OODA式すごいブランディングNo.2
カーデザイナーが「独立時計師」に転身。
~下町時計師の臨機応変なOODA実践術!~
2024/04/15
変化の激しい現代のビジネス課題を解決に導く「意思決定モデル」として注目を集めている「OODA」(ウーダ)。ビジネスにおける組織づくりや経営戦略はもちろん、ブランディングやマーケティングにも効果を発揮します。
OODAの魅力を多角的にお伝えしていく本連載で、今回ゲストにご登場いただくのは、腕時計ブランド「大塚ローテック」創業者の片山次朗氏。東京・大塚の町工場から生み出される高品質かつ唯一無二の個性を持つプロダクトは、生産本数を大きく上回る注文が世界中から殺到し、目の肥えた腕時計ファンをも魅了しています。そんな大塚ローテックのブランドコンセプトや片山氏のものづくりに対する姿勢には、OODAとの共通点があるようです。
「OODA式リーダーシップ 世界が認めた最強ドクトリン」(秀和システム)を執筆したアーロン・ズー氏との対談を前後編にわたってお届けします。
【OODAとは】
元アメリカ空軍大佐で戦闘機のパイロットだったジョン・ボイド氏が提唱した、意思決定や行動を起こすためのプロセス。観察(Observe)、判断(Orient)、決定(Decide)、行動(Act)の頭文字を取った言葉で、変化し続ける予測不能な状況に対して、常に最善手を打っていくことを目的とする。欧米の経営やマーケティングでは従来のPDCAだけでなく、OODAが必要不可欠な意思決定プロセスとして認知されている。(詳しくはこちら)。
YouTubeで学んだ腕時計の作り方と、日本のものづくりで培った経験を掛け合わせ、唯一無二のプロダクトを創出
アーロン:大塚ローテックは、その独自の機構が評価されてスイスの国際時計博物館に所蔵されたり、技術的価値が認められて国立科学博物館に保存されたりするなど、いま世界中から注目を集めている腕時計ブランドです。個人的にブランドの大ファンなこともあって調べているうちに、もしかすると片山さんはOODAの実践者かもしれないと、そんな気がして、今回詳しく話をお聞きしたいと思ったんです。
片山:OODAという言葉は知らなかったのですが、私の腕時計を愛用してくださる方とじっくりお話しする機会があまりなかったので、どのようにブランドを捉えてくれているのか、お聞きできるのを楽しみにしていました。
アーロン:ありがとうございます。改めて片山さんのご経歴とブランドを立ち上げた経緯を教えていただけますか?
片山:デザイン学校卒業後、トヨタ系列の会社でカーデザイナーの仕事に就き、アルテッツァやファンカーゴなどの外装デザインに携わりました。その後、魔が差して会社を退職し、車屋さんでメカニックのアルバイトをしながらプロダクトデザインの仕事を始めて、2000年にプロダクトデザイナーとして独立しました。当時はヘルメットや家電製品、医療品など、業界問わずいろんなプロダクトに携わっていましたね。
ある時、たまたま卓上旋盤が手に入ったので、本業の合間を縫って金属加工を始めたんです。それがけっこう面白くてハマっちゃって。でも、台所の片隅でちまちま作業していたので、自動車のような大きなものは作れません。それなら、なるべく小さいものにしようと思って、腕時計のケースを作り始めたのが2008年頃のことですね。
アーロン:本場スイスの老舗ブランドだと、お城みたいな工房で作っているイメージが強いじゃないですか。下町の家の台所からスタートした、というストーリーがすでに唯一無二ですよね。
片山:本当はお城みたいなところで作りたかったですけどね(笑)。でも当時は、そのような有名な腕時計ブランドのことは知らなかったし、腕時計の作り方も全く分かりませんでした。ネットで検索したり、YouTubeの動画を見たりして、見よう見まねで始めたんです。スイスの時計師はおしゃれな服を着ているなぁ、とか思いながらね(笑)。今はもう開き直って作業服で仕事をしていますけど。
アーロン:そこがまた良いですよね。欧米の人からすると、日本のものづくりの古き良き風景ともいえる町工場で作られていることに、いわゆる王道のブランドにはないオリエンタル性や独自性を感じるわけです。そのストーリーが、プロダクトのフォルムやディテールともうまくマッチしている。
片山:結果的にそうやって褒めていただけるのはうれしいですね。でも、腕時計のセオリーを知らなかったからこそ、こうあるべきという先入観を持っていなかったのが幸いしているのかもしれません。
「観察」→「判断」→「決定」→「行動」を何度も繰り返すことで、理想のアイデアにたどり着く
アーロン:腕時計を作るために必要な技術は、どうやって身に付けていったのですか?
片山:ウェブ検索とYouTube、それから本です。例えば、機械式腕時計の作り方を紹介している動画をひたすら観察して、まずは見よう見まねで道具や部品をそろえて作ってみます。それを繰り返しているうちに、自分だったらもっとこうしたいな、こっちのほうがしっくりくるな、というアイデアが出てくるので、それを試してみる。そうやってどんどん試行錯誤した結果、たまたまうまくいったのかなと。正直、今でも腕時計の正しい作り方を理解できているとは思っていません。
アーロン:そこが、まさしくOODA的な思考プロセスだと思うんです。緻密な計画や理論に基づいて行動するのではなく、常に新しい情報にアクセスして物事を観察し、その場で臨機応変に判断しながら都度、最善の打ち手を実践するというサイクルを回しているわけです。そのプロセスを繰り返すことで結果的に、腕時計の歴史に刻まれるようなイノベーティブなプロダクトの創出につながったという。
片山:そう言われてみると、一人でやっているので素早いサイクルで試行錯誤できたのが良かったのかもしれませんね。大きな時計メーカーだと一つの意思決定にもっと時間がかかると思うので。
アーロン:そうですね、OODAにおいても意思決定プロセスのスピードを左右する「権限委譲」を重要視しています。片山さんは独立時計師なのでその最たる例になると思いますが、組織であっても信頼できるメンバーにある程度の裁量を与えることで、意思決定スピードを高めることができます。
琴線に触れるモノとの対話が、腕時計のセオリーに対する「奇策」に
アーロン:昨今の変化が激しいビジネス環境では、これまで安定的に利益を生み出せていた「正策」が通用しなくなるケースが起きています。そのような状況下では、「その手があったか!」と驚くような「奇策」がブレークスルーになることもあるのですが、大塚ローテックの独創的な機構やデザインは、まさに腕時計のセオリーに対する「奇策」ではないかと感じています。クリエイティビティを発揮するために心がけていることはありますか?
片山:特別な準備や計画をしているわけではないのですが、時計に限らずパッと見て自分が好きだなと感じるモノを写真に撮ったり手元に置いておき、デザインを考えるときに見たり触ったりすることで、なぜ自分はかっこいいと思ったんだろう?この仕組みはどうなっているんだろう?と考えたりしています。
アーロン:自分の感性を磨くイメージでしょうか?
片山:そうですね。「琴線に触れる」っていう言葉がありますよね。なぜだか分からないけれど心が動かされる、良いなって思う。その理由を明確に定義することはできないし、だからデザインは面白いと思うんです。それと、私自身が20世紀中頃の旋盤や歯車、工業機械が好きなので、それらが持つフォルムやディテール、質感からインスピレーションを受けることも多いですね。
アーロン:確かに、大塚ローテックの腕時計は非常に精巧でメカニカルなんですけど、いわゆるスイスの機械式時計のような最先端のメカニカルではなく、高度経済成長期の日本のものづくりをデザインで表現しているところが秀逸ですよね。
片山:そのように捉えていただけるのはうれしいですね。