話そうよ、ジェンダーのことNo.4
ジェンダーについて広告会社は何ができるの?長田杏奈さんに相談してみた。
2022/04/04
電通クリエイターがジェンダーと向き合い、さまざまな分野の方との対話を通じて、ジェンダーとクリエイティブの新しい関係を模索する本連載。
第4回目は、ジェンダーにまつわるさまざまな活動をされている美容ライター長田杏奈さんにお話を伺います。
「フラワーデモ」への参加、雑誌「エトセトラ VOL.3 私の 私による 私のための身体」の責任編集とご活躍されている長田さんに、電通のコミュニケーションプランナー・権すよん(以下:スー)とコピーライター・岩田泰河(以下:岩田)が、ざっくばらんにお話を伺いました。
長田さん、活動のモチベーションはなんですか?
スー:今日はありがとうございます。長田さんはネット上でジェンダーにまつわるさまざまな活動をされていて一度お話してみたいと思っていました!このような活動を始めたきっかけはあるんでしょうか?
長田:私の場合、美容ライターを本業としているのもあって、美容業界や女性誌の方々と仕事をすることが多いんです。そうすると決定権がある地位に女性が多いのが当たり前で、むしろ他の多くの企業がいまだに男性優位社会であることに驚くことがあります。
だから、歪なパワーバランスの元で起きる不条理に対して「それは違うんじゃない?」と他の業種の人よりも敏感になれたのかもしれません。そして、感じた違和感を言葉や行動に移していった結果、すよんさんにジェンダーにまつわる活動をしていると認識されるようになったのかなと思います。実は、自分ではそんなに意識してなかったり。
スー:そうなんですね、意外です。確かに職場に女性ばかりで男性優位状態がないというのはなるほど!と思いました。
長田:だからこそ、世の中のいまだに当たり前になっていることに対して「なんか変だぞ?」と敏感になるんだと思うんです。「フラワーデモ」(※1)に参加したり、雑誌「エトセトラ VOL.3 私の 私による 私のための身体」(※2)の責任編集を手がけたりしたことで、より問題意識が深まった気がします。
※=1 フラワーデモ:花を手に性暴力に抗議するデモ活動
※=2 エトセトラ:2020年創刊されたフェミニズムを扱う雑誌
岩田:ジェンダーにまつわる諸問題について「よし!やるぞ!」と決意して取り組んでいるというわけではないんですね。
長田:はい、求められるままいろんな仕事を受けながら、自分の興味があるものを一つ一つ重ねてるイメージです。「すごい活動をして世界を変えてやる!」みたいな気負いはないです。
スー:SNS上での長田さんの活動を見ると「すごい活動をされているなあ!」と思っていたので意外でした。
長田:興味を持ったら動いてみることを、元々ずっとしていたんです。美容ライターを始めたきっかけもそうでしたし。わりと“フッ軽”です。
スー:ふふふ。なるほど、興味を持ったらすぐ行動する!
長田:個人的には、誰かの考え方を変えることをゴールに活動をするとしんどくなる気がして。人が人生をかけて築いてきた価値観を変えることはとても難しいことだと思うので。だから「私はこう考えるから、発信しとこ」ぐらいが、ちょうどいい。友だちと一緒に、性暴力やDVにまつわる啓発ステッカーやポストカードを作ってるのですが、イケてるポストカード作って、できる範囲で配っちゃお!みたいな感じです。ほしい人にあげて、あとは委ねて終わり。
スー:なんか楽しい感じですね。
雰囲気からはじまるダイバーシティ?
