日本発、宇宙ベンチャーの挑戦No.6
JAXAとホリエモン、共創するロケットビジネス。
2019/11/08
人工衛星打ち上げ、宇宙ステーションへの人員や物資の輸送、月面探査など、多岐にわたる宇宙ビジネス。その根幹を支える必須インフラが「ロケット」です。
民間単独で国内初となるロケットの宇宙到達を成し遂げたインターステラテクノロジズ(以下 IST)。同社の衛星用ロケット「ZERO」開発をサポートすべく、法人パートナー組織「みんなのロケットパートナーズ」が結成され、中でもJAXA(宇宙航空研究開発機構)による技術支援は話題になりました。
JAXA角田宇宙センターの吉田誠所長を訪ね、ISTの堀江貴文氏、稲川貴大氏とともに、両者のパートナーシップの意義、日本の宇宙ビジネスの未来について聞きました。(聞き手:電通・笹川真)
<目次>
▼観測ロケット「MOMO3号機」、打ち上げ成功の後
▼民間企業の宇宙への挑戦をJAXAが支える時代に
▼世界と戦える!日本のISTの「強み」とは
観測ロケット「MOMO3号機」、打ち上げ成功の後
笹川:MOMO3号機の打ち上げ成功、おめでとうございました。
堀江:打ち上がった感動より「すぐ金集めなきゃ!」でしたね。ずっとカツカツで回してたので。仮に3号機が失敗していたとしても、1年ぐらいは生き残れるけど、あのプレッシャーの中で次の打ち上げに臨むのは、精神的にきつ過ぎる。
笹川:2号機の失敗は、きつかったですね。
堀江:あれね。射場まで燃やしちゃって。とにかく「会社を存続させねば」「次の打ち上げまで持ちこたえねば」と、既存の出資者の方々に「すいません!おかわり、お願いします!」とあいさつに行って「しょうがねえなぁ」と投資していただいて。当時は、次のZEROの開発資金も余裕もまさにゼロ。でもMOMOが成功したことで、ZERO開発のめども立ち、工場も建てられるし、人も雇えるようになった。
笹川:そして、シリーズBで12.2億円の資金を調達しました。
堀江:本当によかったです。ただ、2023年のZEROの打ち上げまでには合計40億円ほど必要でして。皆さま、よろしくお願いします!
笹川:稲川さんは、どんな変化がありましたか?
稲川:体制の変化が大きいですね。それまでZEROの開発にほとんど力を割けずにいたんですが、今は人員の半分ぐらいがZEROに着手できています。
笹川:3号機の成功は、吉田所長にはどう映りましたか?
吉田:ますます本格的に協力せねばと、気持ちが更に高まりました。われわれはロケットエンジンの専門家で、要素技術は熟知していますが、開発から打ち上げまでの全プロセスを経験したことはないんですよね。ISTはそれを成し遂げた。宇宙までしっかり打ち上げたというのは、技術が全てにわたって、かなりの水準に達している証左です。既に、ここJAXA角田宇宙センターにもISTのエンジニアを派遣していただいていますが、あとはわれわれとの共創の成果をうまく活用いただければ、素晴らしい衛星用ロケットZEROができると思います。
稲川:そう言っていただけるとうれしいです。一つ一つは、レベル的にはまだまだですが、全てを経験できたことは、ISTの強みだと自負しています。
堀江:ちなみに、ここ(角田宇宙センター)って何人ぐらいの体制でやられているんですか?
