電通×クリエイティブ×テクノロジー。dentsu prototyping hubの挑戦!No.2
デバイスやビジュアルを自在に制御。「最速のプロトタイピングツール」がクリエイティブを変える
2021/08/12
本連載では、若き“デジタルクリエーティブ人材”たちによるグループ横断ワークショップ「dentsu prototyping hub」を通じて、電通クリエイティブの未来を浮き彫りにしていきます。
ワークショップの第1弾「TouchDesigner School」で講師を務めたのは、電通デジタルのクリエーティブディレクター/メディアアーティストでもある川村健一。今回はTouchDesingerの国内第一人者としても知られる川村が、「最速のプロトタイピングツール」の魅力を語りつつ、ワークショップを振り返ります。
<目次>
▼コードを書けなくても使える?ビジュアルプログラミング言語「TouchDesigner」の魅力
▼スマートフォンのセンサーやPC付属のカメラでインタラクティブなクリエイティブに挑戦!
▼テクノロジーを知っているから生まれる2種類のアイデアと、プロトタイピングの価値
▼テクノロジーを育むもの、それは刺激し合えるコミュニティー
コードを書けなくても使える?ビジュアルプログラミング言語「TouchDesigner」の魅力
前回、斧涼之介さんからdentsu prototyping hubの意義と成り立ちを紹介してもらいました。今回は、2020年に実施した同プロジェクトの第1弾「TouchDesigner School」で講師を担当した川村健一が、実際に行った講義内容を中心に紹介します。
はじめに、そもそもTouchDesignerとは何か?について、簡単に紹介します。
TouchDesignerはプロジェクションマッピングやメディアアート、イベント演出、最近ではオンラインイベントでも活用されている開発環境(アプリケーション)です。カナダのトロントに本社があるDerivativeによって提供されています。
「開発」というと、難解なアルファベットの羅列でプログラミングする姿をイメージされる方が多いのではないでしょうか?TouchDesignerはそうした一般的にイメージされるアプリケーションとは異なります。
コードが書けなくても、「Node」(ノード)と呼ばれるブロックのようなモノをつなぎ合わせていくことで開発できるため、プログラミング経験のない方でも学びやすいという特徴があります。
このような視覚化されたオブジェクトでプログラミングする言語のことを総称して「ビジュアルプログラミング言語」と呼びます。
実は、他にも「ビジュアルプログラミング言語」はたくさんあります。教育プログラミング言語「Scratch」、音響プログラミング言語「Max」、リアルタイム3D制作プラットフォーム「Unreal Engine」、リアルタイムな映像生成が得意な「vvvv」、本格的な3DCG制作の現場で使われている「Houdini」、ウェブサイトやモバイルアプリのプロトタイピングで使われている「Origami Studio」など。教育用途からハイエンドまで、ジャンルを問わず多くのアプリケーションが提供されています。
中でもTouchDesignerは、Nodeをつないだ瞬間に「結果」が見えるため、少し習熟すれば圧倒的な速度でトライアンドエラーができるメリットがあります。
TouchDesignerはさまざまなことができるがゆえに、一言で表すのが難しいツールなのですが、ここまで述べてきたことも含め、特徴をまとめると以下のようになるでしょう。
■TouchDesignerの特徴
- ブロックをつなぎ合わせていくアプリケーション(=ビジュアルプログラミング言語)。
- プロジェクションマッピング、メディアアート、イベント演出などに活用されている。
- 他のアプリケーションと比較してグラフィックデザイナーなどのクリエイターも習得しやすい。
- 音声デバイス、映像デバイスなど、複数のデバイス連携のための機能が豊富。
- リアルタイム制御が必要なインタラクティブコンテンツの制作に向いている。
- 実行ファイルとしての書き出しはできない(PC上にTouchDesignerを立ち上げた状態での実行が前提になる)。
スマートフォンのセンサーやPC付属のカメラでインタラクティブなクリエイティブに挑戦!