長田:最近、雑誌業界でも価値観が大きく変化しているのを感じます。例えば、一時期は「モテ服」「モテコスメ」みたいな言葉が流行っていたと思うんですけど、最近は見出しやタイトルでもほとんど見かけません。服やコスメを選ぶときに、他人基準ではなく、自分基準で選ぶことの方が「素敵」という世の中のムードになってきたからだと思います。
スー:それは素晴らしいですね。逆に雑誌でそういう言葉が使われなくなることで、読者も「他人視点のモテってもうダサいよね」「自分が好きなものの方が大事だよね」みたいな意識になるのかもしれません。
長田:そうなんです。皆さんのお仕事もそうですが、メディアや広告は、世の中のニーズと呼応し合ってムード作りをする仕事でもあるので、その役割を上手く使って、みんなが心地よい社会のムードを作れるといいなあと思います。
岩田:最近の広告表現だと、ダイバーシティをテーマにしたものも多くありますよね。例えば、さまざまな人種や多様なジェンダーの方を並べたりする表現などがよく見られます。しかしそれ自体が「ダイバーシティ=いろんな人を出す」という表現のステレオタイプになってしまっていることに、少し悩んでいます。
長田:表現する側としてはそのような気持ちになることもありますよね。しかし、当事者としては、「あ、私に似ている人がCMに出ている!」と思えるだけで、自分が社会に包括されているという安心感につながる。実際、そういう研究データもあるんですよ。それもとても大事なことだと思うんです。もちろん、表現のマンネリは避けたいけれど、いろいろな属性の人にフォーカスすることは、社会的に大きな意味があるんです。
岩田:「自分に近い属性の人がCMに登場する」というシンプルなことで、今までマイノリティとされていた方々の自尊心が高まるなら、それだけでも素晴らしいことですね。
スー:今はコミュニケーションを作るときにダイバーシティを意識することがやっとできるようになったけど、それでも足りないことがあるから抗議の意見がきたり、さらにはSNSで炎上したりします。
その原因の一つに、企画する側のダイバーシティが欠けているからというのもありそうです。例えば、企業でプロジェクトのチームの構成を見ても、女性や性的マイノリティの方が少ないケースは多いと思います。まずはそこから変えていくのがファーストステップとして大切なのではないかと私は思います。
長田:それはとても大切だと思います。
岩田:前回の清田隆之さんとの対話で、TwitterなどSNSの声に耳を傾け、世の中のいろんな意見を聞くことが大切だという話がありました。広告表現だけではなく、ふだん見聞きする情報にもダイバーシティが必要だし、仕事のチーム構成にもダイバーシティが求められているということですね。
広告の「ポジティブのジレンマ」
長田:炎上した広告を見ていると、「傷ついたり、苦しんできた人の存在」を透明化して、過剰にポジティブなメッセージを押し出しているケースもあるのかなと思います。
岩田:広告って、もともとポジティブなものが多いですからね。
長田:ポジティブなメッセージを発信したほうが、モノが売れるというのは分かります。私も美容ライターとして化粧品の広告に関わることがあるのですが、結局ポジティブなほうが多くの層にウケて売れたりしますから。でも、現実とかけ離れたポジティブなメッセージで、ときに傷ついたり疲れちゃったりする人がいることも、どこかで意識しないといけないのかなと最近は思っています。
スー:ポジティブでモノが売れる、でも傷つく人もいると…...。
長田:どんなに女性をチームに入れても、若い人をチームに入れても、メジャーな広告をつくる立場にある人って、ある程度社会的に特権に恵まれていることが多いですよね。本人たちが大変な努力をしているというのはまた別の話で、「広告を作る、メッセージを発信する側」の優位性ってある。
でも、世の中には、構造的な不平等の中でいろんなモヤモヤを抱えていても、どこにも吐き出す場所がなくて苦しんでいる人もいる。そういう人に、過剰にポジティブなメッセージを与えると「そんなに前向きな気分じゃいられないんだよ」という摩擦や屈託を生んでしまうこともあると思うんです。