吉田:研究員は50人弱です。協力会社さんとか試験支援とか、全部入れたら170人ぐらいですね。
堀江:ロケットエンジンの開発の、どのへんまで角田でやるんですか。
吉田:ロケットエンジン開発の初期の部分、噴射器や軸受けなどの要素試験を行っています。現在はH3ロケット(※1)のエンジンの試験をしていますが、「宇宙と同条件で試験ができる」のが角田宇宙センターの“売り”ですね。
※1 H3ロケット
JAXAが開発する次世代の基幹ロケット。2020年度の初打ち上げを控える。開発段階から三菱重工が主体的に関わり、民生品利用などによる低価格の打ち上げ実現を目指す。
吉田:こちらがJAXAの低コストロケット技術の研究用に開発したターボポンプ(※2)です。実験前のできたてホヤホヤです。ホヤというよりウニみたいな見た目ですが(笑)。このターボポンプの実験で得られたデータは共創活動の中でISTと共有します。
※2 ターボポンプ
液体ロケットのエンジンに搭載される部品。燃料となる水素と酸素を、タービンを使って燃料タンクからロケットの燃焼器へと送り込む役目を果たす。
稲川:図面では見ていましたが、実物を見るのは僕も初めてです。
吉田:そして今回の共創活動では、噴射器(インジェクタ)の試験も行っています。新たに設計した噴射器試験を始めていますが、JAXAにとっても役に立つデータが取れています。噴射器は燃料を噴き出す部分で、エンジンを安定して作動させるためにはとても重要な部品なんです。
稲川:ロケットの推進剤をエンジンに吹き込んで混ぜる役割ですね。角田宇宙センターで実験をしていただいて、低コストで高効率な噴射器ができつつあり、JAXAのこれまでの技術とISTの経験がまさに融合しようとしています。
民間企業の宇宙への挑戦をJAXAが支える時代に
笹川:ISTとJAXAの交流は以前からあったのですか?
稲川:昔から学会とか、発表の場で一緒になったりはしていましたよね。
吉田:H3ロケットの頃から「これからは民間が主体で開発するべきだ」という議論はあって、2011年頃に低価格で、性能はそこそこ良く、小型、なおかつ軽いエンジンの研究をスタートしました。そんな背景もあってその頃、ISTと個人的なつながりを持つJAXAの研究者がいたんです。
堀江:平岩徹夫さんね。もっとさかのぼると、もともとISTの前身である「なつのロケット団」にもJAXAの野田篤司さんがいましたね。衛星をつくってる人なんだけど、彼は2005年ぐらいから「これからは超小型衛星の時代が絶対来るから」と言っていて。当時は「本当に来るんすか?」「もっとでかいロケットつくらなきゃいけないんじゃないですか?」みたいな議論をけっこうしていました(笑)。
笹川:2005年時点でISTは小型ロケットに絞っていたんですね!
堀江:絞ったというより、資金的な問題で小型から始めざるを得なかった。小型ロケットに本当にニーズがあるのか、当時は不安でしたよ。「本当に大丈夫っすか〜野田さん」みたいな(笑)。
笹川:人単位での交流は2005年くらいからあったんですね。
稲川:組織としては2015年頃だと思います。JAXAと液体ロケットエンジンの試験設備に関するコンサルティングをしていただく契約を結びました。もちろん、ロケットエンジンの本体が本丸なので、そこを一緒にやりたかったんですが。
吉田:われわれにも葛藤がありました。JAXAとして、民間企業に技術をどこまで教えていいのか当時は判断がつかなかった。そこから「共創」まで話を進められたのは、昨年JAXAの新たな研究開発プログラム「J-SPARC」ができたおかげです。「民間ビジネスを出口とした研究開発をする」というJAXAの役割が明確になり、動きやすくなりました。