TouchDesignerは「インタラクティブなユーザー体験」をつくり出すことに長けたツールです。
- プロジェクションマッピング
- デジタルサイネージ
- 照明
- レーザー
- センサー
- ロボットアーム
- ドローン
まだまだありますが、TouchDesignerはこうしたデバイスを自在に制御することで、さまざまなユーザー体験を生み出せるのです。
有名なエンタメ施設の裏側も、実はTouchDesignerが使われています。最近では、テレビで放映されるような大規模なライブイベントでもTouchDesignerが活用されるようになってきました。
一方、電通が扱ってきたような「広告」のフィールドに限ると、TouchDesignerの認知度はそれほど高くありません。
とはいえ電通も、これからのクリエイティブでは、メディアにとらわれることなく生活のあらゆるシーンをカバーし、新たなエクスペリエンスによって人々の心を動かすことが求められます。
前回記事の通り、dentsu prototyping hubは、まさに「今まで広告と向き合ってきた電通のクリエイター」にも、テクノロジーに触れてほしい、という思いから始まったプロジェクトです。このコンセプトにマッチするツールの一つ、それがTouchDesignerでした。
dentsu prototyping hubは、第1回の執筆者・斧さんと、斧さんと同期の藤大夢さんと川村の3人で立ち上げました。3人で話し合い、TouchDesignerを第1弾に選んでからは、
「電通のクリエイターたちに、TouchDesignerの学びを通して、広告で培ったノウハウをさまざまなフィールドに展開できることを体感してもらい、もっとテクノロジーを自分ゴトとして捉えてもらうきっかけをつくる」
を目的として、講義内容をつめていきました。
2時間の講義を、1週間おきに8回実施。概論から始め、基本操作を説明し、計8点のデモを受講者の皆さんと一緒につくりながら解説していく、という流れで進めていきました。
一例として、以下のようなサンプルをつくっていきました。
人の動きに反応するクリエイティブ
スマートフォンの動きに反応するクリエイティブ
これらはNodeをつなぐだけで実装できるものです。
プロトタイピングを行う上で、特別な機材が必要だと最初の一歩を踏み出しにくくなりますが、誰もが持っているPCとスマホでも工夫次第でいろいろな応用ができると知ってもらうことが新たなアイデアにつながると考え、デモを用意しました。
計8回と、非常に少ない回数ではあったものの、現場でも活用できる実践的な作例にこだわって講義を行いました。
テクノロジーを知っているから生まれる2種類のアイデアと、プロトタイピングの価値
一昔前までは、電通のクリエイティブが関わるフィールドはマス広告、具体的にはCM、コピー、グラフィックが主流でした。最近ではPCやスマホ、音声、IoTというように、新たなデバイスやメディア、プラットフォームが次々と生まれ、それに伴ってクリエイティブの対応範囲も日々拡張しています。
その拡張の背景には、テクノロジーの進化があります。クリエイターの理解が足りないと、時代に合った新しいアイデアを導けなくなりますし、場合によっては、「アイデアは面白くとも実現できない企画」が生まれてしまうケースすらあります。この課題意識については、第1回で斧さんが書いている通りです。
今、クリエイティブの現場ではアイデアを生む上で、テクノロジーの理解が非常に重要になっているといえます。
「テクノロジーを知っているからこそ生まれてくるアイデア」は、分解すると2種類あります。
- ブレストの過程でひらめくもの
- 手を動かしている過程で偶発的に生まれるもの
1は明確です。アイデアは「今あるものの掛け合わせ」から生まれるため、テクノロジーを知っていることでアイデアの引き出しが多くなり、価値あるアイデアを生む可能性が高くなります。
2はテクノロジーに触れていない人にはなかなか伝わりづらいポイントです。テクノロジー系のアイデアというのは、手を動かしている過程の中で偶然生まれたものが、大きなアイデアに化けることがあります。テクノロジーを上手に活用した世の中の事例は、実はこのプロセスから生まれたものが大半なのではないか?とすら感じています。