スー:なるほど...…。広告はポジティブなメッセージを発信してこそモノが売れるけど、ポジティブすぎるとそんな気持ちになれない人たちには嫌われてしまうと……。まさにジレンマですね……。
長田:ジェンダーや年齢という枠に限定せず、そのメッセージを受け取る人が、どんな気持ちで、日々を過ごしているのか。置かれている状況や心もよくよく想像することが大事ですね。
岩田:広告の仕事をしていると、ついつい忘れてしまいますが、何かを発信できる人は、それだけで優位な立場にいることを、もっと自覚しないといけませんね。
世代の新陳代謝だけで全てはなんとかならない。
スー:メディア側は、多くの共感が得られるものさえ作ればそれでいいのかという問題もあります。
例えば「女性の価値は年齢に左右される」という価値観は、今でも世の中に根強く残っているのが事実です。なので、そのような価値観がベースとなったコンテンツをテレビで届けると、世の中の多くの人が「分かる分かる〜」と共感して、人気の番組になったりする。しかし、それは今までの生きづらい価値観を再生産させていると私は思うんです。
メディアには世界を形作る役割があるからこそ「多様な生き方」や「(ちょっと先の)憧れの生き方」を見せる責任があるんじゃないかと私は思います。
岩田:そういう古い価値観って、なかなか変わらないですよね。
長田:よく「世代交代が進めば、価値観も変わるだろう」という考え方もあると思いますが、わたしはそこだけに期待するのは楽観的過ぎると思っています。再生産、全然止まってないから!と感じる場面が多くあるので……。目指す世界があるならば、その世界に近づけるために今みんなで行動しないと、自然と変わることはあまりないかな、と。
スー:確かに、若い人たちがみんな前の世代とは異なる考え方を持っているとは限りませんもんね。目指す形があるならそれに向けて努力しないと変わらない。
岩田:若い人でも、数十年前のようなジェンダー観を持っている人はたくさんいますよね。逆に、世代が上の人でも、ジェンダー観を柔軟にアップデートしている人だっている。世代だけでジェンダー観を判断するのは危険です。だからこそ、上の世代ともしっかり会話をして、変化を一緒に作っていきたいなあと、僕は思っています。
スー:もっと上の世代、50代、60代の方ともジェンダーについて話し合っていく姿勢をとっていきたいね。
CSV×企画力=?
長田:そういえば、電通ってCMを作るだけが仕事ではないと聞きましたがそうなんですか?
スー:はい、クライアントの課題を企画のちからで解決することが仕事です!
長田:なるほど。そこで提案ですが、企業はCMのメッセージに限らず、もっと直接的な形で女性を支援してもいいと思うんです。例えば最近でいうと、女性がターゲットの企業が、女性の学生向けの奨学金を始めたり。ただ単に消費者とメーカーみたいな関係性じゃなくて、共に歩みます感や有言実行感があってすごく親近感が湧きます。いわゆるCSV活動といいますか。CMだけが企業のイメージを作るわけではないので、そういう活動はこんな時代だからこそ、しっかり見られているんだと思うんですね。
スー:なるほど。すでにやっている企業もありますが、もっと増えて当たり前になるといいなあと思います。例えば、生理用品の会社が、東京の主要な駅の女子トイレに無料の生理用品の自動販売機をすごく素敵な形で設置するとか。企業のブランドイメージアップに大きく貢献できそうですね。
実際女性を支援できて、ターゲットにもしっかりそれが伝わって、会社のイメージアップにもつながり、さらには業績もよくなる。それなら、企業のCSV活動をもっと自由に企画していくのはとても面白いことができそうです。
長田さんとの話を終えて
スー:いつもSNSで見ていた長田さんとイメージがいい意味で違って、とてもやわらかい楽しい時間だったなあ。いろんな人がいろんな温度感でジェンダーの活動に関われるこの時代がとても素晴らしいと感じました!
わたしも個人的な心の中の「やってみたい!」「気になる!」という声を大切にして生きていきたい。
岩田:広告業界で働く人は、何かを世の中に発信できるぶん、いろんな責任を取る覚悟が必要な気がした。もっといろんな人の立場に立って企画を考えなきゃいけないし、もっといろんな立場の人と仕事をすることが大切になってきそう。
スー:いろんな人の話を聞くのも、その第一歩かもね〜。