東北復興のために新聞ができること(1)

シンブン!今だからできること。今しかできないこと。 №5

  • 新聞局
  • 北出 康博

2014/03/07

東北復興のために新聞ができること(1)

ゆっくり急ぐ

~つなぎ、つたえ、つづけていきたいこと~

東北復興サポートネットワークの活動

 

東日本大震災からもうすぐ3年が経とうとしています。震災直後、新聞各社は臨時報道体制を取り、被災地であっても新聞が毎日欠かさず届けられたことは人々の感動を呼びました。これに次ぐ復興期、新聞は情報が錯綜する中で正確・中立な信頼できる情報源となりました。

私たち東北復興サポートネットワーク(※)も、被災地に入って2年半以上となりました。地元のメディアの皆さん、電通東日本メンバーなど、さまざまな方のお力のおかげと、感謝しております。特に、私も昨年度までは新聞局に所属していたので、新聞社と連携した活動を中心にしてまいりました。新聞社の営業の方々はもちろん、編集、事業、販売、多くの部署の方々と試行錯誤を繰り返しながら、少しずつ歩んできました。

※東北復興サポートネットワークとは:2011年3月11日の東日本大震災を受け、電通の本業を通じて現地でどのような復興支援が行えるのかを社内で検討し、同年8月に活動を開始した社内横断的バーチャルプロジェクトチーム。現在、MCプランニング局エリア・ソリューション部を基幹部署として、ラジオテレビ&エンタテインメント局や第15営業局のメンバーを加えた計6名で構成し、社内や電通東日本の関係各署とも協業しながら、主に岩手・宮城・福島の3県で活動中。活動開始から2年半余りの中で、地元自治体や中央省庁の復興関連事業、地元メディアと協働した復興イベント、地元民間企業の復興支援等々、活動実績は多岐にわたる。
福島民報社、岩手日報社、河北新報社の「スマイルとうほくプロジェクト」は、
「地元の人々と一緒に花畑をつくることで、笑顔になってほしい」という新聞社の思いから始まりました。

 

さて、阪神・淡路大震災の時もそうであったように、震災後3年というのが色々な意味で大きな転機だと言われます。瓦礫の処理やインフラの再整備等、復旧に一定の目処がつき、住民が心の整理をつけ自立を目指して前を向き始める時期であることは確かです。ただし、今回の場合、福島県だけは状況が異なります。地震・津波ではなく所謂原発事故による復旧・復興の遅れは、宮城県や岩手県とは比較になりません。また、そこに風化・風評という2つの風が吹き、さらに格差を広げる結果になっています。

県間の格差だけではありません。地元の方々と話していると、気持ちを切り替えて前を見て動き始めている方と、まだ被災の影から飛び出せずに悩み苦しんでいる方の二極化が進んでいると感じます。個人的な意見ではありますが、悩み苦しんでいる人に頑張れ!と声をかけても、それはあまり彼らの心に響かない気がします。むしろ、アクションを起こし始めている人をさらに支援し取り上げその姿を発信することによって、あの人が頑張っているんだから私も頑張んなきゃと思ってくれる人が少しずつでも増えていく、そうした流れを創り出し繋げていくことが大切なのではないかと思っています。

三陸鉄道復旧の様子

 

来週の3.11では、各市町村や県ごとに追悼式やイベント等が開催され、我々も自治体や新聞社の主催事業等のお手伝いをさせて頂きますが、中でも宮城県は今年から3.11を「みやぎ鎮魂の日」とし、学校は基本お休みとなります。生徒が慰霊行事に参加しやすくするためです。もちろん忘れてはならないことはたくさんあります。しかし、ただ思い出すだけではなく、そこから感じ学んだことを次のステップに繋げて新しい東北を創造していく、そのキックオフとして3.11を位置付けられるような、そんなお手伝いが新聞社様とともに出来ればと思っております。

次回は、3.11の様子を現地からレポートさせて頂きます。県によって、あるいは人によって違いもあるかと思います。そんな実情を感じて頂けるよう努めたいと思います。

(MCP局エリア・ソリューション部 東北復興サポートネットワーク仙台駐在 北出康博)