堀江:やっぱり枠組みあるといいっすよねえ。
稲川:これまでは発表された論文の内容について教えてもらっていたのが、一緒につくれるようになった。既にここまでモノが完成し、実験まで完了している。実際に目の前のターゲットを一緒に見ながら作業できるのが本当に大きいです。
笹川:ISTとの連携でJAXA側にも変化はありますか。
吉田:日々、われわれの先入観が崩されまくっています(笑)。
稲川:コスト的にこれぐらいを狙いたいと相談したら「うーん。これまでと0が1個違うね」と言われたりしています(笑)。
吉田:でもわれわれには、これまで蓄えてきた宇宙の技術を民間に広げていく使命もある。それに今は一般でも新しい技術が次々出てきている。そこで、われわれの常識よりも、実はもっと低コストでできるんじゃないか?と、新しいつくり方に挑戦している最中です。
笹川:車でいうとフェラーリのような最高級品をつくるカルチャーのJAXAが、低コストでの開発を手掛けることになりました。皆さんスムーズにマインドシフトをされたのでしょうか。
吉田:いまだにできてないかもしれない。宇宙って固定観念があって、今まで築いてきた技術の延長線上に自分たちはいるから、従来のやり方のどの部分を壊していいのかの判断がとても難しいんです。
堀江:ロケットの開発をしていると、伝統的に使われてきたやり方で「これってなんで必要なんだろう?」というポイントがあるけど、実はそれにちゃんと理由があったりするんですよね。
吉田:まさにそれです。誰かがたまたまやっちゃったものなのか、本当に必要なものなのか、われわれ専門家でも区別が難しい。そのために、ちょっと条件をずらしながら何回も試験するようなことが必要になるし、やっているうちに危ない点を踏み外しちゃったこともある。それくらい新しいつくり方への挑戦の難易度は高いですが、ここまではみんな楽しんでやれています(笑)。ZEROのプロジェクトは、実際に打ち上げる場があるので、やりがいがありますよ。
笹川:ISTとの共創は、JAXAにとってもチャレンジなんですね。ZEROの開発は、MOMOのそれと比べて、どのくらい難しいのでしょうか。
堀江:とにかく、ロケットエンジンが大変なんすよ。
吉田:人工衛星を打ち上げるのに必要なのは、実は高さじゃなくて速さです。MOMOのような観測ロケットは、高さはあるけど、頂点に行くと速度はゼロです。でもZEROのような衛星ロケットだと、毎秒8キロぐらいの速さにならないと人工衛星にならないから、エンジンがそれだけ頑張らないといけない。
稲川:ZEROでの全く新しい部分は、インジェクターとターボポンプですが、特にターボポンプのことを分かっている人って、本当にいないわけですよ。その中でもうちがアクセスできる日本で唯一の、いや世界で唯一の場所がここ、角田でした。
世界と戦える!日本のISTの「強み」とは
笹川:小型ロケットによる衛星輸送ビジネスでは、例えばアメリカのRocket Labが先行しています。そうしたライバルと比較すると、ISTにはどんな強みがありますか。
堀江:まずは立地です。大樹町に工場があって、そこから10分のところに射場がある。アメリカのSpaceXとか、工場から何千キロも高速道路で運んでるんですよ。次に打ち上げ頻度。例えば種子島は漁の時期を避けると年に数回打ち上げるのが限界だけど、大樹町周辺は漁の頻度が低いので、もっと多くの打ち上げが見込める。もうひとつ分かりやすいところでは、日本は海に囲まれていて、東と南に同時に打ち上げができる。これはロケット打ち上げに最適な条件で、世界的に見て日本と、後は海南島くらい?
