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男コピーライター、育休をとる。No.9

育休から戻ってみた

2018/09/11

時差ボケのような日々を

育児休業から復職して、あっという間に半年が過ぎた。

とはいえ、この半年間にいろんな変化が訪れた。まず僕から3カ月遅れて妻が復職した(※1)。わが娘コケコは保育園に入った。コケコが立った。コケコが阿波踊りみたいなポーズで少しだけ歩いた。コケコが1歳になった。僕が1週間の出張から戻るとコケコが「コケ?」って顔をした。コケコが卒乳した(※2)。生駒里奈が卒業した(※3)。コケコが風邪をひき、妻が風邪をひき、僕が風邪をひいた。などなど、どれも特別で、しかし生駒の件を除けばすべてが凡庸なものなのだろうと思う。

さて、1年ちょっとお付き合いいただいた本連載「男コピーライター、育休をとる。」は、この記事の1週間後にアップされる次回「続・育休から戻ってみた」をもって、いったん終わりです。

しかし復職後の生活について何を書くかは悩ましいところだ。“男性の育休”自体は、たとえるなら「最近注目され始めた旅行先」みたいなもので、行ったことのある人がまだまだ少ないから、何を書いても「紀行文」として成立するフシがあった。でもその旅から戻った僕は、もはやただの、会社勤めの父親。変哲なんて見当たらない。さっき凡庸と書いたのはそういう意味だ。

ましてこのコラムの主眼は、育児ではなくて育休についてである(※4)。果たして特筆すべきことなどあるのだろうか?

せめて旅のあとで見える日常について、いや、そんないい話ではなくて、旅から戻った人間が感じる時差ボケの感触などを書いておこうと思う次第だ。

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イラストレーション:第2CRプランニング局 三宅優輝

“男性の育休”よりも大きな壁 

まず気づいたことは、「時短勤務」(※5)ってかなり大変なんだな、ということだ。妻を見てそれが分かった。

いまわが家では、妻だけが時短勤務をしている。9時(妻の会社の始業時刻)に出社し、16時半(本来の終業は18時)に退社し、コケコのお迎えや夕食の支度をする、という流れを妻はメカニカルに毎日繰り返しているのだ。

何があっても16時半には業務を強制終了しなくちゃいけないわけで、仕事的には相当な不都合と「もどかしさ」を強いられているはずだ。自分に置き換えれば分かりやすい。

保育園でコケコが熱を出したりすると、時短勤務中の妻にまず連絡が行き、妻は会社に事情を伝えて16時半を待たずに早退することもある。

いずれにしても、「きょうはこのへんで仕事を終わらせるか」という頃合いをある程度コントロールできる僕に比べて、妻のなんと不自由なこと!

そう思ってまわりを見渡してみると、時短勤務の担い手はもっぱら女性に偏っているのだった。育休を取る男性よりも、時短勤務をする男性のほうがずっと見つけにくいだろう。育休より高い壁がこんなところにあったとは。

共働き夫婦で、もしも片方が時短勤務をする場合、それが妻でなくちゃいけない理由ってなんだっけ?と考えるほどに、あれっ、決定的な答えがないぞ、と思えてくるのだった。

理由があるとすれば、ひとつは母乳。妻が早く帰宅することで、子どもに母乳をやる回数を稼げる。でも、すべて粉ミルクに切り替える方法もあるわけだし、そうじゃなくても卒乳の時期が来ればこれは解消する。いまのわが家がそうだ。

もうひとつは、収入。うちの場合は僕のほうが収入は多い。だが収入の少ない側が時短勤務にするほうが、本当に家計へのダメージは少ないのか?ここは実はケースバイケースのはずだ。わが家も細かくシミュレートしたわけではない。

僕の育休が終盤を迎えた頃、妻が勤務先に時短勤務の申請を出そうとしているのを見て、「あ、俺も時短どうしよう」と、そのときはごく自然に迷った。が、結論として僕は時短勤務を選ばなかった。