このような「アイデアを偶然発見する瞬間」に、自分自身で気づくこともあれば、たまたま通りかかった人が開発途中のプロトタイプを見てひらめくこともあります。
一般的に、企画書は丁寧な説明が必要ですが、プロトタイプはロジックを飛び越し、「見た瞬間に一目瞭然」をつくることができる点で、アイデアの発見や共有に向いている手段といえるでしょう。
クライアントへの提案でも、プロトタイプがあると、「プレゼンの場」がそのまま「ブレストの場」になります。このように、ロジックを超える瞬間を組織としてどうつくるかが、テクノロジー系のアイデアを生む上で重要なポイントです。
多くの広告クリエイターは企画力、グラフィック力、コピーライティング力、プロデュース力、開発力など、何かしらの領域で秀でた武器を既に持っています。そこに、テクノロジーとの接点や、テクノロジーサイドからの視点を少し加えてみることで、面白い化学反応が生まれるのだと考えています。
テクノロジーは手を動かしてみることではじめて自分の血肉となり、プロトタイプをつくることによってあらたなアイデアのチャンスが生まれます。「手を動かすこと」「プロトタイプをつくること」、一見遠回りに見えますが、私がこの2点にこだわっている理由は、まさに「偶然を見つける瞬間の喜び」のためにあると言えます。
プロトタイピングを通じて新しいアイデアが生まれ、一目瞭然が生まれる瞬間を、ぜひ多くの方に体感していただきたいと考えています。
テクノロジーを育むもの、それは刺激し合えるコミュニティー
私がTouchDesignerを学び始めたのは2018年からです。当時は日本語の書籍もなく、電通で定期的に実施されていた勉強会「TouchDesigner黙々会」の存在に助けられ、そのような場に積極的に参加することで習得していきました。
徐々に実際の案件でもTouchDesignerを使うようになり、さまざまな場所で講師やアーティスト活動の機会も頂き、3年後には書籍を執筆することもできました。夢中になることの楽しさ、コミュニティーの中で学ぶ大切さ、自らが動くことで道が開けるという事実を体で学んだ3年間でした。
使い慣れていない技術に対して黙々と取り組める人はほんの一握りしかいないのではないか?というのが私の考えです。ドラマの「ドラゴン桜」に出てきた「東大受験は一人よりチームの方が頑張れる」という言葉がとても印象に残っています。テクノロジーもコミュニティーの中で学ぶのが、一番習得が早いと思います。
「コミュニティーが人を育てる」、その思いから社内外でさまざまな取り組みを行ってきました。タワーレコードが運営するスクールでメイン講師を担当したり、自分で勉強会を企画し実施したり。昨年執筆した書籍もその活動の一つです。
専門分野のスタッフというのは、バラバラに配置してしまうと熱量が大きくならず、インプットが減り、その結果としてアウトプットも減り、ノウハウもなかなかたまらなくなります。コロナ禍で「集まれる機会」が減っている今こそ、dentsu prototyping hubのような場をデザインすることが、強い組織をつくる上で必要です。
TouchDesigner Schoolは、何もかもが初めて尽くしのチャレンジでしたが、運営メンバーの熱意と創意工夫、さらに受講者の皆さんの温かいサポートによって、事後アンケートでも非常に満足度が高い講義と評価いただきました。
なお、TouchDesigner Schoolの受講者は、運営メンバーを除いて102人でした。リアルで集まろうとすると100人を超える人数を一つの会場に収めるのは大変ですが、オンラインならそれほど気にする必要はありません。配信映像を録画しておけば、後日、自由な時間に復習もできます。ナレッジシェアとしてもオンライン活用は非常に有効だと感じました。
また、広告とは直接的には関わりのないTouchDesignerというテーマにもかかわらず、これだけの電通クリエイターが集まったこと、そして、最後まで続けてくださった方が多かったことも大きな発見であり、今後が楽しみになりました。
その後、dentsu prototyping hub の第2弾として、3DCGツール「Blender」のワークショップも行いました。次回は、「TouchDesigner Schoool」「Blender School」を終えた現時点での思いや今後の展望を、運営メンバーによる座談会形式で報告させていただく予定です。