稲川:まあ、ニュージーランドも。
堀江:そうか、ニュージーランドはできるんだ。それで、高頻度で打ち上げようとするとロジスティクスも頻繁になりますが、この点でも日本は超有利。国内調達の部品だけでロケットがつくれる国って、日本以外ではアメリカと中国ぐらいだと思うけど、加えて日本は国土が狭いので輸送に時間がかからない。海外企業はどうしてもサプライチェーンを外国に頼っていたり、実験、組み立て、打ち上げの各種拠点が広範に散らばっていて、その輸送や移動に時間がかかるから、即応性やコストダウンの点でも日本は圧倒的に有利。それと全部を日本の部品でつくれるということは、アメリカのITAR(国際武器取引規則)規制にも引っかからないので、欧州や東南アジアにロケットをセールスできる。
稲川:今、小型の人工衛星の打ち上げ需要が多くて、世界的に見てもロケットが全く足りていないんですよ。だからRocket Labが先行しているといっても、彼らが1社で全部の需要を賄える状況ではないと思っています。
笹川:ZEROの商業化が成功すると、ISTはどうなるのでしょうか。
堀江:見える世界が全部変わってくるでしょうね。ZEROを打ち上げた瞬間に、世界の宇宙ビジネス市場におけるISTの評価はめちゃくちゃ上がると思うし、そこまでいけばもう資金調達はできる。そうなると、一気に大型化までいけると思っています。SpaceXがFalcon 1を打ち上げたのが2008年で、大型化したFalcon 9が2010年だけど、ISTも同様のタイムラインで大型ロケットをつくれると、4~5年でSpaceXと肩を並べられる。まあ、その間にSpaceXは有人の、それこそ2023年に前澤君(前澤友作氏、スタートトゥデイ代表)が乗っていくStarshipとかつくってるんだろうけどね。
笹川:なるほど。無人の領域ではSpaceXに4、5年で追いつける。
稲川:もちろん、そこまでいきたいと思っています。最終的には、地域や、ロケット・衛星のサイズごとのマーケットで数社が残る、というところで多分落ち着くので、そこで良いポジションを取りましょうということです。
吉田:日本でも宇宙ビジネスのベンチャーがいろいろ出てきているけど、実はロケットエンジンにまともに取り組んでいる会社はほとんどない。今、「いだてん」というドラマをやっていますが、昔はマラソンは専門家しか走れないといわれていた。でも今はもう、競技人口は何万人ですよね。それと同じで、ロケットエンジンは専門家のJAXAだけが開発するものから、ISTが成功したら、自分たちも!っていう民間のメーカーが現れるかもしれない。そうするとわれわれはそういうメーカーを支援しつつ、その先を行く研究をJAXAとして取り組む方向に舵が切れるわけです。そこを目指すための、ISTとの共創活動です。
堀江:僕らの役割は、めちゃくちゃ安いロケットをつくって、バンバンものを打ち上げられる未来をつくることに尽きます。宇宙探査ミッションが気軽にできるように、輸送系を確立したい。そのために、はやぶさ2でも使われた「イオンエンジン」を簡単に使えるように研究してみたい。今って輸送系がネックになって、研究が進んでいない。輸送系をコストカットできれば、もっと衛星とか、探査機に予算使えるじゃないですか。アメリカはもう完全にそっちに舵を切りましたよね。
吉田:いくら宇宙を論じても、まずロケットがないと宇宙には行けませんからね。ISTとの共創活動でいつも感じるのは、ベンチャーはコスト感覚が圧倒的に違う。これからはJAXAも、もっと民間の安い技術を活用しないと。
堀江:いずれ「輸送は全部民間で」みたいな時代になるんじゃないですかね。
笹川:SpaceXが出てきたことで、NASAが「低軌道」から「惑星探査」に移っていったように、JAXAもISTに後押しされて変わっていくんですね。
吉田:取り組む内容も向かう方向も変わると予想してます。そうなると、今度はJAXAがテストのためにISTを使うこともあるかもしれない。ISTのフレッシュな頭で考えた方が、いいものが出てくる可能性もあると思います。
稲川:JAXAとのパートナーシップのおかげで、ZEROの開発スケジュールは、当初予定の2023年よりも前倒しできる可能性が出てきました。角田で試験も始まり、MOMO3号機の打ち上げ成功をきっかけに、資金的にも、人材採用的にも追い風が吹いてきました。
堀江:ただ ZEROの開発も資金調達も始まったばかりで、まだまだこれから。ぜひ皆さんに今一層、宇宙産業に関心を持っていただき、ご協力をお願いできればと思います。
JAXA/J-SPARCサイト内、インターステラテクノロジズのページ
https://aerospacebiz.jaxa.jp/solution/j-sparc/projects/istellartech/