それはちょうど同じ頃、ある情報を耳にしたからである。すなわち、年明けから自分の部署に「スーパーフレックス制」が復活する(※6)らしい、と。
スーパーフレックス制!渡りに船だ(※7)、と感じた。その船がどこへ向かうのか知らないけど。これは時短の代わりになり得るんじゃないか、と考えたのだ。

復活!スーパーフレックス

スーパーフレックスとは、ひとことで言えば、コアタイムのないフレックス勤務。つまりその日の始業時刻と終業時刻を自分で決められるシステムである。もちろん、月ごとに働かなければいけない合計時間は決まっていて、1日の所定7時間×月内の営業日数、がそれにあたる。その時間を超えたぶんは残業扱いになるというわけだ。

この自由度。時短勤務以上に時短できちゃうかも、と僕は期待した。

たとえばつい最近も、朝10時頃に保育園から呼び出しがあった。いわく、コケコが38度の熱を出したとのこと(※8)。スーパーフレックスのおかげで出勤の遅い僕がまだ家にいたので、保育園へ急行。コケコを受け取り、そのまま病院へ連れて行った。診察のあと調剤薬局に寄ってクスリを処方してもらい、帰宅して昼食を食べさせる。そうして午後早めに早退してきた妻とバトンタッチして、僕は仕事へ行ったのだった。

こんなふうに、スーパーフレックスはここぞというとき便利ではある。ただ、上のケースでいえば午前いっぱいぶんの勤務時間を別の日に補わなくちゃいけないので(たとえば21時まで働くなど)、トータルでみると結局、妻がひとりでコケコに対応しなくちゃいけない時間はそんなに変わらない。遅い出勤や早い退勤ができるからといって、時短の代わりにはならないんですよね。1日7時間が基準になっているのだから当然で、そんなの小学生でも分かることだった。なにが「時短勤務以上に時短できちゃうかも」だ!コケコと一緒にいて僕の脳味噌は幼児化してしまっているらしい。

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床を這って暮らしている

ここ最近の平日はといえば、日によっていくらか違いはあるものの、平均的にはこんな感じです。スーパーフレックス勤務とはいえ、わりと規則的になっている。

【よくある平日】コケコ1歳1カ月(1)【よくある平日】コケコ1歳1カ月(2)

最初に言っておくと、体力的にはかなり限界である。いま37歳。自分が20代だったらなあ、なんて思ってしまう僕をおっさんと言わずなんと言う。

6時過ぎに起床して、コケコが目覚めるまでの束の間、コケコの朝食をスタンバイする。といっても、前夜につくっておいたものを温めたり、細かく切ったり、場合によっては即席でプラス1品、味噌汁や卵とじみたいなものをつくるぐらいだ。もう離乳食ではなくて幼児食なのです(※9)。

起きてきたコケコに、主に「手づかみ食べ」で食べさせる。食後には歯を磨いてやる。以前より進化したブリット砲(つまりウンチ)がたいてい炸裂する(※10)ので処理する。これらの間に妻は出社準備をする。保育園の連絡帳に毎朝コメントを記入するのもライターである僕の担当だ。あとはEテレ(※11)を見せておいて、登園前に着替えさせる。

それから抱っこひもで、家から徒歩8分の保育園に連れて行く。園に預けた後は、時間があれば近所の喫茶店に寄ってモーニングを食べます(※12)。このひとときは好きだ。いったん帰宅し、ささっと風呂に入ってから仕事に向かう(なぜ朝風呂なのかは後述)。あ、ちなみにこれは、打ち合わせやプレゼンが早い時間にない日のケースです。

夕食は、仕事の合間を縫って社食(※13)などで軽めに済ませてしまう。これは、いまの僕がダイエットを試みていて(※14)、夕食をあえて簡素に、かつ早い時間に終えたいという事情によります。ダイエットの効果については、問わないでいただきたい。

19時過ぎに帰宅すると、ちょうどコケコが夕食を終えたところだったりする。妻は自分の入浴の時間をとても大切にするタイプなので、まずひとりでゆっくり入ってもらって、そのあと妻にコケコを渡す。

