴率が重要な指標ですから、HUT(セットインユース)が一定である以上、自局の番組の視聴率を上げるには、他局の番組を見ている視聴者を取り込むことが求められます。

しかし、視聴環境の激変によって、横の関係になる番組が他局の裏番組だけではなくなりました。視聴者はネットの動画配信サービスに移ることもあれば、自局のタイムシフト視聴やキャッチアップ視聴をすることもあります。

ここで重要なポイントは、「他へ逃げた視聴者が帰ってくる視聴導線」があるかどうか、です。

従来のテレビは、NHKと民放(BS・CS)がワンポータルサービスとして相乗りしていて、視聴者がその都度、好みで縦横無尽に選局できます。私はこの要素をネット経由サービスでも実現すべきだと思っています。メビウス型情報構造モデルをここでも実現することがテレビパワーの拡大への近道です。

縦の関係に加えて横の関係、つまりそのエリアで視聴可能な放送局すべてが、放送も同時配信もキャッチアップのアーカイブもワンポータルでサービスを構える。その中で視聴者が回遊できる仕組みを構築できれば、利便性が向上し、翻って広告モデルも含めた広告主への期待に応える理想形に近づくのではないかと期待しています。