入浴後のコケコに水を飲ませ、部屋を暗くし、赤ちゃん用の座布団で寝かしつけにかかると、もはやおっさんの電池は残りわずか。目の高さをコケコに合わせたまま、力尽きてそのまま床でダウンすることもままあるのだった。かくして、その日の風呂に入りそびれるというわけだ。余力で床を這い出し、夜なべして翌日の幼児食をつくる日もなくはないけれど。

って、うわあ。今回こうして図にしてみると、負担がまだまだ妻に偏っているなあという感じ。よく言われる「見える化」(※15)に懐疑的な僕だったが、いま記事を書きながらあらためてショックを受けている。不均衡は、いつもたくさんある。

新しいけど美しくない暮らし

たとえば僕が苦手な、料理。せっかく幼児食をつくる機会を得ているのだから、これを応用して自分たちの食べるものをもっとつくれたらと思うものの、できずにいる。そもそも先述のとおり、ゆっくり家で食べない日が多い。
家族3人で食卓を囲めるといいんだけど、とも思う(※16)。

ところで、料理の技術には「冷蔵庫内の食材ストックのマネジメント技術」(※17)が多分に含まれること、そして妻はそれがうまいのだということを育休中に痛感したが、これは幼児食の献立決めでもモノをいいますね。保育園の給食に予定されている食材は、事前に2回ずつ食べさせておく必要がある。「未食リスト」(※18)に沿ってそれを次々にクリアしていく妻のスキルたるや。

あるいは睡眠について。
この数カ月間、僕は月に1、2度しか自分のベッドで寝なかった。妻なんて0回だ!どういうことか。

わが家は古い2階建ての一軒家で、妻と僕の寝室は2階、リビングは1階にある。コケコのためにリビングの一部を柵で囲っているのだが、夜はその内側に赤ちゃん用座布団を敷いてコケコを寝かしつける。コケコは縦横無尽に寝相を展開するため、ベビーベッド(これもリビングにある)や2階の寝室では狭すぎるのだ。それにコケコ就寝後も、僕や妻の視界にコケコが入りつづけなくちゃいけない。

妻は、コケコの真横に布団を敷いて添い寝する。そのさらに隣のソファで僕が寝る。僕より妻のほうが身長が高いうえに、床とソファの高低差まであるから、いびつな(あるいは3Dの)「川」の字である。

僕がソファで寝るのは、朝起きて一瞬でキッチンに行けるようにという実際的な理由に加え、川の字から離脱するのが寂しいとか、自分だけベッドで寝るのは妻に悪いといった情緒的理由による。

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なんとも愚かというか、さすがに無茶している気がしてきたので、今月からはときどき寝室で寝ている。あるいは「コケコの横で俺が寝るから2階で寝なよ」と妻に提案もするのだが、彼女は1階にとどまる。コケコが夜中に目を覚ました場合、母親の添い寝でないとなかなか鎮まらないからである。

「今んとこはまあ そんな感じなんだ」と言うしかない(※19)。
どうだろうか?

なんて問われても困るだろうが、連載の第7回で「ほぼぜんぶが新しく」なると予期されたその暮らしとは、たとえばこんなだった。まったく美しくない。新しさにともなう高揚感もない。スマートでもないし、“丁寧な暮らし”(※20)なんかではもちろんない。ただひたすら、前とは大きく変わったというだけだ。

ところで、ここまで読んで疑問を抱いた方もいるだろう。タイムテーブル上、残業をほとんどしていないようだが、これぐらいの平均労働時間で広告の仕事が成立するのだろうか?と。えーと、そのあたりについてはですね、来週アップされる次回に続きます。

 

※1
ちなみに妻の働く会社は、業種からして筆者のそれとは異なっている。

※2
1歳1カ月を迎えるすこし前。おっぱいに(ミッキーマウスの)顔を描いて別れを告げる、という方法を採用した。笑う子、泣く子、複雑な表情をする子などさまざまらしく、果たしてコケコは? と注目したが、きょとんとした顔をしたきりで、卒乳は思いのほかスムースだった。あんなに妻を悩ませた問題がこんなにあっさり、と思うと筆者には一抹の寂しさも。

※3
生駒里奈(1995~)は乃木坂46の元メンバー。グループ初期の代表曲群においてセンターをつとめた。2018年5月6日をもって乃木坂46を卒業。本人にとって最後のシングル曲「シンクロニシティ」においてセンターを打診されながらも、自らの役割をまっとうするために辞退したことでも話題になった。

※4
連載第1回参照。

※5
時短勤務とは、「育児・介護休業法」によって定められた、時間短縮型勤務スタイルの通称。電通では、子が3歳になるまで利用可能。今後拡充される予定らしい。

※6
「復活」と表現されるのは、この制度が過去にも適用されていたから。少なくとも筆者が入社した15年前は、クリエーティブ職に限りスーパーフレックス制だったが、その後いったん廃止されていたのである。

※7
ことわざ。望んでいるものがちょうど好都合なタイミングで手に入ること。余談だが、筆者は「バス停にバス」という幸運にしばしばめぐまれる。

※8
「病児・病後児保育」施設も近所にはあるのだが、膨大な書類と医師のサインが必要となるため、その日の午後に急遽利用というわけにはいかない。

※9
離乳食は、食材に火を通したり切ったりしたのち、製氷皿でキューブ状に凍らせ、食事の前にそれを解凍して組み合わせる、というスタイルを採用していた。だが幼児食は、より純粋に料理である。味付けや食材のサイズこそ違うものの大人が食べるメニューと大差ないため、ごく一般的な調理の工程が必要となる。筆者の娘は、生後11カ月で幼児食に移行した。

※10
魚返家でウンチのことを意味するスラング「ブリット砲」(連載第2回参照)だが、もはやウン「チ」というよりウン「コ」とも言うべきグレードへと進化を遂げている。

※11
正式名称は「NHK教育テレビジョン」。かつての通称は「NHK教育」あるいは「教育テレビ」。現在のキャッチコピーは「みつかる Eテレ」。

※12
まったくの余談だが、いわゆる「名古屋モーニング」などではない。そもそも午前8時半に営業している店は非常に限られている。

※13
電通の社食、通称「4カイ」は大きく4つの店舗に分かれており、料理のジャンルも、週替わり・日替わりメニューも異様に多様。どこかフードコートのような趣がある。筆者は蕎麦やうどんを食べることが多い。

※14
連載第6回参照。睡眠不足と運動不足とビール好きのせいで増加した体重が、なかなか戻らず、体調的に妙な違和感がある。

※15
ここでは、家事・育児の「見える化」を指す。特に「名もなき家事」を顕在化させ、夫婦で意識共有するための手段として提唱されている。ただし家事・育児の全項目をリストにするといった方法が主流であり、筆者の描いたタイムテーブルにその精度はない。

※16
幼児食は味付け・大きさ・硬さを幼児仕様にするため、大人の食事と同時には完成しない。また、コケコの「手づかみ食べ」の速度はあまりに速く、筆者や妻が同じ食卓で「食べさせながら自分も食べる」ことは現在困難。

※17
いま冷蔵庫にある食材は何で、消費期限はどうなのか。きょうスーパーで安く売られているのは何で、何と何を買えば、冷蔵庫の何と組み合わせて何をつくれるのか?時間はどれぐらいかかるのか?そういう思案・計算のすべてが料理なのだと言える。

※18
保育園では月ごとに給食の献立が発行され、そこに使用食材が列記されている。各家庭で、まだ食べさせたことのない食材に〇をつけ、園に提出。それら「未食」の食材だけを表にしたものがふたたび園から渡される。チェックボックス式になっている。

※19
サニーデイ・サービスの初期の代表曲「青春狂走曲」(1995年発表)の歌詞「そっちはどうだい うまくやってるかい こっちはこうさ どうにもならんよ 今んとこはまあ そんな感じなんだ」より引用。

※20
“丁寧な暮らし”は、2000年以降、女性誌やライフスタイル誌、オーガニック系カルチャー誌などにおいて頻繁に提唱されはじめた一種の価値観。厳密な定義は存在しないが、「自然体で生きる」だったり「DIYを大切にする」だったり「シンプルでミニマムな暮らしを愛する」だったり「持続可能性をリスペクトする」といった傾向をもつ場合が多い。